無意識に調教されている件
「そろそろ夏が近いなぁ」
突然の呟きに俺と幸喜は顔を見合わせた。
確かにこれから訪れるのは夏という暑い時期だが、まだ六月なので少しばかり気が早いだろう。
「なんだ? 何か待ちきれないイベントでもあんのか?」
「そりゃあるだろうが! 高校生の夏と言ったら海だろ海!」
「……そうなのか?」
「まあ青春の一ページではあるかもな」
幸喜に俺はそう返した。
高校生の夏休みの過ごし方は色々とあるだろうが、確かに真治が言ったように海に行くというのも選択肢の一つだろう。
中学生の頃とはまた違った視点で色んなものが見れるだろうし……ま、俺としては特に興味はないんだが。
「全然興味ないって顔してんな大河は」
「そりゃそうだろ。今だから言っておくけど、血染を放って海とかに行くことはたぶんないぞ?」
「……このリア充がよって言いたい気分だけど、まあそうなるよな」
「あんな可愛い妹兼彼女が居たらそうだよなぁ」
「うむ」
良く分かってるじゃないか。
俺も男なので浜辺に訪れる水着姿の女性たちに興味がないわけではないが、一番身近に魅力的過ぎる女の子が居るから仕方ないんだ。
「進藤とか間桐の水着姿も気にならないのか?」
「……………」
実を言うと、ゲームでは美空の水着姿は披露されている。
結華との絡みは基本的にインドア系が多かったためなかったものの、美空は反対にそこそこアウトドア系のイベントが多くプールに行くのもその一環だった。
『どうですかぁ? お姉ちゃんの水着姿は……あら♪』
お嬢様然とした彼女が身に付けた黒のビキニ……それは今でも鮮明に思い出せるほどの破壊力があった。
血染を凌駕するほどの爆乳がプルプルと震える光景を容易に想像させてしまうような描き込まれた絵……一体どれだけあのスクリーンショットを俺は眺めただろうか。
「やっぱり、彼女が居てもそこは気になるんだな」
「当たり前だろうが。俺は男だぞ?」
「それでこそ男だぜ大河」
さて、別にビビることでもないがこういうことを話していると真白の視線を良く感じるのだが今日はそれがなかった。
何となく彼女が傍にいないことを残念に思いつつ、けれども少しホッとするという良く分からない感情を抱いていたその時、いつの間にそこに居たのか第三者の声が聞こえた。
「何の話をしているのですか?」
「っ!?」
「ふぁっ!?」
「何奴!?」
俺たち男衆三人、それはもう大げさなリアクションをしてしまった。
その声はもはや俺たちの傍に居ることが珍しくなくなった美空のもので、彼女はニコニコとしながら俺たちを見つめていた。
「……念のため聞くけど、どうしてこっちに来たんだ?」
「いえ、何となく私の話題が出たような気がしましたので。違いましたか?」
やっぱりこの子は俺の知らない異能を持っているのかもしれない。
流石に君の水着姿について話していた、なんてことを馬鹿正直に伝えるわけにもいかないので適当なことを口にすると美空は信じてくれた。
「そうだったのですね。ふふ♪」
「どうした?」
「いえ、やっぱり私……良く分かるようになったみたいです♪」
「何が?」
真治と幸喜には聞こえないようにと配慮したのか、彼女は俺の耳元に顔を近づけてこう囁いた。
「大河さんが何かしら私のことを考えた時、それを敏感に察せられるようになったんですよ。ふふっ、この勢いで血染さんや真白さんのことも分かるようになりたいものですね! 私、精進しますわ♪」
「君は一体何を言っているの?」
最近、俺も美空に対して遠慮が無くなったけど……こういう言動が続いていたらそうなるよって話だ。
「それで、何を話していたのですか?」
「……あ~」
さっき納得してくれたはずなのにまた聞いてきたってことは……全然誤魔化されたわけではないようで、彼女はジッと俺たちの言葉を待っていた。
「……その様子だと内容まで察してるんじゃないのか?」
「いやいやまさかそんな……」
「そうだぜ大河。そこまで分かったらもう超能力――」
「う~ん」
美空は可愛らしく唇に指を当てて考え、そしてこう言葉を続けた。
「もうじき夏がやって来ますし、私の水着姿はどんなものか……なんてことを言っていましたか?」
