第3話 軽巡「アトランタ」咆哮

1942年6月12日


「ジャップが来るぞ。射撃準備!」


 2隻の正規空母を中心に据えている米太平洋艦隊第1任務部隊(TF1)の中で、輪形陣の後方を受け持っている巡洋艦「アトランタ」艦橋内で艦長サミュエル・P・ジェンキンズ大佐は自身を鼓舞するように命令を発した。


 「アトランタ」は新鋭軽巡アトランタ級の1番艦として建造された艦であり、全長165.1メートル、全幅16.2メートルの細長い艦体に38口径5インチ連装主砲を始めとする多数の中小口径火器を搭載している。


 この戦いには同型艦の「ジュノー」「サンディエゴ」「サンファン」も参加しており、機動部隊護衛の中核的な役割を果たす事が司令部より期待されていた。


 そこから約10分ほどは静寂の時間が流れたが、程なくして前方上空に敵影が見え始めた。


 30機と思われる梯団が4隊、総数120機程度の敵機が姿を現し、TF1の直衛に就いていた44機のF4F「ワイルドキャット」が一斉に突撃を開始した。


 攻撃機をやらせまいと日本海軍主力戦闘機――コード名「ゼロ」が立ち塞がり、被弾した機体が1機、また1機、黒煙を噴き出しながら海面に向かって墜落してゆく。


 ゼロは強敵であり、「アトランタ」の艦橋から見てる限りでは、8割以上のF4Fが戦闘機同士の戦いに拘束されてしまってたが、それでも何機かのF4Fがゼロを振り切り、攻撃機を捉えた。


 F4Fの両翼からぶちまけんばかりの勢いで12.7ミリ機銃弾が発射され、2機の艦爆、1機の艦攻が胴体を貫かれ、コックピットを粉砕され、火を噴いた。


 被弾した1機の艦爆の腹に抱えてられていた爆弾が誘爆を起こし、その艦爆が一瞬にして炎の火の玉に変わったかと思いきや、多数の弾片が周囲に飛び散り、更に複数の日本軍機を傷つけた。


 F4Fの活躍にジェンキンズは拳を握りしめ、「アトランタ」の艦内各所からも歓声が上がったが、攻撃隊の全てを阻止するには至らず、60機以上の99艦爆ヴァル、97艦攻ケイトがTF1を包み込むように散開した。


 ジェンキンズは冷静に上空を見つめていたが、今回の作戦が初陣となる若い水兵には堪える光景であろう。迫り来るヴァル、ケイトの姿は獲物を狙う猛禽そのものであり、昨年12月に惹起した開戦劈頭の真珠湾攻撃でも米主力戦艦の「アリゾナ」「オクラホマ」が撃沈され、他にも6隻の戦艦が大破着底、撃破されている。


 早くも一部の艦艇――輪形陣の前部を形成していたニューオーリンズ級重巡洋艦「ニューオーリンズ」「アストリア」が20.3センチ主砲、12.7センチ砲を用い、対空射撃を開始し、一部の敵機が輪形陣の後方に回り込んできた事を察知したジェンキンズは「射撃開始ファイア」を命じた。


 8基16門という砲数を誇る5インチ連装砲から5インチ砲弾が流星の勢いで矢継ぎ早に発射され、発射の反動によって軽い地震ほどの衝撃が「アトランタ」の艦体を走り抜けた。


「ヴァル1機撃墜! 更に2機撃墜!」


 見張り員が敵機撃墜の報告を上げ、「アトランタ」の主砲が更に吠え猛るが、一部のヴァルが米艦隊やジェンキンズの不意を突くかのようにして機体を翻した。


「『ニコルソン』『スワンソン』被弾!」


 「アトランタ」の右舷を航行していた2隻のクリーブス級駆逐艦2隻の被弾損傷が報され、ヴァルやケイトが決して輪形陣の中央を航行している2隻の空母のみを狙っているだけではないという事が判明したが、どうしようもない。護衛艦艇のある程度の損害は許容するしかなかった。


 護衛艦艇の損害はクリーブス級駆逐艦の2隻だけでは止まらない。


 「アストリア」に、500ポンドクラスと思われる爆弾が2発、立て続けに命中し、艦の下腹に1本の白い航跡が吸い込まれた。


 次の瞬間、長大な水柱が「アストリア」の左舷側に奔騰し、艦体から盛んに噴き伸びていた火箭が急減した。爆弾2発、魚雷1本の命中によって、「アストリア」の艦上は火焔地獄さながらの様相となっているのは想像に難くなく、対空射撃どころではなくなったのだろう。


 他にも更に1隻の駆逐艦が被弾し、輪形陣が弱体化したと見たケイトが輪形陣の内部に侵入を開始し、まだ投弾を終えていなかったヴァルも輪形陣の内部に殺到する。


 未だ健全の「アトランタ」を始めとする護衛艦艇は対空戦闘を継続し、レキシントン級正規空母「レキシントン」「サラトガ」が艦首を泡立たせて急速転回を開始する。


「ヴァルよりもケイトの撃退を優先しろ! 500ポンドクラスの爆弾よりも魚雷の方が脅威度が高い!」


 ジェンキンズはケイトに射弾を集中させるように命じ、他艦の艦長もジェンキンズと同じような事を命じたのだろう。撃ち込まれる無数の機銃弾によって海面が沸き立ち、4機のケイトが立て続けに火を噴き、時間差で更に1機のケイトが海面に激突した。


 だが、僚機の被弾を見てもケイトの動きに迷いが発生することはなく、一足先に「サラトガ」に取り付いたヴァルが投弾を開始した。


 「レキシントン」にも多数のケイトが迫りつつある。


 2隻の正規空母が助かるかどうかはジェンキンズには分からなかった。


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霊凰より







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