増えてしまった親衛隊

「……早いなぁ。もう夏休みかよ」


 一学期の一大イベントである期末テストも既に終え、終業式も終えたことで明日からは全学生が待ち望んだ夏休みがやってくる。

 俺としては真治と幸喜を含め、友人たちと宿題に影響が出ない程度に思う存分遊ぶ約束をしたわけだが、もちろんそこには美空や結華も含まれている。


「大河さん!」

「はいっ!?」


 突然聞こえてきた声に俺はビクッと肩を震わせた。

 まだ終礼が残っているのでボーっとしていたわけだが、いつの間にか美空が傍にやってきていたことに今気づく。


「全くもう、さっきからずっと声を掛けていましたのに!」

「あ~、そいつはすまんかった。ちょっと考え事しててな?」

「むぅ……まあ良いでしょう。用というのは他でもありません。電話などで連絡も出来るといえ、一応口頭でも伝えておきたかったのです」

「どうせいついつ集まってどこどこに遊びに行くかだろ?」


 そう言うと美空は目を丸くした。

 元々遊ぶことの約束はしていたが美空のことだから、きっと改めて確認したかったのだろう。


「どうして分かったのです?」

「分かりやすすぎるんだよ。それなりに一緒に居たからこそ、分かることがあるってな。まあ血染や真白みたいにとは言わないけど」

「……………」

「何だかんだそれだけ一緒に居たってことだろ。色々と疲れることは多いが、まあ美空たちと過ごす日々も悪くない。だから安心しろ――ちゃんと予定は空けておく」

「あ……っ」


 それに……もう一人増えそうだからなぁ。

 それから静かになった美空は席に戻り、先生がやってきたことで一学期最後の終礼が始まった。


「夏休みだからって羽目を外しすぎないように」


 先生からのありがたい言葉をいただき、終礼はすぐに終わった。


「それじゃあな大河!」

「また遊ぶ時に!」

「あいよ~」


 真治と幸喜に別れを告げて教室を出ると、いつものように俺は血染と合流するために校門に向かう。

 しかし、夏休みを目前にしているということで血染の方はどうも面倒なことになっていたらしく、それはちょうど玄関のところだった。


「なあ六道さん、今日はクラスの皆で集まるって話をしたんだ。これから夏休みで会えなくなるし、一緒に遊ぼうよ」

「だから興味ないしどうでも良いっての。他の子を誘いなよ」

「まあまあそう言わずにさ。なんだかんだ、俺たち同じクラスなのに全然話したことないでしょ?」

「……はぁ?」


 流石、人気者というか美少女としての宿命のような光景だ。

 血染に俺という彼氏が居るのは周知されているものの、やはり類い稀なる美少女である血染を求める男は多いというわけだ。

 まあこれは血染だからこの程度のようだけど、男の影が今のところない美空や結華にも常に遊びの誘いがされるくらいには大変そうだ。


「お兄様」

「おっと、真白か」


 背中からギュッと抱き着いてきたのは真白だった。

 血染は俺に気付いていないようだが、真白はすぐに俺に気付きこうして近づいてきたんだろう。

 まあ、あの様子を眺めるのも俺としては気分が良くない。

 何より自分の恋人にあんな顔をさせるのも我慢出来なかった。


「よっ、待たせたな血染」

「あ、兄さん!」

「え?」

「っ……」


 血染の同級生男子の肩に手を置くように俺は声を掛けた。

 男子二人はすぐに俺の方に振り向き、片や気まずそうに、片や敵意を剥き出しに睨んできた。

 睨んできた男子に対し真白がそっと手を伸ばしたが、俺は大丈夫だからと思いながら視線を向けると、真白は頷いて手を引っ込めた。


「悪いな。血染はもう予約済みなんだ」

「……えへへ♪」


 俺の言葉に血染が照れ臭そうに笑った。

 こんな言葉一つで照れるような次元は既に超えているはずなのに、それでもこうして照れる血染を見れるのはいつだって目の保養だ。


「っ……ちょっと六道さんに自由がなさすぎじゃないっすか?」

「そ、そうですよ。もっと彼女を自由にさせてあげてもいいじゃないですか。もっと俺たちを含め、クラスのみんなと遊ぶ時間を――」


 いやまあ……その気持ちは分かるんだけどさ。

 誤解がないように言うなら俺は別に血染の行動を制限はしていないし、何より束縛をしているつもりもない。

 それは思い込みとかではなく、本当にそのつもりはないのだ。


「別に自由を奪ってるつもりはないけどな。俺も血染も付き合ってるからこそ、その好きな相手と一緒に居ることを望んでいるだけだろ」

「それは……」

「それでも……」


 俺、何も間違ったことは言ってないよな?

