第23話 魔道具屋の地下室
この日をきっかけにして、王宮内の人々よりは、城下町の、しかも比較的距離を取っているカーニスのもとに行って魔法について学ぶことを二人は選択したのだった。
どうしてここに来たのか、詳しくは説明はできなかったが、「王宮内での魔法の勉強は限界があるので」と、魔法に精通しているカーニスが一番話しやすかったからだと言える。「魔法ならカーニスのところがよい」というクリスの助言も一役買った。
詳しい事情に首をつっこむことのなかったカーニスは、二人にグレンやマルクスとは別の視点で魔法や魔道具についての説明をしていったのだった。
驚くことに魔道具屋には地下があった。しかもどうやら空間魔法で作られた部屋のようであったが、練習場よりも広いどころか、地平線が見える。ただし天井はそこまで高いわけではない。
「これも魔法ですか?」
「ああ、そうじゃよ。丁寧に作り込めば、このくらいのことはできるもんじゃよ」
小さな魔道具屋の地下に、こんな広さの空間があるとは誰も思ってはいないだろう。
「さて、二人は魔法は言葉による方向付け、概念、そして原料となる魔素が基本的な魔法の発動の仕組みじゃと習ったんじゃろうが、そうじゃな、言葉はゲートを開き、概念は設計図のようなもんじゃと思った方がええかもしれんのう」
「ゲートに、設計図ですか?」
二人は新しい説明の仕方に戸惑う。
「言葉も概念も一緒のものだと考える方がいいんじゃが、説明が難しいかの?」
「いえ、それは私たちにもなんとなく分かる気がします」
概念のない言葉がないように、言葉のない概念も少し想像しづらい。むしろ、セットにした方が考えやすい。
あるいは、言霊という言葉で説明された方がいいのかもしれない。
「あの、黒竜が現れた日のことは今でも覚えておるよ」
「えっ、見てらっしゃったんですか?」
「ああ、なんとなく胸騒ぎがしてその方角をみてみたら、案の定じゃった」
「私たち二人としては不本意ではあったんですけど」
「いや、あれこそが魔法の深淵じゃろうと思う。グレンちゃんにも事情は聞いておってな」
グレンちゃん、という言い方や箝口令を敷いてまでいたことを話していたことに、カーニスとグレンとの結びつきが決して軽いものではないことを二人は察した。
「たとえば、火の概念じゃが、『火よ』と言えば、この通り、火が発生する。ただ、この概念には命のうごめきのようなものがないんじゃな」
カーニスは容易に火の魔法を使った。
「命のうごめきですか?」
「ふむ。たとえば、『飛べ!』と言えば、このように動くが、そういうレベルの動きじゃなくての、説明が複雑でのう」
方向付けられた火は、遠くへと遠ざかっていった。カーニスは前に橘が魔素を込めた魔吸石を胸元に構えていた。
そして、右手を前方に構えて言った。
「数多の炎の精霊たちよ、我が前に立ち塞がる者を燃やし給え……」
カーニスが言葉を呟くと、数個の火の玉がカーニスの目の前に現れ、それぞれが交差しながら炎が舞い踊っているかのようであった。
「そうそう、これこれ!!」
橘が感動のあまり叫んでいた。吉野もこれこれ!と感じていた。
「概念は静的なものではなく動的なものであり、当然その言葉も動的なものになり、適切な言葉と概念と、そして魔素量があれば、こうした魔法も使えるわけじゃ」
言葉を言い終えると、カーニスがよろめいたので咄嗟に吉野は肩を支えた。
「すまんのう。じゃが、これは誰にでもできるわけじゃあないんじゃ。この石と、あとはわしの中の記憶じゃな」
近くに用意してあった椅子を持ってきて、カーニスを落ち着かせた。
「情けないのう。昔はもっとかっこよくできたもんじゃったが」
少しばかり咳き込んだカーニスの息が整うのを待っていた。
「あの、かなり無理をされたんじゃ」
吉野が心配そうに言葉をかける。
「いやいや、基本的にはちょっとしんどいくらいのもんじゃ。どうじゃ、お前さんらが使った魔法には似ておったかの?」
「たぶん、魔法の大小はあるかもしれませんが、発想は似ているように思いました」
