がぶりっ! うっ……ぺっ!

「……あ?」


 化け物だと、血染のことをそう言われて頭に血が上った。

 こいつの口振りからするに血染のことを相手する気はないようで、その点に関してだけは安心したが……それでも大事な妹を化け物だと言われたのは許せなかった。


(……血染の母親と同じことを言われたはずなのに、どうしてこいつにはこんなにも怒りを感じるんだろうな)


 その理由はおそらく二つあって、壮馬が俺と同じ転生者であること。

 その転生者の視点でしかこの世界に生きる人々を見ておらず、その人たちが抱える苦しみを何も知らずに好き勝手言っているからだ。


(まあそれは仕方のないことだ。こいつは何も知らない……もしも俺がこいつの立場だとしたら、こんな風に調子には乗らないけど死亡フラグを持ってくる血染に近づこうとは思わないからな)


 そこは立場の違いでしかない。

 俺の場合は大河という血染に一番近い存在に生まれ変わり、彼女が狂ってしまう前の段階からどうにか出来るはずだと思えたから行動した――そして何より、何度も言うが俺は彼女のことが好きだから。


「……ちょうど周りに人も居ねえし、良い機会だな主人公」

「良い機会? ……ってお前!?」


 壮馬だからこそ、主人公に転生した彼だからこそ俺の言葉の意味が分かるはずだ。

 俺と同じで平凡そうな顔の壮馬は驚愕した様子だったが、すぐにまじまじと俺を見つめながらこう言った。


「なるほどな……おかしいと思ったんだよ。六道大河は中学生の時点で血染に殺されているはずだからな。生きてる時点で何かあるとは思ってた」

「それくらい考えることは出来るんだな? 進藤に対してアホみたいなアプローチをしてた奴とは思えないけど」

「っ……!」


 美空に対してのアプローチは不発に終わっているわけだが、それを指摘すると分かりやすいくらいに壮馬は顔を真っ赤にした。

 別にこいつが誰を狙っていようが俺の知ったことじゃない……まあ美空に関しては血染の次に気に入ったキャラというのもあったし、実際に交流を持ったので迷惑を掛けてくれるなとは思うが……まあ、少し釘を刺すか。


「確かにこの世界はびょうあいの世界だけど、あくまで現実だってことを忘れるなよ主人公。血染だけじゃない、他の子たちも俺たちと同じでプログラムされた存在じゃない……ちゃんと意志のある人間だ」


 元々俺も血染がゲームのキャラクターだと思っていた時期はあった。

 でも結局、いくらゲームの世界とはいえ伝える言葉一つ違うだけで決められたルートからはかけ離れたものになる……その時点で、俺が主人公になったとしても正規のルートを完全になぞるのはおそらく無理だ。


「……はっ、それで何が言いたいんだよ。俺の邪魔をする気か?」

「別にお前が何をしようと、一定のラインを越えない限りは関与しない」

「一定のライン?」

「血染に迷惑をかけないこと、あの子の笑顔を曇らせないこと、それを守るなら何も関知はしない……後は強いていうなら、進藤は同じクラスの知り合いだからな。あの子にもあまり迷惑を掛けるな」


 こいつに俺が転生者だと知られたところで特に困ることはない。

 そもそも壮馬もあまり女の子たちに不審に思われたくはないだろうし、俺に構うくらいなら攻略を優先するだろうしな。


「あの子は……血染は俺にとって凄く大切な子だ。あの子に迷惑を掛けないなら化け物呼ばわりしたことは水に流してやる。だが勘違いするなよ? 許すんじゃなくて見逃すだけだ」


 そもそも、いきなり人の妹を化け物呼ばわりされればムカつくものだ。

 壮馬は面倒そうに舌打ちをした後、背を向けて歩き出したが……チラッと俺を見るように振り返った。


「お前が言ったようにこの世界が原作と違うことになるなら、お前の大事にする血染が俺に惚れる可能性もあるだろ? そうなった時は恨むなよ?」

「血染がお前を? 絶対にないから安心してるわ」

「……今に見てろよ。俺は必ずハーレムを実現させてみせるさ」

「……………」


 悲報、主人公君が取り返しの付かない馬鹿だった。

 こんなの喰ったら腹壊すぞきっと。

 とはいえ、現状で奴に言いたいことは伝えたし……おそらくだけど、勝手に奴は自滅していきそうだし気にするだけ無駄だろうな。


「あいつは何も知らない……俺だって、血染に殺されると思って怖がっていなかったわけじゃない。それ以上に俺はあの子の兄として、あの子を助けたいと思ったから自分から関わったんだ――そして何より、血染のことがどうしようもないほどに好きだからこそ離れたくなかったんだよ。もちろんもう一人の血染もな」


