第4話 逃走準備

思わぬ幸運で衣服のみならず、いざというときに使えそうな指輪を手に入れた。

しかし、脱出まであと二日と限られた時間しかない俺には、ほんの少しも休んでいる時間なんてものはない。


瓦礫の隙間に手に入れた衣服を隠すと、近くの茂みに向かう。

割れた石をナイフ代わりにして草を刈る。


目当ては痛み止めと食料だ。


昨夜寝た時に敷いた柔らかい葉は、感覚をマヒさせる効用があると確信していた。

というのも、寝た時に葉から滲んだ汁に触れた箇所のうち、朝洗った顔の部分だけが時間が経つにつれて強い痛みに襲われている。

逆に朝、痛むからと汁を塗り込んでみた部分は痛みが引いていたのだ。


逃げるとき、動く度に痛みに襲われ倒れこむわけにはいかない。

得体のしれないものである上に麻痺なんて効用がある草だ。


どんな副作用があるか分かったもんじゃないが、背に腹は代えられない。

この草の汁はどうしたって必需品だろう。

たくさん生えているわけではないが、できるだけ取っておく。


また、食料については記憶を参考に、酷く苦い白い茎を採取しておく。

少年が空腹にどうしても耐えきれなかったときに一度食べたもので、そのあまりの不味さからその後は二度と口にしなかったものだ。


しかし、その後の記憶で腹を壊したり、体調がいつもより悪くなったりしてしまうような様子はなかった。

つまりどれだけ不味くたって食べても問題ないことが分かっている、唯一の食料だ。

朝飯と昼飯としてあまりの不味さに半分泣きながらも腹が膨れるまでひたすら齧る。


マジでマズい。


えぐみと苦みとすえた臭いのマリアージュとかふざけてんのかよ。

しかもその奥にほんの少し感じる甘みがスイカにかけた塩のように他の悲惨な味を見事と言わんばかりに引き立てている。


とても人の食う物とは思えないが、この弱った身体で食べられることが保証されている食物は他に存在しない以上我慢する他ない。


この採取の過程で、いつのまにか腐りかけていた指の間の肉が半ば裂けてしまっていたが、浴びた痛み止めの汁のせいか痛みがなく気づくのに遅れた。


少なくとも明日一日は痛み止めを全身に使う必要がある以上、感覚が極端に鈍ってしまうという部分には注意しておく必要があるだろうな。

使い過ぎ厳禁。

絶対ダメ。


また、今食べない分も旅の間の食料としてがれきの下に隠せる分だけ採取しておく。


人が鉱山から帰ってくるまであと少し。


人が来たら動けないふりをしなければいけない以上ギリギリの時間まで、できることはやっておきたい。


周囲の音を警戒しながら、瓦礫の中にあった小さな壺に痛み止めの汁を絞っていく。

絞っていくにつれての感覚が麻痺してうまく動かせなくなってきたが、なんとか2壺分絞り切ることができた。


……今日のうちにやっておけて本当に良かった。


痺れる指先で何とか壺や採取した草木を瓦礫の下に隠し終わった頃。

どうやら本当にギリギリだったらしい。

遠くから物音が聞こえた。


なるべく音をたてないようにしながら急いで寝床に戻る。


元々敷かれていた乾いた体液でまみれた赤黒い藁を、気持ち悪いと思いながらもカモフラージュのために上に敷き、横たわる。


数分ほどたっただろうか。


朝と同様、男が来たが今度はこちらを見て一瞬、鼻で笑うとすぐに出て行った。


――これはどっちだ?


後がなく、あとは死ぬだけの俺を見て嘲笑ったのであればまだいい。

もし、何かの形跡から俺が脱走しようとしていることに気が付いていたら?


そもそも魔法なんて理解不能な技術がある世界だ。

俺の今日一日の行動はすべて監視されていて、見抜かれているかもしれない。


大丈夫だ。

きっと大丈夫。


そう思いながらも、胸の奥で荒れ狂う動悸がいつまで経っても止まらない。

今も、そして明日も。

一歩間違えれば、文字通りのお陀仏なわけで。

そんな経験、これまでの人生で一度たりともしたことはなかった。


焦るな。

冷静に、冷静に。


今日はもう、ここで動けないふりをし続けるだけなのだから。

余計なことは考えるな、今は待つのが最善のはずだ。


自分に言い聞かせる。

諭すように、祈るように。

願うように、勇気づけるように。


痛みは麻痺しているのに、緊張で顔が苦悶に歪む。


苦しい、苦しい。


何時間経っただろうか。

いや、そう感じただけで数十分だったかもしれない。

疲れ切った俺は、ついに意識を手放した。

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