 それでもとにかく納得出来ないのか男子二人はこの様子だし……というより、段々と血染と真白の機嫌が悪くなっていくから無視する形で行くか。

 なんてことを思った時だった。


「話は聞かせてもらった。お互いに恋人との時間を優先したいのは間違いではない。ならばそれを赤の他人である君たちが口を挟む道理はないだろう?」

「……来たよ」

「あ、茜先輩」


 いつの間に来たんだよと、そう言わせてしまう登場をしたのは茜だった。

 彼女はその中性的な顔を険しくしながら二人を睨みつけ、睨みつけられた男子二人はその眼光に委縮していた。


(この人も変わったよなぁ……)


 俺は遠い目で茜を見つめる。

 茜がこうして俺たちのことを知り、まるで仲を守るようなナイト的なことをしているのは美空と結華の薫陶だった。

 あの時、美空が任せてほしいと言ったが何をしたのかは聞いていない……気付いたら茜はこうなっていた。


「いつから居ました?」

「ふっ、さっきからさ。彼女たちも居るよ?」


 ふと振り向くと美空と結華も居た。

 血染&真白大好き親衛隊が三人揃ったわけだけど……て、美空と目が合った瞬間彼女はサッと目を逸らした。


「むっ……」


 それに気付いた血染が何やら反応したようだ。

 しかし、こうしてみんなが集まったとはいえ埒が明かない……それにもどかしさを感じたらしき血染が俺の隣に立った。


「何もない時は誘いにも応じるけど、基本的にあたしは友達の誘いしか受けないの。それ以外は兄さんとの時間を優先したいし……兄さん?」

「うん?」


 どうしたと顔を向けた俺に、血染がチュッとキスをした。

 男子二人が思いっきりこちらを見ていた時のキス、それは触れ合うだけの軽いものだったがしっかりと彼らの脳裏に刻まれたことだろう。


「兄さん、今日の夜はエッチしたいなぁ♪ いっぱいしよ?」

「っ……」

「……六道さん」


 これ……もしも男子二人が血染に淡い想いを抱いていたとしたら心に負う傷は深いんだろうなと、俺は他人事ながら思った。


「茜先輩、これが麗しき兄妹愛ですわ」

「これをずっと見守るんですよ茜パイセン」

「……あぁ……いぃ……良いじゃないかぁ♪♪」


 一人絶頂しておりますがな……。

 結局、血染の行動のおかげなのか呆然とした様子で男子二人は去って行き、俺たちは揃って玄関から出るのだった。

 両方の腕を妹たちに抱きしめられながら歩く中、俺はチラッと後ろを見る。


「しかし……なるほど、私にも見えるぞ。見える気がする」

「うふふ、愛があれば見えないものなどないのです」

「いやぁ今日も血染ちゃんたちは可愛いわぁ。目の保養ね!!」


 決して邪魔をすることなく、後方で見守る腕組み変態お姉さん三人組って感じでこれは喜べばいいのか、ちょっと怖いと思えば良いのか良く分からん。

 そんな新たな仲間が加わった三人に複雑な気持ちを抱いていると、ボソッと血染が呟く。


「ねえ兄さん、美空さん何かあったの?」

「いや、別に何もないはずだけど」


 いや、もしかしたらあれかもと思って話してみた。

 終礼前の彼女との会話、それを伝えると血染は面白そうに笑った。


「まあ深い意図はないにしても、言葉がイケメンじゃないかな。そりゃそうなるよって感じ」

「そうかぁ?」

「ふふっ、美空先輩も普通に照れたりする感性なんだねぇ。おかしいだけじゃなかったんだ」

「あなた、ちょっと酷いこと言ってる自覚あるかい?」

「えへへ~♪」


 そんな可愛い笑顔で誤魔化され……てあげるよこんちくしょー。

 ということで、明日から訪れるのは長い夏休みだ。

 俺と血染も部活に所属していないので、本当に一緒に居る時間はかなり多くなるので楽しみだ。


「兄さん」

「なんだ?」

「いっぱい思い出、作ろうね?」

「そうだな。ま、夏休みっていう特別なモノじゃなくても、血染たちが傍に居るだけでその全部が大切な思い出だよ」

「……もう! どれだけ嬉しいこと言ってくれるの兄さんは!」

「……好き♪」


 さあ、長い夏休みの到来だ!


【あとがき】


ということで二章? が終わりです。

次で終章なので、またのんびりお付き合いください。

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