第19話 魔の法則②

「魔法。そう呼ばれる技術……というのかねぇ。そういったものは自身の魔力を操り手足から出すもの、道具を使うもの、魔法陣や魔法式を描くもの。呪文を唱えるもの。変わり種で言えば人の縁や罪悪感、×××をこじつけて××を起こさせる呪術に、個人の×の性質に基づく固有魔法ユニークまで種類を挙げていけばキリがないほどに山ほど種類がある。ただ、魔法かそうでないかを分類する基準はとても単純。魔力を使うか使わないかさね」


姐さんは魔法の種類ごとにひとつひとつ指を折って数を数えながら言う。


「デュダの話す感じからして、手足から出るようなのばかりだと……」


「それは広義と狭義の違いさね。この世に木にる果実は数あれど、人が"木の実"と呼ぶのは食べられるものだけっていうのと同じようなもんさ。そこらの人が使えるのは念じると手足から炎やら水やらがでるような狭義の魔法だけ。よって他のものは身近ではない"何か"として別の呼ばれ方をするのさ。ある程度魔法を齧った私みたいのからしたら、ちょっと魔力のが違うだけで全部一緒なんだけどねぇ」


同じ電気という力を使っていても、熱や風、動力に計算、明かりと様々な形にできるのと同じようなものだろうか。

魔力とは、電気よりも柔軟で扱いやすく、物質にも変換できる万能エネルギーのようなものなのかもしれない。


しかし、姐さん。

砦のご飯係……にしては、やけに魔法に詳しくないか?


「ははっ。坊主が何を考えているかはわかるとも。私がなんでこんなに魔法に詳しいかって聞きたいんだろう?私はこう見えて元々王宮勤めの魔法士でねぇ。今じゃ諸事情あって引退しているが、知識だけはそれなりにあるのさ」


