猫暦10年その2にゃ~


「ふにゃ~……よく寝たにゃ~。ゴロゴロ~」


 わしはいつものように目覚めると、ゴロンと姿勢を変えて撫でている者の顔を見たら、リータが泣きそうな顔をしていた。


「にゃ? どうかしたにゃ??」

「だって、もう起きないかと思って……」

「起きにゃい??」

「あれから3日も経ってるんですよ~~~」

「あれ、からにゃ……」


 ポタポタと落ちるリータの涙がわしの目尻に掛かり、わしの涙と合わさって流れ落ちる。あの日のことを、完全に思い出してしまったのだ……


 処刑と指示を終えたわしは普通に歩き、テントに入ったところで罪の意識に押し潰されて倒れた。それから3日間わしは眠り続け、その間リータたちが交代で、わしに水を飲ませたり流動食を口に入れたり優しく撫でたりしていたらしい。


 しばしわしはリータの優しさに甘え、嗚咽しながら弱音を全て吐き出した。


 わしの涙や震えが止まらないなかメイバイが寝室に現れ、涙を流しながら感謝と謝罪を告げて優しく撫でる。コリスとオニヒメもわしが起きたと聞き付けたのか、深夜だというのに駆け付けて涙ながらにわしを優しく撫でる。

 その優しさが伝わり、わしの涙や震えが徐々に収まり、このままわしは再び眠りに落ちたのであった……



 翌日は、さすがに3日以上眠り続けたわしなので、お昼寝する気も起きなかったから精力的に仕事をしている。何かしていないと、罪悪感が押し寄せるからだ。


「配膳が王様の仕事なの? もっとやることあるでしょ?」


 なのに、カーリーヘアの生意気そうな12歳の少女、べティ副料理長は食堂からわしを邪険にして追い出す。


「お気持ちは嬉しいのですけど、猫王様に雑用をさせるわけには……国の仕事をしてはどうですか?」


 さっちゃんの出産を機に東の国に帰って行った双子王女の代わりに、猫市の市長になったヨキ市長もわしが邪魔なのか追い出されてしまった。

 よくよく考えたら国の仕事はホウジツに丸投げしてしまったので、わしのやることがないのだ~~~!


 というわけで、ここ数日は庭いじり。キャットタワーの庭園だけでなく、街中の花壇なんかも手入れしてやった。それをリータたちも怒るでなく手伝ってくれるから、こんな大人数では行くとこ行くとこで追い出されてしまったのだ。


「ところでにゃんだけど……あのあと遺体は家族の元に引き渡されたにゃ?」


 リータたちはこの件に一切触れようとしなかったので、自分で聞くしかない。


「……はい。三将軍さんの主導で……」


 リータはわしから聞くのを待っていたようで、優しく撫でながら報告をしてくれる。


 わしが死刑囚を凍り付けにしたのは、遺体を完璧に保存するため。死んだら仏になるとどこかで聞いたことがあるので、せめて亡骸を完全な姿で遺族に返したかったからだ。

 処刑後は遺族が処刑場に現れて、猫軍に在籍する元帝国軍人に引き取りの有無を確認される。それから火葬場へと運ばれ、最後の別れとなっている。

 報告では、遺族が涙ながらに別れを告げたり、恨みの言葉を残していたらしいが、わしはそのことについて処罰するなと言っておいたので、言論の自由は守られている。


 しかし、問題はある。


「引き取り手が現れないんにゃ~」


 そう。家族全員処刑の場合は引き取り手は国としていたのだが、それ以外にもけっこういるのだ。


「まぁ想定の範囲内にゃ。再確認したら、予定通りしてくれにゃ」

「はい。シラタマさんが寝ている間に確認作業は始まっています」

「それって愚痴にゃの?」

「違います違います! 報告ですからね!!」


 普段はお昼寝していたらいつも怒られていたので、やっとリータたちにもいつもの雰囲気が戻ったのかと思ったが、まだわしに気を遣っている模様。

 これならもう数日はゴロゴロしていても怒られなさそうなので、わしは1週間ほど子供と遊びながらダラダラ過ごすのであった。


「さすがに寝すぎです!!」

「仕事しようニャー!!」

「にゃっ!? ゴロゴロゴロゴロ~!!」


 結局は、いつもの関係に逆戻り。やることも子育てぐらいしかないので、ハンター業で食費を稼ぐわしであったとさ。



 それから2ヶ月、わしの体調不良がよくなったと聞き付けたソウ市長のヒショウが、この期間に度々わしの前に現れるようになった。


「しょっちゅう来てるけど、仕事のほうは大丈夫にゃ?」

「はい。前市長が育てた有能な部下が多くいますし相方の市長もいますので、私が少し抜けたぐらい大丈夫です。いまは、ゼロから目覚ましい発展を遂げた猫市を見て、ソウ市に活かせることがないかと勉強中なのです」

