猫歴59年にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。つゆの遺産がえげつない。


 つゆとの別れはとても悲しい出来事であり、実子のギョクロとシラツユ、孫たちのことを慰めて数日が経った頃に「そういえばつゆって、商業ギルドに口座あったよね?」と、遺産整理を始めたら悲しみが吹き飛んだ。


 だって、首相を五期務めたセンジの稼いだ額よりお金持ってたんだもん。なんなら使った形跡がひとつもないんじゃよ? 遺言書にも書いてないし……


 商業ギルドの職員に話を聞いてギョクロたちからも聞き取りをしたところ、つゆは猫の国から賃金と必要経費が出るから、潤沢な開発費用で仕事をしていた様子。

 知的財産権の分配は、わしが手に入れた技術を使って物作りをしていたので、ほとんど猫の国へ。

 ただ、つゆの頑張りだからとわしが「必ず1パーセントは取るように」と言ったからそれは守られていたんだけど、まさかこんな大量に家電を作ると思ってなかったの。


 普段のつゆの生活はというと、仕事が趣味みたいなものだったからわしたちが買い与えた物だけで事足りた模様。食費なんて食堂に行けば使う必要ない。

 ギョクロたちも、わしがプレゼントするから何も買ってもらったことがないとのこと。貰った物といえば、つゆお手製のオモチャ。誰も持っていないオモチャをくれるから尊敬していたらしい。そのあと発売されたらしい……


 特に倹約しているわけでなく、我が猫家の暮らしがお金を使う機会を奪っていたから、つゆの遺産がアホほど莫大になっていたのだ。


 というわけで、家族会議。出席者は王妃のリータとメイバイとイサベレ。側室のエミリとお春。実子のギョクロとシラツユ。もう1人の王妃のコリスは辞退したというか、興味ないってさ。

 この7人で通帳を睨みながら話し合う。


「普通、こういう時は税金で半分近く持ってかれるんにゃけどにゃ~……うちにそんにゃ制度あったかにゃ?」

「「「「「王様がにゃんで知らないにゃ~」」」」」

「聞いて来ますにゃ~」


 家族会議は始まってすぐ一時中断。わしは席を外し、首相に電話して税の担当者から話を聞いたら戻る。


「いまのところ3割らしいんにゃけど……王族から貰っていいもんかと悩んでましたにゃ~」

「「「「「王様が決めにゃいのが悪いのでは?」」」」」


 猫の国では王様には人権がないから、王族にも適用するかどうかは先送りにしてたっぽい。さらに王族が死んだあとのことも聞きづらいから、決定に至らなかったのだろう。

 ちなみにオニヒメの時は、ハンターとして活躍したのは20年ほどで、その後は引退してオニタに物を買い与えていたから貯金はたいして多くなかったから、そのまま相続させた。この時、誰か言ってくれてたら先に手を打っていたのに……


「えっと……ギョクロたちで決めてにゃ~」

「「こんな大金、怖いにゃ~~~」」


 なので相続資格を有する2人に頼んだけど、この始末。引くほどあるもんね。ここはわし以外の相続税と知的財産権は国に納めることを、王様の名の下に決定した。


「あとは配偶者と子供で分配するんにゃけど……普通は配偶者と子供で折半だにゃ。子供が複数いる場合は折半された中から折半にゃ」

「父さん……いるの?」

「正直言うと、その額でも、わしの資産にまだまだ届かにゃいの……」

「「ドン引きにゃ~」」

「ですよにゃ~」


 わし、金持ちすぎて、相続したくない。なのでギョクロとシラツユに押し付けようとしたが、全額は必要ないんだとか。


「にゃんで~? 2人とも子供がいるからお金必要にゃろ~??」

「父さんが出してくれるから、俺たちもお金減らないんにゃ……」

「それは由々しき事態だにゃ……」


 我が猫家では、衣食住は全てわしのポケットマネーから出ているのだから、ギョクロたちも貯金が貯まって仕方がないんだとか。だって、孫かわいいからイロイロ買っちゃうもん。


「一旦それは置いておこうにゃ。そうにゃると、寄付するしかないかにゃ~?」


 2人がそこまでいらないなら仕方がない。それにどちらも大学で働いているんだから、研究費用になるからな。

 ただ、つゆの気持ちを汲んだら遠縁の平賀家にも回したほうがいいかもしれない。猫の国とタメを張るほどの発明家集団なのだから、資金提供したら喜んで溶かすだろう。


 話し合いの結果、取り分はギョクロとシラツユで3分の1。猫大と平賀家で3分の2。端数はわしが記念に受け取ることになった。



 あとは由々しき事態の話し合い。猫ファミリーのおサイフ事情の調査だ。


 結論から言うと、めっちゃ持ってました。60年近くハンターを続けているアンクルチームの総額は、つゆの遺産を超えてました。敬語になってしまいます。

 使い道は、ラビットランドという風俗嬢みたいなウサギ族を撫で回せる施設で豪遊することが大半を占めているらしい。これは浮気じゃないんだってさ。

 キャットタワーで働く側室のエミリとお春、仕事をしている子供や孫も、わしがお金を出すことが多いので、そこそこの額。お婆ちゃんの部類に入るエミリとお春が多くて、猫クランに入っている者がめっちゃ多くて、あとは同じくらい。


