頼りになる変態たち

 全てが順調に、それこそ大河と血染たちにとって幸せな日々が続いている。

 かつて大河を敵視し、血染に対して化け物と罵り、更には血染すらも手に入れてやると豪語した彼も……壮馬もまた、真の意味でこの世界の住人と成り果てていた。


「時雨の奴、おせえなぁ……」


 ガタガタと、軽く貧乏ゆすりをするようにそう呟く。

 このびょうあいの世界に転生してからずっと、彼はヒロインたちで築き上げるハーレムを夢見ていた。

 その気持ちは今も失われてはいないのだが、既にその心はヒロインの一人である連城時雨によって占められている。


『壮馬~! 時雨ちゃんが来たわよ~!』

「っ!!」


 一階から聞こえた母の声を聞いた瞬間、壮馬はすぐに立ち上がった。

 まるで飼い主の帰りを待ち焦がれた犬のように、彼は尻尾をブンブンと振り回す勢いで階段を駆け下りて玄関へ。


「あ、先輩♪ おはようございます♪」

「遅いんだよ時雨!」


 口調は酷かったが、それでもその表情は笑顔で染まっていた。

 時雨はそんな壮馬の様子を見て笑みを深くし、少し用事があったのだと理由を述べて謝罪した。


「ま、どうでも良いんだよもう。ほら、部屋に行くぞ」


 手を繋いで時雨を部屋へと連れて行く壮馬を見て、母親はあらあらと微笑ましそうに見つめるだけだが……そんな中でただ一人、時雨だけが種類の違う微笑みを浮かべている。

 まるで全てが上手く行っていると、自分のやり方は間違ってないんだと確信した軍師のように。


「壮馬先輩、ちょっといきなりじゃないですか?」

「うるせえ」

「そんなに寂しかったんですか? 私が居ないとそんなにダメなんですか?」


 部屋に入ってすぐに壮馬は時雨を抱きしめた。

 自分よりも遥かに体が小さいというのに、その小さな体に触れているだけで全身を安心が包んでくる……この感覚が壮馬を虜にしていた。


「よしよし、それじゃあとことん甘えても良いですよ?」


 頭を撫でられながら時雨にそう言われ、壮馬は幼い子供のように変化した。

 姉のような、或いは母のような、とにかく凄まじい包容力に包まれて続けた結果として、壮馬は完全に時雨に落とされてしまっていた。


(この感覚は虜になるぜマジで……あぁ時雨。最高だ時雨)


 まだ少しだけ残る理性は時雨をゲームのヒロインだと認識している。

 それはまだこの世界がゲームだと考えられている証だが……とはいえ、この世界は確かにゲームの世界だが現実であるため、行動一つで全てが変わってしまう元の世界と何も変わりはない。


(なあ大河、それに血染。俺は勝ち組だ! 俺は主人公だ! これが俺に用意された世界なんだよぉおおおおおお!!)


 そう、あくまで壮馬の中でまだゲームの世界だ。

 ヒロインたちもプログラムされた存在であることに変わりはないと、ずっとそう思い続けている憐れな少年だ。

 しかし……今となってはこの考えもまだ彼が時雨に支配されていない証でもある。


「壮馬先輩、もっともっと私に甘えてくださいね? 私はどんなことだってしてあげますから。あぁでも、他人を困らせたりするのはめっですからね? そこは私との約束ですよ?」

「分かってるよ。時雨……時雨ぇ!」

「あぁ本当に可愛いですよ壮馬先輩……アハハハっ!」


 果たして、真に世界に選ばれた贄は誰なのか……それはもう気にしても仕方のないことなのかもしれない。

 ヒロインとイチャイチャするという望みが叶い、仮初とはいえ主人公である彼が心から微笑んでいるのだから――彼は、壮馬は確かに主人公である。

 だからこそ、彼の功績を称えようではないか。

 彼は独自のルートを開拓することによって、原作よりも遥かに愛が重くなった連城時雨という後輩ヒロインを手に入れたのだから。


(時雨……好きだ。好きだ時雨……)

(先輩、可愛いですよとても。さあもっと、もっと壊れましょうね。そうして世界には私しか居ないと認識するんです。あなたを愛することが出来るのは私だけ、それだけを考えるんです)


