まいっちんぐアニキ先生のデルンケム講座・前編
◆
442:ハカセ
この前な、アニキの喫茶店行ったんや
新作のチョコムース&チーズケーキラズベリーソース掛けを食べるために
これ絶対うまいヤツーってうきうき気分でお店に入ったらフィオナたんがおった
ワイに気付くとフリフリ手を振ってくれてな
かわええ
443:名無しの戦闘員
アニキの喫茶店、正義と悪の溜まり場になってんな
444:名無しの戦闘員
しかも首領ちゃんもおるからな
445:名無しの戦闘員
いや首領ちゃん悪でカウントされてるから
446:名無しの戦闘員
?
447:名無しの戦闘員
なんで理解できてねーんだよ応援し隊w
448:ハカセ
エレスちゃんにルルンちゃんに猫耳くのいちも一緒にお茶しとった
猫耳も馴染んだなぁと嬉しく思いつつ、ワイほんのちょっとだけ寂しい……
449:名無しの戦闘員
ああ、お茶するのに声かけられなかったのか
450:名無しの戦闘員
よくあるよくある
俺も同窓会一人だけ呼ばれなかった
451:名無しの戦闘員
ハブられハカセ
452:ハカセ
そうやなくて
猫耳の成長が嬉しくもあり寂しくもありって話や
ただなぁ、たぶんあの子またワイを弄ってたんやろなぁ
ホワイトボードが大変なことになっとった
453:名無しの戦闘員
ホワイトボード?
◆
高校二年生になった神無月沙雪の生活には、少なからず変化があった。
この春から結城茜とミーニャ……葉加瀬美衣那が新一年生として根戸羅学園に入学し、ここ最近はお昼を一緒に食べている。
「沙雪パイセン、茜。私の作ったおべんと、ちょっと食べる? にゃ」
「いいの? じゃあ、いただくね。でもパイセンはやめてもらえる?」
「にゃ?」
「にゃではなく」
将来の義妹との関係は良好だ。
年齢は沙雪が上でもお互いに冗談を言い合えるくらいに親しくなれた。
「美衣那ちゃん、料理上手だよねぇ。ボクも最近は頑張ってるけど、全然追いつけないや」
「年季が違う、にゃ。ハル好みの味付け、教える?」
「え? ……う、うーん、どうしようかなぁ」
茜は元々バスケ部で、膝も治ったから高校では運動系の部活に入ると思っていた。 しかし彼女は料理研究部に入部して、毎日頑張っているようだ。
美衣那の方はデルンケムの幹部としての仕事があるため、部活に所属するつもりはないらしい。
沙雪も帰宅部なのは同じ。ただ彼女の場合は人付き合いが苦手なせいもある。
加えて合同会社ディオスの社長代理である葉加瀬晴彦やモデルのヴィラベリートと懇意にしていることバレてからは「紹介して」と頼んでくるクラスメイトが増えたせいで、意識的に距離を取っていた。
つまるところ沙雪は根本的にボッチ気質なのである。
「沙雪にはしっかり仕込むから安心して」
「ありがとう。ならお言葉に甘えようかな?」
その分だけ親友である茜や萌や美衣那、頼れる先輩な久谷英子に対する愛着は強い。
今ではヴィラベリートやその義兄ゼロス、レティシアやリリアといったデルンケム関連の人達とも親しくなった。意外とタキシードマッチョ様……レングともそこそこ喋ったりする。
そしてなにより、ハルヴィエドとも、とてもうまく行っている。
最近は毎日が楽しくて仕方がなかった。
休みの日になるとゼロス……日本名、大城零助が経営する喫茶店ニルでお茶をする機会も多い。
今日は沙雪と友人たち以外に客はおらず、貸し切り状態だ。
「やっぱり、マスターのケーキは美味しいね!」
茜が嬉しそうにケーキを頬張っている。
沙雪は勿論、いつものメンバーは全員がマスターの作るお菓子のファンだ。甘いもの全般が好物の萌は特にこのお店を気に入っている。
「朝比奈さんは、一番のお得意様だな。時々、中学の友人達とも来てくれる」
「えへへ。マスターのお店は、私のクラスでも人気なんですよ」
(ハルとヴィラの三人で遊びに来ることもあるのは、神無月さんの手前内緒にしておこう)
零助が妙に優しい瞳で見つめてくる。
こんな穏やかな人だけど、元悪の組織の統括幹部だったらしい。店主としての穏やかな振る舞いしか知らないので今一つ想像がつかなかった。
美味しいケーキと紅茶をお供にすれば会話にも花が咲く。他の客がいないおかげでいつもより少し騒がしくなった。
一頻り喋ったところで、沙雪はふと零助に質問を投げかける。
「そう言えば、マスターはデルンケムの統括幹部、だったんですよね?」
「ああ。一応な」
