模倣するは首を刈る冥府の死神
人間、時には先生の頼みを蹴ってでも帰らないといけない時がある。
「お~六道、すまんがちょっと頼まれごとをして良いか?」
「すんません! 実は妹と待ち合わせをしてるんですよ」
待ち合わせ……まあいつも一緒に帰るようなものなので待ち合わせと言えば待ち合わせだ。
けど今日に関してはちょっと違う――家の前に誰かが居た、血染に対するストーカーの可能性を聞いて俺はとにかく彼女の傍に居たかった。
(あんな話を聞いて黙ってられっかよ。そりゃあ血染に関しては一切の心配は必要ないと思うけど、それでも万が一ってことは考えられるからな)
なんかシスコン極まってるけど……それも本当に今更だ。
妹が待っているんだと伝えると先生はそうかと頷いた。
「分かった。すまんな呼び止めて」
「いえいえ、俺の方こそすみません」
「良いってことだ。私の方こそすまん、さあ行ってやりなさい」
「ありがとうございます!」
もしかしたら用事を断る方便のように思われたかもしれないけれど、俺は別に嘘を吐いているわけじゃないので胸を張っていればいい。
先生と別れてそのまま廊下の突き当りを曲がろうとした時だった。
「おっと!?」
「きゃっ!?」
ドンと、結構強く誰かとぶつかってしまった。
(……あれ? なんかデジャブが――)
以前にもこんなことがあった気がするのだが……俺はまさかと思ってそちらに目を向けるとそこで尻もちを突いていたのは美空だった。
俺はしまったと思いながら彼女に手を差し出した。
「大丈夫か進藤!」
「あ、はい……大丈夫ですわ」
彼女は俺の手を取って立ち上がった。
それなりに強くぶつかったので俺は彼女が立ち上がる際と、その後もどこか怪我とかはしていないかと簡単に目を配った。
「俺たちぶつかることに縁があるな、なんて笑い事にするわけじゃないけど……どこか痛いところとかあるか?」
「いえ、大丈夫ですわ。ありがとうございます六道さん」
「そうか……取り敢えずそれなら良かったよ」
血染とずっと一緒に居たせいか、相手が嘘を吐いていないことの見分け方が少しばかり分かるようになった。
なのでぶつかってしまった衝撃は残っているものの、本当に体のどこかで悪くなっている部分はなさそうだ。
「ふふ、それにしてもまたぶつかってしまいましたわね。まるで運命のようですわ」
「っ……」
俺は今の言葉に思い出したものがある。
『私たちはきっと出会うべくして出会ったのです。まるで運命のようですわ……ねえ壮馬君、私の弟になりませんか?』
美しい美空が鼻息荒くして主人公の頬に手を添えてそう口にするシーンだ。
明らかに狂気を孕んでいるのに、そこで頷けば美空に甘えて甘やかされるラブラブルートが幕を開ける。
しかも美空はお嬢様と呼ばれるだけであり実家はかなりの金持ちだ。
ゲームだと完全に主人公は紐になっていたが……この現実だと流石に美空におんぶにだっことは行かないだろうけど。
(……今の発言には何も意味はないはずだ。でも……あのゲームのシーンを幻視する程度には似合う言葉だったな)
「こんなのが運命なら安くないか?」
「それもそうですわね。ごめんなさい、変なことを言ってしまいました」
そうして俺たちは互いに笑い合った。
「それにしても……六道さんは凄く優しい方なのですね? 今の会話の最中、それとなくまだ私がどこか怪我をしていないか観察していたでしょう?」
「……分かったのか?」
「えぇ」
確かに美空と言葉を交わす中、大丈夫だとは思っていても気にはしていた。
美空が言ったようにそれとなくの目線の動きだったけど、まあ視線の動きって女性には敏感に感じ取れるらしいしそれで分かったのかな。
「気にはするよ。言っちゃなんだけど結構な衝撃だったからな?」
「ふふ、なら六道さんの心配事は杞憂なものだと思わせなくてはですね。ほら、私の体は大丈夫ですから♪」
痛いところはどこにもないと言わんばかりにその場で美空はジャンプした。
「そ、そうだね……うん大丈夫そうだ」
大変素晴らしいものがぷるんぷるんしてますがな……。
俺はコホンと咳払いをしつつ、分かったからと彼女のジャンプをやめさせた。
「女性の気遣いが慣れていますのね六道さんは」
「そうか? まあ妹が居るからな……ってそうだ待たせてるんだった!」
「どうりで……ってそうなんですの!? それはいけませんわ! とにかく私は大丈夫ですのでどうぞ行ってください!」
「あぁ! 今回は本当に悪かった! それじゃあな進藤!」
「はい。頑張ってくださいねお兄様?」
「やめてくれって!!」
「うふふ♪」
俺は美空に背を向けてすぐに玄関に向かった。
靴を履き替える際に、さっきの美空のお兄様呼びを思い出してちょっと頬が緩んでしまった。
『壮馬君……ぼく? お姉ちゃんにもっともっと甘えるのですよ。ドロドロに溶かしてあげますから……ほら、おっぱいでも飲みますか?』
そういやこんなことも言っていたな美空は……。
しかし……原作では絶対に美空はお兄様、つまり自分より年上の相手を思わせるような親しい呼び方は一言もなかったので、主人公のやり方次第では疑似弟ルートではなく疑似兄ルートもあるのかなとちょっと妄想が働いた。