「一つはわしは炎の精霊をかつて見ることがあってな、その記憶が概念に深くかかわっておっての、そしてその精霊の力を借りるという言葉で、発動したわけじゃ。じゃが、この言葉、つまりゲートを開くということになるんじゃが、ゲートを開く際には特別に魔素が必要となる。おそらく、お前さんらはわしらとは異なった概念を複数持っていることと、ゲートを自力で開けるだけの魔素量がある、ということなんじゃろうと思う。わしの中にはもはやゲートを開けるだけの魔素量はないんじゃが、この魔吸石の魔素を使わせてもらったわ」
小さいころはそういう魔法の使い手は一定数おったらしいと母に聞いたことがあったのう、とカーニスは言った。
「つまり、詠唱文そのものが魔法の威力に直結するのは事実だということなんですね」
「ああ、そうじゃ」
「魔素の量を増やせば魔法の威力が上がるとも聞きましたが」
マルクスやグレンが言っていたことだった。
「ある程度は上がる。じゃが、結局ゲートが小さいから送れる魔素、実体化に伴う魔素に限界があるということじゃな。じゃから、ゲートを広く開けるための詠唱文にすれば、威力は上がるが、その分の魔素も膨大なものになるわけじゃ。ほとんどの者はゲートにふさわしい魔素を送れんじゃろう。その場合は発動はせんのんじゃ」
「一般的な魔法が比較的短い定型文なのは……」
「複雑な詠唱文に耐えうる使用者がいない、というのが大きな要因じゃな。そして、強すぎる魔法は争いのもとでもある。歴史の必然として、定型文に落ち着いたのは不思議なことではないんじゃろう。今でも変わった詠唱文で魔法を使える者はおるんじゃがの」
しかし、そう考えると……。吉野と橘が考えていることは同じことだった。
「私たちの存在って結構やばいんじゃないです?」
「ああ、相当やばいと思うわい」
「ですよねー」
そうなると、今後ろに控えているクリスの存在が妙に気になり始めてきた。
そっとクリスの方を吉野が見つめると、しかし表情一つ変えていない、いつものクリスが立っていた。少なくとも、この状況になることはクリスの想定内であった。
「お前さんらが誰の言葉を信じるのかはわしにはわからん。わしにも打算が働いておるかもしれんからの。ただ、クリス様はお前さんらの味方になってくれるじゃろう」
「グレンは?」
橘が問うた。訊くべきかどうか悩んでいた表情である。
「グレンちゃんは、そうじゃのう。できれば信頼してくれるとわしは嬉しいのう」
カーニスとクリスとグレンに、どのようなつながりがあるのかは二人には見えない。そもそもこの3人も信頼をすべきかどうかも悩ましいところである。
二人は返事もできずに、ただ曖昧に頷くだけであった。
王城に戻る時に、それまで黙っていたクリスが口を開いた。
「いいのか? 私が護衛をしても」
予想外の言葉だったので吉野はすぐに答えが見つからなかったが、たどたどしいながらも答えた。
「私たちの価値というものがなんとなくわかりましたが、そのままにさせているのも何らかのお考えがあるからなんだと思っています。それはクリスさんもマルクスさんもグレンも、そして国王もそうなんでしょう。それに、私たちが何もしなかったら、それに越したことはないんでしょうし」
正直な気持ちを述べた。
「王家や貴族たちはそれほど悠長なものではないと思うが」
含みのある言い方だった。自分たちが魔法と詠唱文の関係を知ってしまった以上、これまでと同じようにというのはいかないのだろうとも思っている。
「その時はその時ですし、私たちもこのまま飼い殺しなんてことは嫌ですしね。でも、この国には感謝はしてるんですよ。不満があるわけではないんです。ただ、私たちが普通に生きる権利を与えてくれればいいだけなんですが、普通に生きることが難しいんですよね」
「きっと、いつかはその事実を受け入れなければならない日はあったのだろう。それが今日か明日かの違いなだけで」
これもクリスの正直な言葉なのだろう。
「受け入れた上で、なおも相手方から立ちはだかってくるのであれば、私たちにも考えがあります。おそらく、そのことも想定内でみんな動いているんでしょうけどね」
一日でいろいろなことを知ってしまった二人には、この国で過ごす日々が残り少ないことを予期していた。これまで過ごしていた日々を懐かしむとともに、それらと決別しなければならない日を見据えていた。
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