第36話 仮宿舎

依頼を終えた俺は仮宿舎に向かった。

元々は1つ目の依頼が短時間で終わったことから、もう一つくらい依頼をやってから向かおうと思っていたのだけれど。

しかし、よくよく考えてみればこの辺境のダンジョン都市まで旅して来てすぐ休みも取らずに2つも依頼をおこなうというのは違和感がある。


そんな無茶をやらかすなんてどんな体力バカだって話だ。


なのでロントさんには「今日来たばかりで疲れたのでもう帰ります」といってギルドから出てきた。

実際、帰るといったときにはロントさんには「そもそも普通新人は登録が済んで鍵をもらったらまず家に行って休んで、それから依頼をするのよ?さっきは背負った荷物も置かずに依頼達成の報告をしに来てびっくりしたわ。ここは昼と夜の区別がないから、いつ休むかは自分でコントロールしないといけないの。あまり根を詰めすぎないようにね?」と心配された。


まぁ、違和感があるとはいえまさか転移してきたなんてところまで勘付かれることはないはずだけど、まだこの土地に慣れていない中で不審に思われるような点は一つでも減らしておこうという判断で、一度仮宿舎で休むことにしたのは良かったはずだ。


仮宿舎はギルドからほど近い場所にあるワンルームアパートだった。

内階段を登り、ちょっと古びた風の扉に魔法鍵を押し当てる。

ガチャという音とともに閂が開く音がしたのでドアを開く。


中は壁が見るからにうっすいレ◯パレスタイプの狭めな1K。


異世界に来てこのタイプの家か……。

と少しげんなりする部分もあるが、懐かしい内装に安心もする。

不思議な感覚だった。


懐かしさ。という意味では、極彩色に染まった街並みより余程感じ入るものがある。


そして、不思議な感覚といえばこの部屋の中が"誰かが住んでいるかのような状態"であることもそうだ。


机の上には文字化けした紙やペン、閉じられたノートPCが置かれており、ベッドには少し皺くちゃになった掛け布団やクッションが置かれている。

キッチンのシンクにはコップやスポンジが置かれ、まるで誰かの家に間違えて入ってしまったかのような居心地の悪さがあった。


ただ一つ違うのが、置かれているもの全てがである。

家具も家電も小物も何もかもが壁や床と同じように押しても引いても一切動かせない。


つまり、これらもあくまで"ダンジョンの地形"として生成されただけであるということだ。


テレビは通電中のランプこそ光っているけど観ることはできないし、ベッドやクッションも柔らかそうに見えるのは見た目だけで触ってみると石のように固い。


ロントさんが家が壊れることはないから、私物にさえ注意すれば魔法の練習をしても大丈夫と言っていたのにも頷ける。


ただまぁ、実際に炎属性の魔法を当てても燃え上がらないのかなど、心配な部分はある。

好き勝手できるのは特に置くべき荷物がない今のうちだ。

ということで、早速魔法を練習することにした。


姐さんに魔法を教えてもらったときのことを思い出しながら、各属性の魔法を手のひらで展開していく。

火属性は最初に教えてもらったときと遜色ない大きさで出せたほか、何度も練習していくうちに少し炎の方向を変えるなどアレンジを加えることもできるようになっていた。

壁や家具に当たった火は少しの間その表面を撫ぜるように滑り、そして消えていく。

ただ"燃えない"というだけで魔法を吸収してくれるわけではないので、魔法の練習をするときは片付けをしっかりやっておいたほうが良さそうだ。


魔法操作については、練習の結果風属性も多少コントロールが効くようになった。

規模も精度も正直足りていないけど、小さい敵を吹き飛ばすくらいには使えそうだ。


逆に、他の属性はどうしても姐さんとやったときよりもかなり発動規模が小さくなってしまうし、細かい方向指定のようなことはできない。

石の棒はまっすぐ出せない上にごぼうみたいな細さで生成されるし、水はもはや風呂場で両手を組んで出す水鉄砲のような有様だった。


最初に魔法を教えてもらった後、砦の自分の部屋で練習したときは部屋を壊さないように規模を抑えて発動していたから気が付かなかったけど……。


実戦で使えるのは基本的に火。

たまに風が活きることもあるかな?という感じか。


練習を重ねれば、自由自在に使いこなせる日も来るのだろうか。



暫く魔法を練習していると、魔力不足でふらふらになってきた。


他に人一人が寝返りを打てるようなスペースがなかったので、キッチンの床に寝袋を敷き、横たわる。


あぁ、明日は何しようか。


星と煌めく花々に彩られた常夜の不夜城、ダンジョン都市"アスガルティア"。


生き延びることに精一杯だった森での放浪とは違う。

恩返しのため復讐のためという目的があるにせよ、目の前に広がる冒険に対する浪漫、そしてワクワク感は当然ある。

そして、どこか心の奥底で焦燥のようにチリつくものを感じることを不思議に思いながら、ゆっくりと目を閉じた。

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