俺たちが三人揃って頭を下げたのは言うまでもない。
ただ、彼女は決して嫌そうな顔はせずに逆にこんなことを口にする始末だ。
「どうせならみなさんで海に行くというのも良さそうですわね。むしろ夏休みは長いのですから、隣県にある私の家が持つ別荘に行くのも良さそうですわ♪」
「別荘!?」
「……すげえな。流石お嬢様」
普通なら一緒に海に行くという提案に飛びつきそうなところだけど、二人が冷静なのは本気に受け取ってないからであり、何より全てを見透かした美空が怖かったからだろう。
「……そろそろ休憩終わるぞ美空」
「あら、そうですわね。では後ほど♪」
ルンルンといった具合で彼女は席に戻った。
その背中を見つめていた俺はボソッと呟いた。
「……相対的に結華がとてつもなく普通に見えてくる不思議だぜ」
美空同様に結華も血染たちを前にすれば完全なオタクに変貌するんだが、でれでれと涎を垂らすくらいに留めてくれる結華の方がまだ遥かにマシだ……美空、恐ろしい子だぜ本当に。
さて、俺の日常としてはこんな風にずっと過ごしている。
血染のことで嫉妬の眼差しを受けることはあるが、それが気にならないくらいに友人たちに恵まれていることもあって本当に毎日が楽しく充実していた。
「……うん?」
そしてそれはあいつ……壮馬も関係していた。
終礼を目前にした清掃時間の時間、汚れた水を手洗い場に流そうとしたその時に壮馬と鉢合わせした。
「よお大河」
「……おう」
絡んでくるんじゃねえよ、そう思う俺だが実を言うと少し前に比べて壮馬に抱く印象は変わっていた。
「最近、俺はとても充実してるぜ? くくっ、やっぱり俺は主人公だったんよ。選ばれた男だったんだ」
「……………」
「その証拠に時雨はずっと俺の傍に居てくれる。どんな時も俺を支えてくれてな。茜に美空や結華、お前が大事にしている血染にすら声を掛ける暇もないくらいに愛してくれてるんだぜ?」
「……………」
「愛される感覚ってのは良いもんだなぁ。夜一人で居る時にも時雨の声が脳に焼き付いて聞こえてくるほどだぜ……なあ大河、お前の言葉は外れだぜ。二度目だがもう一度言う――俺は主人公だ」
「……そうかよ」
なあ壮馬……お前、気付いてるか?
俺から見ても異常だと言えるほどにお前は時雨に依存しているってことに……夜に時雨の声が幻聴として聞こえるほどに躾けられていることに気付いては……居ないんだろうなこいつは。
「ま、頑張れよ」
「負け惜しみ乙~」
何に対しての負け惜しみだよこの野郎が。
まあでも……どことなく壮馬の在り方が憐れに思えてしまったのか、それともあの壮馬をこんなにも無意識、それこそ自覚すら出来ていない状態に作り変えた時雨を怖がった方が良いのか……うん、とにかく怖い。
「……こうなると茜に関しては本当に普通だな」
壮馬の干渉もなくなり、俺たちも彼女に絡むことはなく、本当の意味で先輩ヒロインである茜はゲームの役割から解き放たれたようなものだ。
ただ、血染が言っていた言葉は少し気になる。
「……暗い表情をしていた……か」
だから何なんだって感じではあるけど、今は気にしても仕方ないか。
その後、放課後になったので血染たちと合流し帰路を歩く中、俺は血染の手を取って街に足を向けた。
「兄さん?」
「今日は少し、街の方でデートでもしようぜ。少し二人で遊びたい気分なんだ」
「兄さん……うん♪」
すぐに家に帰ってイチャイチャするのも良いが、外だからこそ感じられるものもあるからこその提案だったが血染は笑顔で頷いてくれた。
「お兄様、血染、ごーごー」
遊ぶと聞いたら黙ってはいられない真白が指を差しつつ俺たちを催促し、そんな可愛い彼女に続くように俺たちはデートを開始するのだった。
「あ、そういえば今日ね。連城さんとちょっと話したの」
「へぇ。俺は壮馬と話したよ」
「どうだったの?」
「……大分調教されてねえかあれは」
「だろうねぇ。あたしが言っても説得力ないけどさ――あの子、大分振り切れてる」
……あぁうん、そりゃ俺が怖いって思ったのも納得だわ。
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