この人、怖いと血染は言う

 朝、目を覚ました俺を真白が見下ろしていた。


「真白?」

「うん」


 どうして真白が……そう思った俺だったのだが、彼女の顔を見た瞬間に昨日のことを全て思い出した。

 血染も真白、ある意味で二人と共に深い繋がりを持った夜だった。


「っ……」


 思い出すだけで幸せが溢れてくるのは当然として、同じくらいの気恥ずかしさがある。

 血染は既に起きて朝食の準備をしているんだろうけど、彼女と同じ存在とも言える真白を見ているとやはり頬が熱くなる。


「えっと……おはよう真白」

「うん。おはようお兄様」


 互いに挨拶を交わすと、真白はそのまま力が抜けたように俺に倒れ掛かる。

 当然俺は彼女を抱き留めるのだが、真白はそのまま俺の胸に顔を埋めたまま動かなくなってしまった。


「どうしたんだ?」

「……お兄様の顔を見つめていると恥ずかしくなるから」

「それって……」

「昨日のこと、全部覚えているから」


 あの時の彼女たちがどんな状態だったのか詳しくは分からないけど、やっぱり主な意識は血染で真白も見れてはいたのかな……ちょっと気になるがいい加減に血染の元に行くとしよう。

 リビングの扉を開けると美味しそうな朝食の香りが漂っており、ちょうど血染が味噌汁の味見をしていた。


「うん、バッチリだね……あ、兄さんおはよう」

「……おっす」


 いつもと変わらない血染の様子と思いきや、彼女は僅かに頬を染めて照れ臭そうに笑っている。

 俺たちは血の繋がりがない兄妹ではあるものの、やはりこういった部分は似ているのかもしれない。


「もうすぐ用意できるから座ってて。真白、運ぶの手伝ってくれる?」

「分かった」


 俺の背中にずっと貼り付いていた真白も手伝いに加わり、すぐに三人揃っての朝食となった。

 しかしいつもと違うのは、今日の食卓はかなり静かだった。

 俺も血染も真白も、何も言葉を発さず静かに食事をしており……まあ食事中が静かなことは悪いことではないのだが、俺たち三人は確実に昨日のことをかなり意識してしまっている。


「……うん?」

「……………」


 そんな中、ふと強い視線を感じて俺は血染を見た。

 彼女はその赤い瞳で俺をジッと見つめているのだが、目が合ったというのに彼女は別に狼狽えたりはせず、そのまま俺を見つめて続けていた。


(これは……我慢比べか?)


 それもあっただろうが、一番は恥ずかしさ抜きにしてお話がしたいという血染の気持ちが伝わってきた。

 基本的に血染は普段から余裕のある様子が目立つものの、やはりこういう時は彼女もたまらなく恥ずかしくなるらしい……ならば俺がいつまでも妹の手を引かないわけにはいくまい。


「血染、それから真白も。昨日は本当に幸せな瞬間だった……だからその、これからも改めてよろしくな」

「あ……うん!」

「分かった……っ!」


 実を言うと、今日の朝は血染にしつこくとまではいかないまでも昨日のことの感想を言われたりするものだと身構えていたんだが……なんだ、ただの可愛く照れる妹の姿を見ただけだった。

 その後、いつもの調子を俺たちは取り戻しいつも通りに賑やかな朝になった。


「……ふむ」

「どうしたの?」


 意識したつもりはないが、自然と血染に視線が吸い寄せられていた。

 普段から彼女がとても可愛く、そして美人であるというのは俺の中での絶対の認識ではある……それは変わらないんだけど、今日はいつも以上に魅力的に見えてしまうこの感覚は何なんだ?


「あ、もしかして兄さんったらいつも以上に見惚れてるの?」

「良く分かったな。うん、正しくその通りだ」

「ハッキリと頷いたねぇ」


 もちろん血染だけでなく真白にも同じことは感じている。

 真白は興味深そうにヨーグルトを食べながら俺たちを見つめているが、この現象に関して分かることがあるのか血染はこう言った。


「ほら、女性ってエッチをすると綺麗になるとかよく言われてるじゃん? あたしには正直、今朝はとても肌の張りがいつも以上にあったなくらいしか思わなかったけれど、もしかしたらそれがあるのかも?」

「……なるほどな。確かにそれは俺も聞いたことがあるぞ」


 異性と体を重ねることでフェロモンの分泌が増えるとかどうとか……よく知らないので間違っているかもしれないけど、もしかしたら俺が彼女に感じているのはそういうことなのかもな。