こういう場合の"それなり"は、"とびきり"とかそういったやつじゃなかろうか。


王宮勤めだったのを引退して現在の生活……となると諸事情が非常に気になるところだが、まぁ、態々濁している部分を突っつく必要はないだろう。


しかし、意外な人に意外な過去が!となるようなやつ。


俺は数か月砦の人たちとは仲良くしていたつもりだった。

実際、夜な夜な酒を飲んでのバカ騒ぎに交じったり、分かるような分からないような話をだらだらとしながらだらけたりといった日常を過ごしてきている。

ただ、こうして改めて考えると気づく。


――砦の人たちの過去や背景について、俺は何も知らない。


それは、俺がまだ言葉に不自由していて聞き取れなかったという類の話ではない。

それは、皆が過去を特段隠しているというわけでも、恐らくないだろう。


俺には人に語れる過去がないから、切り出せなかった。或いは切り出されなかった。

……これは少なからずあるかもしれない。


ただ、今、姐さんの過去を聞いて気がついた。


一番の理由はそうじゃない。


決してそんな理由ではなく、


いずれ別れる人のことを知るのが怖かった。

知ってしまって、好きになってしまって、離れがたくなるのがただ怖かった。


それが理由だ。


俺は、常に頭の端に復讐がちらついている。

頭蓋の薄皮一枚裏をチリチリと焦がすように赤い復讐の火が燻り続けていて、考えないようにしても、他の感情で覆い隠そうとしても、まったくもって消えやしない。


そんな仄暗いものに、神を敵に回すなんて危険に、この砦の"いい人たち"を付き合わせてはいけないことぐらい分かっている。


復讐を諦めるなんてことは、あの悔しさを心の奥にしまい込むなんてことは決してできない以上、俺は遅かれ早かれこの居心地のいい砦から旅立たなきゃいけない訳だ。


砦の人たちも、それを察してなのか他に理由があるのかは分からないが護身術や物の見立て、野宿の知識なんかを教えてくれている。


旅立つ日はそう遠くない。

その日に辛くならないように、俺の方から一線を引いて、相手の事情に深入りしないようにしていた……ようだ。


と、本当に今気が付いた。


まぁ、姐さんが急に固まった俺に片眉を上げたので閑話休題。


「坊主に教えるのは基礎となる狭義の魔法、そして魔道具の使い方さね。まずは魔道具から……ほれ、腕を前に出さんか」


何をされるのか分からず、困惑しながら右腕を前に出す。

すると、カチャという小さな音と共に、赤い幾何学模様が走る細い金色の腕輪がはめられた。


「なんですか?これ」


見た目にも美しい精巧な工芸品のような腕輪。

魔道具……なのだろうか。


「それは守護の腕輪さね。装着者の皮膚に重なるように薄い魔力を張り、衝撃が加わると一瞬で皮膚の外まで×が延びて衝撃を相殺するという代物さ。これは自分の物とか人の物とか関係なしに魔力を腕輪に蓄えておけるから練習にぴったりなのさ。ほれ」


そう言うと、姐さんは腕輪をはめた右腕の手のひらに触れる。

次の瞬間、姐さんから空気のような、水のような"何か"が引き延ばされるような初めての感覚とともに、腕を這いながら腕輪に入っていくのが分かった。

そして、その感触に気が付いた瞬間、自身の身体や周囲の空間、そのすべてに似たような液体とも空気ともつかない「力」が満ちているのに気がつく。


息を止めると酸素の存在を意識できるように。

手を振ると、空気の存在を意識できるように。


それまでずっとあったものの、意識できなかったものに気が付いた、


「これが、魔力さね。どうだい?」


「正直、何か気持ち悪いというか、何というか……」


「ははっ。最初は誰もがそう言うものさ。一度で感じ取れたのなら十分すぎる程合格と言えるだろうよ。それじゃ、感覚は分かっただろう?魔力を自分だけで動かせるかい?」


やれるか?と聞かれたのだから、やってやるほかないだろう。

左手に意識を集中し、周囲の"魔力"を千切りながら手のひらに集め、捏ね回す。

最初こそ、うまくに霧散してしまったが、先ほどの感覚を真似ながら意識を動かすと驚くくらい抵抗なく魔力は一塊となる。

その”魔力”を腕輪に近づけると、すんなりと腕輪に魔力は吸い込まれていった。


「ほう。これまた一発とは筋がいいねぇ。それで坊主も晴れて魔法が使えるようになったというわけさ。魔道具があればという条件付きだがね」


「これで……?」


正直、思っていた派手なものとは全く違う。

それに、あまりにもあっけなくて拍子抜けだ。


「そんな湿気たつらしてるんじゃないよ、全く。たしかに今やった魔力の操作は特別なものじゃあない。都市部なんかだと魔道具が普及しているから、大人なら大抵できる魔法の中でも基礎の基礎の技術さ。ただ、基礎だからこそ訓練すれば魔法の発動速度や精密操作、魔力の効率なんかの全てが底上げされる。舐めちゃあいけないよ?」


「あ……うん。そういうものかー」


魔法と聞くと特別なものに思えるが、この世界にとっては一般的な技術、技能。

神秘的な何かとか、そういうものではないのも仕方ないか。


「そうしょげられるとねぇ……。まぁ一発で出来て時間もあるし、もう一個くらいは教えておこうかね」


そう言うと、姐さんは俺の腕輪のはまっていない左手を持ち上げて両手で揉みこむように握る。


「坊主の手の上で魔力を動かして、各属性の魔法を使うよ。やるのは一度だけ。属性魔法の習得とはね、本来ならもっともっとじっくり時間をかけて感覚を覚えてようやく使えるようになり、そこから研鑽を重ねるものだ。それこそ数年単位が当たり前の世界さ。でも今回をすることで直接経験させることにした。私も坊主もせっかちだから丁度いいだろう?その代わりこの方法はそう使えるもんじゃあない。すぐに真似できなくたっていいから、この一回で魔力が動く感覚だけは忘れず覚えておくんだよ」


