第37話 待ち人来るとも遅し
アスガルティアを訪れてからしばらくの月日がたった。
もう使い慣れたギルド併設の酒場。
メニュー中の最安価、ダンジョン産の花のサラダをダラダラとつまんでいた。
「いくら体に良いって言ったって、この色はないよなぁ……この色は」
このダンジョンで採れた花なので、もちろん蛍光色である。
辺境ということもあり、穀物などダンジョン外のモノが軒並み高いこのダンジョン都市において主食と言っても過言ではないが……。
極彩色な上に噛むとさらに光ったりするので、イマイチ食指が動かない。
さらに言えば、街中によく生えている花の盛り合わせなので特別感もない。
なんでそんなものをわざわざ頼んだかといえば、場所代代わりだった。
いくら前世知識のお陰で採取が人より多少得意だとしても、そもそもが冒険者としては駆け出しどころか仮登録の身である。
酒場なんて、そう安安と来れる金はない。
今日のような人との待ち合わせでもなければ使わないし、使ってもご覧の通り最低額の注文で居座る微妙な客になるしかないわけだ。
――うぅ……店員さんの視線が痛ぇ……。
待ち合わせ時間になってもなかなか来ない相手を恨みつつ、現実逃避がてら最近の依頼を振り返る。
初依頼の達成後、既に採取の依頼をいくつかと、採取した素材の売り先になることから顔を繋いでおくために魔法薬工房の手伝いも依頼として達成している。
最初の依頼が室外機から生える花の採取で驚いたけど、その後の採取依頼もなかなかに生えている場所がぶっ飛んでいた。
まず最初が"イクルの花"だ。
風の魔力を豊富に含んだ花で、様々な薬品の原料にできるというこの花は自転車のサドルを覆うように生えるというこれまた訳の分からない生態をしている。
自転車のサドルをみしみしみっちりと緑色のとても小さく丸い蕾が覆っている光景は、昔ニュースで見たサドルブロッコリーテロ事件を思い出してつい吹き出してしまったのも仕方ないだろう。
大きな店やマンションを元にしたであろう建物のそばにいけば当然それなりの規模の自転車置場があるので、探すのは簡単だった。
キトトーカの花の時に指定量以上の花を採取してきたことでロントさんに「きっと多めに取ってくると思うから、大きめの保存箱を渡しておくわね」と言われて渡された背負い籠を満杯にして帰ったら、「冗談だったのに……」と頭を抱えられたのはここだけの話だ。
次に受けた依頼は"サンコッカの花"という自販機の下に生える植物の採取だった。
採取時には自販機の下に手を伸ばす形になるので、小銭泥棒をしているようでちょっと気まずかったりする。
色によって様々な香りのする花で、煎じると水分補給をしばらくしなくても良くなったり、体温調節もしてくれたりする砂漠で便利な魔法薬になるという。
ここまでくれば流石に分かる。
どうも"花は発生場所の特性に関わるような特性を持つ"らしい。
熱病に効くキトトーカの花は熱交換器である室外機に生えていたし、サンコッカの花も飲料からきた効果ということなのだろう。
これはパニュラの言っていた"概念"というのが関係しているのだろうか。
最後が"サヤ=クディオの花"だ。
この採取依頼はロントさんに"難しいけれど、もし達成できたら一気に本登録に近づけるわ"という言葉ともに提示されたものだ。
サヤ=クディオの花の採取がなぜ難しいかといえば、ギルド側で発生場所の情報を把握しきれていないことにある。
いや、正確に言えばギルドでもいくつか発生場所を把握している。
しかし、どうもこの花は発生率が低いらしく、ギルド側で把握している地点だけでは必要量には程遠い数しか採取ができない。
さらに、これまで判明しているサヤ=クディオの花の発生地点には他の花のようなわかりやすい共通の目印がなかったために、それ以外の場所での採取ができずにいた。
ではなぜこれまで必要量を確保できていたかといえば、最近まで長年ある同胞団(一定規模のギルド員の集団が、同胞団やチーム、◯◯隊などと自称することがあるらしい)が代々この花の
しかし、団がまるごと他のダンジョン都市へと移籍し、さらに移籍時に誰にも発生地点の情報を売らなかったために一から発生場所を捜索することになったという。
