第25話-2 少年の知らぬ戦い②
ジリジリと燃えていく導火線。
先に放たれた火炎魔法の残火に隠されたソレに気がつくものはいなかった。
そもそも存在に気がついたところで、導火線の役割を見抜ける者などいない。
(狙い通りネ)
レファは勝利を確信しほくそ笑む。
だが、そこまでだった。
砦のバリケードの奥からビー玉ほどの大きさの水の塊が飛来し、次に放たれかけていた砲台4つの導火線の火を的確に消していく。
「あラ?この短時間で仕組みを見抜くなんテ……」
一瞬の出来事に、レファは眼を見開く。
「見抜いちゃいねーよ。ただ、知っていただけだ」
砦の奥、バリケードの裏から男が現れる。
淡く光る青い目は睨むように鋭く細められ、骨ばった指先の遠く向こうに浮かぶ水球を操っていた。
「デュダ!よくやった!だがね、あんたはあの子を最後に連れ出すために砦に残ってるようにいっただろう?!対処方法は把握したよ。その身体じゃろくに戦力にならないんだ!さっさと戻りな」
アネッサが叫ぶ。
しかし、デュダも負けじと叫び返す。
「ンなこと言ったって、こんな押されてんだ!援護くらいはさせてもらうぜ」
そういうと水球を操り、次いで二つの砲台の火を消す。
しかし、二つ消し終えたところで水球は消えてしまう。
デュダの眼の淡い光は明滅し、デュダ自身も力が抜けたように膝をついた。
「あラ、あの顔ハ………。いエ、そんなことを気にしている場合じゃありませんネ。第二弾。と行きましょうカ」
レファが再び手を上げる。
と同時に空間が歪み、再び現れる砲台の数々。
「クソ、まじかよ……」
それを見た砦の面々からは驚きの声が上がった。
現れた砲台は先ほどの倍で、つまり計64台。
第一陣として手にしてきた砲台はアネッサを中心とした水魔法を使えるメンバーが対処を進めたが、これだけの数ともなれば追い付かない。
「フフフッ。キャハハハハッ!皆さマの大層間抜けな顔を拝ませていただけテ私感激ですワァ。しかシ………私の切り札はこの程度じゃありませんのヨ?」
そう言うと、再びレファは手を上げる。
その指先は魔力不足で枯れ枝のように変色し、周囲の空間の歪みが増えるに連れて萎み、しまいには腕まで死にかけの飢えた老婆のような形状と化していくが本人はそれを恍惚とした目で見つめながら言葉を紡ぐ。
「既に16柱は2柱が落とさレ、更ニ………は、一兎様がこの状態ですかラ。何としても………勝たなければ私たちは女神様に顔向けできませんノ!私の腕の1、2本くらい安いものですワ!」
額一杯に汗を垂らし、苦痛の中であるにも関わらずレファはあくまで優美な口調を崩さずに
空間の歪みが増えるに連れて、露出の多い服から晒された肩、次いで胸へと指先から始まった変異は進む。
次いで現れたのは、兵士およそ120名。
手には揃いの白い魔導銃を持ち、すなわちそれが女神を崇める教団の正規兵であることを示していた。
兵士たちは現れるや否や、各々砲台の影へと隠れ、魔導銃を放つ。
これまではアネッサの魔法や強力な魔道具、キーカンの突破力を中心として対抗してきた砦の面々も、一番面の制圧力の高いアネッサを砲台の対処で取られてしまったことで対応が追い付かなくなっていく。
教団兵を道連れにしながらも、一人、また一人と魔導銃に貫かれ倒れていった。
「私。騎士や冒険者のような戦いの専門家でもありませんシ、貴族でもありませんでしたから軍事や戦術なんてさっぱりわからないんですノ。でもその代わりにとってもよく知っていることがありますワ。戦いは圧倒的な戦力で蹂躙すれば必ず勝てル。そしテ、私はそれができるだけの力を持っていル。その結果がこれですワ」
一人。
二人。
また一人。
カイセのよく知っている顔も、たまに話すくらいだった顔も。
次から次へと血まみれの蜂の巣になって地面へと倒れ伏していく。
キーカンが敵陣の中央に飛び込み4、5人を一太刀で切り裂く。
一太刀、また一太刀と切り捨てていくが、すぐに四方八方から飛ぶ弾丸の雨に晒され焦げた臭いを放つ肉塊へと成り果てる。
リューズが時間操作の
キーカンはその状態でさらに二人切って見せたが、脳天を貫かれ動かなくなる。
戦場に残ったのは。
砲台の対処は終わらせたものの周囲が殲滅され孤立無援となり、そのまま両足を銃で貫かれたアネッサただ一人だった。
