第5話 三人目の魔法少女
仲間が二人できた。
一人の名前は時雨沢凜花という。
彼女の夢はゾンビの蔓延した都市という設定で、空模様は異様に黒く、紫色の瘴気がそこら中に漂うとてもじゃないけど明るい気持ちにはなれない世界だった。聞こえる音もゾンビのぼろきれみたいな衣服の衣擦れと、しめった足音と、唸り声。匂いがしなかったことだけが救いだったけど、そもそも夢に匂いがあるのかどうかはわからない。
そんな世界で凜花という少女はいた。彼女は、デパートに仲間と一緒に立てこもるわけでもなく、車に乗って一人でゾンビから逃げ延びるわけでもなく、道路のど真ん中で大の字に寝転がっていた。
そして彼女は群れたゾンビの中心でゾンビたちに見下ろされながら叫んでいた。
「私をゾンビにしてみたらいいじゃない! むしろしなさいよ。大衆に迎合することだけが私に唯一できることなんだから。なにもできない今の私よりも、ゾンビなったほうがよっぽど価値があるってもんよ。さあはやく噛みなさい。それとも噛む価値もない? そりゃそうよね。私がゾンビだったら絶対に私みたいなやつ噛みたくないわ。こんなぐずを仲間になんてしたくないものね。じゃあいったいどうしたら仲間にしてくれるっていうのよ。人類を裏切ればいいの? 裏切るほどの頭もないっての。だから噛まないのならせめて踏んづけるぐらいしなさいよ。そうやって私を殺せばいいじゃない!」
顔を見合わせてゾンビたちが困惑しているように見えた。
ビルの屋上でその様子を眺めていた果澄は、ゾンビたちみたいに空乃と顔を見合わせて、
「変わった子なのね」
「ちょっとだけね。でもいい子だよ」
空乃がえへと笑う。
果澄は改めてビルの屋上からゾンビたちを見下ろした。
今回の夢は悪い夢だ。
だから心置きなく壊してしまえばいい。
「じゃあ助けに行きましょうか。マジカルブルームアッピア」
果澄は自分の持っているステッキを、柄の長い木製の箒に変えた。やっぱりとんがり帽子には箒がよく似合うと思う。箒にまたがり、体は浮遊感に包まれ、そのままビルを重力加速度を無視してゆっくりと落下していく。
それに続いて、空乃も自分のステッキを箒に変えていた。そのまま箒にまたがり、ぴょんっとジャンプして、ビルの屋上から重力加速度そのままに落下していく。ものすごい勢いだった。
「あれ?」
空乃がそのまま果澄を追い越していく。一瞬だけ果澄は空乃と目が合った。目は口程に物を言う。なんで私だけ飛べないの? と空乃の目は切に果澄に訴えかけていたように思う。
空乃の落下地点が爆ぜ、周囲のゾンビが空高く吹っ飛ばされていくのを上空から眺めた。助けるはずの凜花は空乃の下敷きになっている。凜花が突然の痛みに顔をしかめていたが、ごめんね大丈夫怪我はない、と空乃が凜花の上半身を起こして肩を揺さぶると、凜花のさっきまでのしかめっ面がまるで嘘みたいに和らいで、
「私なんかが高菜さんのクッションになれるだなんて、私の人生の意味はここにあったのよ。ゾンビになるよりも立派な人生をくれてありがとう。これで心置きなくいけるわ」
「どこに行くの⁉ 起きて凜花ちゃん!」
幸せそうに目を閉じた凜花に対して、空乃が凜花の上半身を、より一層強く揺さぶった。
いったいなにをやっているんだと果澄はやっと空乃の元に降り立って、
「夢の中なのに死ぬわけないでしょ」
その言葉にはっとさせられた空乃が我に返る。
「それもそうか。ねえ、起きて凜花ちゃん」
凜花が片目だけを開けて、空乃の顔と果澄の顔を交互に見た後にきらびやかな二人の服装も交互に見た。寝そべったままの姿で凜花が言う。
「これは夢なの?」
果澄と空乃がそれぞれ二回ずつ頷いた。
それを見た凜花は周囲のゾンビをゆっくりと見渡した。
「たしかにゾンビが現実にいるわけないわね。現実にゾンビがいるとしたらそれは私のことに決まってるもの。そして高菜さん。とても可愛い衣装ね。世界で一番似合ってるわ。だけど夢で高菜さんを見るなんて失礼も千万ってもんよ。さあ、これからこの世界で死んでさっさと目を覚ますわ」
凜花がすっと立ち上がって、そのままゾンビの元に何のためらいもなく走り出そうとした。
空乃は慌てて背後から凜花を羽交い絞めにして止める。果澄も仕方なくそこに参戦する。どうしてここまで死のうとするのか。この自殺大好き少女を何とかして止めようと考え、そして現在の状況を簡潔に話してみた。
町の危機を救うために、果澄と空乃は魔法少女になっていくつもの夢を巡っていること。この世界は夢の世界だけど、ここにいる果澄と空乃は本物の果澄と空乃であるということ。そして世界を救うためには仲間があと二人いてくれると心強いこと。——要は凜花をもう一人の魔法少女に勧誘した。
もちろん答えはノーで、しかし空乃が「私からもお願い」と言うだけですぐに答えはイエスになった。
「だけどイエローは私には眩しすぎると思うの。だからせめてチョコレートブラウンで丁重にお願いするわ」
かくしてマジカルチョコレートブラウンが生まれた。顔の半分ぐらいを大きなとんがり帽子で隠し、スカートの裾をこれでもかというぐらいに引っ張り続けている。口癖は「私にフリフリなんて似合わないわ!」だった。
そして特別な力を持つ魔法少女の三人を相手にして、この世界のゾンビは四秒と存在することができなかった。
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