殺すよりは可愛いやり方

「……真白、血染の元に戻りなさい」

「むぅ……ダメ?」

「まあこうしててもバレはしないけどなぁ……」


 血染と揃っての登校を終え、一年と二年でクラスは当然違うので彼女とは別れたのだが、血染の半身とも言える真白だけは何故か俺に引っ付いたままだった。

 血染は笑いながらこちらに手を振っていたわけだが、俺としてはこの場合どうすれば良いのか非常に困る。


「朝から最高の眺めでしたわ六道さん。あぁ最高ですわぁ……切っても切れない固い絆で結ばれた相思相愛の兄妹……これは捗りますぅ♪」

「……何が捗るのかは聞かないでおくよ」

「おな――」

「シャラップ!!」


 この子はもう駄目かも分からんね。

 血染と離れて成り行きで美空と一緒に教室に入ってきたわけだが、男連中は何を勘違いしたのか俺と美空との間に何かがあると考えているらしい。

 ただでさえ血染とのことで目立っているというのに……俺は小さくため息を吐く。


(美空と何かある? 仲が良いのは確かかもしれんが、お前らの幻想を粉々に打ち砕いているだろこの顔を見ろよ)


 美しい顔を台無しにするかのようで、今にも涎を垂らしそうなこの顔をマジで見やがれ百年の恋も冷めるから。


「……この人面白い」

「やめとけ真白、それだけはいかん」


 ほら、真白が興味を持ってしまったじゃないか。


「さっき、血染は怖いって言ってたけど冗談みたいなものだよ。あの子、結構この人を気に入ってる」

「マジで!?」

「うん。なんていうか……心からお兄様と私たちの関係を望んでいるから。絶対に私たちにマイナスになることはしないって確信が持てるからだと思う」

「……なるほどな」


 血染らしいというかなんというか、基本的にあの子は俺以外の人間を信用しないのだが、美空のように本心から祝福してくれる相手は味方として認識出来るのだろう。

 まあこれを祝福していると思って良いのかは疑問だが……というか、俺は今美空の前で普通に真白と会話をしていたことにハッとした。


「……進藤?」

「なんですか?」


 ずっと俺を見つめていた美空はニコニコと笑うだけで……もしかして真白の存在が見えているとか? さりげなく真白に目を向けると、彼女は首を横に振ったので美空には間違いなく見えていない。


「大丈夫ですわ六道さん」

「……なにが?」

「私、何も見えておりませんが僅かに感じております。血染さんに似た波動のようなものが六道さんの傍にあるのを。これぞ正に兄妹の究極の形なのですね!」

「……………」

「うん。やっぱり面白い」


 俺は怖いよ。


「おっす大河!」

「おはようさん!」

「お~おはよう二人とも」

「おはようございます」

「……おはよう」


 真白……お前……っ!

 挨拶をするのは人として基本であり普通のことではあるのだが、それを真白がやったということに俺は一種の感動を覚えていた。

 その声は誰にも聞かれず、認識されないというのに……それでも恥ずかしそうに挨拶を口にした真白のなんと可愛らしいことか。


「なんか大河が泣きそうになってるぞ」

「こいつ最近涙脆いんだぜ?」

「馬鹿にするんじゃありませんよこの木偶の坊共」


 だから美空のキャラ崩壊が止まらないんだって。

 まあでも原作よりも親しみやすくなっているのは確かなので、良い変化だと思えば悪いことばかりではないか。


「お兄様のお友達も揃ったみたいだし、私は戻る。また後で血染と一緒にね」

「あ、あぁ……血染によろしく伝えてくれ」

「うん」


 真白は俺から離れ、そのままズブズブと地面に消えるように姿を消した。

 確かに階層的にはこの下が血染の教室になるわけだけど、今の消え方は軽くホラーだったのでなるべく控えてもらうように真白には言っておかないと。


「にしても大河、大分噂になってたぜ?」

「血染のことか?」

「そうそう。どんな関係か気になってるみたいだけど、兄妹だって分かった瞬間に安心した奴も多そうだった」

「ふ~ん」


 まあ確かにそんなに親しくない連中が俺と血染が兄妹であることを知っても義理であるということは分からないはずだ。

 幸喜が言ったようにそれで安心したという奴はつまり、少なからず血染に対して向ける気持ちがあるということで……無駄だから諦めろと少しばかりの優越感と共に、面倒なことが起きてくれるなと思う。