「晴彦さんが、“アニキは組織最強の男にして運営の要だった。あの人がいなければ今の組織も存在していない”と誇らしそうに語っていました」
「まったく、あいつは……。ハルは身贔屓がひどいから、話半分どころか四分の一くらいで聞き流しておいてくれ」
零助が恥ずかしそうに頬をかく。
微笑ましく思うと同時に、ちょっとの嫉妬もある。沙雪とてハルヴィエドと親密にしているが、零助ほどの信頼はまだ得られていない。
けれど妬みで相手を下げるよりも、自らを磨く方が性に合っている。
これから長い歳月を寄り添い、いつか彼が“沙雪は私の誇りだ”と誰かに語れるような自分になれたなら、こんなに嬉しいことはないと思う。※まだ婚約とかしていません。
「そう言えばボク、デルンケムのことってあんまり知らないや」
話題がデルンケム関連に移り、茜が何気なくそう言った。
もともとロスト・フェアリーズの面々にとって、デルンケムは「異次元からやってきた悪の組織」であり「怪人や戦闘員を使って侵略を仕掛けてくる悪い人達」以上の情報はなかった。
ハルヴィエドからの断片的な情報を聞いてはいるが、沙雪も詳細までは知らない。
「統括幹部って、すっごく偉い人なんですよね? 美衣那さんも、私達とあまり変わらない歳なのに幹部」
「にゃ。これでも情報調査局のトップ」
美衣那の口から新しい単語が出てきて、萌も小首を傾げている。
喫茶店ニルのウェイトレスである英子や秘書のリリアも、元はデルンケムの戦闘員だと聞く。自分たちとほとんど変わらない年代の少女が組織の構成員と考えれば奇妙な印象を受けた。
沙雪が不思議に思っていると、零助が先回りして答えた。
「なんだ、デルンケムの内情について知りたいのか?」
「あ、いえ、そこまでは」
秘密結社について知りたいと言われても困るだろう。
そう思って沙雪は否定したが、肝心の元統括幹部は穏やかに笑っている。
「別に簡単になら説明するぞ。ああ、ハルに聞けば普通に教えてもらえると思うが、どうする?」
「ええ、と。……………なら、教えて頂いてもいいですか?」
多少の葛藤はあったが、結局沙雪は好奇心に屈した。
将来のことを考えれば夫の所属する組織について見識を深めるのは役に立つはずだ、なんて考えながら。
◆
喫茶店の表にcloseの札を掲げてから零助が解説を始めた。
しかもわざわざホワイトボードまで準備して、まるで塾の講師のような振る舞いだった。
「さて、神霊結社デルンケムは先代首領であるセルレイザ・グラン・クレイシアが作った組織だ。もとは下層……あー、スラム街のならず者の集団で、組織として体系化されたのはハルや俺が入ってからだけどな」
沙雪たちは静かに耳を傾ける。
意外と興味があるのか、萌は前のめりになっていた。
「俺が組織に入ったのは10歳の時。その頃は純粋な、暴力による強奪を旨とする犯罪集団だった。幹部であるレングは俺より少し後に入った。で、俺は12歳で先代の養子になり、14歳の時にヴィラが生まれた。ただ、ヴィラの母親は下層の生まれだが体が弱くてな。組織にはついてこれず病没したよ」
「それって、あの部屋の……」
萌がよく分からないことを呟いている。
何故か、少し目が潤んでいた。
「義父さんは、後妻を迎えることはなかった。だから先代の直系はヴィラのみ。だが、あの子も体が弱く、義父さんはどうにかしようと躍起になっていた。そこで目を付けたのが、下層にすら名が届くほどの天才神霊工学者。……当時17歳の、ハルヴィエド・カーム・セインその人だった」
ガタッ、とそれぞれが反応する。
沙雪や美衣那は勿論のこと、萌も茜もだ。やはり近しい人の名前が出てくると、こういう話は俄然魅力的になる。
「俺が19歳で、ヴィラ5歳の時だな。正直、デルンケムの構成員の誰もが驚いていたよ。なにせ神に愛されたとまで謳われた男。有り余る栄誉を約束されながらその全てを捨て、下層の犯罪集団のカシラを“セルレイザ様”なんて呼んで敬っているんだ。悪い冗談としか思えなかった」
言いながら、懐かしそうに零助は微笑む。
沙雪もハルヴィエド自身から聞いている。彼は先代首領セルレイザに父の面影を見ていたらしい。
「あと、あの容姿でしかも17歳の若さだからな。ウチの奴らも色めきだったよ。当時は線も細かったから、男ですら見惚れてて笑えた。実は神霊結社って名前自体、あいつがもたらした神霊工学の技術によるものだ」
沙雪は思わずピクッと反応してしまった。
なお美衣那もピクッ、だったし萌もピクピクッで、茜もピクッだった。
……あれ、なんで茜も?
