拙者片恋の破綻大好き侍のこと



 僕は、使い古された表現だが、“どこにでもいる普通の高校生”というヤツだ。

 

 根戸羅ねとら学園に入学した僕は、無難な毎日を過ごしていた。

 陽キャなんて間違っても言えないけれど、陰キャというほど暗くもない。

 スクールカーストの頂点に立つ方々とは無縁で、見下されるようなカースト最底辺とも接点がない。

 友達はいて、勉強は中の上、運動はそこそこ。

 つまりは波風の立たない、無難で普通に平穏な学校生活だ。


 それに変化があったのは二年生に上がって、クラス替えをした時だ。

 幸いにも友達も同じクラスになれた。これで孤立することはないと安堵していた。

 そうして最初の席替えの時、僕の平穏に初めてさざ波が起こった。


「隣の席ですね。よろしくお願いします」


 艶やかな長い黒髪の、すらりとした涼やかな美少女。

 神無月沙雪さんと隣同士の席になったのだ。

 

「……どうかしましたか?」 


 きょとんと、不思議そうにしている。無防備な表情がどこか幼く感じられる。

神無月沙雪と言えば学園でも有名な女子生徒だ。

 目が覚めるように美しいというだけでなく、大手デパートの代表取締役の娘……つまるところ大会社のお嬢様なのだ。

 かと言ってそれを鼻にかけたりせず、スクールカースト上位のグループに混じってバカ騒もしない。

 落ち着いた性格の、清楚という表現がぴったりくる美少女である。

 ※顔の良さに誤魔化されていますが沙雪ちゃんは単に陰キャ寄りのぼっち気質なだけです。パリピとか彼女にとっては「バルス!」に相当する滅びの呪文になります。


「あっ、いや! こ、こちらこそ、よろしく……」

「はい」


 くすりと柔らかく微笑む。

 こうして僕は、学園でもトップクラスの美少女とお近づきになった。

 つまらない授業が楽しみになるくらいだ。

 時折僕は、ちらりと隣を覗き見る。

 真剣に授業を受ける神無月さんの横顔があまりに綺麗で、見惚れてしまうことなんてしょっちゅうだ。


「おい! なぁに神無月を熱視線送ってんだ、お前は! 165ページ、問い三の答えは!?」


 そのタイミングで先生に当てられて、まごまごしてしまう時もあった。

 そんな時、彼女は呆れたりせずに「これですよ」と答えを教えてくれる。

 隣の席の男子にじっと見られていたなんて教室で指摘されても怒ったりしない。恥ずかしい思いをさせたのにその後も普通に接してくれた。

 カッコいい男子と接する時だけ態度が違う女子は多いが、神無月さんは違う。

 僕みたいなフツメンが相手でも、サッカー部のイケメンが相手でも同じように話す。

 綺麗で優しくて、誰とでも平等に接する。僕は神無月さんに、どんどん惹かれていった。


「神無月さんって、頭いいよね」

「そんなことありませんよ。ただ予習復習をかかしていないだけです」

「それがまず僕には無理だ……」

「いけませんね。私たちも、もう二年生ですから」


 僕達が喋るのは授業前の短い休み時間のみ。

 昼食は一年生の友達や先輩と食べるそうで、昼休みを一緒に過ごしたことは一度もない。

 一度見かけたけど先輩というのは「英子先輩」と呼ばれた、メガネをかけた女子。一年生はショートカットの「茜」というらしい。なんと言うか、こういうのも類は友を呼ぶというのか。

 美少女の友達は軒並み美少女だ。「茜」という後輩は、胸の膨らみが一年生とは思えないことになっている。

 校内を見る限り、親しい男子はいないようだ。

 というより、男が苦手なのか。男子とは二人きりにならないように行動しているように見える。。※理由は言わずもがな。

 なんと言うか、初心だなぁとちょっと微笑ましくなる。

 同時に、その事実に安堵してしまうくらい、僕は神無月さんのことが気になっていた。


「か、神無月さんはさ。大学、もう決めてるの?」

「都内の経営学部に。そこから大学院を目指そうと思っています」

「それって、やっぱり将来は会社経営を、ってこと?」


 彼女は経営者の娘だから、いずれはそちらに就職するための前準備、という感じだろうか。


「はい、家族のために頑張りたいですから(いずれ妻になる身として)」


 やっぱりお父さんの手助けをするためらしい。

 すごいなぁ、と素直に思う。

 けれど彼女は時折の教室の窓から空を眺める。

 綺麗なのに、どこか切なくなる表情。




 神無月さんは、愁いを帯びたその瞳で、一体なにを思っているのだろうか。




 ◆




 神無月沙雪は教室から空を見上げながら、ふと考える。


(私、もしかして地味なのでは……?)