「基本的には採集数に応じての報酬、別途発生場所についての情報も買い取っているけど、発生場所の情報は売っても売らなくてもいいの。良い狩り場は冒険者にとっては一つの財産ですもの。当然ね。ただ、もし売ってくれるのなら1箇所あたりこのくらいの額で買い取る。駆け出しではなかなか出会えない報酬額だし、もし自分一人で採取するために秘匿したとしても他の冒険者が同じ場所を見つけて情報を売ったら隠す意味もなくなってしまう。だから、発生場所情報も売ることをオススメするわ。売ったからと言って、その場所で採取してはいけないということにはならないしね」
とはロントさんの言。
こういったイチかバチかの依頼はその日暮らしの駆け出し冒険者には本来厳しいものだ。
見つかればしばらく生活に困らないが、もし見つからなかったら今日の飯に困る……なんてことになりかねない。
ただ、俺の場合(なるべく手を付けないでおきたいが)いざという時はスイノーさんが都合してくれた路銀があったので特に気にせず受けてみた。
この依頼、なかなかにハードだったが得るものもまた大きかった。
まず、この花の採取にあたり最大の問題点であった"他の花のようなわかりやすい共通の目印がない"という部分。
これはあくまで"この世界の住人"にとってわかりやすい共通項が無かったという話。
確かにダンジョンの元となった世界出身の俺でも、これまでの依頼と違い共通項を見出すのには時間がかかった。
過去の採取場所として示されたところは特に変哲のない路地だったり、道路の一角だったり。ネオンと花と多めの標識に覆われた一般的なアスガルティアの風景だ。
これといった特徴は無い。
正直。
一通り過去の収集場所を巡った後、これまでの依頼でついた自信が陰りを見せ、ロントさんにどんな顔して無理でしたと言うべきか頭を抱えたものだ。
ただ、サンコッカの花の依頼時に気づいた"花の特性と採取場所の特徴には関係性がある"というところから何とか答えを導き出すことができた。
まず、この花の用途は"時止め薬"という特殊なポーションの主原料だという。
"時止め薬"は服用した人間の時間を止めて外部からのあらゆる干渉を受け付けない状態にする効果がある。
驚くべき効果の一方、止められる時間はたったの2分。
何の意味が?と思うが、死に瀕するような傷を受けた時に飲めば治療の準備が整うまで多少なりとも時間が稼げるということで金持ちや高位冒険者が買い求めるそうな。
つまり。
"時間を止める"というのがこの花のもつ特性なわけだが、そのような"意味合い"を持つものなんて街中にはない。
ただ、"止める"というだけなら街中に溢れている。
標識だ。
止まれ。
通行止め。
歩行者専用。
生憎車の免許は持っていなかったので一部しか分からないが、このあたりが該当するだろう。
実際、過去の採取場所にはこれらの標識が存在したし、他の同様の標識の場所を巡ると小指の先ほどの彼岸花によく似たサヤ=クディオの花を見つけることができた。
標識という共通項であれば"この世界の住人"でも見つけられそうなものだが、そうならなかったのにはわけがある。
出現率が低いのに加え、2つ。
一つは標識が一種類ではない点。
俺の把握しているだけでも3種類の看板が採取場所として該当する。
それぞれ図柄が違う以上、この世界の人間にはそれらが類似の意味合いを持つものだと認識できないというわけだ。
もう一つがただ標識があればいいというものではないという点だ。
この街には現代日本の街並みと比べ非常に多くの標識が存在する。
それらは大抵図柄や設置場所がおかしなことになっており無意味な街の装飾になっているのだが、稀に正確な図柄と配置になっているものがあった。
サヤ=クディオの花はそういった看板の付近を探ってみると他の花に隠れるようにして見つかるのだ。
――元の世界の知識がなければ厳しいにも程がある。
元々採取を担っていた同胞団とやらは長年の採取の中で偶然見つけた場所をコツコツと記録していたのだろうか。
或いは、ずっと昔に誰か転生者が――。
「ようよう、そこのお坊ちゃん。飯を食べるときは全ての生き物に感謝して、嗜虐心たっぷりの笑顔でグサリのバクリと開けた大口に放り込むのが乙ってもんだ。退屈顔で飯を突くなんて飯、料理人、
気づけば目の前に、どこかで見たような少年が片手を上げてニヤッと笑っていた。
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