第31話 旅立ち

砦の中の殆どの武器や魔道具は先の戦いで消費され、残っていなかった。

豊富にあったのは食料と服。


そして戦いの前に手渡されたスイノーの手帳の中身を見ると、その時言っていたこととは違って手帳の中に金庫の場所と暗号、そして「私たちに何かあったら金庫の中身を開けなさい」とだけ書かれていた。


金庫を見てみると、手入れの行き届いた軽鎧と少し使い古した感じがあるものの、素人目に見ても丁寧な作りをした大ぶりの短剣が一つ。


そして少しばかりの路銀と都市ごとに分けられた宿屋や食事の相場表。

各都市のちょっとした特徴まで書かれている。


添えられたメモには、"砂金や銀粒の交換は少しずつ、店を変えておこなうこと"と書かれていた。

あまりの用意周到さに舌を巻く。


これだけ見るとスイノーは始めから敗けることを見越していたのでは?と思ってしまうが、パニュラ曰く普段通りで事前の準備が良すぎるだけらしい。

すごいな、やっぱり。


旅支度を整え、砦の中の鏡の間に向かう。

本来であれば、砦の皆に見送られる筈だった旅立ち。

別れが少し早く来てしまって、見送りは鏡の中の少女一人だけだ。


「そういえば」


『なんじゃ?』


「もし何事もなく俺が旅立つことになっていたら、パニュラとは会うことなく去ることになっていたのかなって」


パニュラとは、こんな事態にならなければ会わなかったはずだ。

砦の皆は自分たちの事情には関わらせまいと隠していたし、パニュラ自身も俺のことを一方的に知ってはいても接触してくることはこれまでなかった。


『ふむ……。恐らくは皆との別れの後、お主の転移中にちらっと視界の隅に現れてその後ずっと"あの可憐で聡明そうな美少女は何者だったのだろう……"となる悪戯を仕掛けておったじゃろうな』


「地味に後を引くやつじゃん……それ」


悪戯でいたずらに謎を増やさないでほしい。

もしそんなことされていたら、旅立ちから数日は気になって眠れなくなりそうだ。


なんか怖いし。


自分で自分を可憐な美少女と呼ぶのには目をつぶろう。

実際、否定できないしね。


『それで?必要なものは全部持ったかのう?儂は長生きこそしておるが旅などしないから何が必要で何が不要かなんてことはてんでわからんぞ?まぁ、旅とはいえ最初の目的地までは転移で送り届けるから多少足りなくても問題なかろうが……』


「その辺については、前に教わっているから大丈夫」


『そうじゃったな。それで?そろそろどの都市に向かうかは決めたのかのう?』


スイノーの残したメモや、パニュラが過去に聞いたというダンジョンの情報。

あまり有用なものは多くなかったが、それらから既に行先は決めてある。


「アスガルティアに行こうと思っている」


別名、夜行天球儀アスガルティア。


巨大なダンジョンの第一層の地形をそのまま人の生活圏として成立させた迷宮都市だという。


都市部分も含めてダンジョン内特有のねじ曲がった法則や空間によって日は登らず、満天の星空が常に広がっているらしい。


なぜアスガルティスに行くかといえば、ダンジョンとしては比較的危険性が少ないという点と因縁の聖王国からの距離の遠さ、治癒系のアーティファクトが出土しやすいこと、そして何より地形の特徴からだ。


何でも、このダンジョンに短時間ではあるが行ったことがあるデュダが地形がと言っていたらしい。

つまり、現代日本の風景というわけだ。


沼や雪山、洞窟のようなこれまで殆ど歩いたこともないような地形で戦えと言われても、全くもってうまくできる気がしない。

剣の師匠キーカンいわく剣を振るときの踏み込み方や重心の置き場まで地形一つで大きく変わると聞いているし、地形の法則がわからなければ敵がどこに潜んでいるのかなどの検討をつけることもできない。


それが、よく知った日本の風景であれば寧ろ地の利を活かして戦うことだってできる……はず。


この砦に来た頃と比べて急成長したものの、未だに10歳を少し過ぎたくらいの体格の俺にとって取りうる手段、自身に有利な状況はいくらあっても足りないくらいなのだから、気を使ったほうがいいだろう。


あとは……少し、ほんの少しではあるがホームシックのようなものもある。


この世界に来て1年近く。

転生の影響もあるのか前世の記憶の端々が少し薄れてきているような気がするのだ。


それを自覚するたびに心に小さな穴が空いたような気分になって、虚しく思う。

一度、ちゃんと思い出せる機会が欲しかったという一面もアスガルティスを行き先に選んだ理由だった。


『承知した。お主は内面はともかく、体はまだ出来上がっていない子供のそれじゃ。無理するでないぞ?』


「わかってる。死んだら元も子もないし」


『うむ。わかっているなら良いわい』


「あぁ」


『うむうむ。それでは、お主を送り出すとしようか。お主が出ていき次第、例の部屋とこの砦の転移鏡を封鎖しお主の鏡以外の外部との接触手段一切を断つ。補完の女神の手先に嗅ぎつけられたらたまらんからのう。お主の鏡との接続もお主側からの一方通行にする予定じゃ。もう戻ってこれないわけじゃが、大丈夫か?』


「あぁ」


いざ出発というときになって、楽しかった砦の日々が急に脳裏に浮かんでは消えていって言葉がうまく出なくなる。

もうちょっとでいいからいたい。

離れがたい。


きっと、戻ってこられるのは遠い先のことになるだろう。

それでも。

旅立ち、成し遂げなければ。


この誰もいなくなった砦が、かつての活気ある姿になるように。


鏡をくぐる。

極彩色に彩られた鏡の中の世界を先導する金色の髪の少女は今の俺と同じ位の背丈で、想像していたよりもずっと大きかった。


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明日、間章を挟んで新章開始です。

一つの節目ということで、よろしければレビューなどを頂けると嬉しいです。


書き溜めがだいぶ減ってきているので新章は毎日投稿……というわけにはいかなくなるかと思います。

ただ、最後まで骨子はできているので高頻度での更新は続けていく予定です。

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