第21話 荷物の意味

「やっときたか。お前のことだ、魔法の練習にのめり込んで朝方までやってたってとこだろ?それでこんな状況下でも昼近くまでぐーすか寝ていたと」


口の端を上げて揶揄からかう風に言うのは、デュダだ。

少しムカッとくるが砦中が慌ただしく準備に追われている喧騒の中で暢気に寝入っていたのだから何も言い返せない。


「ぐぬぬ……」

「魔法を教えられた子どもが夢中になるのは一般的なことだと聞いたことがあるが……。ふん。散々"子どもじゃない"、”子ども扱いするな”と騒ぐ自称大人のカイセがそうもはしゃぎまわるとはな。まぁ、年相応でいいんじゃないか?なぁ?」


こちらが反論できないと見るや、これでもかってほど煽ってくる。


さては昨日鼻フックかました仕返しか!


大人げない姿に指が二本立ちそうになるが、その手を握られ抑えられる。


「クソっ」


読まれていた。

いや、瞬時に攻撃ぼうりょくに移らなかった俺の落ち度か。


「はッ。そうなんども同じ手にかかってたまるかってんだ。それに、今お前とじゃれてる暇はねぇ。さっさとこの荷物をお前の部屋に運んでおけ」


そういって、デュダは倉庫の一角、山のように積まれた荷物を指さす。

要件を言われたので忍びの印が如く両手を組み、両人差し指だけ立てた状態から手を下ろす。


「多いなっ!それにこれ、箱の中身は干し肉に食事めし中に水替わりに飲む薄いワイン、豆に本?魔道具もあるのか。それと……服?倉庫からいちいち運び出す理由も、その先が俺の部屋っていうのもわけわかんねぇんだけど」


戦いに必要なものを各所に持っていくとかならともかく。

態々倉庫にあるものを俺の部屋に持っていく理由が分からない。

食べ物の匂いが部屋につくのも嫌だし、


「あー……。そうそう、お前の部屋、2階にあるだろ?魔物に万が一砦に侵入されてみろ、1階に入ってすぐのところにある倉庫。中には食いもんがいっぱいときたら荒らされちまう。お前の部屋なら2階だからすぐに嗅ぎつけられることもねぇ。それにあの部屋、実は岩山の形状の関係上ほかの部屋よりも壁が分厚くて丈夫にできてたりするんだ。貴重品の魔道具、高値で売れる服も、この砦にとって大事なモノはいざという時に備えてあの部屋にしまっておきたいって訳だ。いいからさっさと運べ」


めんどくさそうにしっしと手を払うように振って、早く行けと言ってくる。

まぁ、理由があるなら仕方ない。


――あとで、干し肉ちょっと摘まもーっと。


「はいはい。必要だってんなら、ちゃんとやりますよーだ。」


荷物をいくつかぐいと持ち上げる。

元々奴隷労働のために筋肉質だった身体ではあるが、最近は食に困らないお陰でみるみるうちに体格も良くなり、これまで以上に力がついていた。

背もこれまでの遅れを取り返すが如く怒涛の成長を続けており、ぴったりだった服が次の月にはキツくなるくらいだ。

筋骨隆々な者が多い砦の面々にはかなわないが、前世とは比べ物にならない程の大荷物を運ぶことができるようになってきている。

こんな怪力が出せるあたり、やはり見た目こそ同じなものの、基本的な身体構造からして前世の人間とは違うのだろうな。


荷物を持って、窓を封じられてすっかり暗くなった部屋と倉庫を往復。

これを4回。


うん、疲れた。


最後に残ったちょっとした荷物……貴重品と念を押されたため別で運ぶことにした魔道具を倉庫から部屋に運んでいると、姐さんが部屋の前にいるのが見えた。


「あれ、姐さんどうしたんですか。何か用事ですか?」


姐さんは魔法関係やら兵糧……というか戦っていて料理が満足にできない間の保存がきく料理を準備するのに忙しかったはずだ。

何か用だろうか?


「坊主、やっと来たかい。待っていたよ。用事……あぁ、そうそう。坊主の部屋に魔道具を運び込んだろう?この魔道具というのは実はとても繊細なものでねぇ。配置なんかにも気を使わなければいけないのさ。だから私が来たというわけさね。それ、その魔道具をこっちにお渡し」