 現在、沙雪はハルヴィエドとお付き合いをしている。

 関係は良好。恥ずかしがり屋だが彼はしっかりと愛情を伝えてくれるし、もちろんこちらからも想いを隠すことはしない。

 会社の方が忙しいだろうから無理はさせられないが、暇を見つけてデートもしている。

 ハルヴィエドの愛情を疑うことはない。

 ただ、時々思う。

 彼の周りにいる女性は、容姿に優れすぎてはいないかと。


 まずはレティシア・ノルン・フローラム。

 元デルンケム四大幹部にして、現在は第一秘書としてハルヴィエドを支える才媛だ。

 SNSでは美人過ぎる秘書として、まるで彼の恋人のように騒がれているが、実際は喫茶店のマスターに懸想しているので問題ない。


 むしろメインは第二秘書リリア・ヴァシーリエヴァの方だ。

 一つしか年齢が違わないのに、沙雪を遥かに凌駕するスタイルを有するロシアの血が流れる美少女。

 その容姿もさることながら、彼女の抱く感情は、社長に対する尊敬や信頼を大幅に超えている。

 もしもハルヴィエドに「メイド服を着て“もえもえきゅーん”で毎朝起こしてくれ」と頼まれても喜んで応じるレベルである。沙雪が応じないとは言ってない。


 次にヴィラベリート・ディオス・クレイシア。

 自身の性別を女性に決めたヴィラは株式会社ディオスの専属モデルをしており、その麗しさから大人気だ。

 容姿という一点において、正直彼女には敵わない。

 妖精姫の名を冠する沙雪だが、本当に妖精と呼ばれるべきはヴィラベリートのような現実離れした可憐な少女だろう。

 なお口を開けばあまり可憐な言葉は出てこない。

 最近の話題はもっぱら機動戦士ガ〇ダムSEED FREED〇Mであり、この前会ってお茶をした時は、いかにズ〇ックに乗って登場したアス〇ンが素晴らしいかを語ってくれた。

 同じくその場にいたミーニャが「真に尊ばれるべきノ〇マン、にゃ」と口にしたがケンカにはならない。悪の組織の首領様は「パイロットも艦長もクルーも整備士もみな必要なのじゃ」の精神で、結局全員好きだしキ〇の成長も嬉しくロリ女王レクイエムだった。


 そこで、最初の「自分は濃すぎる女性陣の中で地味ではないか」に戻る。

 もっとも、ヴィラにしろリリアにしろ、あまりにいい子過ぎて恋敵にはなりようがない。

 彼を慕っているのは間違いないが、もしもハルヴィエドと沙雪の関係がぎくしゃくしようものなら、間違いなく自分のことは後回しにして彼を彼女を支えようとするだろう。


 しかしそれに甘んじてはヴィラたちに申し訳ないし、胸を張ってハルヴィエドの隣に立てるよう努力するべきだと沙雪は考える。

 ※今、(張る胸なくない?)って思った人は沙雪ちゃんに「最低ですね……」って言われながら頭を踏まれてぐりぐりされます。


 まとめれば、「地味だからと己を卑下せず、彼のためにできることを頑張る」という当たり前の結論に行き着く。

 つまり、野菜ジュースの開発である。


(ハルヴィエドさんの好物はカップラーメン……。インスタント食品は身体に悪いけど、好きなものを食べられないのは辛い。ならカップラーメンを作るべきかと最初は考えた)


 しかし途中で気付く。

 そもそも健康どうこうの話をするなら、インスタントなんて初めから食べない。

 野菜入りのヘルシーラーメンや青汁を麵に練り込むようなタイプを彼は選ばないはずだ。

 であるからこそ、沙雪が提案するのは野菜ジュース。

 カップラーメンに添えて手軽に今足りない栄養素を補給できる、野菜の種類ではなく栄養素ごとに選べるセレクト式野菜ジュースこそが必要なのだ。


(彼の食生活を気に掛けるのも内助の功のうち。頑張らないと)


 教室の窓から空を見上げながら、沙雪は小さく頷く。

 頭の中で展開される理論のため誰も突っ込みを入れてくれないのですが、たぶん彼女は内助の功という言葉を勘違いしている可能性があります。




 ◆




「それでは、さようなら」

「う、うん。神無月さん、ま、また、明日」


 放課後、僕はいそいそと教室を出る神無月さんを見送った。

 帰りに挨拶するくらいには親しくなれた。

 このクラスどころか学校内でも彼女と一番仲のいい男子は僕だという自負がある。

 もしかしたら、もっと親密になれれば……なんて期待をしてしまう。

 僕はこれからの明るい学園生活に胸を弾ませた。




 後日、神無月さんのお父さんが経営する高級百貨店【杵築きつき】から、新しい野菜ジュースが発売された。

 コンビニ弁当やインスタント食品に頼らざるを得ない忙しい社会人向けの、足りない栄養素別に選べる飲みやすい野菜ジュースである。

 ブランド名は「桜隠し」。春の雪を意味する言葉だそうだ。

 この商品の提案をしたのは神無月さんだとネットニュースに書かれていた。

 そのせいでウチの学園の男子が百貨店に殺到したのは言うまでもない。

 もちろん、僕もその一人だった。






 更に後日。


「へえ、美味しいね」

「よかった。いくら言っても無理をする誰かさんを、少しでも支えられるのなら嬉しいです」

「まいったな……」


 野菜ジュースをネタにイチャコラする男女がいたとかいないとか。







403:ハカセ

 いやぁぁぁぁぁぁ、野菜ジュースって美味いなぁぁぁぁぁ!


404:名無しの戦闘員

 なんだいきなり


405:ハカセ

 聞きたい? あっ、聞きたい?

 ワイがフィオナたんをお膝に乗せて、ワイのために

 ワ・イ・の・た・め・に !

 開発した野菜ジュースをごくごく飲んだお話聞きたい?

 もぉー、にゃんj民はほしがりさんやなぁwwww


406:名無しの戦闘員

 うわぁ……


407:名無しの戦闘員

 コイツ定期的にウザくなるな


408:名無しの戦闘員

 でも聞きたくないと言えないのが悲しい……

 

409:ハカセ

 オマエラ……愛って、いいもんやで? 

 なんで「美味しい」って書くのか分かったわ

 美しい心こそが人を癒す味を作るって、昔の人は知っとったんやな……


410:名無しの戦闘員

  ハカセキモイ


411:名無しの戦闘員

 ちょっと妖精姫と付き合ってるからってよぉ! アァン!? 


412: 名無しの戦闘員

 よくよく考えたら妖精姫と付き合ってるってちょっとじゃねーなw 







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