第16話 時は流れて

「リューズ、おはよー」

「ふわぁぁ……。おーう、カイセか。おはようさん」


この砦にきて300日ほどが経っただろうか。

50から先は数えるのをやめていたので正確なところは分からないが、そのくらいの月日が経った。


たぶん。

半分勘だけど。


まぁ、細かい数字の話は置いておいて。


それだけの月日が経てば言語学よわよわな俺でも多少の会話はできるようになっているわけで。

勿論、自力ではない。

デュダや、今目の前にいるドンキにいそうな金髪の青年リューズ、姐さんにその他諸々。

砦中とは言わないが、多くの人が面白がっていろんな言葉を教えてくれたおかげだ。


大人になるに連れて学習能力が落ちていくのは、頭の回転や記憶力が落ちるというよりも単純に恐れず挑戦する試行回数が落ちるからなんて話を聞いたことがある。

そういった意味では見た目が子どもで遠慮なく聞ける立場、そしてそれに快く応じてくれる人たちがいる環境というのは非常に良かったようで、込み入った話で無ければある程度のニュアンスも含めて会話できるようになっていた。


もちろん、要因はそれだけではない。

この砦で使われている言葉は文字にそのままできる……カタカナやひらがなのような、所謂表音文字というやつだったことも大いに関係ある。

話しなれない発音と文字があったり同じ音でも複数の文字を使い分けたりといった例外こそあるものの、基本的に発音と文字が1対1で対応しているわけだ。

さらに、日本語のように多少単語が前後しても伝わるあたりも英語文法で苦しみに苦しんだ自分にとってはやりやすい。


最初覚えるまではものすごい大変だったが覚えてしまえばあとはこっちのものといった形で、デュダの書いていく倉庫の目録や砦内の図書室の本で語彙や表現の幅はどんどん増えていった。


とはいえ。

名詞や走るや食べるなどの直接的な動きを表す言葉は覚えられても、助けるだとか、治すといった少し抽象が入った表現はなかなか言葉と概念を結び付けられないがために覚えられず苦労している。

そんな流れもあって、何で自分を助けてくれたのかなどについては聞けずにいた。


「カイセ、疲れてんのか?どうせまた夜遅い時間まで本読んでたんだろう」


朝から考え事……というか、ぼんやりと最近の振り返りをして固まってしまっていたらしい。

文字を覚えてからは夕方以降は勉強を兼ねてひたすら本を読み漁る生活をしているので寝不足の日も多々あり、よく話すリューズには時折こうして心配されている。


「時間ってのはな。有り余っていると思っているときには本当は足りなくて、足りないと思っているときほど本当はもっとゆっくり使っていいもんだ。××という意味でも××××××。そう急がなくていいだろ?誰も×××たりしないしさ」


リューズはタンクトップの細マッチョという脳筋のような見た目を裏切る内面をしている。

まぁ、この世界ではタンクトップは割と一般的に着られている服だし、現代日本のような何かと便利な世の中ではないことから筋肉質の方が細身より多数派だ。

そういうことを考慮すると裏切る裏切らないなんて話は前世の記憶がある俺の勝手過ぎる思い込みに過ぎないのだけれど、まぁそれは置いておいて。


第一印象で受けるイメージとは違ってかなりのお人好しだし、ちょっと話始めるとすぐに小難しい話に入ったりする。


初対面でマイルドヤンキー扱いしてごめんさいとも思ったが、まぁ案外こんなマイルドヤンキーもいるかもしれない。

いるかな?


まぁ、それもさておき。


すぐに小難しい話を始めるから語彙が追い付かず言っていることは半分も理解できないのだけれど、こちらが理解しきれないのを分かっているだろうに勉強のためにと話し続けてくれていたりするあたりからもお人好しさが滲み出ている。


この砦のまとめ役になっているセロモさん曰く、ただおしゃべりなだけらしいけど。


もしかしたら俺が一方的に、初対面とのギャップで実際のところよりもよく見えているだけかもしれない。


犬を拾うヤンキー的な?

