何も知らないのは罪と言うが

 血染に付き纏っていたストーカーの件からまたしばらくが経過した。

 俺と血染は相変わらず仲良く毎日を過ごしているのだが、夏を目前にしてそろそろ俺の誕生日が近づいてきた。


『兄さんの誕生日、たっくさん祝うからね! あたしにあの時くれた幸せを兄さんにたっぷり返すから!』


 最高の笑顔と共に放たれたその言葉に、俺はたまらず涙を流したものだ。

 来月の八月で俺は十六歳になるわけだが……いやぁ、十六歳という年月を六道大河が重ねられただけでも本当に感慨深いものがある。

 ちなみに以前俺の方が祝った側だが血染の誕生日は十二月だ。


「またこいつニヤニヤしてるんだけど」

「こーれ血染ちゃんのこと考えてるわ」


 真治と幸喜が何か言ってるが気にしても仕方ない。

 既に今日の学校での時間は終わって放課後になり、今日は二人と遊ぶために街中をうろついていた。

 なんだかんだ血染との時間を優先することが多いので、友人といっても高校生になってからは少し時間が取れなかった。


「何はともあれ誘ってくれてサンキューな」

「良いってことよ」

「大河と一緒ならリア充の恩恵を授かれると思うしな」

「ねえよ……」


 俺はリア充じゃ……って否定もしたくなるけど、血染っていう超絶美少女と一つ屋根の下で過ごしている時点でリア充なのかそうか……へへん。


「……こいつドヤ顔してやがるぜ」

「したくもなるだろ……なあ大河」

「なんだ?」


 幸喜がふと立ち止まった。

 どうしたのかと首を傾げていると、幸喜はこんなことを言うのだった。


「大河の傍に血染ちゃんが来てからさ……ほんと、お前ってかっこよくなったよな」

「……いきなりどうした?」

「尻を抑えるな抑えるな!」


 ちょっとラブの波動を感じたもんでつい……というのは冗談だ。


「頼むから変な誤解をしないでくれ……まあ言葉通りだよ。守るべき存在が出来たからなのか、精神的にも強くなったみたいでかっこよく見えるんだよ」

「ふ~ん?」


 確かに血染を守るために、あの子を絶対に泣かせたくないっていう気持ちを常に抱いて今の俺は生きてるし彼女と接してるけど、やっぱそういう姿って友人たちの目線からもそんな風に見えるのか。


「でも大丈夫か?」

「え?」

「あんな妹が居たら過保護になる気持ちも分かるけど……自分を押し殺すっていうか時間を犠牲にしたりしてないか?」

「……あ~」


 なるほど、確かにそういう見方も出来るのか。

 真治に俺はそんなことはないよと前置きし、血染のことを考えながら伝えたいことを言葉にした。


「確かにそんな風に思われるのも仕方ないとは思うけど、別に何も犠牲にしたりはしてないんだぜこれでも。それどころか、毎日血染と仲良く過ごしてるし全然嬉しいことばかりなんだが」


 そう伝えると真治と幸喜は一気にだろうなと俺の肩を叩いてきた。


「そんなことは分かってるんだよ心配して損したわ!」

「マジで羨ましいな全くよう!」

「痛いって……だあああああ離れろ!!」


 言葉は強くて叩かれてはいても、痛くはないし彼らは笑顔だった。

 何だかんだ羨ましいとか嫉妬みたいなことを口にしても、彼らはどこまで行っても俺のことを理解してくれている友人たちだ。

 そんな風にじゃれついていると周りを行く人々からは微笑ましく見られるし、大学生くらいの女性にはみっともないと思われているような目を向けられて三人揃って落ち込んで……いつまで経っても俺たちは騒がしい三人組だ。


(美空ともちょくちょく話す程度、主人公の壮馬もあれから特に絡んでは来ないしマジで平和な日々が続いてるよ)


 現状出会うことの出来るヒロインについても接触は無し……平和だ。

 ちなみにだが、以前にも話したように一番早い段階で付き合うことになる先輩ヒロインが今の二年生なので同じ学び舎に居るもののまだ話したことはない。

 残りの二人は来年に血染と一緒に入学してくる後輩、そして同時期に転校してくる帰国子女の同級生なのでそもそもまだ会えない。


「これからどうする?」

「ボウリングでも行かね?」

「賛成」


 ということでボウリングに行くことになった。

 適当にトイレなどを済ませてから歩き出そうとした時、俺は聞き覚えの無い声に呼び止められた。


「突然すみません。ちょっと良いですか六道さん」

「……俺?」


 振り向いた先に居たのは一人の男子で、その男子の制服は俺たち三人が通っていた中学の物――つまり俺の後輩になるわけだ。

 こんな顔の後輩を見たことあるようなないような……ダメだ全然思い出せない。


「俺は東郷とうごうと言います。妹さんと同じクラスなんです」

「血染と?」

「はい。呼び止めたのは他でもなくて、ちょっと時間をもらえないですか?」

「……ふ~ん?」


 真治と幸喜の二人に先に行ってくれと伝えた。

 特にどこかに移動するわけでもなく、近くのベンチに座って俺は彼から話を聞くことにした。

 はてさてどんな内容か……ジッと待つ俺に彼はこんなことを口にした。


「単刀直入に言います。妹さんを……血染さんを自由にさせてあげてください」

「……はっ?」


 何を言っとるんじゃこのガキは……おっと、俺もまだガキって年齢だったわ。

 ポカンとする俺に向かって東郷は捲し立てるように更に言葉を続けていく。


「血染さんは家の家事とかもよくやってるんですよね? 六道さんのお弁当も作ってると聞きました。どうして血染さんがそんなことしてるんですか? まだ中学生なのにそんな大変なことをさせて……彼女の時間を奪って!」

