猫歴72年その2にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。死は誰にでも訪れる。


「やっぱりね~。オニタ君の子供の時もそれで救っていたのね」


 ここへ来てさっちゃんがシャーマンの存在に気付いてしまったので、口を塞ぐためにはわしも喋るしかなかった。


「ギリギリにゃ。シャーマン1人いたところで、どうしようもできないことのほうが多いにゃ~。それに人の死ぬ日にゃんか聞きたくないから、家族ではオニヒメとアリーチェしか聞いたことないんにゃ」


 実際に起きた事件と共にシャーマンの能力も教えてあげたら、さっちゃんも正確な日時は聞きたくないと言ってくれた。「どうせ長く言うでしょ?」と、わしの考えもバレバレだ。

 ただ、さっちゃんはいまいち納得してなさそうな顔をしてる。


「シラタマちゃんなら、そんな力も持ってると思ったのにな~……」

「だから、わしは神様じゃないにゃよ?」

「白猫教では神様じゃない?」

「アレはアイツらが勝手にやってるだけにゃ~」

「それは知ってるけど……ここ最近、シラタマちゃんのことが神様みたいに見えてたのよ」


 さっちゃんが真面目な顔でそんなことを言うので、わしはむず痒い。


「シラタマちゃんのおかげで、怖い気持ちが和らいだ。シラタマちゃんのおかげで、死ぬ前に会いたい人に全員会えた。まさに神様の所業じゃない?」

「それはただズルしてるだけにゃ。本物の神様にゃら、人間の所業にわざわざ手を貸したりしないにゃ~」

「神様のほうが神様っぽくないのね……」


 さっちゃんはこれから神様と会うかもしれないので、ちょっとは助言しておこう。


「あんまり神様のことを悪く言うにゃ。タライ喰らいたくないにゃろ?」

「アレは痛かったわね……」

「アレはアマテラスにゃからその程度で済んでいるんにゃ。いや、アマテラスにゃからおちょくってるのかにゃ?」

「あまりその名前出さないほうがいいんじゃない? タライ降って来るわよ? あ、死ぬ前にもう一度見せてくれようとしてるの??」

「アマテラス様、ごめんにゃさ~~~い!」


 さっちゃんに言われて危険なことを言っていたと気付いたけど、さっちゃんが「やってやって」とうるさかったから、アマテラスの悪口言ってタライ「ガィィィン」。

 わしが頭にお餅みたいなタンゴ作っているのに、「最後のお願い」とか頼まれてタンコブ2段重ねや、股間ムチ強打までやらされて泡拭いて倒れたよ。



「あははは。あぁ~。面白い。これでもう未練はないわ……もう一周だけいい?」

「未練ないって言ったにゃ~~~」


 さすがにここまでやったんだから、最後のお願いおかわりは却下。気絶したんだから許してくれよ。


「ちにゃみにだけど、この世界の神様はスサノオノミコトと言うにゃ。もしも会うことがあったら失礼にゃことは言うにゃよ? めちゃくちゃ怖い神様だからにゃ」

「スサノオ、ノ、ミコトね。その神様って1人しかいないモノなの?」

「わしもよくわからにゃいけど、二柱はいるみたいにゃこと言ってたにゃ。アマテラスの世界はアメノウズメで、こっちはオオゲツヒメってのと会ったことあるにゃ」

「ストリッパーと……オオゲツヒメってスサノオ様に殺されたんじゃなかった?」

「にゃんでそんにゃに詳しいにゃ??」


 さっちゃんはアマテラスのことを知っていたから、古事記の勉強はしていたらしい。


「絶対に欲を掻くにゃ。アマテラスの場合にゃけど、異世界転生したいと言ったヤツは酷い場所に送っているにゃ。スサノオもやりかねないにゃ。言われてから答えるほうが無難にゃ」

