白昼夢と海月
杜若香深
前日譚
第0話 泡沫灯籠
その日、僕は街の外れにある駐車場に向かっていた。
今日はあの子とのデートだ。
ずっとメガネだったけど、今日こそはとコンタクトレンズに変えてきた。
彼女を出迎える準備は、万端だ!
僕はついに駐車場についた。
本当に彼女がいるのか心配になって鼓動がずっと止まらない。
だけど、それは杞憂だったようだ。
駐車場の真ん中できょろきょろ周囲を見回して立っている彼女を見つけた。
僕は手を振って彼女に笑いかける。
「行こっか」
そう言うと彼女はいつものように喜んでいた。
淡い水色のワンピースに麦わら帽子。
彼女は僕の初恋の人だ。
今日も彼女に手を引かれながら街を歩く。学生服とワンピース。
しばらく歩くと彼女の歩くスピードが上がってきた。そう、彼女の行く場所は決まっている。
レンガとつたの
パンケーキセット600円。アイスクリーム190円。と書かれたメニューが立てられている。木でできた看板に「喫茶店あいら」とあった。
彼女は振り返って僕の肩にちょんと触れた。
「じゃあ、この店に入ろうか」
彼女は笑顔になってうなずいた。
カランコロン。
「お客様はお一人でよろしいでしょうか?」
「二人です」
「ああ、失礼いたしました。ご案内いたします」
店にはロック曲が流れていた。"I see a red door and I want it painted black~"
通りが見えるテーブル席に案内された。店の奥では女性が小説を読んでいた。
彼女のために僕は椅子を引く。ちょこんと座った彼女にメニューを見せる。ウキウキとした表情でメニューを眺めていた。
そんな彼女を見ていたら、彼女にこっちを向いてニヤニヤされた。
少し恥ずかしくなった僕は慌てて言う。
「メニューは決まった?」
僕の言葉に彼女はウインクで返した。
ウエイターさんを呼んでアイスクリームを2つ頼んだ。
僕はアイスを待つ間、彼女をじっと見つめてみた。首を傾げて彼女もまたじっと見つめ返す。
僕は笑いかけてみたけど、変顔を返された。
このタイミングでウエイターさんが来た。
「お待たせいたしました。アイスクリームを2つです。どうぞごゆっくり」
彼女は目を輝かせ、身を前に乗り出して自らの口を指さした。
僕はアイスクリームをスプーンで掬って彼女の口に入れた。
彼女は頬を抑えて足をパタパタさせた。
本当に美味しそうに食べてくれる。
彼女の様子に嬉しくなった僕はつい、口に出してしまった。
「ここのアイスクリーム、本当に好きだよね。”
その瞬間、彼女がふっと消えた。
今日の僕のデートの協力者である、
「この秘術は死人を現世にもう一度留めるものなの。本来は禁忌とされているわ。そのせいでいろんな制約があるの。でもね
そう、名前を呼ばれたら消えてしまうんだ。
「あーあ。もっと一緒に居たかったな」
消えてしまった彼女は残念そうに言った。
一年ぶりに聞いた声は全然変わっていなかった。
「ごめん。でも、僕は、ずっと穂香が好きだから」
精一杯の言葉だった。
「ありがとう。うれしい」
この声はひどく静かに聞こえた。
「穂香、また、絶対に会おう!」
彼女からの返答はなかった。
一人残された僕の目の前には、引かれた椅子と溶け切ったアイスクリームがただ机の上に置かれているだけだった。
2つのアイスクリームを食べて頭が痛くなりながら、会計を終えて店を出た。
日は落ちかけてきた。午後6時半。鈴虫の声が聞こえてきた。
僕はあの駐車場に向かう。
駐車場の前には目的の人が立って待っていた。
「お別れを言う前に名前を呼んじゃったのね、柳くん。残念だったわね」
協力者の橘さんが僕に対して話かけてきてくれた。
「僕のために色々してくれたのに、こんなになっちゃってすみません」
「いや、柳くんに元気を取り戻して欲しくてやったことだから私は良いのよ」
「ありがとうございます。穂香にもう一度会うきっかけを作ってくださった橘さんには感謝してもしきれません」
「私ができるのはここまで。ごめんね。これじゃあまりにあっけないから、今日の思い出ってことで、この勾玉、君にあげるよ」
そう言って橘さんは僕に勾玉を手渡した。
戸惑う僕に橘さんは続けてこう言った。
「今日のためだけにもって来たものだから、もう力がなくなっちゃったのよ。だから安心してね?」
橘さんに何度もお礼を言いつつ、橘さんと別れた。
辺りはすっかり暗くなっている。
僕は帰路についた。
大通りを右に曲がったところにある蚊取り線香の匂いの強い路地。
ここを抜けたら僕の家だ。
こうして、穂香との長いデートが終わった。
8/25
藍川穂香の命日。街の外れにある高橋第一ビル前駐車場において車に撥ねられて死亡。
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