第24話 少年の知らぬ戦い①

少し時を遡る。


「敵さん、森を焼き払うつもりなのらー!迎撃準備なのら!」


少年が大事に仕舞い込まれてから数時間後。

半ば吠えるような声で、イーパスが叫んだ。


次の瞬間。

森の奥から真っ赤な巨大な熱塊が延びてきて、一瞬で木々を焼き払い、砦の柵のそばまで駆け抜けた。


「ちッ。いきなり火の極大儀式魔法かよ!」


誰かが呟いた声は、一瞬遅れて襲い来るとんでもない熱風に搔き消された。


しかし、それで怯む砦の面々ではない。

岩山に透明なインクで描かれた魔法陣が一瞬で浮かび上がり、土魔法によって生成された無数の石の礫とドンという爆音ともに暴風が猛炎を押し返しながら突き抜ける。


しばしの間、訪れる静寂。


しかしその静けさは、焼かれた森から立ち上る煙と共にと振るわれた剣圧で一瞬のうちに切り飛ばされる。


現れたのは、真っ白に輝く鎧を着た黒髪長身の美丈夫。

あざけるようなな笑みを浮かべ、剣を地面に突き刺す。


そして男に引き連れられるようにして無数のローブを着た者が後ろに続く。


「いやぁ。道を作るために折角唱えた魔法を跳ね返すだけでは飽き足らず、土魔法の混ぜ物まで飛ばしてくれちゃってさー。いくら肉壁用の使い捨ての奴らが中心だっつったって、こっちの前衛部隊を一撃で壊滅だぜ?なかなかにエゲツないことしてくれるねぇ?クソ犯罪者どもは!!」


鎧の男が軽薄な声で放ったその言葉は、無音の戦場にやけに大きく響いた。


次の瞬間、襲い来るは人の背丈程の大きさの金属矢。

砦の上部に取り付けられた巨大なおおゆみから、一斉に雨のように男目掛けて放たれた。


――キンッ。


しかし、無数の矢は響く涼やかな音とともに弾かれ、後には得意げな顔で立つ男と剣の軌跡のみが残る。


「はっ!人が話してるときに遮っちゃいけませんって習わなかったのかぁ?習ってねえか!お前ら揃って未開人のバカだもんな!ご先祖さんも昔大陸から来た連中と戦う時、こちらの名乗りの文化を無視して攻撃されて痛い目あったってなんかの授業で聞いたけどさぁー。まさか同じ目に会うとわねぇ。ま、俺はこの通り何一つ痛い目にあってない訳だが………っておいおい、後続隊さんよ?俺が弾いた矢に刺さりまくってるってマジウケんね、それ!?いいよね。もう撮ったわ!クッソだせぇなオイ!右奥のなんて一本で3人貫かれてんじゃん。団子かよ。ぎゃはは」


鎧の男は、パシャリという音と共に背後に光を浴びせる。

砦の面々は男に対しては打つ手なしとみるや、そんなことをお構いなしに今度は後続隊に向けて大型投石器で魔道具を投げつける。


途端に吹き荒れる吹雪、響き渡る雷鳴。

地面を溶かし、ジクジクとした傷口のような赤いマグマへと変える熱量の塊。


最初の火魔法で切り開かれた森の道を文字通り埋め尽くすように迫っていたローブや鎧を着た者たち。

それらは一瞬のうちに魔道具によって引き起こされる天変地異に鏖殺おうさつされた。


「ひっでぇー!なんだよそれ、国宝級の忘却魔具アーティファクトを暴走状態にして使い捨てかよ!確かに?俺もそういうこと一度はやってみたいなーってロマンを感じてたけど?建国の礎となった大事な大事な宝ですとか言って飾られてるの見てぶち壊してみてーとか思ったこともあったけどさー。せっかく貰った部下たちが殆ど全滅しちゃったじゃん!絵面はめちゃくちゃえていいけどさー、こんな写真だけじゃ大損にもほどがあるわけ。なぁ、どうしてくれんの?コレ」


興奮した風に、部下たちが死にゆく姿を撮る男。

しかし、最後に振り返って言った一言だけは酷く冷たい声で、強い殺気がこもっていた。


「まぁまァ。そう怒らないノ。あの程度の使い捨ての部下なんて街に行けばいくらでも徴集できるんだからサ、ネ?」


鎧を来た男の影から、スリットの多く入った艶めかしい漆黒のドレスという煽情的な恰好をした女がゆらりと現れ、男の首に腕を回す。


それは、蜂蜜のような女だった。


どこか作り物めいた白磁のような柔肌、ゆったりとした蠱惑的で粘性を帯びた声。

吸い込まれるようなオレンジの瞳は男を前に優しげに細められ、血のように赤い唇は誘うように弧を描く。


「あぁ、レファ!こんな戦場でも一緒にいられるなんてとても嬉しいよ。だけど出てきても良かったのかい?俺が君には一つの傷すらつけないように守るのはたやすいことだけど、あいつら、どんな卑怯な手を使ってくるかわからないから、さ」


