少年は緋に染まる
カルア
第1話 転生(資源枠)
『前略、そして後ろもこの際省・略!不幸にも若くして殺………ごほんごほん。失礼?死んでしまった貴方には
夜道の中、猛スピードで迫りくる車。
突然の閃光、そして一歩遅れて来たぐにゃりと歪んだハイビームの眩い光に顔を腕で覆った次の瞬間、俺は白一色の空間にいた。
呆然として周囲を見渡す俺に対し、見知らぬ美女は満面の笑みでそう言い放つ。
その張り付けたような気味の悪い笑みを"満面の笑み"などと称するのは違和感があるが、実際歯茎が見えるまで上がった口角とその表情には一片の陰りも欠けもなく"笑み"の要素のみが存在していた。
『
その笑顔のまま一方的に女神はまくしたてる。
待って、理解が追い付かない。
待ってくれ。
『資源としてはそっちの方が質がいいので記憶がある状態で転生させますが、安心してくださいね!
あまりに一方的。
自分勝手な決定事項をにこやかに浴びせかけるその姿に、一瞬吐き気すら催す。
何でそんな目に合わなくてはいけないのか。
そう声をあげようとしたが、喉からは何の音も出やしなかった。
それどころか、そもそも喉がない。
今の俺には頭も、腕も、身体の一切合切が始めから存在しなかった。
『あ、色々質問されるのも面倒なので、この空間での貴方の発声機能は最初から存在しないようにしてまーす!変な顔されるのも嫌なので、身体自体ないんですけど』
ここで俺はその笑顔の本当の意味に気がついて血の気が引いた。
短い間とはいえ、これまで気がつかなかった。
いや、美を人の形の金型に隙間一つもないように詰め込んだような外見に惑わされて気がつけなかったのかもしれない。
――その表情は正しく威嚇のそれだった。
"笑顔"という表情の起源の一つは元々"威嚇"だという説がある。
という話をふと思い出した。
物陰からの音への警戒から牙を剥き出しにし、結果敵ではなかったとき――
――剥き出しの牙と敵愾心を取り繕った表情が笑みとなるのだと。
女神のその表情は、何らかの怒りを分厚い皮で無理矢理に覆ったものだ。
勿論、その皮は分厚い面の皮に他ならないし、これから理不尽に酷い目に合う俺に対しての嘲りのような意味での真の笑みも混ざっているのかもしれないが。
しかし、背景がどういった感情にせよ。
20年と少し。
せめて"普通"の生活を送れるようになることを目指して、周囲には毒にも薬にもならないような生き方をしてきたのが俺だ。
当然そんな強い恨みを買った覚えは全くない。
本当に、意味が分からない。
『それでは、神様間での
突如、無い筈の体が一瞬宙に浮くような感覚がして視界がぐるりと回転し、落下しながら暗転する。
……ッ。
あぁ、悔しい。
悔しくて、悔しくてたまらない。
無い瞳から涙がとめどなく滲むような。
無い喉の渇きに痛みすら感じるような。
俺の人生はスタートこそ不幸だった。
それでも、最近ようやく普通の人生を歩めるようになったんだ。
それが。
なぜ突然、脈絡もなくこんな理不尽な目に?
なぜ俺が?
怒りと混乱が混じり合って、ぐちゃぐちゃな感情の塊が膨れ上がっていく。
こんな不条理に文句ひとつすら言えない。
睨みつけるような、精一杯の抵抗すら許されないなんて。
"覚えていろよ"
視界の端に映る女神の後ろ髪に、"絶対に必ず一矢報いてやる"と誓う。
落下しながら内心でそう吠えた、叫んだ俺の存在しない顔は……。
――きっと、笑顔と見間違うことなど決してない、怒りと敵意で染まっていた筈だ。
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