第9話 浮上

 自分は、いったいどこを向いているのだろうか。上を向いているのだろうか。それとも下を向いているのだろうか。そもそも目はあるのか。自分の体はあるのか。


 誰でもない自分は、やがて自問自答すらできなくなるだろう。


 まったく意思のない状態とは眠る状態に等しい。眠る瞬間を意識することはできず、起きる瞬間を自分で決めることはできない。やがて泥に溶けて消えていく自分は、いつ意識が消えてしまうかわからず、それを恐怖であると感じることもなく、そして二度と起きることはない。


 形のある闇が渦を巻く。細々とした粒子が立ち込める。自分の体が、意思が、あらゆるものが泥と一体化していく。


 薄れていく。


 手放されていく。


 消えていく。



 



 駄目だ。




                         

 駄目だ。



 駄目だ。


 ——嫌だ。


 手はあるか。足はあるか。


 もがけ。あがけ。抵抗しろ。


 嫌なんだ。


 夢の中だけでもいい。自分が消えてしまうなんてこれっぽちも考えたくはない。いままでのすべてを嘘にして、いままでの自分を否定したくはない。


 感じろ。


 目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、口で食べて、肌で触れて、あらゆる神経を包丁みたいに研ぎ澄ます。感じることは生きることだ。諦めない。それが夢であろうとも、夢のような曖昧なもので終わらせずに精いっぱいに自分を手繰り寄せる。


 手はあるか。足はあるか。


 関係ない。


 もがけ。もがけ。もがけ。あがけ。あがけ。あがけ。生きろ。生きろ。生きろ。


 ——なにかが触れた。


 柔らかく、熱を持っている。


 そして見た。


 握られた手。空色のフリフリの衣装。


 そして聞いた。


「一緒に行こ」


 ここで弱気な自分が内側から湧いて出た。自分はいままでのように果澄ではなく、彼女たちとは夢の中でしか会えない存在だ。自分は恐ろしく矮小な存在で、彼女たちと一緒に世界を救うなんて大それたことはできない。


 それでも、私でいいの?


 問いかける視線に、目の前の少女はなにを問われているのかわからないという表情を見せた。


 そりゃそうだと思う。なにも言わないくせに自分のことをわかってもらおうなんて虫がいいにもほどがある。なにをするにしたってまずは自分で決めないといけない。そしてどうしても悩むのなら、声に出すなりしてちゃんと伝わるような形にすればいい。だけど今はそんなことは必要ない。


 最初に決めたんだ。


 馬鹿らしいと思ったし、自分にできるのかって不安にもなった。それでも、マジカルフレッシュピンクになるってそう決めた。


 世界ぐらい救ってやる。


 自分が夢の中だけの存在だろうと関係ない。


 むしろ、そんな自分が世界を救ってやればきっと面白いことになるに違いない。


 私は、握られた手をぎゅっと握り返した。


 そして呪文を唱えた。


「マジカルドリームアッピア!」

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