或いは、いつも時間や期限はきっちり守っている不良的な感じか。


どうしてもヤンキーに辿りついちゃうよな、見た目の印象ってすごいなーなんて考えながらリューズの"××××いみふめい"ばかりの長話を聞き流す。


朝起きたら調理場の手伝いをするのが日課なので、1階でリューズと別れると姐さんのところへと向かう。


「おはようなのらー」

「なのららー」

「イーパスに、サティス。おはよう」


長いたれ耳を揺らしながら廊下を駆けていくのは、宴で楽しそうに踊っていた二足歩行の小動物のような種族……ジャーカン族の二人だった。

彼らを見るたび、ここが異世界なのだと強く感じる。


「おはよう」

「今日も来たのかい?×××なくても手は足りてるっていうに……」


朝の陽が差す調理場に後頭部でまとめた黒髪が一人。

振り返らず返事をするのは、3つの大鍋を煮込みながら具材を刻み続ける姐さんだ。

ちなみに名前はまだ知らない。

最初は皆が呼んでいる呼称が名前だと思ったが、どうもそれは「姉」とかそういった意味合いらしく、詰まるところ姐さんは本当にこの砦の姐さんだったわけだ。


この砦には、鏡の間の向こうと日を跨いで行き来する人たちを除いても、常時25程度は人がいる。


それだけの人数分の料理……それも一日二食の文化圏ということで大盛りかつ働き盛りの男所帯となれば途方もない量になる朝餉を一人で作るわけで。


姐さんの朝は早い。

それでも正直、時間通りに用意をするためにかなり忙しくしているのは見ていれば分かるし、皆が出払った昼前くらいになるとソファでぐったりしているのを見かけたりする。


自分ができることがあまり多くない以上、できることから手伝おうというわけだ。


「ほら、坊主。あんたが好きなサラミの端っこだよ」

「よっしゃ!」


……断じておこぼれに惹かれてとかではない。

荒く作られたサラミの端は皮となっている腸が多めについていて燻製の香りがより一層浸みついているのが癖になっているとかでもない。


……いや、嘘。

半分くらいはこのために手伝っている。


身体は成長期そのもので、食欲は旺盛すぎる程旺盛。

それなのにこれまでまともに食べれていなかったものだから、反動で食べられるときには食べられるだけ食べるという欲求が強い。

そんな身体に精神まで引っ張られるものだから、昼の間摘まむおやつ目当てに朝から労働に勤しむわけだ。


普段通りに豆や芋を潰し、肉を刻む。

やはり異世界ということで食材の安定供給とは無縁なようで、材料……特に生の野菜や肉はその日によってまちまちだったりする。

鏡の間の都合上、仕入れる場所もあちこちだということもあって多種多様となっている生の食材は大体を姐さんが調理する。

それでも豆や乾燥肉、砦の周囲で栽培している芋はいつもあるので、それらの下ごしらえをして姐さんに渡したり、切って混ぜてポテサラもどきを作るのが俺の仕事だ。


朝は朝ごはんの準備と夕飯の下ごしらえ、昼は倉庫の手伝い、夕方から夕飯前までは仕事の邪魔にならないように……と部屋から出ないよう言われているので勉強。

夕飯後はあちこちに話しかけに行っている。

これがなかなかに面白い。

皆、暇をしていると遊び半分で剣の振り方や素材の目利きの仕方、物音を立てずに歩く方法から果てはスリの上手いやり方までいろいろと教えてくれる。


……最後のは何故そんなことを知っているのかも、何故そんなことを教えられたのかも謎だ。使いどころがあるかも分からない。

まぁ、異世界は当然ながら治安が悪いのだろう。


トントンと大型の包丁を振る音、コトコトと鍋が煮える音、そして火の音。

それだけが響く空間で、ふと思いついたように姐さんが話しかけてくる。


「坊主、あんた結構言葉を覚えたみたいだね」

「それなりにはわかるようになってきたけど、まだ何言っているかわからないのも多いよ」

「これだけ短い期間でそれだけ話せれば十分すぎるくらいさ。×××担当のスイノーなんて"××だからいずれは私の仕事を教え込んで任せたい"っていつも言っているしねぇ。まぁいい。今日の夜は暇かい?」


多分最初の分からない言葉は、普段のスイノーさんの仕事からして会計。

二つ目は文脈的に頭がいいとかだろうか。

普段仏頂面であまり話したことがない人に褒められていると聞くとなかなか嬉しい。


「暇ですけど」


最近は最初こそ砦の夜の暇つぶしで教えられ始めた剣やら目利きやらその他諸々について、教える側が楽しくなってなのか本気になってきている感じがある。

そんな感じなので夜は呼び出されるのが常々なのだけれど、今日は偶然暇だった。


「そうかいそうかい。それじゃ簡単な魔法の使い方について教えたげるから、夕飯後に紙だけ持って広間で待ってなさいね」

「……魔法?!」


来た当初から悔しい、苦しい、痛い、怖いと嫌なことだらけな異世界だが、その存在にワクワクしたモノがいくつかある。


その最たるものが魔法だ。


砦の中でも魔法を使ってモノを運んだり、掃除をしたり火をつけたりするところを何度も見ている。

使っているのは一部の人だけなので一般的に使えるものじゃないのかな?と思っていたけど、教えられて使えるものだったとは!


「坊主の×××量も、××も分からない以上、簡単なものだけさね。なかなかその年で学べるなんてことは無いんだ、頑張って覚えるんだよ」

「はい!」


言われなくとも、頑張る気満々だ。


夜、ついに魔法について勉強できる。

弾む心で顔が少しにやけるのを感じながら、芋をマッシュし続けた。



やりすぎてポテサラもどきがペースト状になってしまったのはご愛嬌ということで。




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