第5話 3日後

 三日後。



 空乃はスクールバックと一緒に大層なスケッチブックを脇に抱えている。スケッチブックの表紙をめくってみれば空乃が色奈を楽しませるために頑張って描いてきた努力の結晶がある。色奈はこれを見て楽しんでくれるのかどうか不安でならない。


 しかしまず考えてみてほしい。


 空乃はスクールバックとスケッチブックを一緒に持っている。つまりこれがいったいどういうことかというと、学校から一度帰ったのであれば邪魔なスクールバックをいったん置いてくるはずであり、これらを一緒に持っているということは、空乃は学校にスケッチブックを持っていったということになる。先生にはまだ隠しようがあっても、同級生たちには隠しようもない。


 というわけで空乃は色奈に向けて描いた傑作を、スケッチブックの中身に興味津々な仲の良い友達に見せる羽目となった。


 その時の友達の反応はといえば、空乃作品を見ながら茶々を入れたりツッコミを入れたりと、それはもう独自の楽しみ方をしてくれたものだ。大変遺憾である。しかし、凜花だけは「すごいわ、こんなものが描けるだなんて。もはや天才としか言いようがないわ。それに比べて私なんてなんの才能もない。才能どころかみんなのお目汚し。ごみ。そんな有象無象にすらなれない私が、高菜さんの作品を目に入れることができるだなんて本当に光栄ね。これを機にして作家にでもなればいいと思うわ。うん、きっとそうよ。高菜さんにはとてつもない才能があるに違いないわ」という風にとにかく褒めちぎってくれた。凜花の意見に周りも同調していたけど、同調しているみんなの口調には、どうにも空乃を馬鹿にしている気配が濃厚だった。


 しかし百人中百人が面白いという作品なんて、この世にはない。まああるかもしれないけどそれにしたって一握り。だったら、凜花の作品を面白いと言ってくれた友達の凜花のためにも、空乃は自分の作品を誇りに思わなければならない。


「……………………あれ、面白いとは言われてないような?」


 公園に着いた。


 ジャングルジムの天辺に座っている色奈がいた。手を振っておーいと声をかけてみる。こっちを見た。だけどこっちに来る気配はない。空乃はてくてくとジャングルジムに向かった。適当なところにスクールバックを置いて、空乃はスケッチブックを抱えながらジャングルジムに登る。天辺にきた。ジャングルジムなんて数年ぶりに登るけど、あれ、ジャングルジムってこんなに棒が細かったっけ? スケッチブックを抱えながらでは、腕を満足に使えない。ちょっと不安だ。安定感がない。あれ、やっぱり怖いかもしれない。


「あの、もしよかったらなんだけど、ジャングルジムから降りてもらってもいいかな?」


 色奈はなにも言わず、しかしちょっとだけ呆れたような顔をした。


 ちっちゃな敗北感を抱えながら、空乃は色奈と一緒にジャングルジムを降りていく。空乃よりも早く降りた色奈が、下の方から「大丈夫?」という声をかけてくる。


 大きな敗北感だった。


 しかし気を取り直す。


 着地して、地面の安心感を噛みしめる。スケッチブックを掲げて、これを見よと言わんばかりに色奈に見せつけた。


 色奈はジャングルジムの一番低い横棒に腰かけて、


「それが自作の漫画?」


 自慢げに鼻を鳴らした空乃は、


「そうなのです。だけどね、スケッチブックに描くにあたって漫画じゃなくて紙芝居にしたんだ。一枚一枚めくっていくなら紙芝居のほうがわかりやすいかなって」


「へえ」


「それじゃあ始めるね」


 空乃は、満を持して厚みのある表紙をめくった。


 でかでかとしたフォントのピンクの色鉛筆で塗りつぶされた「ピーチマン」の文字がある。ピーチマンと書かれている下の方には万歳をしているような二枚の葉っぱがある。二つの色合いが、見事に桃のイメージを強くしているというとんでもなく高度なテクだった。


「ピーチマンの、始まり始まり~」


 色奈はタイトルから何かを察したような顔をする。


 内容はもちろん色奈の察した内容でほとんど間違いない。


 日本昔話の桃太郎を、登場人物なんかをちょっと改変したり、出てくるアイテムをちょっと外国風にしてみたり、お決まりのストーリーをちょっと意外な展開に導いてみたり、まあだいたいはそんな感じだった。少しだけ話をかいつまめば、桃から生まれたピーチマンは自分の体が食べられることに気づいてしまう。そしてなんやかんやで鬼退治をすることになって、自分が食べられないために、グランドマザーにビスケットを持たされて旅に出る。そこでドーベルマンとハクトウワシとゴリラをビスケットで仲間にする。旅の途中、餓死しそうになった旅の一行はピーチマンの体を食べて生き延びる。ピーチマンの体を食べたドーベルマンとハクトウワシとゴリラは体の内から湧き出るパワーに驚き、その勢いのまま鬼ヶ島に行って鬼をそのまま倒した。しかしピーチマンは犠牲になった。悲しみに暮れるドーベルマンとハクトウワシとゴリラは目の前の川でどんぶらこどんぶらこと流れる一つの桃を見つけた。それを拾い、ゴリラが手刀で割ると、中から生まれてきたのはピーチマンだった。


 めでたしめでたし。


 感動的なフィナーレだった。


 しかしそれはともかくとして、当初の目的であった色奈の笑顔は、いっさいその表情に現れることはなかった。


 ——あれ? と空乃は思う。


 日葵ちゃんからの修業の合間にこれを描いている時には、変な笑いが止まらなかったものだが。


 色奈が下を向いてむすりと黙っている。なにかを考えているみたいだった。そのせいで、空乃は言葉をかけるきっかけが生まれずに紙芝居の感想を聞けずじまいだ。十秒が経つと、もしかすると自分の作品はとんでもなくつまらないものだったのかと不安になる。心臓がばくついて、色奈がなにかを言いだすのを今か今かと待ちわびた。一秒が二秒にも感じる心境の中、


 ついに色奈が顔を上げる。


「私にもできるかな?」


 意外な言葉だった。


 そしてその言葉をきっかけにして、空乃と色奈の共同の創作活動が始まったのだった。

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