ニブイあいつと世話焼きなあの子

天兎クロス

0.プロローグ/きっかけ


「ねえ、大丈夫?」


 冬に入り、本格的に寒くなってきた十一月の放課後。

 学校の玄関でクラスメイトが不安そうに、携帯を見つめているのを見かけたのがきっかけだった。

 どうしたらいいのか分からなくなっているのが傍から見てわかるくらいには、困っているように見えた。


 私は自分で言うのもなんだけど、知り合いがこういう顔をしていると放っておけないタチだったりする。

 友達からはお人よしだって言われるけど、単純に放っておくと気になって仕方ないだけだから……それを解消するためにやっているだけなのだ。


「あ、えっと……立川さん?」

「ええ。須藤くんはこんなところでどうしたの?」


 私は回りくどく聞くなんてことはせず、直球で訊ねる。

 そのほうが手っ取り速いし、困り事はとっとと解決するに限るから。

 クラスメイトの須藤すどう尚也なおやくんは顔を携帯からあげてこちらを見ると、不安そうな目を向けてくる。

 ちょっと長めの黒髪の隙間から覗くその目は今にも泣きそうに見えた。

 そんな彼を見て、ますます放っておけなくなった。


「……えっと…………」

「なによ。言いにくいことならそれでいいし、力になれそうなことなら手伝うわ。どっちなのかハッキリしなさい」

「あ、う……その、妹が風邪で学校を早退したみたいで、両親もいないしどうしたらいいのか分かんなくて」

「あー、そういうことね。なら、途中でいろいろと買っていきましょうか」

「……へ?」

「? なによ。妹が大変なんでしょう。看病くらいならできるから手伝うわよ」

「あ、その、――どうして?」

「どうしても何も、困っている人がいたら放っておけないだけよ」


 須藤くんは意味が分からないといった表情でこちらを見てくるけど、そんなことは知ったもんじゃないと玄関に手をかけて校舎の外へと向かう。

 ここまで強引にされたら、強い物言いができなさそうな彼は黙って後ろをついてくるしかできず、不安そうな顔をしている。


 でも、妹さんが心配なのか家まで何も言わず案内してくれて、あれこれしているうちに風邪は落ち着いた。

 後日、ご両親からお礼をされて須藤くんからも感謝されてそれっきり――。


 それが立川たちかわ愛奈あいなのいつものこと。

 知り合いが困っていたら手を差し伸べる……でも、今回はその差し伸べた相手に〝一目惚れ〟してしまったがゆえに、少々困ったことになってしまった。





「ねえ、そんなに好きならさっさと告っちゃえば?」


 そんな出来事から一か月。

 冬休みが近づいてきて、各々が休みをどう過ごすのかお昼休みにわいわいと話している中、友達のひとりからそんなことを言われる。

 いつものように同じ机のうえでお弁当を広げて、食べてる途中のことだったので驚いて少し反応が遅れてしまう。


「え? な、なんのことかしら……」

「いや、ここにきて誤魔化さなくてもいいじゃん。須藤くんのこと」

「っ……ちょ、なんで!?」

「え? むしろあれでアタシの目を誤魔化せてると思ってんの?」


 ――あれだけ話しかけて、なにかと気にかけて、授業中もつい目で追っているのに? と友達に暗にそう言われる。


「うっ、いやまあ、その気には……なってるん、だけど……」

「なにその自信なさげな返答。なんか問題でもあんの?」

「その……好きって、言えるのかなこれって? って思って」

「どゆこと? 詳しく」


 ずいっと前かがみになり、私のほうへと顔を近づけてくる友人に少し後ずさりしながらも、ここまで話したら素直に打ち明けたほうが楽だろうと思い、気になり始めた出来事を思い出す。