顔をとろりと溶けさせるように笑い、男は言う。


「承知の上ですワ。それにわたくしだっテ、貴方様に及ばずとも同じ"女神の16柱"の1人ですノ。自分の身を守ることくらい造作もないことですワ」


男にしな垂れかかるように女は言う。

おとなしくなった男をよそに女はくるりと回ってその、どろりとした声を響かせる。


「"立待の勇者"天衣一兎あまいかずと様に代わっテ、私、"待宵の踊り子"レファが皆様の罪状を読み上げるわネ。あなた達、"合わせ鏡の盗賊団"は強盗、殺人、神殿兵の誘拐に要人暗殺………。先遣隊として派遣した"女神の16柱"の殺害。それに何よリ!我らが尊くもかしこき女神様への反逆と不信の罪に冒されていますノ。よっテ、私たちの手によって速やかに浄化されることを通告いたしまス。……それト、アネッサ。ここにいるのでしょウ。あの国で身を立てる前からの………同郷の旧友なのだし話をしましょウ?ねぇ、何故


砦の屋根の上に凛とした佇まいで立つ黒髪の女に向けてレファは叫ぶ。


姐さんだった。


「旧友だなんて止めてくれないかい!アタシはねぇ?てめぇのドブ川みたいな思考と話し方と男癖に常々吐きそうになってたんだ。それによりにもよって裏切ったのは何でだって?クソ女神に付き従うようなアンタらみたいなゴミカス共と一緒にいたらこっちの鼻まで臭くて臭くて曲がっちまいそうだったからに決まってんだろう?なぁ!?野郎ども!」


「おうさ!」

「腐れビッチなんざお断りだってんだ!」

「○○カス共々肥溜めにでも埋もっとけや!」


響き渡るのは。

普段とは全く違う粗野で、嘲りと軽蔑で満ちた汚らしい怒号。


少年が知らない砦の姿がそこにはあった。

少年が知らない人の姿がそこにはあった。


「あなた達が"古き者"を信仰するようになっタ。それは汚らわしき"古き者"にたぶらかされたからとしてモ、日々、国の方々で罪なき人々を虐殺に追い込むようになったのは私理解できませんでしたのヨ?そんな慣れない盗賊まがいな口調まで装っテ……どうしてそんなことをするようになってしまったのでス?」


演技などではないかのように、只々酷く悲しそうにレファは嘆く。

しかしそれに対し、アネッサは下手な芝居でも見ているかのように鼻で笑う。


「罪なき人を虐殺………ねぇ。私たちは神殿の隷属魔法具をぶち壊して回って、ついでに宝物庫に溜め込まれたものを奪ってやっていただけさね。それで善良ぶった聖王国の市民共が散々奴隷として甚振いたぶってきた他種族にやられたって知ったことじゃあないよ。それに、私から見れば変わっちまったのはアンタらの方さ。王が代替わりするまでは国もアンタも多少はマシだった。国は普通に腐敗していてゴミだらけだっただけだし、アンタも当初はただの尻軽でしかなかったさ。それが、新王……当時はただの王弟だったか。ヤツが女神信仰にのめり込むにつれおかしくなっていったわけだ。最初からアンタの差し金だろう?新王や上級貴族どもを色とヤクで誘惑して、アタシ達の王様を殺させ、国ごと女神に帰依させて聖王国なんてクソみたいな国名を名乗らせた。すべてはそのためだったと思えば、あの時謎だったアンタの行動すべてに納得がいくよ」


苦々しげに話すアネッサとは対照的にレファの表情は花開くような笑顔へと変わる。


「フフフ……キャハハハハハ!!気づいてらっしゃいましたノ?それならもう、こんな茶番はいりませんわネ」


そう言って、レファはカズトの腰に手を回す。


「私たチだけでは後処理が面倒ですかラ、少々出直しますワ。兵は順次転移で随時送り付けますからご安心ヲ。退屈はさせませんワ。カズト様もそれでよろしくテ?」

「あぁ、レファがそうしたいっていうならそれでいいとも!」


そう言うと、二人は一瞬のうちに影に溶けて消えていく。


後に残ったのは、跡形もなくズタズタになった森と無数の死体。

そして影から現れた、巨木よりも大きな腕型の化け物の群れだった。


その後戦いは続く。

いつまでも、いつまでも。






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