猫歴9年にゃ~


 我輩は猫である。名前はシラタマだ。この世界に生まれ落ちてから、けっこうやらかしていた……


 猫の国の建国は、奴隷となっていた猫耳族と共に帝国という国を有り余る力を使って脅しまくって乗っ取ったのだが、帝国が東の国に戦争を吹っ掛けていたので賠償金やら身代金やら国が貧乏やらでとにかくお金が必要だった。

 というわけで、元の世界の知識を使って電気で動く電車やバスを各国に売って乗り切ったのだが、国の発展のためにはやはり知識を使ったほうがいいかと思い、少しずつ便利な物を増やして行った。

 しかしわしの知識では元の世界の物を再現するには難しいので、旅をして出会った天才と協力して作った太陽光発電やその他発電施設を作り、家電製品やオートメーション化した工場まで作ってやった。


 ここまでで、おそらく日本でいうところの大正時代の文化レベルに追い付いたと思う。


 そこからさらに、町から市への変更、農業改革、学校設立、子供の労働参加の禁止といった制度をわしは整えた。


 町から市への変更とは、名称を変えただけ。猫の国は英語を使っているので「タウン」から「シティー」に変えただけだからほとんど意味がない。なんとなくだ。

 これに伴い、町の「代表」と呼ばれていた者が「市長」と呼ばれるようにした。


 農業改革はトラクターや脱穀機等を製造し、作付けや刈り取り等の効率化を図っただけなので、どこからも反対はなかった。

 しかし、子供の労働参加の禁止は、いま現在の文化レベルでは致し方ないところなので、農業都市や村々の反対意見は凄かった。


 だがしかし、そのための農業改革だ。一番時間の掛かる部分を楽にしたのだから、反対意見を論破できる。さらに町では、すでに工場も絶賛稼働中なんだから子供の労働力を使ったら失業者があふれてしまう。

 そのことを、各町、各村で王様のわしが直接説明することで、反対意見は全て捩じ伏せ、なんとか子供の学業を義務化したのだ。



 これで猫の国は、日本でいったら昭和初期の文化レベルになったと思うので、猫歴9年、予定より1年前倒しに、ついにわしの肝入り政策、猫の国総選挙に漕ぎ着けた。


 総選挙と言っているが、実はこれはただの市長選。今まではわしが任命していた市長を、選挙によって決める民主化の第一歩。

 王妃からはわしが面倒な仕事を民に押し付けていると思われていたが、民が決めたほうが安心した生活が守られるってものだ。

 ゆくゆくは市長選挙だけでなく国政選挙まで持って行って、わしの仕事をゼロにするのが狙いだけど……


 とはいったものの、選挙なんてシステムはこの世界にはなかったので、エルフ市でやった選挙を見本にしても、国民に説明するのは超面倒くさかったと市長が言っていた。


 さらに、現職以外の立候補者が、全国で2人だけ……


 これでは選挙にもならないので、またわしは各町各村を回って演説会とヘッドハンティング。仕事のほとんどは職員がやってくれると嘘をつき、市長のお高い給料を教えてあげたらけっこう釣れた。

 その者には小論文の提出をさせて選ぼうと思ったけど、作文レベル。なんか原稿用紙に同じことばっか書いてる。学校に通っている子供のほうがまだマシ。給料で何を買うかなんて書くな!


 いちおう全てに目を通して立候補者を学校に集め、現職市長の講義を開いてみたら、めっちゃ荒れた。わしの嘘がバレてしまったのだ。

 そりゃ、市長の仕事が全て丸投げなわけがあるはずがない。騙されるこいつらが悪い。なのでわしは「嘘ついてごめんね~」って謝った。


 まぁここまではわしの想定内。これだけ集めれば、そこそこの知識のある人や熱い想いのある人も見付かるってもんだ。

 辞退したい人も大多数だったが、詳しい話を聞いたら2人ぐらいは「やってもいいかも?」となり、有能そうな人にはめっちゃお願いして残ってもらった。


 これで各町、6名から5名の立候補者が出揃ったので、選挙の体裁が取れる。この者には仕事の終わった夜に選挙のルールや戦い方を教え、ようやく猫の国総選挙に漕ぎ着けたのだ。