魔道具は普段、結構雑に倉庫に積まれていたりする。

大半の物は消耗品……というのもあるし、形状がばらばらで普通にしまうと重ばるからだとデュダは言っていた。

そんな中で、配置にまで気を使わなければいけない魔道具。

見たことのないものだったので元々どこにしまわれていたものなのかわからないが、そこまでの貴重品が部屋に置かれるというのは緊張するな。


魔道具を渡すと、姐さんは部屋のど真ん中と四隅にそれぞれ魔道具を置いていく。


「え、そんなところに置くんですか」

「そうさ。魔道具は魔力の干渉なんかもあるからねぇ」


魔力の干渉……というのはイマイチよくわからないが、理由があってそうせざるを得ないなら仕方ないか。


――せめて別の部屋でやってほしかったかなぁ。


そして今度は白いチョークのような棒を取り出して、魔道具同士をつなぐように床に何かを描いていく。


「ちょ、ちょっと、なにやってんですか!姐さん」


姐さんは少しも躊躇することなく、床に紋様を描き続ける。

見る見るうちに俺の暗い部屋は、黒魔術の儀式部屋じみた光景になっていった。


その光景を照らす吊るしのランタンが揺れ、明かりがゆらゆらと動くのも一層怪しい雰囲気に拍車をかけている。

それを部屋の外から呆然と眺めるしかない俺。


「大事な魔道具だからねぇ。認識阻害と守護の魔法陣を描いているのさ。後で掃除が大変だろうけど、任せたよ」

「えー……」


俺がこっちに来た時の最初の部屋は、血と羽虫と汚物やゴミでまみれた廃屋だった。

そのトラウマもあって前世と違って、せっかくこまめに掃除していたのに。


ちょっともやもやするが、姐さんが必要というのであれば必要なのだろう。

全部が終わった後で、頑張ってしっかり掃除するか。


「坊主、あんたは現状、魔力量こそ特段多いものじゃぁないが、魔力操作はそこそこレベルの才能がある。火の魔力の質は上等だし、風の質も普通の魔法士としてやっていく分には全く問題ない程度には良いといえるさね。他は味噌っかすだが……使えない訳じゃない。工夫と練習次第で何かの役には立つはずさ」


作業をしながら、姐さんはそんなことを言い出す。

昨日の勉強の続きなのだろう。

味噌っかす……とか、色々と気になる部分はあるが、普通の魔法士以上に火魔法に適性があると聞けたのはとても嬉しい。


「昨日の感覚は忘れてないね?決して忘れないように、どんなに心が悲しみに沈んだ日も、どんなに打ちのめされた日でも練習を欠かすんじゃないよ」

「分かってますって」


自由自在に火やら風やらを操れるというのは存外に楽しいものだ。

言われなくとも、何なら止められたって練習しますとも。


「それに料理もさ。私の経験上、苦しいときも、悔しいときも料理の味は変わらない。例え限界を超えて味が感じ取れなくなっても、口に運んだ一匙と共にその温かみと料理にかかわる思い出は変わらずそこに立ち現れるものだと私は思っている。普段は芋のサラダばかり作らせてたけども、色んな料理を教えただろう?忘れるんじゃないよ」

「はい」


今日はやけに何かと将来のために……という話が多い気がするな。


何でだろうか。


そういえば、魔法は成人になってから教えられる場合が多いって言ってたっけ。

昨日魔法を教わったことで、これからは大人扱いするぞってことだったりするのだろうか。


少し経つと、忙しなく動き続けていた姐さんの腕が止まる。

床の端から端までびっしりと描かれた魔法陣は細部に至るまで精緻かつブレのない図形で描かれていた。

これを道具もなしに短時間で描き終えた姐さん。

流石、元王宮勤めの魔法士というだけあるということなんだろうな。


「ほれ、坊主。なんでそんなところにつっ立てるんだい。手伝いなさいな」


立ち上がった姐さんはドアの外に立ち続ける俺に言う。


「いや、その魔法陣を踏みそうでさ。消えちゃったらマズいでしょ」


びっしりと書かれた紋様の間を縫って歩くのは不可能と言ってもいいほどだ。

やろうとしたら絶対、途中でよろけて倒れる自信がある。


「この特製インクはそんな簡単に消えたりしないよ。それ、さっさとお入り」


さっさと消えないということは、掃除が大変だということでは?

当たり前のことのように言う姐さんに疑いの眼を送りつつ、部屋へと入る。


「手伝うって、何するんですか」


荷物も積まれているし、やることはなさそうなわけだけど。


「あー……そうだねぇ。ふむ。奥に積まれた食料箱が魔道具の魔力と干渉しそうだから、ずらしてくれるかい」


部屋の外に出た姐さんは、奥の荷を指さしながらそう言う。


「これですか」

「そうそう。それを左奥の山に移動してほしいのさ」


部屋の奥に進み、荷物を手に取る。


「――――――」


姐さんが、何かをつぶやいた気がしたので振り返ると、閉まるドアが見える。


「あれ、姐さん?」


声をかけるが返事はなく、廊下からは姐さんが何かを呟く、くぐもった声が響く。

荷物を指示された場所において、ドアへと向かう。

何かあったのだろうか?


「え?あれ?」


手をかけたドアノブは、ピクリとも動かなかった。

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