第十六話 『導きの糸』
人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。
世は『
山城国の姫…『
負の感情から生まれし魍魎であったが、月乃の正の感情に触れ、長子の心は浄化されたのであった…。
魍魎の襲来から二日経った。
城下の街は復興作業に追われていた。
月乃は
「今日でここともおさらばかぁ…」
その隣には、手すりに腰掛ける長子の姿があった。
「本当にいいのか?姫であるお前が国を出るなんて…」
「そうしなきゃ…いつまで経っても私は、この城から見ていることしか出来ない…。それじゃあ何も変わらない。それに…」
「…ん?」
「長子と色んな所にも行きたいからね!」
月乃は満面の笑みで答えた。
長子は少し顔を赤らめ、照れ臭そうに振る舞う。
「旅行気分か!全く…遊びでは無いんだぞ。」
「分かってるよー。」
あからさまに肩を落とす月乃に、長子は深くため息をつく。
「昨日も散々説明したが、百鬼ノ魍魎の
月乃の額に汗が流れる。
「先日…奴の妖気が一瞬だけ感じ取れた。ここからさほど遠く無い。まずはそこに行って奴の手掛かりを…」
話の途中だが、長子は口を止めた。
月乃が目を光らせてこちらを見ていたからだ。
「…な…なんだ?」
「んーん。長子が私の為に色々考えてくれてるのが嬉しくて!」
長子の顔が再び赤らむ。
そして勢いよく立ち上がった。
「やはりお前は緊張感が無さすぎる!魍魎にでも襲われてしまえ!」
「うわぁーん…そんなこと言わないでよぉ!」
彼女たちの新たな物語が始まろうとしていた。
三日月。
『
その
刀は孫の『
「あれ…おかしいな…」
木々が生い茂る森の中、月乃は不安げに辺りを見渡す。
道を間違えたようだ。
すると刀の中から長子が姿を現す。
「城の外もろくに出たことのないやつが、この森を抜けるのは不可能だ…。」
長子は頭を抱え首を横に振る。
「ちょ…ちょっと迷っただけだよ!」
月乃は頬を膨らませ不満げな表情を浮かべる。
するとそれを見かねた長子は、地面に両手をつき、月乃の目の前に岩の階段を作り出した。
それは木々を越える高さまで伸びていく。
「うぉー!さっすがぁ…!」
月乃は空を見上げ感心する。
子供の様に飛び跳ねながら階段を登ってゆく。
頂上に着くと、森を一望できる。
すると真後ろに、目的地である寺が見えた。
月乃は苦笑いを浮かべ、下で待つ長子を見下ろした。
「ごめん…反対だった…。」
長子は溜め息をついた。
日は暮れはじめ、辺りが次第に暗くなる。
月乃の足取りは順調では無かった。
「はぁ…はぁ…」
かなり体力を消耗しているようだ。
普段は城の中で生活をしている姫である。
一本の刀を腰に差し、森を抜ける事など体験し得ないことだ。
それでも月乃は足を止めることはしなかった。
「もう少し…頑張れ私…」
とうに限界はきているはず。
そんな月乃の姿を、長子は見ていられなかった。
すると突然、刀の中から妖気が漏れ出す。
「…え?」
刀は妖気に包まれ、やがて長子の姿へと実体化した。
「自分で歩く…これで少しは楽に歩けるだろ。日が暮れる前に行くぞ。」
そう言うと長子は月乃を追い抜かした。
「あ…まって…!長子!」
月乃は長子の背中を追いかけた。
夜になり、ようやく寺が見えてきた。
月乃は長子の肩に寄りかかっている。
「…ったく。先が思いやられるわ。」
「ごめん…ちょっと疲れたかな…」
門には『
「随分と荒れているな…」
「何かあったのかな…?」
「やはり…奴の妖気は間違いでは無かったようだな…。」
二人は警戒して寺の中へと進んだ。
心なしか空気が冷たく感じる。
人の気配は無い。
ただ床の
「誰もいない様だな…」
二人は更に奥へと足を進めた。
しかし、二人は足元にかかる
糸に足をかけるや否や、正面から無数の蜘蛛の糸が二人に飛びかかってきた。
月乃の両腕は糸に絡まり、身動きが取れない。
長子は瞬時に刀へと姿を変え、月乃に絡みついた糸を切断する。
しかし蜘蛛の糸の追撃がやってくる。
月乃は宙に浮いた刀を掴み、向かってくる蜘蛛の糸に刀を振った。
「一体なんなの…!?」
次から次へと糸は出現する。
月乃は一旦その場から離れた。
刀の中から長子が語りかける。
「魍魎の妖気だ…おそらくこの先に身を潜めている。」
「分かった…!けど…一旦退散!」
月乃は堪らず蜘蛛の糸に背を向け全力で走る。
やがて寺の外へ飛び出た。
滑り込む様に地面に着地する。
「ここまでくれば…届かないでしょ…」
月乃の言う通り、糸は寺の外を出てすぐに止まった。
そしてゆっくり中へと戻っていく。
「どうやら行動範囲が決まっているようだ。」
長子が冷静に分析する。
その時、寺の屋根を何かが突き破った。
月乃は
それは月乃の目の前に落ちた。
砂煙が舞い、姿が隠れる。
影だけで分かるその
砂煙が晴れると同時に、素早い一本の蜘蛛の糸が、月乃を目掛けて飛んできた。
糸は月乃の首に巻きつく。
月乃は寸前で左腕を挟み、締め付けを
「くっ……!」
しかし糸の締め付ける力は、どんどん強くなっていく。
月乃の左腕に糸がめり込む。
すると月乃は、目の前の姿をはっきりと捉えた。
肩まで伸びた黒い髪に茶色の着物…そこまでは人間の
しかし、生えた腕は六本、指先からは糸が放出されている。
「なぁに?…私の食事の邪魔しようっての?」
「…食事?…寺の中に人間がいるの…?」
「あぁ…この寺には私の
月乃は右手の刀を振り上げ糸を切断した。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
喉を押さえ、上がった息を整える。
すると長子は再び刀から人型へと姿を変えた。
「あいつは『魍魎・
緊張感が
月乃の体力は限界に近い。
長子は前に出た。
「月乃…お前は寺の人間の方へ行け。ここは私がやる。」
「長子…!」
「今のお前ではこの刀は使いこなせん。早く行け…。」
そう言うと、長子は
その様子を見ていた土蜘蛛が口を開く。
「貴様…魍魎だな?人間の娘と何をしている?」
「お前に教える義理は無い。…月乃、行け。」
月乃は黙って
しかし土蜘蛛は月乃を目掛けて糸を放つ。
「逃すか…小娘!」
糸は月乃の背中を追うが、それは途絶えた。
「…なに!?」
岩の壁が糸を遮断したのだ。
長子の能力…『
「貴様…人間に
「少なくともお前よりは親しいのでなぁ。」
土蜘蛛は深く息を吐いた。
そして長子を睨みつける。
「分かった…お前は殺す。」
土蜘蛛の妖力が膨れ上がった。
長子は右手で刀を構える。
「蜘蛛は壁が無ければ巣も作れんだろ?」
長子の挑発に乗り、土蜘蛛は六本の腕から無数の糸を放った。
「舐めるな!私の放つ糸は妖力によって強度を変幻自在に変える!貴様の胴体など真っ二つにしてくれるわ!」
糸に妖力が流れ込む。
その瞬間、糸は張り詰めた
「『
長子は目の前に岩の壁を出現させる。
「…甘い。」
土蜘蛛の一言と共に、岩壁は一瞬にして粉砕した…。
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