第8話 まともな食事とまともな睡眠

焚火で焼いた刺々しい実を食べた感想は、オリーブオイルに近い。

オリーブの実ではなくオイルで、しかもとてつもなく濃い。


黒く焦げた表皮を短剣でつつくと、全体に一気にひびが入る。

隙間から半ば溶け出してチーズのようになった乳白色の胚乳がどろりと染み出してきて、危うく火傷を負うところだった。


口に含むと広がるのは、濃厚な油の舌触りと青々しい果実の香り。

そして、ナッツを炙ったかのようなほのかな甘さとほろ苦さ。

これまで齧ってきた茎や最初に食べた肉の塊よりは数段……もはや、天と地と言ってもいいほどの差はあるから極上と言ってもいい程に美味しく感じる。


油っぽ過ぎて前世基準で言ったら正直あまり美味しくないのだけれど、それでも食事の範囲に入れても問題ないものにやっと出会えたといった形だ。


俺にとってはそんな感想だが、それは、長く非人間的な極限状態に身を置き続けていたこの身体にとっては初めてのことで。

初めての満足な食事で。

きっとこれが本能というやつなのだろう。

感情とは裏腹に口の中には次々と、とめどなく唾が溢れて止まらない。


飢えは愛情をも超える最高のスパイスという。

明らかに胃もたれしそうな代物がぺろりと腹の中に入っていく。

1つ。

2つ。

3つ。

ほくほくに焼けた実を剥く手は止まらず、熱さに悶えながらも口に運ぶ手の勢いもまた止まらず。

無我夢中になって食べ続けた。


毒があるかもしれないから少しずつ食べようという当初の考えは、2個目を食べている途中に思い出した。

思い出したものの、ここまで食べちゃったのだから、猛毒ならもうアウトだよな?ということで完全に開き直って次々と食べ進めている。

大丈夫……だよな?


毒への心配が頭をもたげてきたので、気を紛らわそうと例の苦い茎をディップして食べてみる。


……多少ましになったけど、相変わらず齧ると酷い苦みが滲み出るから細かく裂いて油分と絡めてそのまま飲み込むのが吉かもしれない。


吉というか、最善だな。


例えこの実に多少の毒があったとしても、猛烈な苦みとえぐみと臭みから逃れられるのなら十分ありだ。

ホント、キッツいんだよな、この味。


残る2つの実は、明日食べるために取っておく。

冷めても問題なく食べられそうかという実験でもある。

もし冷めても問題なく食べられそうなのであれば、火を起こすという危険を冒す頻度を下げることができるはずだ。


腹が十分に膨れたところで、急いで土を被せて火を消す。

日当たりの悪さから下草の少ないこの森は、視界を遮るものが何ひとつない。

目立つ時間は極力抑えたかった。


簡易テントに覆われた真っ暗な空間の中で、飲み水の残りを使って体を拭う。

偏っているとはいえ、食事をとって清潔にしているからだろうか。


昨日まではジクジクと半ば膿んで、虫に集られていたような箇所が既に薄い瘡蓋かさぶたに覆われているのが指の感覚でわかった。

やはり、治りが早い気がしたのは気のせいじゃない。

この回復速度はこの世界では普通のことなのだろうか。


とはいえ。

魔法のように治るようなものではなく、移動で酷使している足や荷物を背負っている肩は治るどころか、少しずつ悪化の一途を辿っているようで。

この先数日分の食料を確保できたら、しばらくどこかに身を潜めながら休んだほうがよさそうだ。


麻痺薬を傷跡に塗りなおした後、被せた土の上に集めてきた葉を敷き、横たわる。

薄いとはいえ下に布を敷いたので、初日に麻痺成分のある草に当たったような事故は防げるようになっているし寝心地も数段良い。

地面から伝わる暖かさは寧ろ少し熱いくらいだが、時間と共に丁度良くなると思う。


横たわるとすぐに耐えられないほどの猛烈な眠気に襲われる。

森にいるであろう猛獣や化け物モンスターのことを考えれば、熟睡なんて……とも思ったが、この満身創痍の身体じゃどのみち出会った時点で逃げられない。


不意を突いて人一人を殺せたとはいえ。

いや、殺してしまったからこそ気がつくことができた。


戦闘やら狩りやらの知識なんて何もない俺が、この頼りない短剣で野生動物を相手にできるわけがない。

闇雲に振り回して、当たらず、疲れ果てたところを頭からがぶりとやられてしまうのが関の山だろうことは容易に予想がつく。

会ってしまった時点で諦めるしかないのだから、無駄に起きようとする必要もない。


警戒を諦めると、押し寄せる睡魔の波は途端に心地良い感覚へと変わる。

寝床に残る焚火のぬくもりと風が撫ぜる森のさざめきに身を任せ、意識を手放した。


この世界に来て、初めて安心して寝つくことができた。








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