 どんなに理由を並べても、やっぱり一番は血染のことが好きだったから。

 そんな今更なことを考えながら、壮馬相手に無駄な時間を過ごしたなとため息を吐いたが、ちょうどいい具合に血染が戻ってこなくて助かった。


「……血染だって流石に混乱するよな。俺が別の世界の人間だってことも、その時からずっと血染のことを気に入って好きだったことを知ったらさ」


 俺自身は別に知られても問題はないとは思ってるけど、血染からすれば到底信じられないことだろうしな。

 それから時間にして三十秒後くらいという絶妙なタイミングで血染は戻ってきた。


「……ただいま兄さん」

「? おかえり血染」


 微妙に表情がぎこちない……?

 しかしそれはどうやら俺の気のせいだったらしく、血染はすぐにいつもの雰囲気に戻った。

 黒血染も黙って俺の背中に貼り付くように抱き着いているしいつも通りだ。


「……兄さんは」

「うん?」

「どうしてそんなに優しいの?」

「……どうしたよいきなり」


 何度か聞かれたことがある質問だけど、それをこの状況で聞いてくる意味がイマイチ分からなかった。

 だが俺は特に言葉に詰まることはなく、変わらない彼女への気持ちを言葉にした。


「兄は妹に優しくするもんだ。それに何度も言ってるだろ? 俺は血染のことが大好きなんだって」

「っ……えへへ♪」


 頬を緩めるようにして血染は笑みを浮かべた。

 俺は別に彼女の笑顔が見たいから決まって大好きだと伝えているわけではない、本当に好きだから……ってこれも何度目だよ。


(……この子を放っておけない気持ちは当然ある。でもそれ以上に俺は……この子に心底惚れてるんだよな)


 少し前から自覚したわけだけど、壮馬の言葉を聞いてより一層俺はこの子を誰にも渡したくないと思ってしまった。

 兄貴としての領分を越え、一人の男としてこの大切な女の子を求めている。

 俺は六道大河だけど、この子を好きだという気持ちは兄妹としての枠に収めることは出来ない……参ったな。


「ねえ兄さん」

「うん?」

「夏祭り……楽しみだね♪」

「そうだな」


 夏祭り……本当に楽しみだ。

 血染とならどんなことをしても楽しいのは変わらないけど、一年に一度のイベントをこの子と過ごせるのは最高の思い出になるはずだ。

 それにしても、一瞬とはいえ壮馬との話で気分が悪くなったのは確かだ。


「なあ血染、今日は鍋にしない?」

「良いよ」

「よし来た!」


 気分を回復させるには美味しいものを食べるのが一番である。

 ま、血染が作ってくれる料理は何でも美味しいけど、偶には俺から彼女に聞かれる前にリクエストをするのも悪くない。

 というか、さっきからずっと黒血染が俺に抱き着いてるんだよな。

 こうして引っ付いてくるのは別にいつも通りなのはさっきも言ったけど、こんな風にジッと抱き着いたままというのは珍しいことだ。


「なんかずっと動かずに引っ付いてるんだけど」

「あ~……うん、今日は仕方ないんじゃないかな」

「どういうこと?」

「さあねぇ。兄さんは罪な人ってことかな♪」


 どういうことだよ、そう聞いても血染ははぐらかすだけだった。

 血染と過ごすことは楽しくて幸せで、掛け替えのないもの……けれど、今の関係性に満足できない俺が居るのも確かだった。


 そうして、約束した夏祭りの日がやってくる。



【あとがき】


黒血染はいつも傍に居るのと、ついでに血染と感覚が共有されてるのは今更ですね。

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