「まあ、ちょうど一か月前くらいかな。須藤くんの妹さんが風邪引いちゃって、その看病を手伝ってあげたんだよね」

「うーわ。出たよ、愛奈の放っておけない病」

「うるさいまり。それで、家まで行って看病しようとしたらね――」

「したら?」

「……須藤くん、なんにもできなかったのよ」


 ちょっとその時のことを思い出したら、顔がにやけそうになる。

 それを誤魔化すためにも、髪先を三つ編みにして左肩に垂らしている自分の髪をいじりながら続きを話す。


「そのくせ、必死になって手伝おうとするし『邪魔だから妹さんの近くにいなさい』って伝えたら捨てられた子犬みたいな顔しちゃって――それが始まりだったわね」

「…………」

「まあ、ご両親の仕事が忙しくてその日は簡単なもの作ってあげたんだけど……うちの弟妹に負けないくらいおいしそうに食べてくれたのよね。その時は胸がきゅってなったわ」

「………………」

「それで落ち着いてきたころに帰ろうとしたら須藤くんが、送ってくって言うんだけど妹さんのことも放っておけないのかすごく困った顔しててね、結局玄関までしか見送ってくれなかったけどちらちらとこっちを見てくる彼をみて私は思ったの……ああ、この人のことが好きなのかなって」

「……………………………ガチ惚れじゃん」


 友達の鞠がそういうと顔を覆い、天井を見つめる。

 今の話のどこにそんな反応されるのか、まったく見当もつかないけど、そんなことより聞きたいことがあるんだけど。


「それで? なんで告白しないの?」

「……そのぉ、これが好きなのか心配で気になるだけなのか分からなくて……それに、これ以上どうしてあげたらいいのか」

「ん? まあ、好きでいいと思うけど……どうしたらいいてのは?」

「まあ、聞きなさい。私だって何もしてないわけじゃないのよ」


 例えば、朝に廊下ですれ違ったときは――



「おはよう須藤くん。あれから妹さんは元気にしてるかしら?」

「あ、うん。ほんとに風邪ひいてたの? ってくらいには」

「そ、ならよかった。ところで、須藤くんも体調は大丈夫かしら? 風邪気味だったりしない?」

「え? うん、普通だけど」

「そっかー……これからも気をつけるのよ」



 昼には――



「あら? お昼ってそれだけ?」

「うん、うち、両親が忙しいからなるべく面倒かけたくなくて……」


 須藤くんの机にはコンビニで買ったような惣菜パンが三つほど並んでいた。

 どれもおいしそうだけど、


「それだとそのうち体壊すわよ。きちんとバランスよく摂らないと」

「あはは。まあ、そうなんだけどね」

「ちょっと高いけどサラダつけるだけでも違うから、意識することね」


 帰り際には――


「って発想がお母さんかよ!」

「……やっぱり、そう思うわよね」

「自覚、あるんかい……」


 でも、それ以外にどう関わればいいのか分からない。

 そもそも、恋なんてしたことがないし、自分にできることと言ったらこれくらいしか思いつかない。

 そう思ってやっていたのだけれど……


「それ実際にやられても鬱陶しいだけじゃない?」

「やっぱりそう思う?」

「なんというか……本当にお世話やきたいだけに見えるんだけど」

「だから言ったでしょ? これが好きなのか、放っておけないだけなのかって」

「あー、うー……いや、好きでいいと思うけど……」


 言葉につまる鞠を横目に、今も教室の端っこで一人でいる須藤くんのほうを見る。

 やっぱりどうしても気になってしまう。

 目が離せないというか離したくないというか……ともかくそんな感じなのだ。

 自分でも不思議に思うくらい、自分の気持ちが分からない。


「まあ、とにかくあれよ……そういう感じじゃなくて、もっと距離を縮めることを意識してみるとかどうよ?」

「? たとえば?」

「ほら、もうすぐクリスマスな訳でしょ? そういう口実――もとい、イベントを一緒に過ごせるくらい仲良くなることをとりあえず目指してみたら?」

「!! な、なるほど……たしかに、そういう考えは私になかったわ」

「むしろなかったことの方が驚きだわ」


 呆れた、とため息をつきながら最後の一口を放り込む。


「でもそうね。やれることは何でもやらないとね」

「きっかけなんて何でもいいんだから、それで仲が進んだら万々歳ってことで」

「うん。ありがとう鞠」

「いいってことよ。友達なんだから」


 ――ところで仲良くなるには、具体的にどうしたらいいのかしら?

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