「ほらほら、ゆっくりしすぎていると遅れちゃうよ?」

「おっと……ってそうだ血染」

「なに?」

「一緒に行くんだろ?」

「もちろんだよ♪」


 昨日は一緒に下校することになったが、今日からはこうして一緒に登校することも可能になった。

 中学生の頃にもあったことなのでそこまでの変化はないのだが、ただあれからお互いに少しでも成長し恋人となった今とではその意味合いは大きく変わる。


「先に出てる」

「うん。ちょっと待っててね」


 朝食を済ませた後、血染はまだ準備があるとのことで俺は先に外に出た。

 準備やその他諸々の必要がない真白は俺の手を握ったまま隣に立っており、真白の場合は気付いたらこんな風に俺の体に触れていることが最近は増えてきた。


「なんか、真白のことは傍に居て当たり前というか……血染のことを考えている時にも真白を同一視してるんだよなぁ」

「間違ってない。だって私と血染はその通りだから。お兄様が心の中で血染だけを考えたとしても、そこには私も入ってる。だから普通だよ」

「ふ~ん?」


 俺は良く心の中で血染のことを考えている時、真白のことが自然と抜けていることが多いのだが、血染と真白は同一の存在でもあるため、俺が血染のことを考えるのは真白のことを考えるのと同じらしい。

 だからなのか血染のことを考えた時に、真白にも俺の気持ちは伝わっているとのことだ。


「……そこもやっぱり認識の問題だよな。不思議なもんだ相変わらず」

「それが私たちだから。でも……こうしてお兄様が私を認識してくれて、私は心から嬉しいって思ってる」

「それは……」

「あの子が……血染が幸せになってくれることを私はずっと祈ってた。だからこそお兄様が血染を幸せにしてくれるなら是非もなかった。けれど、こんな温もりと幸せを知ってしまったら、私のことも認識してほしいって考えてもしかしたら変なことをしたかもしれないから」


 そう思う時点でどこも人と変わらないだろうと俺は真白の頭を撫でた。


「おまたせ~……って、二人だけでイチャイチャしてる~!」

「うん。今、お兄様は私とイチャイチャしてた」

「……まあ、間違ってはないけどさ」


 言葉のイチャイチャだ言葉のな。

 血染も合流したことで真白は彼女の影の中に入り、俺たちは手を繋いで学校までの道を歩き出す。


「なあ血染、クラスの仲間はどうだった?」

「……う~ん、男子はともかく女子に関しては仲良くなれそうかな。中学の知り合いも何人か居るから」

「そうか。それなら良かった」


 けど男子はともかく……なんだな。

 俺としても血染が他の男子と仲良くしている姿を見るのは面白くないが、だからといってクラスの付き合いに制限をさせるような心は狭くないつもりだ。


(そもそも、この子が俺の元から離れる瞬間が想像できないんだよな……これは慢心でも驕りでもなくて、何故かそう思えるんだ)


 俺の心は彼女と繋がっている……それが明確に分かるからこその気持ちだった。


「人が増えてきたな」

「そうだねぇ」


 学校に近づくということは他の学生も沢山居るわけだ。

 俺たちはそんな中でも繋いだ手を離していないので、当然俺たち二人はそれなりに多くの視線を集めてしまう。


「なんて思われてるのかな?」

「あの美人の隣に立っているのは誰だじゃね?」

「あたしの恋人~♪ って大声で言っちゃダメ?」

「流石にそこまで目立つのは止めとこうぜ」

「分かってるよ。でも……ふふっ、これから兄さんとの高校生活……本当にドキドキとワクワクでいっぱいだよ♪」

「俺もだよ」


 なんてやり取りをしている時だった。


「六道さん、それから血染さんもおはようございますわ!」

「っ!?」

「なに!?」


 背後に立っていたのは鼻息を荒くしている美空だった。

 俺と血染はあまりにもビックリしてお互いに抱きしめ合ってしまったが、それすらも美空にはご褒美だったらしい。


「……えっと、進藤さん……先輩だよね?」

「なんでしょうか!」

「……あたしとあの子でも近くに来るまで察知できなかった。何者?」

「お二人を見守るだけの淑女ですわ♪」


 兄さん、この人怖いと血染が耳打ちしてきたのはすぐだった。

 というか血染と真白が気付けなかったなんて……まさか、この美空という女の子は進化をしているというのか。


「ふへ……ふへへ♪」


 取り敢えず、原作以上にこの子やばくなってない?

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