第30話 別れ

 回復魔法に、攻撃魔法、支援魔法、それにすぐに使える魔道具、身体強化、吉野と橘は自分たちがこの数か月で獲得したものを数えていた。

 魔道具には二つのタイプのものを作った。

 一つは短い言葉を唱えると発動するタイプであり、魔素が切れたら何度も充填して使えるものである。

「ピンチの時にいちいち詠唱文は唱えられないよね」

 このタイプの魔道具の欠点は威力が落ちることである。それでも二人が作り込んだ魔道具の魔法はこの世界でも極めて珍しいものばかりである。別の視点から考えれば、腕輪を外した二人が詠唱する場合は効果が高すぎるので、魔道具で調整したともいえる。腕輪をつけた時の魔法の効果よりも腕輪を外して作った魔道具の魔法の方が効果は圧倒的に高かった。


 攻撃系の魔法は短い棒状の魔道具にして、わかりやすいように色を付けていた。火であれば赤色、水であれば水色のように、魔石とは異なる石を装飾したものである。勝手に暴発しないように、「アプト」と短い言葉がキーとなって、その後に「火」や「水」のように言葉を添えると発動するようにした。


 もう一つは、危害を加えられたら自動的に危機を察知して回避、補填するものである。

「いきなり攻撃されたらやばいですもんねー」

 橘はそう言ったが、吉野も同じ意見だった。

 ただ、こちらは難度が高く、たとえば危害を加えられるという状況が何を意味するのか、危害を何だと捉えるかによって製法過程は異なる。


 橘の案で、毒が近くにあれば白く発光する、人間以外の動物がある範囲まで入ってきたら赤く発光する、というように反応するタイプの魔道具が作られた。

「もうちょっと良い感じにできそうだけど、私たちの限界よね。悪意のある存在が近づくと色が変わるなんていうのはできるもんじゃないんだろうね」

「持ち主の魔素が吸収されると黄色になる、ってのはできてよかったですね」


 正確には魔道具の周囲の魔素量が著しく低下すると黄色の光を発光するタイプの魔道具である。

「危機を察知できても、回避はできないな。これは他の魔道具と組み合わせて手動で発動させるしかないわね」

「自動で全回復、みたいなことができればいいんですが、ごちゃごちゃし過ぎてなかなか上手くいきませんでしたよね」

「ぎりぎり、体内からの血液量や肉体の損失が一定以上になったら持ち主の危機だと判断して自動回復するまで出来ただけでも御の字よ」

「『我が身が失われたる時~』とか『我が急所を突かれた時~』とかでしたよね。本当に詠唱文にまったく面白みも感じませんでしたよ。相手の魔法を反射するとか無効化するバリアなんかもできてれば最強だったんですけどね」


 二人はこれまでの成果をカーニスにも見せていた。

「前の回復魔法でもう驚くことはないと思うとったが、あれはほんの一面に過ぎんかったんじゃな……」

 どこか遠い目をしているカーニスだった。

「空間魔法も出来たら良かったんですが……」

 カーニスが急に渋い顔をする。これに関してはカーニスは詳しいことを教えなかった。


「うむ、お前さんらじゃったら出来るかもしれんというより、出来るんじゃろうが、空間魔法は素人はまだ触れん方がええ。身体を空間に引き裂かれることだってあるんじゃからな。わしも何人もそういう職人を見たことはあったからの」

 カーニスからこの話を聞いていたので、二人ともさすがに手を出そうとは思わなかった。


「あとは、魔素量を感じ取る魔法や魔道具があればいいんだけどな」

 マルクスやグレンは相手の魔素量をある程度わかるようだった。それはカーニスやクリスもそうだった。

「そうじゃな。二人はそれぞれが太陽みたいなもんじゃからな。自らが強い光を発しておるのに、豆粒みたいな光が近くにあっても感知ができんのと同じことじゃ。じゃから、諦めるしかないの。魔道具じゃったらなんとかなるかものう」


 できるとしたら、ある程度離れた位置にある魔素を探し出す魔法か魔道具ということだった。上級の冒険者や護衛の仕事に就く人たちの中には、敵の位置をある程度わかる索敵と呼ばれることができるようだったが、二人にはまだできなかった。


「おそらく、今日でここに来るのは最後になるのではないかと思います」

 吉野はそう言ったが、すでにカーニスも覚悟をしていたようだった。

「お前さんらとは短い期間じゃったが、久しぶりに楽しい日々を過ごせたわい。これから待ち受ける現実がどんなものであれ、二人に幸あらんことを密かに祈っておくよ」


 湿っぽい別れはお互いに好きではなかったので、言葉少なに終えることにした。ただ、最後に二人から魔道具がカーニスに贈られた。

「おばあさん、ありがとうございました。これはささやかながら僕たちからの贈り物です。御礼としては小さなものですけど、いつまでも健やかにお過ごしください」

 二人にしてみたら造作のない魔法だったのかもしれないが、魔石の色の濃さにどれだけの魔素が込められているのか、どのような魔法の効果なのか、カーニスには想像すらできなかった。しかし、むげに返すのもよくないと思い、ありがたく受け取った。


 最後にカーニスと抱擁をして、魔道具店から王城に帰っていった。

「あとは頼みます、クリス様」

「ああ。あなたもご健勝であれ」

 軽く礼をしてから、クリスは静かに二人に近づいていった。降り続く雪はすでに家々を白く変えていきつつあった。


 王城に着いてから、吉野と橘はクリスとも言葉を交わした。すでに誰が聞いているかわからなかったが、吉野は包みをクリスに手渡した。

「クリスさん、これまでどうもありがとうございました」

「もう別れるような言い方だな……」

「……」

「すまない。配慮に欠ける言い方だったな」

「いえ。おそらくそうなるのでしょう」


 クリスは何も言わないが、何かに気づいている様子だった。どのような考えの持ち主なのか、ついに知ることはなかったが、二人とも感謝をしている。

「何もお返しはできませんが、お祈りしました。是非お守り代わりにお使いください」

 カーニスにあげたものと同じように小さな魔石であったが、特別な意匠が凝らしてある。カーニスへの贈り物は橘が作り、クリスへの贈り物は吉野が作ったのだった。

「ありがたくいただこう。あなたがたと過ごした日々は私も忘れまい」

「私も一緒に訓練をした日々を大切な思い出にします」

 こちらも短く挨拶をして別れた。


「抱擁ぐらいすればよかったのに、チャンスでしたよ」

「なっ、そんなことできるわけないでしょ」

 橘の冗談を流しながら、静かに去って行くクリスの後ろ姿をいつまでも見つめていた。

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