「ふ~ん……勉強熱心はいいんにゃけど、ちゃんと体を休めろにゃ。そんにゃペースで飛ばしていたら、この先もたないにゃよ?」


 ヒショウはいつもやつれて見えるので、今日も高級肉をふんだんに使った特別な料理で労い。


「これこれ~! 力が湧いて来るようですぅぅ」


 そしたらがっついて食べてるので、ちょっとは疲れが取れたと思うが……


「これが目的で来てるわけじゃないだろうにゃ?」


 わしは勘繰ってしまう。だって食べ過ぎなんじゃもん。


「す、すみません。こんな姿を見せては、目的ではないと言っても嘘に聞こえそうですね。ハハハ」

「まぁ他国の王様もたまにお忍びで食べにやって来るから、嘘にしか聞こえないにゃ~。にゃははは」

「王様もですか……やはり猫陛下は別格なのですね。こんな高い場所から美味しい物が毎日食べられるなんて羨ましいです」

「ま、王様の特権みたいなモノにゃ~」


 始まりは酷いものではあったが、わしとヒショウはにこやかに食事をし、ソウ市や猫の国の発展なんかも話し合って、食事会はお開きになるのであった。



 ヒショウが帰って行ったら、わしは10階食堂に1人で入り、大窓から外を見ながらボソッと呟く。


「お春……」

「にゃっ!」


 このいきなりシュタッと現れたメイド服を着たキツネ人間は、日ノ本出身のお春18歳。出会った頃は小さかったのだが、いまでは大人の女性になったとは思うけど、キツネが大きくなったとしか思えない。


「いっつも名前を呼んだらすぐ現れるけど、どうやってるにゃ??」


 さらにメイドとして雇ったはずなのに、忍者みたいになっているから不思議だ。


「服部先生の秘術でして……」

「教えてくれてもいいにゃろ~」


 確かに日ノ本でスカウトした江戸最強の忍者、服部半荘はっとりはんちゃんが運営するスパイ学校に行けと言ったのはわしだけど、心得だけでよかったんじゃけど……

 あの当時は東の国のスパイ、双子王女が猫市の市長をしていたから探りを入れてほしかっただけなのに、どうして忍者みたいになったんじゃろ?


「まぁいいにゃ。仕事を頼みたいにゃ」

「にゃっ!」


 気になることのオンパレードだけど、せっかく来てくれたのでお春には頼みごと。いつもどこにいるかわからないお春なんだから、わしの仕事ぐらい完璧にこなしてくれるだろう。


「じゃあ頼んだからにゃ」

「にゃっ! 畏れながら!!」


 もう行っていいと言おうとしたら、お春から何かあるみたいなので聞いてあげる。


「自分で言うのは恥ずかしいのですけど、私、大人になって『いい女』になったと思うのですけど……」

「いい女にゃ?」

「ひどい! あの約束を忘れているのですか!?」

「約束……にゃ!?」


 お春がわしの足に絡み付いて来たので何事かと思ったけど、この行為でわしは、お春が猫の国にやって来た日のことを思い出した。

 このお春、わしに惚れたらしく、めかけになりたくてやって来ていたのだ。しかしその当時、お春は10歳。そんな子供をわしが妾なんかにしたら、王妃に殺されていただろう。

 いちおうわしはそのとき断ったのだが、お春は足にまとわりついて来たので蹴飛ばすわけにはいかず。だから、自分の好みは「いい女」とか言って先送りにしたのだ。


 でも、いまわしの足にまとわりついているのは、その時より大きなキツネ。まったくいい女の要素がないので、「蹴飛ばしていいかも」とわしは思ってしまった。


「ほ、他にもいい男がいるとは思うんにゃけど……」

「え~~~ん」


 女性に見えないけど、いちおう女性なので死んでもそんなことができないわしは、お見合いを勧めてみようとジャブを出してみたが受け入れられず。


「泣くにゃ~。そ、そういえば、変化へんげの術を解いたらどうなるにゃ? ちょっと見せてほしいにゃ~」


 キツネでも女性のはずのお春を泣かせているのはさすがにバツが悪いので、とりあえず話を変えて泣きやまないかと試してみるわし。

 この姿はわしと同じく変身魔法のような呪術で維持していると聞いていたので、お春には元の姿に戻ってもらった。


「にゃ……」


 お春が後方宙返りするとボフンッと煙が広がり、その煙が晴れるとキツネ耳と尻尾のある大和撫子が現れた。


「へ、変ですか? 恥ずかしいです~」


 お春は元の姿を見られるのが苦手なのか、顔を両手で隠した。


「いや……すっごい美人が出て来たから驚いただけにゃ……」

「へ??」


 わしが見惚れていると、お春は顔を真っ赤にしていたが、「ハッ」とした顔に変わった。


「もしかして……こっちのほうが好みだったのですか!? それならそうと言ってくださいよ~」


 大失言。わしは好みを言うつもりがなかったのに、お春があまりにも美人すぎていらんこと言っちゃった。


「どうりでいつもお風呂をご一緒しても、無表情なわけです! シラタマさんが私の体に興味を示さなかったのはそのせいなんですね!!」

「いや……にゃ? いっつも時間を間違えたとか言って入って来てたのはわざとだったにゃ??」

「当たり前じゃないですか!」


 ハニートラップを仕掛けられていたとは、衝撃の事実。キツネの姿では色っぽさの欠片も感じられなかったので、てっきりわしは、リータとメイバイに洗われたいがために入っていたと思っていた。

 そういえば、いつも「違うんですぅぅ!」って嫌がっていたような気がする。わしが二人の魔の手から解放されるから、ラッキーとか思っていた気がする。わしだって、うら若き女性とお風呂に入るの気恥ずかしいんじゃもん。


「これから覚悟していてくださいね?」

「にゃんの覚悟!?」


 くして、わしの好みを知ったお春からのハニートラップは激しくなり、王妃からめちゃくちゃ怪しまれるのであった……


「「私たちのモフモフアイドルが……」」


 あと、モフモフが減ったのでめちゃくちゃ悲しそうな顔をするから、お春は王妃のために、しばしばキツネに変身するのであったとさ。

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