うちにある調味料は全部あなたの涙で出来ている

292ki

そういえば

「うちにある調味料って、全部あなたの涙から出来てるんだよね」


「そのままの意味だよ?あなたが今使ってる塩にも醤油にもソースにもあなたの涙が入ってるの」

「冗談じゃないよ。あなた、男にフラれたり、浮気されたらいつもうちで泣くじゃない。わんわん泣くじゃない。その時に使ったタオルとか、ハンカチとか、ティッシュとか……とにかく、あなたの体液を吸ったものなら何でも保管して、あなたが泣き疲れて寝てる間に気付かれないようにして、涙が乾く前に搾り取って結晶化させてたの」

「それで、それを使って自家製調味料を作ったんだ。まあ、市販品に混ぜてるだけだけどね。それでも結構大変だったんだよ?そもそもの量がさ、ほんのちょっとしか取れないから」

「あ、でもちゃんとラベル分けはしてるよ?どの調味料に何の涙が入ってるか分からないと困るから」

「そうそう。このシールね。ケとかタとか意味わかんないって言ってたけど、ちゃんと意味、あるんだよ」

「ほら、この醤油はねあなたがケンちゃんにフラれた時の涙で出来てるの。ケンちゃん、女たらしのクズだったからかな。あなたもこの醤油、あんまり使いたがらなかったよね。苦いって。あとね、こっちの塩はタカシくんに二股かけられたって言ってた時の涙。結局勘違いだったよね。タカシくん、いい人だし。あなたもこの塩は気に入って使ってたよね。なんか、甘めで美味しいって。やっぱり、涙って感情で味が変わるのかな。で、これが───」

「ちょっと、どうしたの?あ、危ないよ。ガラス、触ったら怪我しちゃう」

「あいた、ちょ、物を投げないでよ。危ないって!」

「え?本当にどうしたの?蹲って──気持ち悪い?吐きそう?大丈夫?袋、持ってこようか?背中さすろうか?いい?触らないで……分かった」


「落ち着いた?なら、良かった。ん?どうしてそんなに怒っているの?ほら、座って。大丈夫。話ならちゃんと聞くから。え?」


「……何でって愛してるからだけど。うん。私があなたを。愛してるから。心から愛してるから。嫌いなんてあるわけないじゃない。流石に嫌いな人の体液を自家製調味料にしないって」

「私、友達になりたくなかったよ。私はあなたに涙を流してもらえる存在になりたかった。あなたの涙を拭うだけの都合のいい友達なんかになりたくなかった。でも、そんなの無理じゃない。だって、もう友達になっちゃったんだから。それしか隣にいる方法が無かったんだから。万に一つもあなたは私を見てくれないんだから。だったら許してよ。あなたの涙を私が飲み干したって良いでしょう?それくらい許してよ」

「……私の「愛してる」があなたの求めてる「愛してる」と同じなら良かったね。そしたら、あなたはこんなことを知らなくて済んだのに。怖い思いもしなくて済んだし、「友達」に裏切られなくても済んだ。うん、分かってるんだけど、分かってるんだけど、それでももう、限界なの」

「ごめんね。あなたのことを私、心の底から愛してるから、もうあなたの隣で友達の顔をして笑っていることは出来ないの。今も胸が刺されたみたいに痛い。このまま知らん振りしてあなたの隣に友達としてい続けたら、きっと私死んでしまう」

「何より私はきっといつかあなたを今より酷い形で傷付ける。自分が死ぬ前にあなたに酷い酷いことをする。今だってそう。本当なら黙ってあなたから離れたらそれで良かったのに、それじゃ我慢出来なかった。あなたの愛を貰えない存在で、あなたの友達でも無くなる私はあなたの傷になりたくなったの」

「酷いでしょ?でも、今が何とか最低限。これ以上は傷じゃなくて致命傷を負わせちゃう。あなたにそんな思いをさせたくない」

「自信、あるよ。あなたを愛で殺す自信。私、本当に気持ち悪いくらいあなたが好きだし、愛してるの」

「だから、ここでお別れしなくちゃいけない」

「私、頭おかしいことしてるって自分でも思うけどそれだけは賢くて正しい選択だと思うんだ」

「ねえ、もうここには居られないでしょう?もう私には会えないよね。会いたくないよね。鍵、置いていって。そう、そこで良いから。調味料は……ごめん、想像しないで。捨てられないし、返してあげられないの。本当にごめんね」

「それだけは無理。だって、これは私の宝物だから。あなたの愛だから。他人から盗みとったものだとしても、手放せないの」

「うん、気持ち悪いね。どうして、私こんなことになっちゃったんだろ」


「…………ああ、ああああああ、ああああああああああああ、泣かないでよ。ねえ、泣かないでよ。こんな私のために泣かないでよ。何でなの。どうして私、あなたの涙を見て素直に悲しいって思えないの。素直に寂しいって思えないの。素直に嬉しいって思えないの?」

「どうして……どうして……こんな、壊れてるんだろ。だって、こんなの、おかしい……なんで」


「──もう、終電出ちゃうよ。このまま一晩、うちに泊まる気?無理だよね。震えてる。怖いんでしょ」

「ねえ、帰って。そして私のことは忘れて。今日のお誘いはもちろんバツ。手紙なんて送らなくてもいいよ。資源の無駄だから。じゃあね。もう二度と来ないでね」



「…………タカシくんとお幸せに」

「うん、もう二度と来ないでね」

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