▼▽


「……?」

「どうしたの?」

「いや、なんか気になったんだけどまあいいや」

「ふ~ん」


 何か悍ましいものをビビッと受け取ったような気がしたのだが、別にあまり気にならないということはそこまでのものなんだろう。


「せっかく遊びに来てるんだから気を楽にしたら? 美空の家に来るなんて……まあこれから増えるかもしれないけど、こんなに大きな家はそうそうないだろうし」

「だな。いやぁ本当にでっかい家だ」


 もうすぐ夏休みという頃、俺は美空の家に訪れていた。

 もちろん俺だけでなく、今隣に座っている結華を含めて血染と真白も一緒だ。


「血染さんに真白さんも素晴らしいですわ!! このドレス、私はもう必要ないので是非とももらってくださらないかしら!」

「いや、それは遠慮しておこうかなぁ……」

「うん。あっても邪魔になるだけ。私のは特に」


 この家に来てすぐに、我が妹たちは美空の着せ替え人形と化していた。

 美空の部屋に繋がる形で衣装部屋のようなものがあるのだが、チラッと見せてもらったけど本当に多くの衣服が掛けられていた。

 お金持ちならではのイベントというか、両親が招待されるパーティに出席することも多くあるとのことで、その時々に着るドレスなどが増えてこうなったらしい。


「なあ結華」

「なに?」

「……美少女同士の絡み、良いねぇ♪」

「良いわよねぇ♪」


 それを眺めている俺と結華は完全にオジサン化していた。

 もちろん着替えの様子などを見ることはなく、俺たちの前でドレス姿になった妹たちがリアクションをする姿を眺めているだけなんだが、それだけでも十分に目の保養だし何より楽しくて幸せだった。


「なんか感慨深いわ。美空の家に来たこともそうだけど、血染ちゃんや真白ちゃんがあんな風に着せ替え人形になってるなんてね……平和そのものだわ」

「それな。茜の時には少し力を使ったけど」

「そこ、見たかったわね凄く」


 本当に結華は血染たちのファンなんだなと思わせられる言動だ。

 ちなみに、あの出来事があってから茜から暗い表情は消えたらしく、俺たちは安心すると同時に良かったなと心から思えた。

 しかし、彼女が何かを探すようになったという噂も聞いた。


「あれね。きっと探してるのは助けてくれた誰かなんだと思うわ。ずっと絶望していたみたいだし、それを救ってくれたとなったら……ねぇ?」

「何か面倒なことになりそうかな」

「それは……対応次第かな。私と美空で近々茜と話をしようと考えてるの。彼女、なんとなく私たちと同じ匂いがするから」

「あ、なら安心だな」

「その信頼の分厚さは喜んで良いのか馬鹿にされてると嘆いた方が良いのか……」


 信頼してるんだよ馬鹿にしたりなんてあるものか……だから大丈夫よ。


「兄さん!」

「お兄様!」

「おっと」


 なんてやり取りをしていたら血染と真白が飛び込んできた。

 二人とも着ていた私服ではなく、美空が着せたドレスなのだが……いや、現実にこんなドレスがあるんだなとちょっとジッと見てしまう。

 背中を大胆に見せているだけでなく、胸元もそれなりに露出するような格好なので二人の豊かな胸の谷間がこんにちはしている。


「……綺麗だな二人とも」


 意識せずに言葉が漏れて出た。


「……えへへ♪」

「……♪♪」


 ちょっとエッチに、けれども二人だからこそ美しく鑑賞したいとさえ思える。

 結華もそうだが背後に居る美空に関しては二人のドレス姿も合わせ、俺と抱き合っている二人を見てでゅふふって笑ってるもん。


「そのドレス、本当にもらっていただいてもよろしいのですが……確かに置き場もそうですし、使う場所も限られますわよね」

「そうだなぁ。仮に仕舞えたとしても、保管とか面倒そうだ」

「うん。しょっちゅう目を向けないと落ち着かなさそうだしねぇ」


 上質なドレスだからこそ、中途半端な保存方法は無理だからな。


「二人とも、ちょっと真っ直ぐ立ってくれ」

「え? うん」

「分かった」


 俺はスマホを構えて二人に向けた。

 二人とも着ているドレスの形状は似ているが、血染は黒で真白は赤……うん、最高で素晴らしい以上の言葉はない。


「はい、チーズ」

「は~い♪」

「ん♪」


 かしゃっとしっかり撮らせてもらった。

 美空も結華もバッチリ写真は撮ったようで、二人とも待ち受けにするといってずっとその後は興奮していた。


「大河さん」

「うん?」

「北川先輩のことはお任せくださいな。良いように収めてみせますから」

「……おう」


 そう言ってくれた美空は心強かったのだが、その瞳からある想いを俺は感じ取って少し身を引いた。

 必ずこの沼に引きずり込んでやると、そう瞳が物語っていたのだから。

 ちなみに、今まで真白はどうあってもその実体は写真に残らないと思っていたのだが、どうも俺と過ごす時間と真白自身の力の扱い方にも多様性が生まれたことで、その姿は写真に収まることが出来るようだった。


「ふへ……ふへへ」

「これで数日は何も食べなくても生きていけますわ……」


 しかしそれは、狂った連中を生み出すことに繋がるのだけは確かだった。

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