姐さんは真剣な顔でそう言う。

俺がうなずくと次の瞬間、手のひらに魔力が這う感覚が走った。

手の表面から煙が立ち上るように揺れる無数の小さな魔力の柱たち。

体内から魔力を引っ張り上げるように下から上へと魔力は動く。


そんな柱達の先端を緩やかにねじるようにふんわりと中央にまとめられると、姐さんは言う。


「何よりも大切なのは勢いさ。料理とは違ってね」


一瞬。

手のひらの中央で小さく魔力が弾け、緑がかった炎がパンッと爆発する。


「うわぁあっ」


小さいながらも、顔が焦げるかと思うほどの熱風を伴う純粋な熱量の破裂。

思わず顔を腕で覆ってひっくり返るのもおかしくないはずだ。


――情けない声が出てしまったのも仕方ないだろ!


「カカっ。可愛げのある声が出たねぇ。爆風で感覚まで吹っ飛んだんじゃないかい?」

「だ、大丈夫……だ!」


大丈夫じゃない。

こんなになるなら、先に言ってほしい。

心臓が飛び出るかと思ったわ!


「さ、次の魔法だ。腰抜かしてないでさっさと起き上がりな」

「腰は抜かしてないぞ!」


正直、半分抜かしていた。

ただ、それを察されるのは恥ずかしいのであくまで平静を装い続ける。


――装えてるよね?


「ふん。じゃあ早速次だよ」


そう言うと、手のひらの外周から中央に向けて波打つように魔力が少しずつ集まり始める。

最初はゆったりと風にそよぐ草原のように。

次いで夏の砂浜に揺らぐ波のように。


押しては返し、少しずつ少しずつ大きくなりながら体内から魔力を引っ張り上げる力の波。

まるで手のひらの上が一つの景色になったかのように錯覚する壮大さを感じる。


「大事なのはゆっくり急ぎ、自然にうねりをおおきくすることさね」


手のひらから大きくこぼれそうになりながら魔力がうねる。

波に例えるなら、すべてを飲み込むような大津波。

それが手のひらの中心に一気に押し寄せると同時に、急に具現化された水がパシャリと弾けた。


「・・・」


現れた水は勢いよく吹き出し、俺の頭上へ。

当然出来上がる濡れ鼠が一匹。


びしょびしょになりながら姐さんに抗議の視線を送るが、そこには腹を抱え笑いを堪える人間が一人。


さてはわざとやりやがったな。


「くくっ……。さ、さて、次だよ次」


水魔法を使えるようになったらいの一番に被せてやると誓いつつ左手を差し出す。


今度は手のひらの中心に螺旋を描くように魔力を寄り集め、球体を作り始める。


――がんだこれ。


魔力は眼に見えないが、皮膚を這う感覚が青い球を幻視させる。


となると次に来るのはきっと風魔法!

作り出された球体は内側からの圧がみるみる高まり、今にも暴発しそうだ。


――今度こそ、してやられないぞ。


「圧を無駄なく逃がさないこと、そして力の解放先を上手く絞ることが肝要さね」


――来た!


魔力の球が弾けると同時に身をよじって横に移動する。


「ぶふぇらぁッ!」


途端に吹き飛ぶ身体。


「ぶわぁっはっは!自分から当たりに行くとはやるじゃあないかっ!坊主!」


「う……ぐぬぅ」


幸い、落下地点にソファがあったので落ちた衝撃は無い。

ただ、風が思いっきり胴と顔にあたった衝撃と……避けることを読まれて無様に当たってしまったことの衝撃に打ちのめされて立ち上がれない。


立ち直れないってこれ……。


「はーはっはッ。はー笑った笑った。それ、立ち上がれないならそのままやろうかね」


ソファの後ろからひょいと顔と手を出した姐さんは、そのまま俺の左手を取る。

まじでこの体勢のままやるのか!


「今度はちょいと難しいから気ぃ張るんだよ。もう散々笑ったし揶揄からかわないから真剣におやり」


手のひらの上で、小さな魔力が泡のように膨らんでは縮んでを繰り返す。

それは最終的にかなり圧縮され、小さなビーズのようになって積み重なっていった。


今度はなんだ?