 ただし、金遣いの荒い者もいる。


 まずはコリスとリリス。うちであんなに食べているのに、暇な時は2人で食べ歩きに出ているって……だから太るんじゃ。

 でも、わしが昔言った「給料は半分は貯金する」ってのは守られていたから、撫でてあげた。


 次はベティ。かなり減っているから男に貢いで消えてるもんだと思って問い詰めたら、ほとんど子供の施設に寄付しているとエミリが教えてくれた。

 自分の口からは恥ずかしいから言えなかったらしい。隠すから変なことに使ったと決め付けただけだから、わし、悪くない。

 

 金使いが荒かったのは、ダントツ1位でキアラ。薄い本やコスプレグッズに費やし、兄弟からも借金してやがった……


「その借金、いつ返すにゃ?」

「しゅ、出世払いで……」

「借金禁止にゃ~~~!!」

「そんにゃ~~~」


 明らかに「踏み倒す」と顔に書いていたので、キアラの借金はわしが立て替えてゼロにしてあげた。借金がなくなったキアラは、わしに感謝して甘えて来るけど、皆には「甘い。甘すぎる」と注意されました。

 あと、お金を渡すところを見られたので、イサベレにめっちゃ怒られました。すみません。刀は引いてください……


 さすがに殺され掛けてはわしも怖くて何もできなくなったが、キアラのことは心配でつけていたら、案の定、銀行に入ろうとしたのでイサベレに取り押さえられていた。

 みんな、やることわかっていたみたいですよ? 暇な人はついて来てるし……刀はしまって!!


 キアラがイサベレに殺されそうになったので、わしたちが羽交い締めにして止めたからギリセーフ。あとでイサベレになんでこんなことをしでかしたのかと聞いたら、わしたちが止めてくれると思って。

 つまり、脅し。このことを切っ掛けに、キアラは給料の範囲で無駄遣いするようになったと思うけど、衣装を自分で作る新しい趣味に目覚めたのであった……懲りないヤツじゃ。



 猫歴58年後半は悲しい出来事があったが、つゆはわしたちに様々なことを気付かせてくれたので感謝して暮らしていたら、猫歴59年に入ったある日、お隣の女王様、東の国のアンジェリーヌがうちを訪ねて来た。


「さっちゃんはいないにゃ?」

「お母様には内緒で来ました」

「あ、シリエージョにゃ。おかえりにゃ~。昨日振りだにゃ~。元気にしてたにゃ?」

「パパ、いまは仕事中だから真面目にして」

「はいにゃ~」


 アンジェリーヌは緊張しているような顔をしていたが、護衛でついて来ていたシリエージョの顔が目に入ったのでわしは笑顔。でも、娘から怒られたので真面目な顔に戻したけど、また注意された。


 これが真面目な顔なんです。すいません……


 とりあえずシリエージョに納得していただいたので、キャットタワー上階にあるVIP用応接室にわしみずから案内して、リータたちが勝手に雇ったメイドウサギにお茶を用意させたら話を聞く。


「にゃんか困り事にゃ?」

「はい……」


 さっきまでメイドウサギを微笑ましく見ていたアンジェリーヌは、来た時の緊張した顔に戻った。


「おじ様に頼み事がありまして……」

「どうしたにゃ?」

「私にも功績をくださ~~~い!」


 でも、すぐ崩れた。その顔は、さっちゃんがワガママ言う顔。確か今年53歳ぐらいだったと思うのに、似た者親子だ。


「にゃににゃに? 藪から棒に……」

「だって~。お婆様やお母様は、いっぱい貰っていたじゃないですか~。2人だけズルイ~~~!!」

「お、落ち着けにゃ~」


 どうやら東の国のお城では、さっちゃんたちの功績が大きすぎるから、アンジェリーヌは居たたまれないんだとか。家臣からもヒソヒソ言われているから、ワガママ言いに来たんだって。


