第20話 魔道具屋のカーニス

 この頃には月に4、5回は街へと出かけていた。いまだに人の多さになれなかったが、季節が変われば街の雰囲気もいつの間にか変わっていく。大衆食堂へは毎回行っていたし、小物屋などへも足繁く通っていた。孤児院に行ってエサルと談笑したり、橘がパイプオルガンを弾く姿も見ることがあった。

 今日は魔道具屋へと行くことになった。

 魔道具屋は、地球でいえば電化量販店に近い。

 日常生活における家事や大工などの助けとなる道具が売られている店である。専門の職人が魔石を加工して発動させるのが魔道具である。大がかりな装置もあるようだが、そのような場合は国や高位貴族が特別に場所を設けていることが多い。冒険者用の魔道具もある。

 吉野たちが持っている言語翻訳の腕輪や髪の色を変える首飾りも魔道具の一種である。電池が切れたら使えなくなるのと同じように、魔道具も魔素が切れたら効果がなくなる。

 ただ、二人の持っている腕輪や首飾りは使用者の魔素を吸収して利用するタイプのものらしく、二人の魔素がなくならない限りは永久的に使えるとグレンは言っていた。

 トニーに案内された魔道具屋には行ったことはあったが、今日行くのはグレンに紹介された店だった。

 生活に慣れたというよりもう少し変化が欲しいという感覚に近かったのは吉野よりも橘の方だった。もちろん、その飽きたという感覚も些細なものに過ぎなかったが、もともと優秀な彼は短期間でこの国の音楽については学び終えていたようである。

 最近の橘のことが少し心配だった吉野は気分を変えるために何か良い案はないかとグレンに尋ねたら教えてもらったのだ。

 護衛は、クリスだった。さすがに悪いですからとやんわりと断る吉野だったが、クリスの方も折れなかった。今回だけですよ、とお願いをしてなんとかその場が収まったのだった。

(といっても、次回も同じやりとりをするんだろうな)

 正直な気持ちとすれば、クリスの護衛は頼もしかった。実のところ、街へ行く度に、クリスが護衛を務めることの方が多かったのだった。


「いらっしゃいませ」

 店員は老婆が一人だけであった。あらかじめグレンから聞いていたので心配はなかった。エルフと呼ばれる種族のようである。長命で見た目も美しいままで自然とともに暮らす、というイメージ通りではなかったが、あまりそれについては吉野も橘も気にしていなかった。街中にも橘の言う他種族がいっぱいいたので、エルフを見たところで今さら驚くことはない。

 客は吉野たちの他にはいなかった。

 田舎の小さなパン屋のように、棚にさまざまな魔道具が陳列されていた。店内の雰囲気は暗かったが、汚さは感じない。むしろ、埃すら落ちていないほど店内は清潔に保たれていた。

(こういうのも魔法や魔道具の力でなんとかなるものなんだろうか)

 一家に一台欲しいな、などと見ていたところに、老婆が話しかけてきた。

「こんな魔道具屋にいらしてもらって」

 正直ウィンドウショッピングのつもりであったが、もちろん何か欲しいものがあったら購入しようと考えていた。

「いえいえ。私も魔道具についてはまだどういうものがあるのか知らなくて、よろしかったら説明をしていただけませんか?」

 老婆はカーニスという名であり、吉野の言葉に嬉しくなり様々な魔道具の説明をしてくれた。

 雨水や汚水を綺麗な飲み水にする魔道具や、一定量の風を長時間発生させる魔道具、擬似的な日光を発生させる魔道具や土に養分を与える魔道具などがあった。家用のものと、旅用のものと、趣味用のものと、用途に応じた魔道具が所狭しと置かれている。

「植物を育てるのに良い魔道具がたくさん置いてあるんですね。他の魔道具屋にはないものがいっぱいです。どういう原理なんだろう」

 吉野は率直な感想を述べた。気楽に家庭菜園なんてのもいいかもとも思っていた。


「最近じゃあ、使い捨ての魔道具が多くなってきて嘆かわしいものじゃよ」

「使い捨て、ですか?」

「ああ、ほら、この店からも見えるじゃろう、あの前の店なんかはつい最近出来た魔道具屋でな、魔石の採掘量が多くなってきたら、ああいう風に使い捨ての魔道具が量産されるんじゃよ。わしなんかはついもったいないと思ってしまうんじゃが、他の者はそうじゃないみたいでのう。今でも貴重には違いないが、魔石がもっと稀少な時代があっての。使い捨てて道ばたにそのまま捨て去るなんて、わしら世代には考えられんことじゃ」

 腕輪や首飾りのように使用者の魔素を利用する魔道具はその細工には多くの行程があり、その特別な技術料もあって高めに設定がされている。また、すぐに使えるようにある程度の魔素が詰め込まれた状態で売られることが多く、定期的に魔素を送り込まなければならないなど、魔道具の管理にも維持費がかかる。

