計算高い血染の見せつけ行為

「そういえば」

「うん?」

「どうしたの?」


 兄妹揃っての夕飯時、それは真白の何気ない一言だった。


「昔、私と血染戦ったことあるよね」

「……は?」


 血染と戦ったことがある? それは一体どういうことだろうか。

 ジッと真白の見つめる先に居るのは当然血染だが、彼女は昔を思い出したかのようにそうだねと頷いた。


「昔……本当に昔だよね。兄さんはあたしの過去についてどれくらい知ってるの?」

「血染に話したことある程度しか知らないぞ? まあ、あれから血染から聞いて色々と知ったけどさ」


 血染から彼女の知る家族のことについてなど、いつから真白が宿っていたかなどは聞いたけどその程度だ。

 その話の中で二人が戦ったなんていうバトル漫画的な展開は聞いたことがなかったため、俺は困惑すると同時に中二心が刺激されてかなり気になった。


「あたしは物心付いた時から真白が居たって話をしたことあるけど、初めて彼女を見た時は私も当然驚いたんだよ。それで、お前は誰だって感じでパニックになったの」

「……そりゃそうなるよな」

「だよねぇ。それで……まあ割と暴れたよね」

「うん。あの時の血染を落ち着かせるのは大変だった」


 二人は当時を懐かしむように笑顔だった。

 何を思い付いたのか血染が立ち上がると真白も続き、二人はリビングの真ん中で互いに向き合う。

 そして――互いに禍々しさを感じさせる巨大な鎌を手にした。


「それってあの時の……」


 二人が持つ鎌の形状は似ており、しかもそれは以前に血染に付き纏っていたストーカーを撃退する際に怖がらせた鎌だった。

 漫画やアニメで登場しそうな禍々しくもかっこいい形状の鎌に、俺はしっかりと目を奪われていた。


「どうして自分にそんな力が宿ってるのかも分からなくて、それで無意識にこうやって鎌を出して斬りかかったんだよねぇ」

「あの時は焦った。でも、初めての力の行使で血染は気絶しちゃったから」

「……ほう」


 聞けば聞くほどファンタジーだ。

 とはいえ、もしも一歩間違えていたらそれは大変な結果になっていたかもしれないのか……その後の顛末としては、落ち着いた血染は全てを理解したわけだけど……本当に何もなく良かったよ。


「俺の知らないところで心配を掛けるなよ全く」

「わわっ」

「……♪♪」


 怪我がなくて良かったなと二人の妹を強く抱きしめた。

 流石にこうして俺が近づくと二人は鎌を消滅させたのだが、見た目からして切れ味は凄そうだし、何より呪いの武器と言われても頷いてしまいそうで……もしも俺が触れたらどうなるんだろうか。


「お兄様、触ってみる?」

「え? 良いのか?」

「良いんじゃない? 別に呪われたりしないから触れても平気だよ?」


 ほうほうそれはそれは……ということで、これも良い機会だとして俺は真白が生み出す鎌を手に取ってみた。


「……おぉ」


 率直な感想としてはあまりにも軽く、そしてひんやりとしていた。

 まるで自分がファンタジーの世界に生まれ変わったかのように錯覚してしまいそうになるほどに、この鎌の持つ禍々しさが俺を包み込んだ。

 ただそれは嫌な感覚というものではなく、まるで血染や真白に包まれているようなそんな感じがした。


「さっきも言ったけど切れ味も良くて、並みの大木なら撫でるだけで斬れるよ」

「……それを聞くと少し怖くなってくるな」


 もしも間違って手元から離れた時、これが俺の肉体に触れた瞬間切断されてしまいそうで背筋が寒くなる。

 怖くなったので真白に鎌を返したが、まだ俺の手にはひんやりとした感触が残り続けており、それをジッと見ていたら血染に手を握られた。


「確かに突然はちょっと刺激が強かったかな。でも大丈夫だよ兄さん、だからそんなに恐れないで?」

「あはは……怖がるつもりはないんだがついな」


 人知を離れた力であり、容易に人の命を刈り取ることの出来る武器というのはやっぱり怖いモノだ。

 中二心が刺激されたとか、好奇心に負けたとか……今となってはそれを考えることすら出来ないほどに、俺はあのひんやりとした感触に恐れてしまった。


(……まあでも、二人の力だと思えばそこまでか)