「なるほど……輪廻転生できるなら、向こうから言って来るのね」

「うんにゃ……てか、そんにゃに真剣に聞いて、輪廻転生するつもりにゃの?」

「チャンスがあるなら戻って来るわよ?」


 さっちゃんなら本当に戻って来そうでちょっと怖い。


「どうせにゃら、違う世界に行ったらどうにゃ? 第一世界とか凄そうにゃよ?」

「なんでちょっとイヤそうなの? 私に戻って来てほしくないの!?」

「選択肢を広げてあげただけにゃ~。ヒゲを引っ張るにゃ~~~」


 さっちゃんが元気になったのはいいことだけど、喧嘩になってしまったので体にさわりそうと感じたわしは、そろそろお暇するのであった。


「バーカバーカにゃ~」

「なんですって!?」


 いや、あまりにもわしの顔を愚弄するので、捨て台詞を残して逃げ帰るのであったとさ。



 それからもわしは、しつこくさっちゃんの前に顔を出していたけど、猫歴72年の冬に入った頃にはその日が迫っていた。


「シラタマ、ちゃん……まだ、生きてるよ……」

「うんにゃ。今日は一段と顔色がいいにゃ~」


 この頃にはさっちゃんは喋ることも辛そうなので、わしは抱き枕になりながらさっちゃんが好きそうな話を聞かせてあげていた。


「シラタマ、ちゃん……ありがと」

「にゃ~?」

「私のせいで、お母さん、死んじゃった、のに……」

「いつの話をしてるんにゃ。とっくに許してるにゃ~」

「エリザベスと、ルシウスも、そばにいさせてくれて、ありがと」

「それは本人の意思にゃ。にゃ?」

「「にゃ~ん」」


 わしがエリザベスとルシウスに話を振ると、さっちゃんに聞こえるように念話で肯定してくれた。


「家族の、時間を、奪って、ごめんなさい」

「さっちゃんが謝ることじゃないにゃ。エリザベスがセレブにゃ暮らしがしたいとかワガママ言うからにゃ。謝るにゃら、それに付き合わされたルシウスにだけ謝ったらいいにゃ」

「「フシャーーー!!」」

「にゃ!? 事実にゃろ! 噛むにゃ!?」

「フフ、フフフ」


 わしにバラされたエリザベスはおかんむりでガブリ。ルシウスは「空気を読め!」とか言って噛んで来やがる。エリザベスにしいたげられているお前のために言ってやったんじゃろ!



 しばしわしたちの兄弟喧嘩……わしが一方的にカジカジされている姿を微笑ましく見ていたさっちゃんだったが、また口を開いたので一旦ブレイク。


「シラタマちゃん、2人を、お返し、します」


 さっちゃんは体は動かないみたいだが、その目は今日にも連れて帰れと言っているようだった。


「うんにゃ。2人を立派に育ててくれてありがとにゃ。でも、いま連れて帰ったら、2人に噛まれるからもうちょっと一緒にいてくれにゃ。エリザベスもルシウスもイヤだよにゃ~?」

「「にゃ~ん!」」


 だがしかし、2人からは最後の時までそばにいると聞いているので、わしは連れて帰れない。2人は長年一緒にいたさっちゃんが大好きだからだ。


「エリザベス、ルシウス、ありがと。大好き」

「「ゴロゴロゴロゴロ~」」

「にゃはは。さっちゃんの傍が一番好きなんだにゃ~」

「シラタマちゃんも、大好き」

「ありがとにゃ。わしも大好きにゃ~」


 この日はわしは泊まり込み、エリザベスとルシウスの思い出話をいつまでも聞いていたのであった……



 翌日……


「「「「「サンドリーヌ様~」」」」」


 朝から猫ファミリーが全員揃って訪ねて来た。


「みんな、ありがと」

「「「「「こちらこそ、ありがとうございましたにゃ~」」」」」

「んじゃ、みんにゃは外で待っててにゃ。ご家族だけにしてやろうにゃ」


 さっちゃんの言葉に笑顔で返した猫ファミリーは、すぐに退場。わしは家族みたいなモノなので、さっちゃんの傍に残る。


「アンジェ、ありがと」

「お母様……今までありがとうございました」

「フラン、頼んだ、わよ」

「はいっ! 東の国は私が守ります!」

「みんなも、ありがと」

「「「「「ありがとうございます。ううぅぅ」」」」」


 東の国王族は1人1人さっちゃんの手を握り、涙ながらに見送る。


「みんな、愛してる……」


 この言葉を最後に、さっちゃんは目を閉じた。アンジェリーヌたちが嗚咽おえつするなか、わしは猫ファミリーを少人数ずつ中に入れて、別れの挨拶をさせる。


 それから昼を過ぎ、夜になった頃、さっちゃんの鼓動が止まった……


「最後まで、よく生き抜いたにゃ。お疲れ様にゃ~」

「「「お母様~~~」」」

「「「「「お婆様~~~」」」」」

「「「「「サンドリーヌ様~~~」」」」」

「さっちゃ~~~ん」

「「にゃ~~~ん」」


 わしが頭を撫でて別れを告げると、静まり返っていた部屋は涙で溢れるのであった……



 さっちゃんの死は、年末年始の女王誕生祭間際だったこともあり、一時秘匿となる。民は例年通り行われるお祭りを多いに楽しみ、笑い声が絶えない素晴らしい誕生祭となっていた。

