兄としてか、男としてか、果たして――

 十六歳の誕生日を可愛い妹たちにお祝いをしてもらうという最高の瞬間を迎えて数日が経過した。

 まだ俺の心には彼女たちに祝ってもらった高揚感が残っており、血染からもらった言葉やケーキをあ~んしてもらったこと、血染のように喋れない代わりにとにかく俺に対して多くのボディタッチをしていた黒血染……うん、本当に思い出すだけで頬がユルユルになってしまう。

 そして今日、俺はまた頬がユルユルになるのを抑えられそうにない。


「……大丈夫か俺。鼻血とか出して倒れたりしないよな?」


 水着を穿いただけの俺はそう呟いた。

 今俺が居るのは去年に完成したレジャー施設で、夏ということもあって涼みたいし泳ごうよと血染に提案されたためだ。


「他のヒロインの水着姿はあったけど、血染の水着姿なんてものは見たことがない。それこそコラボ先のゲームですら水着衣装はなかったからな……」


 それだけ血染の水着姿というのはレアなのだ。

 ここは公共の施設とはいえ、俺以外にも当然利用客は居るし若者の姿もそれこそ大勢居る……そんな彼らに血染の露出の多い姿を見られるのは少し嫌だが、こういうことを思うのは俺の器の小ささなんだろうか。


「……はぁ」


 いかんいかん、これから血染と遊ぶってのにため息を吐いてどうするんだ。

 とにかく彼女の前では笑顔で、それを心がけようと握り拳を作ったその時だ――俺の目の前に女神がやって来たのは。


「お待たせ兄さん!」

「お、おう――」


 そこに居たのは当然血染だ。

 白銀の髪をサイドに纏め上げ、髪の色と正反対といってもいい黒のビキニを身に付けた彼女は恥ずかしそうに俺を見上げている。

 その姿勢のせいか、公式設定である95というサイズのバストがドンと俺の目の前にあるわけだ。


「どう……かな?」

「……正直に言って良いか?」

「うん……」


 血染と目を合わせ、俺は思っていたことをパッと口にするのだった。


「女神が現れたかと思ったわ」

「も、もう兄さんったら!」


 恥ずかしそうにする血染は可愛くてずっと見ていられる……しかし、こうして彼女に見惚れるのも良いのだが、俺たちは今日ここに遊びに来たわけだ。


「よし、それじゃあ血染。今日はいっぱい遊ぶとするか!」

「うん!」


 アトラクションの数はそれなりだし、俺もこういう場所に来るのは本当に久しぶりというか……意外と初めてか? 真治や幸喜ともこういった場所には来たことないからな。


「兄さん、まずは何に行く?」

「……………」


 相変わらず頬はまだまだ赤いものの、いつもの調子を取り戻した血染は俺の腕をギュッと抱きしめた。

 いつもはこうされているのだが、今日に関しては肌と肌が擦れ合うようなものなので、いつもよりかなりドキドキしている……そしてどうやら、このドキドキも血染にはバッチリ気付かれていたようだ。


「兄さんドキドキしてる? えへへ、兄さん好みのエッチな女の子かな?」

「っ……そういうことを言うんじゃないよ!」

「は~い♪」


 ええい! 誰だ血染にこんなセリフを吹き込んだ奴は!!

 まあ別に誰にも吹き込まれたわけではなく、単純に血染が俺を揶揄うような目的で口にしただけだろうが……正直に言って可愛かった、それにエッチなのは当たり前である。


「っ……」


 そして、ひんやりとした感触が背中に広がった。

 血染が居るということは当然黒血染も控えており、こうして血染に腕を引かれている俺の背中に彼女は抱き着くように貼り付いている。


「兄さんハーレムだねぇ♪」


 ニヤリと血染が笑う。

 確かに二人の美女にこうやって引っ付かれるのはハーレムではあるけど、他の人に黒血染は見えていないので俺は全然慌てることはない。


「この子のも用意したんだな?」

「うん。だってあたしだけだと不公平だしね」


 黒血染もちゃんと水着は用意されていた。

 血染と同じビキニタイプで色は白、全体的に黒が目立つ彼女にとても映えており、黒血染の姿がもしも他の人に見られたら彼女もまたアイドルのように見られることは間違いない。


(体中の赤い模様は消えてないけど、黒かった肌は血色の良い肌になってきたしこれもこの子の心が平穏だという証なのかな)


 まあいいか、取り敢えず今日はとにかく楽しむことが大事なのだから。


「手始めにあれに行こうよ!」

「……わお」


 血染が指を向けたのはウォータースライダーだ。

 かなり傾斜があるけどこれは大丈夫なのか? ビビっているわけではないがちょっと怖かったのは確かなので、足が止まってしまったもののギュッと抱きしめる力が強くなったので気にならなくなった。


「よし、行くぞ血染!」

「出撃~!」


 そしてウォータースライダーに向かい、思いの外高かったことにやっぱりビビり散らして血染に思いっきり抱き着き、そのまま滑り落ちて着水した。

 兄として恥ずかしい姿を見せてしまったかと思いきや、目の前で血染が胸元を抑えて首から下を水に浸けたままだ……まさか!?


