第23話 新鋭戦艦「ノースカロライナ」

1942年7月22日


 この日、真珠湾に初めて姿を現した3隻の戦艦は、これまでニミッツが見てきたどの戦艦とも異なっていた。


 海戦劈頭の真珠湾攻撃で撃沈された「アリゾナ」「オクラホマ」や、ミッドウェー海戦で撃沈されたコロラド級戦艦の艦橋は砦のような外観を持っていたが、この3隻の艦橋はそれとは対照的にスマートな城のようであった。


 目を引くのは主砲の門数であり、50口径40センチ主砲3連装3基はコロラド級より1門多く、日本海軍のナガト・タイプと比較しても勝っている。


 コロラド級以前の旧式戦艦とは一線を画す理念で設計、建造されたノースカロライナ級戦艦の1番艦「ノースカロライナ」、2番艦「ワシントン」、サウスダコタ戦艦の1番艦「サウスダコタ」が太平洋艦隊の新戦力として加わったのだ。


「コンパクトで綺麗な艦体だな」


 ニミッツは「ノースカロライナ」「ワシントン」「サウスダコタ」の3隻を見て呟いた。


「テネシー級、コロラド級は艦首から艦尾まであらゆる上層構造物が建設されていましたが、ノースカロライナ級、サウスダコタ級は艦橋、煙突の間隔を狭め、艦の中央部に構造物を密集させております。こうすることによって主要防御区画の幅を狭め、その場所に厚みのある装甲を持たせ、耐弾性を高める事が出来ています」


 TF2(第2任務部隊)司令官ウィリス・A・リー少将と共にニミッツの元にやってきた「ノースカロライナ」艦長オーラフ・M・ハストベッド大佐が言った。


「ノースカロライナ級は機関部に不安を抱えているという事であったが、それは大丈夫なのか?」


 ニミッツは新鋭戦艦3隻の回航に伴って、最も気になっていたことをハストベッドに聞いた。


 「ノースカロライナ」は昨年4月9日に就役していたが、試運転の時点で機関の推進器の振動が基準値より大分大きいという不具合が発覚していた。


 「ノースカロライナ」がカリブ海に展開している間も、幾度となく改修が行われていたが、抜本的解決に至ることはなく、ニミッツはその事をかなり気にしていたのだ。


 何故なら現在の戦況は合衆国がミッドウェー島を失陥するほど切迫したものであり、いくら新鋭戦艦と言えど、いざ実戦の場で不具合が起こりましたでは話にならないからである。


「機関の推進器の問題は『ノースカロライナ』内でも重要視されており、影響が最小限に留まるように試行錯誤を繰り返しています。実戦の場で致命的な事態に陥ることはないでしょう」


 ニミッツが考えていることを悟ったハストベッドは答えた。


「『ノースカロライナ』『ワシントン』の2隻が僅かな不具合を抱えているのは事実ですが、小官は強化された主砲火力と新設備のレーダーによって来るべき戦いに勝利できると考えています」


 これまで静かに会話の流れを見守っていたリーがここで始めて口を開いた。


「レーダーか。噂には聞いていたのだが、主砲の命中率の飛躍的な上昇などの効果はあるのか?」


 合衆国海軍の中で、1、2を争う電子機器の専門家であるリーに対し、ニミッツは疑問をぶつけた。


「『ノースカロライナ』『ワシントン』は大西洋艦隊に配属されていた時、独伊軍の巡洋艦にレーダー射撃を用い、初弾から命中弾を与えることに成功しています。この威力は日本軍との砲撃戦でも十二分に発揮されるでしょう」


 ご安心ください、司令長官――リーの言葉の裏にはニミッツに対するこのような思いもあるように感じられた。


「・・・太平洋艦隊の戦力は確かに回復してきているが、失った戦力の回復に努めているのは日本軍も同じのはずだ。日本海軍が新たな動きを起こすまであと1~2ヶ月といった所か」


 ニミッツは話題を切り替えた。


「我が軍は先のミッドウェー海戦で日本海軍の正規空母『カガ』を撃沈し、他に小型空母1隻を撃沈しましたが、情報部から上がってきている情報や、中立国経由の情報を合わせると、6月以降、中型空母・小型空母各1隻が竣工したとの事です。日本軍の再侵攻はその2空母が戦列に加わってからでしょう」


 ニミッツに同行していたスプルーアンスが私見を述べた。空母機動部隊であるTF16の長なだけあって、日本軍の空母の補充状況には神経を尖らしているのかもしれなかった。


「だとすると9月以降か。日本軍は何処にその触手を伸ばしてくるかな・・・」


「まず、ミッドウェーでしょうな。これから日本軍がミッドウェーへの補給に苦心することは確定的なので、それを打開するために再び大部隊を送ってくる可能性大だと本官は考えます」


「だろうな」


 マックモリス参謀長が最有力候補にミッドウェーを挙げ、それはニミッツの考えとも一致していた。


 もし、日本軍がミッドウェー以外の場所に侵攻したとしても、合衆国海軍の最重要目標がミッドウェーであることには変わりないため、その隙に確実な奪還作戦を行う事ができるからである。


 自分の思考をまとめたニミッツは、幕僚達と共に「ノースカロライナ」の艦上に乗り込み、艦内視察を開始したのだった。












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