少年は緋に染まる

カルア

第1話 転生(資源枠)

『前略、そして後ろもこの際省・略!不幸にも若くして殺………ごほんごほん。失礼?死んでしまった貴方にはわたくしの世界に転生して頂くことになりました。はい、パチパチ~』


夜道の中、猛スピードで迫りくる車。

突然の閃光、そしてぐにゃりと歪んだハイビームの眩い光に顔を腕で覆った次の瞬間、俺は白一色の空間にいた。


呆然として周囲を見渡す俺に対し、見知らぬ美女は満面の笑みでそう言い放つ。


その張り付けたような気味の悪い笑みを"満面の笑み"などと称するのは違和感があるが、実際歯茎が見えるまで上がった口角とその表情には一片の陰りも欠けもなく"笑み"の要素のみが存在していた。


わたくしが神を務める世界、貴方の生まれた世界のせいで現在色々と大迷惑を被ってまして。その対価として魂をいくらか資源として頂戴することにしたのです!貴方には、他の魂と同様に転生という形でわたくしの世界に来てもらいますね。あ、拒否権は当然ながらありませんので、悪しからず』


その笑顔のまま一方的に女神はまくしたてる。

待って、理解が追い付かない。

待ってくれ。


『資源としてはそっちの方が質がいいので記憶がある状態で転生させますが、安心してくださいね!未来ある赤子わたくしのいとしごに転生して、本来この子が歩むべき人生を奪ってしまった~だとか、本質的に自分の子でもないのに育ててくれた転生先の親にどう申し開きすれば~とか!そんな思い煩いはとても悲しいですよね……。わたくし、悲劇は殆ど、えぇ、大体大嫌いですので!そんな苦しい思いをしなくて済むよう考えに考えましたの。貴方は死にかけで、干からびて、腐りかけてるような夢も未来も希望も何もかもがこれっぽっちも無い落伍者に転生させます。誰に迷惑をかけることも無くすっきり逝くのを楽しんでくださいませ?ふふっ』


あまりに一方的。

自分勝手な決定事項をにこやかに浴びせかけるその姿に、一瞬吐き気すら催す。

何でそんな目に合わなくてはいけないのか。

そう声をあげようとしたが、喉からは何の音も出やしなかった。

それどころか、そもそも喉がない。

今の俺には頭も、腕も、身体の一切合切が始めから存在しなかった。


『あ、色々質問されるのも面倒なので、この空間での貴方の発声機能は最初から存在しないようにしてまーす!変な顔されるのも嫌なので、身体自体ないんですけど』


ここで俺はその笑顔の本当の意味に気がついて血の気が引いた。


短い間とはいえ、これまで気がつかなかった。

いや、美を人の形の金型に隙間一つもないように詰め込んだような外見に惑わされて気がつけなかったのかもしれない。


――その表情は正しく威嚇のそれだった。


"笑顔"という表情の起源の一つは元々"威嚇"だという説がある。

という話をふと思い出した。

物陰からの音への警戒から牙を剥き出しにし、結果敵ではなかったとき――


――剥き出しの牙と敵愾心を取り繕った表情が笑みとなるのだと。


女神のその表情は、何らかの怒りを分厚い皮で無理矢理に覆ったものだ。

勿論、その皮は分厚い面の皮に他ならないし、これから理不尽に酷い目に合う俺に対しての嘲りのような意味での真の笑みも混ざっているのかもしれないが。


しかし、背景がどういった感情にせよ。

20年と少し。

せめて"普通"の生活を送れるようになることを目指して、周囲には毒にも薬にもならないような生き方をしてきたのが俺だ。

当然そんな強い恨みを買った覚えは全くない。

本当に、意味が分からない。


『それでは、神様間での規則ルールであるところの転生時の"お約束"せつめいせきにんも終わりましたし、下界に送り出しますね。美しいわたくしの姿をもっと見ていたいと思われているかもしれませんが、資源を一つ投下するごとにこのような時間をわざわざ取らなければいけないものですから……ね?そちらの世界の魂は資源としては非常に優良とはいえ、数はもっともっと必要でして。こう見えてわたくし、下界のためにそんな資源をコツコツ投下するためにあくせく働く勤勉女神ですから……。忙しいのでここらで終わりにしますね。それではグッドラック!まぁ、すぐ死ぬんで良い事グッド幸福ラックも何もかもが欠如ラックしてますけどね、ふふっ』


突如、無い筈の体が一瞬宙に浮くような感覚がして視界がぐるりと回転し、落下しながら暗転する。


……ッ。


あぁ、

悔しくて、悔しくてたまらない。


無い瞳から涙がとめどなく滲むような。

無い喉の渇きに痛みすら感じるような。


俺の人生はスタートこそ不幸だった。

それでも、最近ようやく普通の人生を歩めるようになったんだ。


それが。

なぜ突然、脈絡もなくこんな理不尽な目に?

なぜ俺が?


怒りと混乱が混じり合って、ぐちゃぐちゃな感情の塊が膨れ上がっていく。


こんな不条理に文句ひとつすら言えない。

睨みつけるような、精一杯の抵抗すら許されないなんて。


"覚えていろよ"


視界の端に映る女神の後ろ髪に、"絶対に必ず一矢報いてやる"と誓う。

落下しながら内心でそう吠えた、叫んだ俺の存在しない顔は……。


――きっと、笑顔と見間違うことなど決してない、怒りと敵意で染まっていた筈だ。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――

初投稿です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る