 血染と真白の力の一部だと思えば恐怖心も段々となくなっていく。

 手の震えがなくなったところでようやく血染は手を離してくれたが、俺の様子をジッと見ていた真白は今にも泣き出しそうだった。


「あぁ大丈夫だぞ真白。もしかして真白に怖がったように見えたか?」

「……うん」

「それは誤解だからそんな顔しないでくれ。よしよし、大丈夫だぞ~」


 だから泣かないでくれと真白の頭を撫でた。

 その甲斐あってか真白は涙を流すことはなかったものの、グッと胸の前で握り拳を作って宣言した。


「もう絶対にお兄様にあれは持たせない。あんな顔、もうしてほしくないもん」

「あははっ♪ それが良いねぇうんそうしよう!」


 そうだなと俺も頷いた。

 もちろんあんなものを二人に持ってほしくないのも確かだけど、きっと二人は俺を含めてこの日常を守るためなら……きっと手に取るんだろうなと考えてしまう。


(って、この現実世界でこんなことを心配するなんてなぁ……今更だけど)


 その後、夕飯の途中だったことを思い出して食事を再開し、三人揃ってベッドに入って横になった。


「ねえ兄さん、それに真白も。今週の土曜日、映画見に行きたいんだけどさ」

「映画か。全然良いぞ」

「ん、行きたい」

「決まりだね♪」


 そういえばあまり映画そのものに興味がなかったから、映画館に行ったこともそこまでなかったな……デートとしては映画は定番だし、二人と一緒に行けるのならどこだって楽しいに決まっている。


「恋愛ものなんだけど広告で気になったの。義理の兄妹の恋模様だよ♪」

「それはそれは……」

「見たい!」


 最近、ドラマだけでなく再放送の映画にもハマっている真白の食いつきは凄まじかった。

 題名を聞くと俺もSNSでチラッと感想を見たことはがあったが、かなりディープな内容で濡れ場もあるとか見たような……これを恋人兼妹と見るのか……何だろう凄くドキドキするぞ。


▼▽


 数日前に、血染に告白しようとした男子のことを憶えているだろうか。

 彼は入学式の時から血染に一目惚れし、いつか必ず気持ちを伝えると決意をしてからようやく、あの日が勇気を振り絞った日だったわけだ。


「……六道さん」


 とある休日のこと、彼は友達と遊びながらも惚れた血染のことを考えていた。

 彼女は教室で決して男子に対し笑いかけることはないが、女子の友人とは比較的楽しそうな笑顔を浮かべており、そのふとした時に見ることの出来る笑みにも心を撃ち抜かれていた。


『それでね? 兄さんったらとてもかっこよくて優しくて……あたし、心の底から大好きなの♪』


 兄と付き合っている、それはまことしやかに囁かれている噂だった。

 しかし、登校時も下校時も彼女は常に兄と一緒に居るため、その噂はいつしか真実のものへと変わっていた。

 実の兄妹ならまだしも、義理となれば誰も文句は言えない……だが、それでも兄弟だから上手く行かない、俺にもまだチャンスがあると希望を失わない男子は多かったのだ。


「……まだ、チャンスはあるはずだ。ちゃんと想いを伝えればきっと……だって俺はまだ何も伝えていない」


 真摯に気持ちを伝えれば届くはず……女の子にそこそこモテる彼は血染に対し、そんな無駄な希望を抱いていた。

 そして今日、それは粉々に打ち砕かれることとなる。


「あれは……六道さん!?」


 彼の前に居たのは私服姿の血染だった。

 今まで制服姿しか見てなかっただけに、派手な彼女に似合う肌の露出が多い服装に彼は見惚れていた。


「……よし!」


 偶然に出会ったのも運命だと、彼は血染に近づいたのだが……血染の元に一人の男が近づいた。

 血染は彼の腕を抱き、その仲睦まじさを見せつける。

 その男こそが血染の兄であり、恋人の大河で……もちろん彼も大河のことは知っていた。


「……俺の方が顔は良いだろ。それに性格も――」


 自信を持つのは良いことだが、彼もまた誰かを下げて自分を上げる性格だった。

 そのことが血染に対して端から印象を下げる行為だというのに、それに気付けないのは彼が血染しか見れていない証拠だった。

 友達と別れ、彼はただただ二人の後ろを歩いて行く。

 すると血染が大河の腕を引いて路地裏に姿を消したではないか、彼は注意をしながら路地裏を覗き込み……そして目を見開いた。


「……あ……あぁ……っ!」


 そこには血染と大河だけの世界があった。

 少しだけ困惑した様子の大河が気になるものの、血染からのキスに最大限に応える大河もその表情は優しかった。

 触れるだけのキスではなく、激しいキスなのは容易に想像でき、更に血染は大河の手を握りしめてその豊満で柔らかな胸元へと導いた。


「……………」


 彼はもう言葉が出なかった。

 キスをするだけではなく、彼が……学校の男たちが求めて止まない血染の体を、その大きな胸を揉みしだいている大河に対し、言葉に出来ないほどの敗北感を彼は抱いたのだ。


「……………」


 その日、完膚なきまでに彼は失恋を経験した。

 そして彼は気付かない――呆然と立ち去る彼の背中に目を向け、一人の女が妖しく嗤い、ざまあみろと口にしたことを。

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