「そう言われてもにゃ~。第三世界のネタは粗方出したしにゃ~」

「ウソつき~。エティに古代美術館の館長させたじゃな~い」

「アレは娘の見張りのためにゃ~」


 アンジェリーヌがこんなワガママさんになったのは、弟のエティエンヌが館長を務める古代美術館が繁盛していると聞き付けたから。

 ちょっと前まではガラガラだったのに、最近では怖い物見たさに入場規制が掛かるほど人気だから勘違いしたようだ。歴史を学んで欲しいのに、ミイラが大人気なんだってさ。


「ぶっちゃけ、もう巻き返すネタはにゃいし、諦めたらどうにゃ?」

「そこをなんとかしてくださいよ~。おじ様~」

「まぁ聞けにゃ~。ゴロゴロ~」


 諦めろと言ったら、アンジェリーヌはわしの隣に座ってハニートラップ。それはモフりたいだけじゃね? モフモフ言ってるし……


「第三世界の日本のことにゃんだけど、その昔、江戸時代というのがあってにゃ。にゃんと260年も、ひとつの家が統治していたんにゃ~」

「うちもそれぐらいありますけど……」

「あ、そうにゃの? まぁわしの言いたいことはだにゃ、その中にはたいした功績のない当主がいたってことにゃ」

「うちにもいますけど……」


 アンジェリーヌが茶々を入れまくるので質問を投げ掛ける。


「その当主は、本当に、にゃにもしてなかったと思うにゃ?」

「それは……調べてみないことには」

「にゃろ? わしが思うに、文句を言われないぐらい平和だったから目立った功績がないんだと思うにゃ。わしとしては、そういう王様になりたいかにゃ~?」


 個人的には武勲をあげた有名武将が好きだけど、自分が王様になってからはそういう将軍が気になって調べているからウソではない。


「でも……」

「焦る気持ちはわかるにゃ。ただ、焦ってやった政策は必ず失敗するにゃ。手っ取り早く成果をあげようと戦争したりにゃ。アンちゃんはお婆さんとお母さんが守り続けた平和を崩したいにゃ?」

「いえ……」

「にゃろ? 江戸時代にはおかしな法律を作って、ひんしゅく買った当主もいるんにゃよ~?」


 江戸時代にあった天下の悪法を面白おかしく教えてあげたら、アンジェリーヌも笑顔が戻った。


「その時代でしたら、おじ様もすっごく身分が高かったのですね~。ウフフ」

「現時点で、頂点にいるにゃよ?」


 特に生類憐れみの令が気に入ったらしく、わしをイジリ出したアンジェリーヌであった。



 しばし江戸時代の授業みたいなことをしていたらあっという間に時間が過ぎて、そろそろ帰宅を勧めたけど、アンジェリーヌはテコでも動かない。


「何か功績ないですか~? おじ様~」


 まだアンジェリーヌは諦めて帰ってくれないの。


「功績と言われてもにゃ~……あっ、アレにゃらいけるかにゃ?」

「あるのですか!?」

「ちょっと電話して来るにゃ~」

「逃げません? 逃がしませんよ??」


 アンジェリーヌはわしにしがみつきモフモフ言って離れてくれないので、仕方がないからその場で各所に電話。首相はあまり乗り気じゃなかったので、頼み込んだらなんとか許可が下りた。


「おじ様って、王様じゃなかったのですか?」

「人任せにしてたら、こうにゃりました……」

「リーダーシップは大事なんですね……」


 電話越しにペコペコする姿をアンジェリーヌに見られてしまったので、冷たい目で見られてしまった。だから席を外したかったのに……


「んん! まぁ聞いてた通りにゃ。スマホとパソコン、タブレットの工場を東の国に輸出してやるにゃ」

「ほ、本当にいいのですね?」

「猫、ウソつかないにゃ~」

「やった! これで功績、ひとつゲットだぜ~~~!!」

「投げるにゃ~~~」


 アンジェリーヌ、喜びすぎてわしを天井に何度もぶつける。まぁ猫の国が独占していた技術を手に入れたのだから、そうなるか。

 ぶっちゃけ言うと、これは世界戦略の一端。猫の国では常に労働力不足だから、生産数が間に合わない。

 さらに言うと、ここの工場は現代のような機械が機械を作ることはできずにほとんど手作業でやってるんだから、生産数が増えるわけがない。とどのつまり、価格が下がらないのだ。


 わしも前々から工場の輸出は考えていたのだけど、如何いかんせん、難し過ぎて全てを知っている者が数えるほどしかいなかった。抜けられると死ぬほど困るので、発売から13年が経ったいま、ちょうどいいタイミングだったのかもしれない。


「一緒に世界のデジタル化を促進していこうにゃ~」

「はいっ!」


 こうしてアンジェリーヌは、書類にサインしてわしと握手をしたら、笑顔で帰って行くのであっ……


「モフモフ~!」

「帰らないにゃ?」

「はい。2日のお休みを取って来ましたので」

「出張じゃなかったんにゃ……」


 わしの子供や孫たちに囲まれ、2日間みっちりモフモフしてから帰って行ったアンジェリーヌであったとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る