 一方、使い捨ての魔道具は細工も簡単なもので、効率は悪いが安価なために使い勝手がよいらしい。ただ、カーニスの言うとおり、安価過ぎるものは容易に捨てられる。

(魔石が多くなってもこういう問題があるものなのね)

 吉野は地球資源の問題を思い出していた。

「私はカーニスさんのもったいない精神はとても大切なものだと思っていますよ」

 そんな言葉を吐きつつ、地球では「使い捨て○○」をよく利用していたんだよね、と吉野は思っていた。便利さの追及は人間に余暇を生み出す。しかし、その時間も結局別の雑用で埋められてしまうので、人類の幸福とはなかなか上手くいかないものだ。

「そうかい。若いのに見所のあるのう」

 どこか身につまされるような思いになった吉野は、何かを買おうと思っていたところ、橘が声をあげた。どこかウキウキしているように見える。

「ねえねえ、おばあさん。この袋ってどんな効果があるんですか?」

 橘は小さな袋を手にしながらこちらへやってきた。いくつかの魔道具屋には行ったことがあったが、袋は初めてだった。橘は袋が好きなのだろうか。

「ああ、それは収納袋でな、そうじゃな、この店くらいの物は管理できるものじゃ。空間魔法は見たことはあるかの? 部屋を作るのは庶民には高嶺の花じゃから、こうして運べるようにしておる袋での。どちらかといえば、移動する旅人や商人が使うものじゃな。そこらの物とは違ってちと便利に細工されておるんじゃがな」


 初めて転移した日に乗せられた馬車がおそらく空間魔法と呼ばれるものだった。ドアが別の空間に通じているのだった。あれはドア自体が魔道具になっているのだという。

「やっぱりそうだったんだ」

 これも彼の知識にあったのだろうか、案の定という表情をした。

「でも中身はただの袋ですよ。ほらこのとおり」

 橘は袋を広げて、底を見せてきた。確かに中には何も無い、ただの袋である。

「ああ、それも魔素が切れてしもうたか……」

 ちょっと待っとれ、と言うとカーニスは店奥から水晶玉のようなものを持ってきた。

「これを使って魔素を込めていくんじゃが……。ああこれももう空じゃったか」

 どうやらこの水晶玉は魔素を溜めて他の魔道具に魔素を供給する魔石のようだったが、その魔石も魔素が尽きているようだった。透明な水晶玉は魔素の切れた魔石であり、実際には赤い石であるという。色が薄くなると魔素がなくなっているということだった。

「もう何年も売れておらん袋じゃ、せっかくじゃからあんたに差し上げよう」

「ええっ、おばあさん、お金を払いますよ!」

 橘もそれはさすがに悪いと感じたのか、遠慮する。これまで何軒かの魔道具屋を見てきたので相場はわかる。この魔道具の値段は決して安いものでもないだろうと思ったからである。

「いやいや、もうこのあたりが引き際じゃと思いつつあったんじゃ。その袋が空じゃったら、他のも近いうちに動かんくなるじゃろう。いくつかの魔道具も動かんくなっておるからの。この魔石に込めるだけの費用もないわけじゃないんじゃが、それももうええかなと思うとったんじゃ」

 いきなり閉店セールのような雰囲気になったので内心背中を押してたようで焦ってしまったのだが、カーニスの言葉からは多少の失望というか、社会についていけなくなった哀しみを感じ取ってしまった。先ほどの魔道具の話も関係しているのかもしれない。


 少し橘が思案をして、「じゃあ」と言いながら吉野にアイコンタクトをした。

(ああ、それね。うーん、どうなんだろう)

 吉野はずっと黙ったままのクリスに視線を送った。その意図を悟ったクリスは、ただ「あなたがたを縛るものはないはずだ。好きにするといい」とだけ言ってくれた。

 それを確認した橘は、カーニスに水晶玉を貸してくれるように言った。

「構わんが、どうするんじゃ?」

「えへへ、魔法袋の代金だと思ってよ」

 橘はそう言うと、空になった魔石である水晶玉に、魔素を注入していった。

(グレンくんから魔石に魔素を込める方法は学んだんだよね)

 魔力の操作とともに、それを体外へと放出する練習の一貫として、空になった魔石に二人とも魔素を注入したのだった。

 4、50個はあった魔石にわずか数分で魔素を満タンに込めた二人は、それでも疲れを見せずにけろっと「もうないの?」と声をそろえて言った時には、さすがのグレンも舌を巻いたのだった。ちなみに、これらの魔石には後日相当な報酬がついてきた。

 これらは魔石というよりは正確には魔吸石という。その名の通り、魔素を吸収する石である。

 一般的な鉱石に魔素が凝縮される石を魔石と呼ぶが、魔素を保存して留める石が魔吸石であり、カーニスが持っているのがまさにその石であった。一般的な魔石よりも効率よく吸収することができるようだった。