 猫の国総選挙は収穫の終わった10月。期間は1週間。費用は全て国持ちだ。その期間に討論会を開き、民からの質疑応答や要望を聞き、立候補者に答えさせる。

 最初は民はあまり近寄って来なかったのだが、日が経つに連れて立候補者の口喧嘩が面白いということになり、最後のほうは満員御礼。新しい娯楽と勘違いされてしまった……


 そのおかげで、最終日はお祭り騒ぎ。猫の国首都、ここ猫市でも大騒ぎになっている。


「ねえねえ? これが選挙ってヤツなの? 聞いてたのとぜんぜん違うんだけど~??」


 今日は後学のためとか言ってさっちゃんたちが遊びに来ているので、市役所を兼ねた王様のおうち、10階もあるキャットタワーの屋上からお祭り騒ぎを覗き見ている。


「もっと難しい顔をして考えてくれると思っていたんにゃけど……いったいわしは、どこで間違えたんにゃろ?」

「私に聞かれてもわからないわよ。シラタマちゃんがやりはじめたことでしょ」


 さっちゃんに相談してもらちが明かないので、一部始終を見ていたリータとメイバイにも聞いてみた。


「アレじゃないですか? シラタマさんが口喧嘩をあおっていたの」

「そうそう。そのあと必ず『口喧嘩祭りにゃ~』って言ってたからニャー」

「そ、それは、場を盛り上げるためにゃ~」


 身から出たサビ。言葉での殴り合いはなんでも許したから、立候補者も次の日には汚い言葉を用意してぶん殴り合ったのだから、このようなお祭り騒ぎになってしまったのだ。


「ま、シラタマちゃんらしくていいんじゃない?」

「わしはいつも静かにゃ~」

「「「「「どこが??」」」」」

「周りが騒がしいだけにゃ~~~」


 わしはいつも普通にしているのに周りが猫に驚いてうるさいだけなのに、さっちゃんたちはわしのせいにするのであったとさ。



 この騒ぎのなか、さっちゃんたちVIPも近くで見たいとなったので、猫ファミリーが護衛しながら練り歩く。

 その時、「猫王様、誰に入れるんだヨ~♪」とか寄って来た若者がいたからシバイた。不敬とかじゃなくて、顔が気に食わなかったんじゃもん。


 その若者には、もっとラップが上手くなるようにと、王様の意思が反映されたくないから王族には投票権がないと説明。

 すると若者は「もっと精進するヨ~♪」と変顔で去って行ったけど、シバかれたのはそういうとこじゃぞ?


 こうして猫の国総選挙はお祭り騒ぎのなか終わり、開票してみたら投票率は98%という驚異的な数字を叩き出したのであった。



 猫の国総選挙が終わると、さっちゃんたちは結果だけ聞いて去って行った。わしはこれから任命式で忙しいから、キャットタワーにある会場で、前市長と次期市長の到着を待っている。


「ムニャムニャ、ゴロゴロ~」


 居眠りしているところをリータたちに撫で回されながら……


 猫の国にある町は世界中に点在しているので、距離があるから普通にやっては1日では辿り着けないのだが、三ツ鳥居というどこにでも行けるドアみたいな便利アイテムがあるので、地球の裏からでもその日の内に到着できる。

 その三ツ鳥居から市長が続々と現れ、キャットタワー5階に設けた式典用の部屋に集合した。


「激動の10年……猫の国のため、よく働いてくれたにゃ。今回は落選とにゃったけど、この猫の国を作ってくれたのは間違いなく君にゃ。わしはそんにゃ君を誇りに思うにゃ。ありがとにゃ~」

「はは~……グスッ」


 選挙の結果はほとんど現職の者が再選したのだが、落選した者も少なからずいるので、まずはその者への労いの言葉から。引退する者にも似たような感謝の言葉を、わしは目に涙を溜めながら送った。


「今回は初の選挙なのに、よく現職の者を打ち破ったにゃ。その手腕、これから存分に発揮して、猫の国を盛り上げてくれにゃ。頼んだからにゃ」

「はは~」


 次は、初当選の者への労いの言葉。ぶっちゃけわしの予想では、ここまで猫の国を発展させてくれた現職が全員当選すると思っていたのだが、勝ったのだからそれが民意なのだろう。