「もしかして水着が!?」

「……………」


 どうやら水着が脱げてしまったようで、俺はせっせと視線を巡らしてどこに行ってしまったんだと血染の水着を探す……しかし、クスクスと血染が肩を震わせて笑い出したかと思えば俺の胸元に抱き着いた。


「な~んてね♪ 兄さんったら焦り過ぎだよぉ♪」

「んなっ!?」


 別に血染の水着は脱げておらず、彼女の豊満な膨らみはしっかりと水着に包まれており、俺に抱き着いた影響でいやらしくその形を歪めている。


「……ったく、マジで焦ったぞ。ただでさえあまり周りの目が集まるのも気に入らないってのに……あ」


 それはずっと口に出さなかった言葉だけど、ついつい出てしまった。

 俺に抱き着いたままの血染はジッとこちらを見つめており、俺は妙に照れ臭くなってそっと視線を逸らす。


「その……ここに来たことが嫌ってわけじゃないぞ?」

「分かってるよ。えへへ、あたしって兄さんに凄く愛されてるねぇ♪」


 今日はとことん血染に揶揄われながら、同時に幸せにさせられる日だ。

 その後、俺たちは少し気分を落ち着かせるために近くのベンチに腰を下ろし、自販機で買ったジュースを飲んでいた。

 体の芯にまで染み渡る炭酸に喉が刺激される中、血染が口を開いた。


「……ねえ兄さん」

「なんだ?」

「あたしね、このままずっと幸せでも良いのかなって最近――」

「良いに決まってるだろ」


 俺は血染の言葉を遮るように言った。

 あまりに勢いが強すぎたせいか、血染は目を丸くするようにして俺を見つめてきている。

 俺は血染の頭に手を伸ばし、水に濡れている髪の上から撫でながら言葉を続けた。


「幸せになることを怖がるんじゃない、幸せになることを躊躇うんじゃない。幸せになることは誰の許可も要らないし、そもそも誰もが持っている資格なんだから」

「……………」

「目の前に幸せが転がっているなら迷わず手繰り寄せた方が得だぞ? つうか人生一度しかないんだから楽しんで幸せにならなきゃ損だろ? あの時ああしておけば良かったとか思わないためにも」


 あの時ああしていれば良かった、こうしていれば良かったと考えてしまう人は多いだろうしそれは俺だって同じだ。

 血染のことに関しても決して後悔はしたくなかったし……まあ彼女のことを好きっていう気持ちが強かったのもあるけれど、とにかく俺は後悔したくなかったからあんな風に行動出来たんだと思う。


「……そうだね。後悔するよりもそっちのが全然良いよね」

「おうよ。それで何か迷ったら遠慮なく俺に相談しな。兄貴として、血染が納得できるまで相談に乗るから」

「……兄さんはさ、本当に凄い人だよ」


 そう言って血染は笑顔を浮かべた。

 どうやらさっきまでの悩みというか、不安のようなものは消え去ってくれたようで安心したが、次に続いた言葉に俺は危うくジュースを落としそうになった。


「あたしの幸せは兄さんがずっと傍に居てくれること……ねえ兄さん。もしもあたしが兄さんに恋人になってって、将来はあたしの旦那様になってほしいなんて言ったらどうする?」

「っ!?」


 それは……。

 血染は相変わらず俺をジッと見つめ、視線を逸らさないで答えてほしいと伝えているかのようだった。

 突然の問いかけではあったが、その言葉はある意味でずっと俺が前世で望んでいたことというか、もしもこういう子が傍に居たらと妄想しなかったこともない。


「……俺は」


 どうしたいんだろうか、どう答えるべきか迷っていた時プールの方が騒がしくなった。


「なんだ?」

「……あ」


 騒がしい方に目を向けて俺と血染は気付いた。

 俺たちの視線の先では黒血染が泳ぎの練習をするかのように、ビートバンを手に足を思いっきりバタバタしているのだが……さて、黒血染の姿は普通の人には見えないというのはつまり、何もないところでビートバンが動きその近くで勝手に水が飛び散り続けているという超現象が起きていることになる。


「な、何よこれ!」

「お化けだああああああ!!」

「おかあさあああああああん!!」


 取り敢えず、俺は血染と共にすぐに黒血染の回収に向かった。

 俺たちに手を引かれる黒血染はというと、どうして周りが騒いでいるのか分かっていないかのようにキョトンとしていた。


(……っ、マズいなずっとドキドキしてやがる)


 血染の話は結局有耶無耶になってしまったが、彼女の言葉はずっと俺の中に残り続け、そして考えさせられる言葉になってしまうのだった。

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