「ねェ、アネッサ。あなたが私の元を離れてから何年たったのかしラ?決して短くは無かったと思うのだけれド………。その結末がコレ。こんなことがあなたのやりたかったことなノ?あなたが幼いころからの夢だった王国筆頭魔法師の地位を捨テ、財も名誉も友人も故郷もそしテ………いエ、全てを捨てたのにこんな終わりなのヨ?何も果たせズ、悲劇一色の終わリ。残念ネ」
倒れるアネッサの頭を踏みつけ、レファは言う。
既に失血で視界すらおぼつかないアネッサには、レファの顔は見えなかった。
「そう………かい?アタシの目的は………いくつか果たせたのだけれど、ねぇ」
掠れた声でアネッサは言う。
「まずは、楽しく生きれたことさね。王子に騎士団長、財務官まで………揃いも揃って、似合わない盗賊の真似事なんてしてねぇ………。バカ騒ぎして、バカやって。皆が聞いていない今だから………言うが、大層楽しかったよ。それに………アタシ自身の思いを貫いた結果さ。アタシに後悔なんて何一つ無いのさっ!ゴファッ………」
血を吐きながらも、アネッサは笑顔でレファにそう言い放った。
自分に後悔なんてない。
自分は満足して生きたのだと。
「なにを………言って………」
この瞬間まで。
頑なに崩れなかったレファの過度に甘ったるい口調が、アネッサの古い記憶にある本来の物へと戻る。
「この期に及んで!後悔がないですって?!そんなことあり得ませんわ!私の………私が!………いえ、私への、そう。復讐を果たしておりませんのに!そんな満足した顔で死ぬなんて!」
レファは近くの神殿兵から魔法銃を引ったくると、アネッサの四肢に再び銃を打ち込む。
熱された銃口を突き付けてアネッサの頬を焼きながら、狂ったように叫ぶ。
「そんな独り善がりな終わり、認めませんわ!苦痛の中で!私を恨みながら死になさいよッ!なんで、なんでっ!」
それは笑っているかのように。
それは泣いているかのように。
ドロドロに混ざった感情を吐き出すその姿に、先ほどまでの蠱惑的で煽情的な女としての面影は欠片も存在しなかった。
「ハハっ、懐かしい話し方だ、こと。後悔がないのがあり得ない、かい?アンタへの恨みは、当然忘れていないさ。今満足しているのは、その、恨みも。全て果たせそうだからに決まっているだろう………?アタシは、強欲なのさ」
アネッサはニヤリと笑う。
「詰めが、甘かったねぇ。何故だか知らんが、アンタがずっと私に執着しているのは知って、たから………。仕掛けさせてもらった、のさ。狙い通りだ、こと」
アネッサの身体、薄い皮膚を食い破るように、凄まじい魔力の奔流がほとばしる。
それは、比喩ではない。
アネッサの体内でひそかに練り上げられていた膨大な魔力が、アネッサ自身の身体、生命力をも爆発力に変換しながら一つの術式として成立しようとしていた。
「アネッサ!なにをッ!」
レファがアネッサの頭を踏みつけていた足を一歩下げようとするが、アネッサはその足首を掴み、言う。
「アンタと同じさ。アタシにも、切り札があって、ねぇ。デュダの坊主が、魔法使いの切り札と言えば、と、冗談ながら案を出してくれた………のさ。ちょっとアレンジして、範囲内の生命だけを焼く魔法にしたけど………まさか本当に、使う時が来るとは、ねぇ」
「――――ッ」
声にならぬ悲鳴を上げながら逃げようとするレファに語り掛けるように、アネッサは最後の魔法を唱える。
(坊主、こんなことになるなら、何も知らないまま旅立たせることができれば良かったのだけれどねぇ………。せめて、どうか私たちのことなんて忘れて、楽しく生きてくれることを願う他ないさね。デュダはもう終わってしまったが……。彼女が導いてくれる手筈は整えているから大丈夫だろう)
アネッサは、薄く微笑む。
これまでの人生で最大の魔法。
魔法が好きでしょうがなくて研鑽し続けたこれまでの人生の集大成。
――あぁ、残される坊主には悪いが最高な気分さ。暫く眠らせてもらうよ。
「これで、全ておしまいさ。
アネッサが魔法発動のキーとなる古代語を唱えると、一面が白一色に覆われた。
音も、色も。
全てが一瞬にして掻き消える。
光が晴れた後。
魔導兵もレファも跡形もなく消し飛ばされ、ただ黒いシミだけが地面に焼き付いている。
森の木々すらも広範囲に消失し、びゅうと吹く風のなか、残ったのは静まり返った砦だけだった。
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