 その者は、わしが賞状を渡したら胸を張って誇らしげに下がって行った。


「落選した者や引退する者は、今年いっぱい引き継ぎがあるから、それまでに教え込んであげてにゃ。初当選の者は、先輩の話を聞き、いい物は活かし、変えたほうがいい物は遠慮なく変えてくれにゃ。それが、この選挙の目的にゃ。長く市長をやっていると、見えない物が出て来るからにゃ。続けて市長をやるも者も、国民のためを思って働いてくれにゃ」


 わしは皆の顔を見てから続きを喋る。


「今日は猫の国の新たな出発にゃ。みにゃの力で、よりいっそう猫の国を幸せな国にしてくれにゃ。頼んだからにゃ」

「「「「「にゃっ!」」」」」


 これにてわしの王様らしい振る舞いはおしまい。でもその返事は、ずっこけそうになるからやめてほしいわ~。



 任命式が終わったら、あとはささやかなパーティー。わしの音頭で宴会が始まった。


 今日のメニューは、全てわしの奢り。わしが倒した超美味しい白い獣や魚が並び、転生者の副料理長とその娘の料理長が腕によりをかけて作ってくれているのだから、マズイわけがない。

 現職や元市長は何度か食べたことがあるから慣れたものだが、初当選の者は超うるさい。めっちゃ質問も来るので、わしは毎日このレベルを食べていると教えてあげた。


 市長たちは、今日はこのままキャットタワーに用意した一室で休む予定なのだが、わしは1人の人物を、10階にある王族居住区に呼び出した。


「ホウジツ……にゃに負けてるんにゃ~」

「もももも、申し訳ありませ~~~ん!!」


 この土下座をするホウジツという胡散くさい顔の男は、ソウ市の元市長。元々若手商人だったのをわしが大抜擢して、猫の国建国から、帝国の意思が残る一番厄介なソウ市を任せていた人物だ。


「それも、2人とも惨敗ってどういうことにゃの?」

「そ、それは……向こうがやり手でして……」


 ホウジツによると初当選の市長は、元々は帝国の貴族だった者。その者が、くすぶっていた帝国の残り火を業火ごうかに変えたので、大差で負けたと分析している。


「確か……貴族から商人に鞍替えしたヤツだったかにゃ?」

「は、はい……お猫様が完全に息の根を止めなかったから……」

「わしのせいにゃの!?」

「申し訳ありませ~ん!」


 確かにわしは、貴族の財力を全て取り上げずにここから這い上がって来る者がいたら有能だから使えるとは思っていたのだから、この負けはわしのせいかもしれない……


「まぁいいにゃ。ところでホウジツは、来年からどうするにゃ?」

「それが……まさか負けるとは思っていなかったので……どこか雇ってくれるところがあったらいいんですが……」

「無職にゃんだ……プププ」

「笑ってないで雇ってくださいよ~」


 転落人生はちょっと面白いので笑いが漏れてしまったが、そもそもわしは受け皿を用意していたので誘ってみる。


「じゃあ、次の一手に協力してくんにゃい?」

「わかりました! このホウジツ、お猫様に一生を捧げま~す!!」

「言ったにゃ~??」


 わしがあくどい顔でこんなことを言ったら、ホウジツの顔色が青くなった。


「ち、ちなみにですけど、何をさせるつもりなんでしょうか?」

「次の一手は、猫の国『首相』の誕生にゃ~」

「しゅ、そう……ですか?」

「うんにゃ」

「それは何をするのでしょうか?」

「王様の仕事を全て引き受けるポストにゃ」

「はあ!? それってほとんど国のトップじゃないですか!!」


 君臨しても統治はせず。これがわしの悲願なのだから、なんとかホウジツに引き受けてもらおうと説明と説得を繰り返していたら、真後ろに人が立っていることに気付くのが遅れてしまった。


「シラタマさ~ん?」

「シラタマ殿~?」

「にゃ!?」


 リータとメイバイだ。わしが人に仕事を押し付けている現場を現行犯で見られたからにはゲボ吐くほど怒られ、めっちゃ撫で回されたのであった……

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