何が来る?


段々とひとつひとつの球が重なるように集まり、その上で圧縮されていくのがわかる。

しかし、身構えているのに、なかなか魔力が魔法にならない。


「焦らずじっくり丁寧に。どっしりとした心構えで臨むのが重要なのさ」


ぼんっ。


そんな軽い衝撃とともに手のひらから長い岩の棒が現れる。

ソファの上で横になりながらだったのもあってそのまま柔らかい布地に落ちたから良かったけど、そうじゃなきゃ最悪机を破壊していたんじゃないか?コレ。


「さぁ。これでパパッと教えられるのは最後だよ。後は自分で練習するなり何なりして学びな」


少し疲れた風に、姐さんは言う。


「人の魔力を操って魔法を使うのは××で存外に疲れるものなのさ。私は休むから坊主もさっさと部屋に帰って復習するなり寝るなりしな」


ぶっきらぼうな言い方とは逆に、優しい目でソファの上の俺を立ち上がらせ、背中をパンと押してくる。


「ありがとう!姐さん」


「はいはい。さっさと帰りな」


自分では何一つ魔力を動かしていないが、魔法を使えたという高揚感が早く自分でも試せと急かしてくる。


――あんなことが自由自在にできるなんて!最高じゃん!


姐さんへの挨拶もそこそこに、逸り踊る心のままに自分の部屋へと駆けだした。




……

…………

………………



「それで?姐さん。カイセの魔法はどうだったんだよ。あれだけ魔法に興味津々だったんだ。少しくらいはまともに使えそうなのか?」


少年が消えた広間の中に、無骨で顔に傷がある青年とすこし痩せぎすな男、大柄な男が入ってくる。


「驚いたことに魔力の感覚を引き出しただけで、次の瞬間には魔力をそれなりに自由に操作できていたよ。早熟かどうかは成長後の最終的な操作の精度には関係ないからそれだけで天才……とはいえないが、筋は良さそうだったねぇ。無理を押して、今日の感覚を忘れなければ後は独学でも何とかなんとかなるだろうさ。魔力の適正……質で言うなら、火は在野レベルであれば上々で、風は及第点。移動の補助くらいには使えるようになるだろうね。土と水は使えこそするが戦闘にはあまり使えないね」


「魔道具操作のみならず属性魔法まで教えられるとは想定以上です。良かった良かった。私たちに残された時間で彼に与えられるものは限られていますからね。あなたの魔法を伝えられたのなら一安心です。魔法師として立派に生きていけるでしょう」


痩せぎすな男はそう言ってほほ笑む。


「スイノー!私の魔法が元素魔法だけみたいに言うんじゃないよ!まだ固有魔法ユニークの訓練も呪術も魔法陣のイロハも教えられてないよ。そもそも魔法は個人の適正に合わせて選び、伸ばしていくもんだ。基本の元素魔法だけじゃ魔法師とは到底呼べないよ。……そう考えると、満足に教え込めたのは料理くらいの物さねぇ」


アネッサは悔しそうに首を振る。


「しかし、残された時間……ねぇ。ということはついにその時が来たということかい。このまま何事もなく時が過ぎればと思っていたところだったのに、ままならないものだねぇ」


「ああ。奴らが迫っているのを森でサティスが放ってた鳥達つかいま経由で見つけたぜ」

「そうなのら。こっちの正確な場所を嗅ぎつけているならあと二日、分かってなくてもここまで迫られていたら時間の問題なのらー……」


腰に剣をぶら下げた大柄な男が残念そうに言い、その胸元から出てきたジャーカン族のサティスが言葉を続ける。


「それで、やっこさんの戦力は?」

「半年前よりもさらに多くて、強そうなのが多いのは確かなのら」

「そうかいそうかい。それは準備が忙しくなるねぇ」


初めての魔法に夢中になり練習を続ける少年をよそに、砦の重暗い夜は更けていく。

明け方、慌ただしい周囲に気づくことなく少年は眠りに落ちていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る