 女王誕生祭が終わった次の日、ようやくさっちゃんの死が告げられると、各々の町に帰宅したはずの民が王都に戻り、まるで女王誕生祭がまた始まったかのような騒ぎとなった。


「にゃはは。さすがはさっちゃんにゃ。国民から愛されてたんだにゃ~。にゃはははは」

「はい。現役の頃から町や村々に足を運び、子供たちと一緒に笑っていましたから……」


 その人々を、わしとアンジェリーヌはサンドリーヌタワーの屋上から見ていた。


「というか、これ、どうしたらいいと思います? 世界中からも人が来て、もう王都がパンクしそうなんですよ! おじ様助けて~~~」


 アンジェリーヌは笑っている場合ではない。フランシーヌも弔問客の対応でてんやわんや。だからこそ、「緊急事態!」とか騙されてわしはここに立ってるの。


「葬儀はまだ先だもんにゃ~……もう、棺桶でも見せてやれにゃ」

「はい? 王族の棺は、貴族までにしか見せない習わしになっているのですけど……」

「それでさっちゃんが喜ぶと思ってるにゃ? 習わしをブチ壊してこそのさっちゃんにゃ。それこそ、さっちゃんらしい旅立ちにゃ~」

「しかし……」


 わしはドヤ顔でいいこと言ったつもりだけど、アンジェリーヌはまだ踏ん切りがつきそうにない。


「うだうだ言ってられないんじゃにゃい? 明日、明後日にもにゃると、王都は民に囲まれてしまうにゃよ? 革命が起こったみたいで怖いにゃ~」

「もう! おじ様も手伝ってくださいね!!」


 さっちゃん人気は革命級。アンジェリーヌは民に囲まれているのは怖くなったらしく、フランシーヌに相談しに行くしかなかった。

 わしはアイデアだけでいいと思っていたのに、遺体の冷却と警備員を兼任。民は4本の列に分かれて歩きながら、5メートルほど離れた場所に置かれた棺を御拝見。その先には駅やバス停があるからそのまま王都から追い出される。


 この急遽行われたお別れ会は、さっちゃんの棺の上にはエリザベスとルシウスが寝ていたので「主人の最後を見送る猫」と言われてバズったんだとか……

 わしは「案内板を持ってアルバイトする王様」ってことでバズったらしいけど……



 さっちゃんと民とのお別れ会は、初日以降は秩序が守られて、3日目にはまだまだ民はやって来ていたけど王都は平穏を取り戻した。

 弔問客の集計は途中から取ったらしいが、正式な葬儀までに東の国の人口が半分以上も来ていたとのこと。その数を聞いたフランシーヌたちから、「あの早期判断がなければ滅んでいた」と涙ながらに感謝されたよ。


 大げさ……でもないか。いつ暴動が起こってもおかしくなかったもん。


 今日の正式な葬儀は、また涙。厳かな式典にも関わらずすすり泣く声がそこかしこから聞こえていた。

 わしは英雄卿の称号があるので、その式典にイサベレと一緒に出席し、土葬する際には国王として、猫の国王族用の席で最後を見守っていた。


「寂しくなっちゃいますね」

「うるさかったもんニャー」


 リータとメイバイは、長い間さっちゃんの死と向き合って来たから、今回は気持ちに整理ができているように見える。


「メイバイ、ヒド~イ!」

「ゴメンニャー。いつも笑い声が絶えなかったと言いたかったんニャー」


 珍しくコリスが出席すると言うから連れて来たけど、ケンカしないでね。


「グスッ……」

「にゃ? 今ごろ泣いてるにゃ??」

「急に来た……グスッ」

「にゃはは。イサベレも人間だったんだにゃ~。みんにゃ~。イサベレが泣いてるにゃよ~??」


 わしたちの代わりにイサベレが涙。その涙を茶化して皆で笑っていたもんだから、東の国組から一斉に睨まれた。

 1人1人、さっちゃんの棺に土を掛け、残りは係の者が土を掛けて完全に埋めると、東の国王族が最後のスピーチに移行した。


 泣けるスピーチはフランシーヌで最後だと、わしは涙を我慢できたと思っていたらフランシーヌが手招きし、リータたちにも背中を押されたからには何か喋らないといけない。大トリは勘弁してくださいよ~。


「え~……ここにいる人はさっちゃん……サンドリーヌ元女王の立派にゃ姿しか知らない人ばかりじゃないかにゃ? わしの前ではそんにゃ姿、ちょ~っとしか見せてくれないんにゃよ~?」


 ツカミは微妙。王族でもさっちゃんの実の子供しか笑ってくれない。面白いなら声を張って笑ってくれ。


「わしは知ってるにゃ。子供のようにゃ笑顔を。わしは知ってるにゃ。子供のようにゃ怒った顔を。わしは知ってるにゃ。子供のようにゃ泣き顔を。わしは知ってるにゃ。いくつになっても子供のようにゃワガママを言うさっちゃんをにゃ」


 王族は少し涙ぐみ、その他はそんな一面があったのかと感心しているように見える。


「その人柄がにじみ出てたんだろうにゃ~……だからこそ、民から愛されたんにゃ。みんにゃも見たにゃろ? あの民の数を、顔を、にゃみだを! さっちゃんほど民に愛された女王はいないにゃ! 願わくば、フランシーヌ女王も、娘も孫も玄孫も、未来永劫、さっちゃんのようにゃ民から愛される女王を目標にしてほしいにゃ~……ご静聴ありがとうございにゃした」


 これにて、わしのスピーチは終了。万雷の拍手のなか、さっちゃんなら「なに真面目なこと言ってるのよ。シラタマちゃんらしくな~い」と大笑いしているだろうと思いながら、わしは空を見上げるのであった……



 サンドリーヌ元女王、享年83歳。芸術の女王、紙幣の女王、民に愛された女王、白猫に愛された女王、別称はいくつもあるが、数百年後の歴史書には『東の国歴代最高の女王』として記されるのであった……

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