「って道草食ってる場合じゃねえや」
俺はその後、すぐに血染と合流した。
「汗掻いてまで……走ってくれたの?」
「え? そんなに汗出てないだろ? まあでも……約束したからさ」
「……うん♪」
血染は嬉しそうに俺の腕を抱いた。
「何となくなんだけと血染は推理してみます」
「推理?」
頷いた血染は得意げな表情になって言葉を続けた。
「普通に学校を出ようとしたけど何か用事を頼まれかけた、でも兄さんは私のことが心配だからって断るんだけど、ちょっと時間を食う何かがあって……それでちょっと遅れそうになって走ってきたとか?」
「……血染さ。俺の体に発信機とか付けてる?」
「そんなことまでしないよぉ……でも、結構合ってた感じ?」
「いや……」
結構どころか全部合ってると教えると、流石に血染もそんなつもりはなく適当に言っただけだったらしく、そうなんだと顔を赤くして俯いた。
「ま、まるでストーカーしてるみたいに思われちゃうやつじゃん!」
「思ってないから安心しろって」
「でもぉ……」
実際問題、血染みたいな美少女がストーカーしてるってそれこそ漫画みたいなことになりそうだけど、普通の男子なら喜びそうだけどなぁ……まあちょっとばかし怖いけども。
「……まあなんだ、心配だったんだよ」
「……そうなんだ」
「あぁ。血染の事なら心配ないのは分かってる……でも何かあってから後悔するよりも、何か嫌なことが起きるのなら血染の傍で守りたいからさ」
「兄さん……」
「まあ……マジでその心配はなさそうだけど」
なんたってうちの妹は最強だからな。
「……?」
「……居るのか?」
「うん。ジッと見てるね」
帰路を歩いている中、血染がボソッと呟いた。
血染にそのまま腕を引かれるようにして俺は振り向かず、そのまま家まで真っ直ぐに歩いて行く。
「たぶん以前街中で一度だけ見かけた人かな。三十代くらいの人なんだけど、やけにあたしのことを見てたから」
「……そうか」
確かストーカーも喰ったって血染は言ってたっけ原作で……。
本来では俺とクソ親父、そしてこのストーカーも含めてまだまだ血染に対して良からぬ感情を持って近づく奴は居たんだろう。
その度に血染は喰らい続け……そして悪夢に悩まされ壊れていった。
「……………」
こんなにも笑顔が似合って可愛い子がそんな絶望の中に生きるなんて俺の方が今となっては耐えられない。
「兄さん、力を抜いて。爪で傷ついちゃうよ?」
「え?」
血染に指摘されて俺はかなり力を込めて握り拳を作ったことに気付く。
俺と血染以外に視認できない黒血染が俺の手を取ってふぅふぅと息を吹きかけながら痛みを逃がそうとしてくれている。
「大丈夫だよ兄さん。あたしがこの日々を守ってみせる……兄さんがあたしの心を守ってくれたように、あたしの方も兄さんとの幸せを守るから」
血染の言葉に、黒血染もマッスルポーズをしながら頷いていた。
二人の笑顔に見つめられると僅かな不安でさえどうでも良くなってくるのが不思議だった。
「取り敢えず一旦いつもみたいに家の近くまで来させるね。その方がもう家に近づかないって思わせるのに十分だから」
「そうなのか?」
「うん。兄さんも見ててよ――最高のショーをさ♪」
その言葉と笑顔の意味を俺はすぐに知ることになった。
家に帰ってから薄暗くなった外を注意深く見ていると、一人の男性が電柱に隠れるようにしてこちらを見ているのが分かった。
暗くなっているのにジッとしているその姿は何というか気持ち悪い。
「パクっと喰ったりしないよ。怖がらせるだけ」
穏やかな声でそう言った血染は手を翳す。
すると隠れている男から生まれる影が蠢き、そこから漆黒の腕が伸びて男の足を掴んで引き摺った。
「な、なんだこれは……っ!? 助けてくれええええええ!!」
男の悲鳴が聞こえてきたものの、いやそりゃそうなるよっていう状況だ。
正にホラーと呼んでも良い超常現象が男の身に起きているのと同じであり、そのままうちの玄関の近くまで男は引き摺られた。
「ひっ!?」
そして極めつけとも呼べる存在が現れた。
ボロボロの着物を身に付け、動物の骨のような頭をした何かが鎌を持って男の目の前に現れたのである。
「……こえぇ」
「ふふ、トラウマになるでしょこれは」
「なるなこれは……って漏らしてるし」
ストーカーの男、あまりの恐怖に小便を漏らした。
顔からは涙と鼻水を盛大に垂らし、男はすぐに立ち上がって大きな悲鳴を上げながら走って逃げて行った。
「はい。撃退成功っと♪ でも……掃除しないとねぇ汚いから」
「……………」
分かってたけど……この子凄いな本当に。
ちなみにあの鎌を持った化け物は黒血染であり、変身を解いた彼女は撒き散らされた男の液体にそれはもうゴミを見るような目をしているのだった。
「……ホラーってこういうことですか開発スタッフさん」
「兄さん?」
実を言うと、傍から見ていた俺も怖かったぜ……。
かくして無事にストーカーは撃退された。
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