「……………」


 なるほど……何となくだがこいつがどういうタイプなのか察したぞ。

 確かに東郷が言ったように血染は進んで家事をしてくれているし、日々の料理はもちろん弁当も彼女が作ってくれている。

 ただ全部を彼女に任せっきりにしているわけではない、俺だって自分に出来る範囲で家のことはやっているつもりだ。


(……そうか、うちの親父が居ないことは外には漏れてないしな。というよりも親父の存在そのものが曖昧になっているようなものだから気付かれない弊害か)


 血染の喰らう力は面倒が起きないありがたみも確かにあるが、こういった小さな綻びまではカバーすることが出来ず、無用にうちの家についてこいつみたいに言ってくる奴も居るってことだ。

 それから東郷はあ~だこ~だ色々と言っていたが、俺はその気でこいつの話を聞く気はなかった――何故ならこいつは何も分かっていないから、ただの部外者だから。


「それで――」

「分かった分かった。取り敢えずもう黙れ、一つ言えることは俺は別に何も変えるつもりはないし、血染に何かを言うつもりもない」

「なっ!? アンタそれでも兄貴かよ!」

「兄貴だぞ?」

「っ……血染さんも不幸だな! アンタみたいなのが兄で……どうせ他の家族もみんな血染さんのことを蔑ろにしてるんだろ!!」


 ついに敬語もなくなってしまったか……しかし、俺の言い方も確かに良くはなかったかもしれない……ただ、血染が不幸だと言う言葉だけは許せなかった。


「血染が不幸だと? お前に何が分かるんだ?」


 うちに来る前……もしかしたら俺という存在が居なかったら血染は元の血染として不幸の道を歩いていたかもしれない。

 でも今は違う、ずっと血染の傍に居てあの子が心から笑顔で居てくれることは分かるのだ――あの子は今幸せだと、俺の目の前でそう言ってくれたあの子の言葉を嘘だとは言わせない。


「言っとくが、俺は友人がドン引くくらいに血染のことは大事にしてるぞ。あの子のことを傷つけようと思ったことは一度もない」

「それなら――」

「取り敢えず一言言わせてもらって良いか? 自分の意見を相手に押し付けるのは止めとけ。痛いしっぺ返しがあるかもしれないぞ?」

「脅しですか?」


 脅しじゃないよ全く……ただ、俺ではなくて血染がな。

 色々と言いたいことはあるし、勝手なことを言うなって怒りは当然ある……でも後になって俺が考えるのはこいつが首を突っ込もうとしているのが俺たち兄妹のことであり、そして血染に対してありもしない想像を押し付けているからだ。


(……たぶん、こんな風に血染に踏み込んで喰われた奴も描写がないだけで何人か居たんだろうな)


 ただ……自分だけの正義感に従って動くほど、他者から見てこれほど迷惑というか面倒な存在も居ない。

 おそらく俺がここで何を言ったところでこいつに届きはしない……それこそ血染の言葉でもない限りは――。


「面白い話してるね兄さん。それに……東郷君?」


 まるで見計らったかのように血染の声が背後から聞こえた。

 後ろを振り向くとそこには血染が居たのだが……彼女は無表情で東郷を見つめていた。東郷の足元の影が揺れており、それを見ただけで逆に俺の方が心臓がキュッとなる心地だ。


「ちそ……六道さん! 俺は君のことを想って――」

「あぁうん、何も言わなくて良いよ。何の話をしていたか聞いてるから」

「え?」


 血染は相変わらずの無表情のまま俺の前に立ち言葉を続けた。


「ねえ東郷君、もしも普段のあたしを見ててそんなことを兄さんに対して言ったのだとしたら……君、女の子を見る目がないよ?」

「……血染?」


 分かってたけど血染、かなりキレていらっしゃる。


「まずさぁ、君はあたしの何なわけ? 何でもない赤の他人でしょ? 勝手に人の家庭事情に首を突っ込まないでほしいな。そもそも何より、あたしを不幸だって決めつけないでくれる? こんなにも兄さんのことが大好きで、料理や弁当も兄さんのことを想って作ってるのにさぁ」


 血染はギュッと俺の腕を取り、トドメの一言を放った。


「アンタみたいなの大っ嫌い、二度と話しかけないで」

「っ……」


 これは心砕けちまうぞきっと……。

 東郷は我に返ったように下を向き、そのまま走って行ってしまった。


「はぁやだやだ……って兄さんどうしたの?」

「……ふぅ」


 俺は一安心したように息を吐く。

 確かに途中まで東郷に対して憤りは強かったものの、血染が現れてからはどっちかというとヒヤヒヤしていた。


「……ほれ」

「あ……」


 俺が指を向けたのはまだ東郷の背中を見つめている黒血染で……俺たちにしか見えないことを良いことにこの子、ずっと彼の首に手を当てていたのだから。


「あはは、それだけ怒ってたんだよ。もちろんあたしもだよ♪」

「分かってるさ……ってそうだ。なあ血染、ボウリングするか?」

「する!!」


 ということで色々あったがようやくボウリングに行ける。

 血染を連れて行ったことで真治と幸喜は大喜びで、血染を含めて放課後の遊びを楽しむのだった。






「……あら、あの子は――」

「どうしましたか奥様」

「何でもないわ」



【あとがき】


タグのハーレムについてですが、単に血染が二人居るためなので、今のところは血染以外のヒロインは全く考えてないです。

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