 ただし、カーニスの持っている石はグレンに持たされた石よりも遙かに大きい。占い師が使う水晶玉ほどの大きさである。個人の魔素量はある程度決まっているので、このような魔吸石に平時から魔素を溜めておいて、いざという時に使うという使い方もあるようだ。

 深呼吸をして橘が魔素を込めていく。橘が集中する時によく行うのは深呼吸であった。おそらく彼にはこの店とは違う風景が見えているのだろう。

 1、2秒経ち、すぐに水晶玉が濃くなっていく。やがて10秒、20秒が過ぎ、1分程度だったろうか、まだまだ余力のありそうな橘だったが、「こんなもんで大丈夫かな」とカーニスに魔石を手渡した。先ほどの透明感はすっかりなくなり、赤色ではなく黒々とした石になっていた。

「先生と前にやった時よりはやりがいがありましたよ」

 あの時も一つの石に長くても10秒程度だったが、この水晶玉の容量はずいぶんと広くて深いもののようだった。

「これはなんと、長生きはしてみるもんじゃな。こんなに澄み切った大量の魔素は久しぶりに見たわい」

 興奮したカーニスはそう言うと、魔法袋に魔吸石を近づけて袋に魔素を流し込んでいるようだった。こちらは数秒で貯まったようで、その袋を橘に手渡した。

「これで空間ができとるじゃろう。あとはあんたの側に置いておくだけで自然に供給されるようになるじゃろう」

 先ほどと同じように袋を広げてみると、確かに中に空間が発生しているようだった。

「うわ、すご! これめっちゃ便利な袋じゃん。そうそうこれが欲しかったんですよ」

 荷物という大きな荷物を二人は持っていたわけではなかったが、一つ持っておくだけで十分生活の助けとなるものだった。

「ほほほ、そうじゃろう。この袋も簡単なようでなかなか難しい袋なんじゃ。せっかくじゃ、お嬢さんにもこちらを差し上げよう」

 カーニスは別の袋を吉野にも渡した。これも魔法袋であった。案の定魔素が入っていなかったようなのでカーニスは供給していった。

「いえ、こんな貴重なもの、申しわけないですよ。せめて代金を支払わせてください」

「なんの、この魔素に比べたら砂のような値段じゃよ」

 ホクホクの水晶玉を嬉しそうにカーニスは見つめたりほおずりをしていた。

 魔素の値段や相場について吉野たちはある程度知っているものの、「遠慮せずにもらっておくといい」とクリスが言ってくれたので、ありがたく吉野ももらうことにした。


 カーニスはまた、黒々とした石を持つと、他の魔道具にも魔素を込めたようだった。暗かった店内に爽やかな風が流れ込んできたかのようだった。何かの音がなる魔道具、少しばかり移動をする魔道具、これがこの店本来の姿なのであった。清澄な空気が流れている。

「うわ、今のってここの全部の魔道具に魔素を込めたんですか? おばあさんもやりますね」

「いやいや、それでもなおこの魔石の魔素が微塵も減っていくことはないわい。ちっとやり過ぎなくらい魔素を込めたんじゃろう。驚くのはしかし、まだまだおぬしに余力があるところじゃな」

「へへ、わかります? まだまだ余裕ですよ」

 カーニスも興味津々の顔をしている。これで閉店セールがなくなってくれたらいいんだけど、と思いながら、吉野は橘と魔素の注ぎ込まれた魔道具を見ていった。


「クリス様、ありがとうございます」

 二人が聞こえないところで、カーニスがクリスに感謝の言葉を述べた。

「ふっ、あなたもなかなかの役者だな。話はあったのだろう?」

 クリスもカーニスに言葉を返した。

「グレンちゃんもこんな婆に気を遣わずとも良かったんですがの」

 大はしゃぎする吉野と橘を目に入れながら二人は会話を続けた。

「その魔素量、売って白金貨に直せば老後も安泰だな」

「はっはっは、ご冗談を。老後どころか知り合い全員で分けても数世代は問題なく暮らせますわい。まあ、今しばらくはお二人に感謝をして店を続けさせてもらいます」

 カーニスも満更ではない様子である。エルフとして長命のカーニスの知り合いとなれば、普通の人の比ではない。それだけの価値があるのだった。

 カーニスはグレンから話を聞くまでは転移者の力を信じられなかったが、数十人の魔術士が込めても追いつかないほどの魔素を目の前であっという間に込めた光景は忘れられない。魔素量のみならず、瞬間的に魔素が放出される速度も常人とは異なる。つまり、溜めの状態がほとんどなく魔法を瞬時に発動できるということである。

「ですが、あのお二人、実に危うい立場でございましょう。私も微力ではありますが助力をしたいと思います。仲間にも伝えておきます」

「そうか」

「しかし、この婆の目にはお二人がこれからなすことにも期待をしておりますじゃ。ふふ、まだまだ長生きはしとうございます」

「ああ、私もだ」

 そしてできることであれば、クリス様もとカーニスは人知れず静かに祈っていた。

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