第5話 病に強し

 季節相応にヒグラシの鳴き声が僕らを囲う。

 夜の気持ちのいい風が顔いっぱいに吹いている。


 目的の神社は目の前にある。


「祐治、鳥居に入って右手にある家に明かりがついているだろう?そこにたちばな涼音すずねがいるよ。」


 橘さんがなぜこの場所にいるのか。

 その理由は分からない。怖いけど、穂香ほのかのために行くしかない。


 その建物からは話し声が聞こえた。

 一方は女性の声。もう一方は老齢の男性の声。


 突然来た部外者が会話の邪魔しても大丈夫なんだろうか。

 そんな思考が頭をよぎる。

 扉の前で二の足を踏む僕を見ていたりんは言う。

「気にしないで行くんだよ。こんなとこまで来て行かないなんて馬鹿のすることさ。さあ行きな。私がついてるからね。安心するんだよ。」


 意を決して扉をノックする。 

「すみません!!やなぎ祐治ゆうじと言います!橘涼音さんに用があって参りました!」

 すぐに男性の声で返事があった。

「おう!兄ちゃんが柳祐治ってのか!!ちょいと待ってな!!!」


 僕達はしばらく待った。 

 ようやく人の足音が近づいてくる。

 扉がガラガラと開いた。

「いやーー。ちょうど兄ちゃんには明日会おうと思っていたんだ!」

 男性は一瞬橘さんの方に目配せをした。

「ごめんなさい。柳くん。私がこんなにしてしまったのに連絡をってしまって。穂香ちゃんにも危険な目に遭わせてしまっているのに。本当にごめんなさい。」

「涼音、兄ちゃんはあんまりピンと来ていないみたいだぜ?まあ、立ち話は疲れるだろ?中に入ってくれよ。。」

 この男性が一瞬燐を見ていたのを僕は見逃さなかった。


 男性に連れられて建物の奥に進んでいく。

 長い廊下を歩いていく。

 神社の中ではあるが、やはり事務所なのだろう。

 書類や筆で文字が書かれた紙がいたるところに積んであった。


 そして男性は少し広い部屋の前で止まる。

「さて、兄ちゃんはようこそ!そんで、燐は久しぶりだな。」


 燐は鼻で笑う。

「おっ、その呼び方はつよしちゃんかい?随分と白髪が増えたじゃないか?時間が経つのは早いんだねえ。」

「おいおい、その呼び方はやめろって言っただろ?燐。まあいい。諸々を兄ちゃんに説明するのが先だな。兄ちゃんはその座布団に座ってくれ。お茶は涼音が用意しているから少し待っててな。」


 男性が目の前に座って説明を始める。

「まず、俺の名前は山井やまいつよしだ。よろしく頼むな。」

「よろしくお願いします。僕は柳祐治です。」

「おう!バッチリ覚えたぜ。」

「まずは謝らないといけないな。兄ちゃんを危険な目に合わせてしまったことを詫びる、すまなかった。」

 深く、深く、頭を下げられた。この人の言葉、行動には力があった。

 決して裏切ることはないのだろうという信頼が湧いてくるほどに。

「今回の件に関して俺たちは誠意を持って対応させてもらう、なんでも言ってくれ、力になるぜ。」

 彼は力いっぱいのサムズアップと笑顔を僕達に見せた。

 燐は何故かめちゃくちゃ頷いていた。

「それじゃあ説明すっか、まずは燐のことから説明したほうがいいな。燐。説明頼む。」

「そうだねえ。あたしには他の生き物の魂なんかを集める力があるみたいなんだよ。橘涼音があの女の子を呼べたのはたぶんあたしの力の一面を使ったからさ。まあ、他の生き物の魂を留める余裕があるって言ったら分かりやすいんだろうね。」

「ありがとう燐。そんで、兄ちゃんは好きな子にもう一度会うために燐を使ったんだよな?そんでその途中でその子の名前を呼んでしまったと。これは本当にまずいことなんだ。」

「ほう。やってしまったなあ、祐治。」

 燐からも言われてしまった。


「そんで、それが問題なんは祐治がかなり死に近づいちまっているってことだ。燐が見えているのが何よりの証拠だな。んで、その女の子に対して特別な行動を取るたびに兄ちゃんは段々と向こうの世界とこっちの世界のどっちつかずになる。実際の幽霊と強く関係を結ぶ行動になってしまうからな。彼岸と此岸しがんの間の微妙な場所にどんどん近づいていくことになんだ。祐治もその子も一緒に中途半端なとこに行っちまう。クラゲみたいにふわふわ漂っちまうんだ。そんなのどっちつかずのふわふわした魂は燐に吸い寄せられやすいんだ。燐は無意識でも僅かながら魂を集めてしまうようでね。もしかしたらたぶんその子は少しの間だけ燐の中にいたんじゃないか?」

「はい、そうです。今日の朝に穂香は確かに僕の目の前にいました。」

「そうかい。そりゃあ面白い話だねえ。もしかしてあたしを起こしちまった接吻キスはあたしを通してあの子にするためのものだったのかい?」


 燐の言葉から、山井さんは真剣な顔になった。

「祐治。その子とどんな形でもいい、キスをしてはいないよな?」

 その言葉の威圧感は尋常ではなかった。

 全身から油汗がどっと出た。この場にいるだけでも死んでしまいそうだ。

 しかし、この人からはどうやっても言い逃れはできないだろう。


「すいません!!僕、2回しました!!」


 山井さんと燐、二人とも目を見開いて驚いていた。

「あんた、すごいね。どうやって生きているのさ。」

「ああ、一度でもやっていたら手遅れになるんだがな。」


「失礼します。」

 橘さんがお茶を汲んできた。

 山井さんは橘さんに話しかけた。

「祐治は大丈夫だったぞ。あの子と2回もキスをしたんだとさ。」

 橘さんも目をまん丸くしていた。

 なにが何やらわからないまま、僕はこの後とある騒動に巻き込まれるのでした。

 穂香は大丈夫なのだろうか。思いは募るばかりである。








 8/26

 神主、山下毅は約二十年ぶりに勾玉の燐に会う。

(彼と燐の過去はまた別のお話で語らせていただくとしましょう。)

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