第28話 王家の評判

 王宮内で朝食、昼食、夕食を摂ることはできるが、最近では朝だけ食べて、それ以外は街で食べることばかりになった。今日も大衆食堂に行っている。

「国王様ね。賢人の誉れの高い王様だよ。もっと乱れてもいい街中の治安が良いのも王様のおかげだね」

 食堂のおばちゃんこと、ターシャはそう言った。話がこの国の王になった時のことだった。二人がまだ見たことないと言っていたので、ターシャは寸評を差し挟んだのだった。

「賢人の誉れ、ですか」

 ドナル・アリュメルト、この国の王である。若くして王になり、治政は40年を越えているという。

 今は夜の始まりというよりは昼の終わりの時間帯に近い。この日は珍しく他の客はいなかった。吉野と橘、クリスとターシャがダラダラと話していた。

「私はこの国で育ってるから他の国の王のことはあんまり知らないけど、いろんな旅人や冒険者がこの店にやってくるけどね、あまり悪い噂は聞かないね」

 料理を受け取りにターシャは奥に帰っていった。


「実際どうなんですか、クリスさん? 会ったことはあるんですよね」

 橘がクリスに尋ねた。寡黙なこの男とも一緒に過ごすことが多くなってきたため、ずっと黙っているわけでもなかった。

「そうだな。個人的な見解はさておき、今聞いた話は他の者も耳にするだろう」

 さておかれた個人的な見解を知りたいんですけど、と吉野は思ったが言葉を抑えた。

「良い国なんですか? 僕らは比較できるほど知りませんし」

「良いも悪いも何をもってそう思うかだが、国民の満足度でいえば高い方だろう。実際、国費を多く民に使っているからな。大国ではないからこその幸せもあるだろう」

 アルム国は島国だが、日本でいえば四国くらいの大きさだろうと二人は考えていた。これは橘がこの国の長さの単位を地球のものに変換して地図の縮尺を解釈した結果である。

「確かに大国には大国ならではの問題があって、津々浦々まで手が回らないものですよね」

 吉野も地球で大国と呼ばれる国々の問題を思い浮かべる。小国には小国の悲哀もあるが、大国には大国の抱える問題がある。歴史の古い国ならなおさら問題は山積していよう。


「この国に戦争をしかける国ってないんです?」

 物騒な話だったが興味があったのか、橘がクリスに聞いた。

 少し考えた後、クリスが答えた。

「ない、とはいえないな。外交上の問題はある。今はこの国も騒がしいが、それを付け狙う輩も他国にはいるだろう」

「えっと、戦争ってこの国の場合だとやっぱり船で攻め込まれることが多いんでしたっけ。あとは空からも攻撃があるんですよね」

 そうだな、とクリスが言った。

 ケルナーからこの国が侵略された歴史を学んだことがあった。

 2、3の国が一斉にこの国を襲ったというが、なんとか防衛することができたようだった。それ以来、小さな内紛を除いて、この国が攻められたことはないという。

「まあ、そういう政治的な駆け引きも他国と上手く王家の方達はやってらっしゃるってことだよ。ただねぇ、お貴族様たちがちょっとって感じだねぇ。嘘か本当かわからないけど、前にこの国にやってきた荒くれ者たちも、お貴族様が連れてきて稼がせてるって話だからねぇ」

 ターシャが料理を運んできた。この時期ではないと食べられない野菜などがふんだんに使われた料理のようだ。

「王様もお貴族様のご機嫌を損ねられないってことなんでしょうね。まあ、戦争は失うものが多いですもんね。起きないことが一番の平和ですね」

 素直な感想を吉野は述べた。まったくだよ、とターシャは答え、夕食を食べにきた別の客の応対へと向かっていった。

 地球ではどのような戦争が起きていただろうか、吉野を来る前の地球のことを思い抱いていた。


 その日の帰り、王城から一艇の船が飛び立つ光景に出くわした。

「わあ、あれって飛行船ですよね。すっごいなあ」

 橘が初めて魔法を見た時のような表情をしている。数か月王城で生活してきたが、飛行船があることは二人とも知らなかった。上昇したかと思うと、スピードを上げてすぐに見えなくなっていった。

「あれは王妃の外遊だな」

「王妃様の?」

「ああ」

 クリスの言葉によれば、珍しいことにこの国では王妃が飛行船に乗っていろいろな国と外交を行っているという話だった。

 マークナルダ・アリュメルトと呼ばれる王妃は、数名の家臣たちを連れ、精力的に近国遠国さまざまな地に赴き、交友を拡げ、固めているのだという。一年のうち、ほとんど外国で暮らしているようなものであり、国民にとっては王以上に顔を見ることがないようであった。

「マルクスさんとグレンくんのお母さんってことだよね。どういう人なんだろう、想像できないな」

「教育ママって感じじゃなさそうですけどね」

「ははは、末っ子には甘いだけじゃないかな。まあ見えないところで王家の人たちも支えているってことなんだろうね」

 いつか会う日が来るのだろうか、そんな淡い予感を吉野は抱いていた。


「そろそろかの」

「はい、最近は王城内でも視線を感じることが多くなってきてしまって」

 最初は吉野の勘違いかもしれなかったが、どうも自分を見る人たちが多くなってきたのを感じ取っていた。それは橘も同じで、誰かが「見ないふりして見る」ということが何度かあったようだった。

 カーニスの店の地下で話をしているが、クリスは気を利かせているのか、地下までは降りてこなかった。

(まあ、カーニスさんまで実は王家の側だったら、もう諦めもつくわね。って、こっちの勝手な思い込みかもしれないけどね)

 吉野は前向きに考えていた。

「ものすごく僕たち居心地が悪くなったよね。やっぱり他国に行きたいって発言がきっかけだったんでしょうね」

「じゃろうかのう」

 カーニスから他国のことは聞いていた。ケルナーから嘘は教わっていなかったが、本当のことも言っていないというのが適切なのかもしれない。

 考えていた以上に、転移者の影響が世界中にあるようだった。

「わしの大婆様が小さい頃に転移者を見たというんじゃが、なんでも壮大な魔法を使ったらしくっての。綺麗な魔法じゃと言うとったな。見る者が見れば恐怖の対象でもあったろうな」

 カーニスが話してくれた転移者の話だった。

 おそらく、詠唱文を作り上げた転移者が発動させた魔法のことだったのだろう。そこには吉野たちの世界のフィクションの産物である神々や動植物が召喚されたのだという。この世界の人たちが想像もできない空想上の生き物がこの世界に現れたのだ。

 その転移者はその後人々の前に姿を現さなかったというが、もしかすると自分の力がこの世界に合わないことを思い知ったからかもしれなかった。

(案外、この世界で伝説になっている話って、転移者が使った魔法の幻影の影響もあるのかも)

 一人そんな想像をしていた。

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