「ま、何かあったら言えよ?」

「大河とも血染ちゃんとも付き合いはあるんだ。頼ってくれよな?」

「もちろん私のことも頼ってくださいね?」

「……ははっ、分かった。何かあったら頼らせてくれ」


 本当に良い友人たちに恵まれたものだ。

 それから先生がやってきたことで朝礼が始まったのだが、そこで俺を含めクラスメイトたちは気になることを聞くことになった。


「今から二日後、明後日になるんだが隣のクラスに転校生がやってくる。外国に住んでいたが、今回日本に帰ってくるとのことでこの学校に転入するとのことだ」

「男子? 女子?」

「女子だ」

「可愛いんですか~?」

「知らん。自分で見ろ」


 突如知らされた転校生の話、だが俺にとっては別に突然でもない。


(……これでようやくか)


 もしかしたらゲームと同じになるのではなく、転校生が来ないパターンもあるのではないかと考えたがそんなことはなかった。

 女子というのも当たっているので既に確信に近いが、それでも全く違う人間の可能性も無きにしも非ず……まあ全ては明後日になってからだ。


「取り敢えず、今日一日頑張るか」


 心なしか同じ学校に血染が居るということもあって身が引き締まるのかとてもいつも以上に集中出来た。

 時折真白の視線を感じるのはもしかしたら、彼女がどこからか血染から離れて俺のことを見ていたのかもしれない。

 そんなこんなで時間は一気に流れて昼休みになり、俺は真治と幸喜の二人と机を引っ付けて昼飯だ。


「そう言えばさ」

「なんだ?」

「大河の弁当って血染ちゃんが作ってるんだろ?」

「あぁ」

「中身とか全部同じなのか?」

「量は違うけど同じだな」


 血染ならやりかねないけれど、流石にわざわざ二種類の弁当を作るのは彼女にとっても大変だろう。


「いつ見ても美味そうだもんな羨ましいぜ」

「めちゃウマだぞ。卵焼きでも食うか?」

「良いのか!?」

「ほれ」


 二つ入っている卵焼きを二人にそれぞれあげた。

 彼らとは付き合いが長いものの、よくよく考えれば血染の手料理を食べたことは今まで無かったはず……さあどんな反応を見せてくれるだろうか。


「あむっ」

「……っ!」


 卵焼きを口に入れた瞬間、二人はかっと目を見開いた。


「……うまっ」

「うま……すぎる」

「だろ? 血染の料理は本当に美味いんだから」


 もちろん弁当だけでなく普段の料理も最高の出来栄えで提供してくれる。

 そんな妹の姿を見ていると俺も料理をしたいなと思うことは多いのだが、キッチンは私の戦場だって言って血染が作らせてくれないんだよなぁ。


『……あたしがずっと兄さんのご飯を作りたい。それだけは譲れない……我儘言ってごめんね兄さん』


 それはあまりにも可愛い血染の我儘だった。

 まあそうは言っても二人で料理をすることもあるし、血染が珍しく寝坊をしたりした時は朝食も俺が作るけどもちろん血染には圧倒的に負ける。


「ほんと、大切にしろよ血染ちゃんを」

「分かってるよ。ないとは思うけど、俺が血染のことを蔑ろにしたら殺してくれ」

「分かった。思いっきりぶっ殺すわ」

「……せめて手加減しろ」


 大丈夫かなこの友人たちは……。

 それからまた時間は流れて放課後になり、俺は校門で血染と落ち合う約束をしていたのでそのまま向かう……のだが。

 彼女のような美人だからこそ起こるイベントがあった。


「六道さん! ちょっと時間をもらえないかな?」

「時間なんてないよ。これから大事な約束があるの」

「そこを何とか!」


 先に待っていた血染だが、クラスメイトと思われる男子に捕まっていた。

 血染の表情から察するにかなりキレ気味なのは分かるし、あの男子もかなりしつこそうで厄介事の臭いがぷんぷんする。


「血染!」

「あ、兄さん!」


 だがしかし、血染に少しでも嫌な顔をさせたくない俺はすぐに声を掛けた。

 俺が来たのを見た瞬間、目の前の男子の存在を忘れたかのように俺の元に駆け寄りそのまま腕を抱きしめた。


「待ってたよ兄さん。ほら、今日は買い物があるんだから早く行こ♪」

「分かった……取り敢えず、放っておいて良いんだよな?」

「良いよ。どうでも良いし」

「っ……」


 どうでも良い、そう言われてクラスメイトの男子は悔しそうに唇を噛む。

 そしてやはりというべきか、キッと視線を鋭くして俺を睨みつけ……それは当然のように血染と真白の逆鱗に触れた。


「真白、やりなさい」

「了解」


 まさか喰うのか? そんな物騒なことを考えたのだが、真白は姿が見えないなりのやり方をすることにしたようだ。

 男子の後ろに回り、彼のズボンに手を掛けて思いっきりずり下げたのである。

 パンツまで下げなかったのは彼女の情けだろうけど、それでも今この瞬間に彼は校門でいきなりズボンを下げた男となった。


「……え?」


 取り敢えず、俺は心の中で南無と手を合わせた。

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