【完結】”元”第一級鳥使いの社会人リスタート

真白坊主

プロローグ

 鳥術ちょうじゅつ―――――― 訓練された鳥たちと武闘家の連携の下に成り立つ武術で、その流派は50を超える。この物語は、種族を超えた絆と、己の全てを駆使して戦う武闘家たちの手に汗握る冒険の物語である...






......はずだった。






 某日、とある武道館。


 その場所はむせ返るほどの汗と熱気で満ちていた。あたりには羽毛が舞い、屈強な武闘家たちの歓声がこだまする。彼らが熱狂するのも無理はない。この日は20年に1度の日―――――鳥術白鳥流、その師範に冠せられる称号、”白鳥使い”の後継者の座を巡り、100人を超える一流の武闘家が決闘しているのだから。


 100人の武闘家のうちの1人に、とある青年がいた。8年前、この世界に入った彼はただひたすらに努力し続けた。徹底的に身体を鍛え、白鳥たちも完璧に手懐けた。全ては彼の野望を果たすために。




そして―――――


 試合終了のホイッスルが体育館に響き、審判が声を張り上げる。

「そこまで! 第111代、鳥術白鳥流、白鳥使いは―――――


 選ばれたのは、その青年だった。たゆまぬ努力の成せる業か、完膚なきまでの圧勝であった。2時間に及ぶ死闘の末、彼は息が上がることもなくただ1人立っていたのだ。弱冠20歳にして師範の称号を得たことは、歴史的に見ても快挙であった。




「先輩!」

 青年は誰かに呼び止められた。振り返ると、3歳下の後輩がいた。流派は違うが、週に1度ともに食事をするほどに親しい後輩だ。青年は努力家であるとともに、謙虚で気さくでもあるので、交友関係は広いが、この後輩とは特段仲が良かった。


「おめでとうございます! 凄い方だとは心得ていましたが、これは快挙ですよ! 自分のことのように嬉しいです!」

 彼は物凄く興奮していた。青年の血の滲む努力を一番近くで見て、よく知っていたのだから無理もない。


青年は返答した。

「ありがとう。しかしこれは通過点に過ぎないと思っている。僕の目標は、伝説上の聖地、鳥術発祥の地といわれるトリュールを見つけることだ。たとえ誰かが莫迦な夢だと一笑に付したとしても、僕の意志は変わらない。また今度、2人でゆっくり話そう」

そう言うと青年は、否、白鳥使いは立ち去った。


「...やはりあの人は凄い。あの人なら、本当に聖地を見つけてしまいそうだ!」

後輩はただそう思い、白鳥使いの大きすぎる背中を無言で見送った。




 そこからの白鳥使いの日々は、努力一色であった。幾百もの文献を読み漁っては、これまでどおりの訓練も欠かさなかった。しかし彼の従者は誰一人として、彼を心配することはなかった。彼は全く疲れた様子を見せなかったからだ。むしろ月日がいくら経っても、彼は活き活きとしていた。




 白鳥使いは従者5人を連れて旅に出る。

「お元気で...」

白鳥使いの旅立ちの日、後輩は心の中でそう言い、涙ぐんだ目で彼に微笑みかけた。その頃には、彼の夢を笑う者は誰一人いなかった。この時は、彼の身にが起こるとは、誰も予想だにしなかった。




 旅の途中、白鳥使い一行は大きな森に辿り着いた。その森を抜けてすぐ、大きな崖が見えた。その場から見下ろしただけでは、底が見えないほどの高く深い崖だ。一行はそこで休息をとり、食事をしながら談笑していた。


 そこにいる全員が、完全に油断していたのだ...




 食事を終えた彼らは、荷物を片付け次の地へ向かう準備を進めていた。その様子を、


 それは赤茶色の長い髪をもつ少女だった。彼女は白鳥使い一行のほんの僅かな隙を見抜き、一瞬で白鳥使いの背後へ立つ。従者は全く反応できず、白鳥使いですら反応が一瞬遅れる。少女はそのまま流れるように、崖の淵に立っていた白鳥使いの背中へ強烈な蹴りをお見舞いする。






 白鳥使いは、その断崖の天辺から転がり落ちていった。






 直後、少女は森の中へと消えた。

「待て! 貴様!」

「深追いするな! 今は白鳥使い様の身を案じるのだ!」

「崖下を捜すぞ! 何日かかっても必ず見つけ出す!」

「ああ... どうか無事でいてください...」




 これほどの高い崖だ。助かる可能性は極めて低い。否、助かるはずなどない。従者たちは皆そう考えたが、それを口にする者はいなかった。




「居た... 居たぞー! 白鳥使い様だー!」

 丸2日間にわたる捜索の甲斐あって、従者の1人が白鳥使いを発見した。恐る恐る脈と呼吸を確認する...




 信じがたいことに、白鳥使いは生きていた。全身土まみれ、裂傷まみれだったが、受け身をとったのか、大きな傷はひとつも見当たらなかった。その知らせを聞いた他の従者たちは喜んだが、それと同時に落胆した。


 白鳥使いは落下中に頭を強打したらしく、意識がなかったからだ。

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