「話の続きだが、ハルの診断でヴィラの病気の正体が“空気に対する過敏症”だと分かった。だけど病気というより体質だったらしい。完治の手段はない。なのにハルの奴は平然と言うんだ。“問題はこの世界の大気組成なのだから、こことは違う場所を造ればいいだろう”と」
一瞬空気が固まった。
その中でおずおずと茜が手を上げる。
「ごめんなさい、マスター。晴彦さんが何を言ってるのか分かりません!」
「安心してくれ、結城さん。俺もだ。異次元を歪めて居住スペースを作って、その上で基地を建設、空気自体も自前で生成するシステムを構築。人類史に残る発明をヴィラ一人のためだけに使って、しかもたった二年で異次元基地を完成させやがった。やってることはすごいのに、やってることが凄い馬鹿なんだよあいつ。感謝はしてるけどな」
……うん、なんというか。
ヴィラに対して甘いとは思っていたが、もうそんなレベルじゃなかった。
沙雪にとってハルヴィエドが大切な人であるのは間違いないが、それとは別に放っておいたらダメな人物なのかもしれない。
「いや、うん。ヴィラちゃんが懐くのも当然だよね……。スケールがアレ過ぎるけど」
茜もちょっと呆れ気味だ。
萌だけは純粋に「ハルさんすごいです。いいなぁ」と目をキラキラさせていた。
途中で英子もちょっと楽しそうに話に参加する。
「ちなみに私がデルンケム入りしたのは、基地建設の途中だよ。当時は9歳くらいだったかな? 孤児だった私を、零助さんが引き取ってくれたの。いつも面倒見てもらってたから、まだ幼かったヴィラ首領にぐぬぬされちゃったけど」
ああ、とても簡単に想像ができてしまう。
小さなヴィラが英子に対して「私の義兄様なのじゃ!」と張り合っている姿が。
「私は、家族の温もりを知らなかった。それを教えてくれたのはゼロスさん。あの時からゼロスさんは私の家族で、憧れで、誰よりも大切で大好きな人」
「うん、んんっ。さ、さて、話を続けようか」
英子の熱烈な告白に頬を赤くした零助が、無理矢理気味に誤魔化そうとしている。
ただ彼の方も憎からず思っているのは傍目にも分かり、沙雪たちはニマニマと微笑みながら二人を眺めていた。
「基地の完成からほどなく、ハルは幹部入りした。当時は俺とレング、ハルの三枚看板だ。俺とレングが強さで幹部をやっていたから、頭で昇格したハルはちょっと異質だったかもな。でも義父さんは……他の人と比べるとほんの少しだけ書類仕事が苦手だから、正直俺はハルにかなり助けられたよ」
そこからは零助の愚痴にシフトする。
組織は基本下層のならず者で構成されているため、大体頭が悪く組織運営等を一切考えていない。
そのため多くの雑務は零助と他数名で片付けていた。
頭脳労働が専門のハルヴィエドは救い手であり、裏方の苦労を分かってくれる有能な人材に零助は感涙した。
アニキ『よくぞ、よくぞ組織に入ってくれたハル! 俺はお前が来てくれて本当に、心ッから嬉しい!』
ハカセ『ええ、はい。アニキ、これからは私も雑事を請け負いますので、どうか泣かないでください』
みたいなやりとりがあったとか。
この辺りから戦闘員に安定した給与が払われるようになった。それ以前は山賊のように首領が戦果をがっつりとって、残ったものを戦闘員が山分けという形だった。
多くの戦闘員を養うために、他組織への技術提供・商売に手を出していったのもこの時期だそうだ。
「あれ? それってつまり、セルレイザさんって、何もしてないんじゃ?」
茜が悪気なくそう言えば、零助は苦しそうに声を絞り出した。
「いや、そんなことは、ないぞ? そもそも構成員は義父さんに惹かれて集まった奴らだから。義父さんがいてこそのデルンケムだ。ただ、組織としての体裁を整えたのは、ハルと俺と言えなくもない、かな?」
つまり意思決定はセルレイザであり他の雑事は全て零助というのが、ハルヴィエドが来る前の組織だったらしい。
義父をとても慕っていたのだろうが、擁護には大分無理があった。
「で、二年後。俺が23歳でハルが21歳の時に、当時17歳のレティが組織に入ってきた。その頃はもうハルが組織の体制を整えた後だから、民間軍事会社への就職みたいなもんだな」
「レティさんは、零助さんに一目惚れしてデルンケムに来た凄い人なんです。だからと言って私のことを邪険にしたりはしませんでした」
英子にとってはレティシアも大切な人なのだろう。語り口は弾んでいる。
沙雪からすると信じられないが、ハルヴィエドがいた世界は一夫多妻も一妻多夫も許されていたらしい。
……リリアの態度を見るに、こちらもその方がうまく収まるのでは? なんて考えてしまったのは内緒である。
「だけどさらに二年後、義父さんが亡くなった。あんなに強かったのに、病気で簡単に。組織は当時11歳だったヴィラが継ぎ、俺は統括幹部に収まったが、先代を慕っていた奴らは大規模離脱。減った戦力を補おうとスカウトされた中にいたのが、ミーニャだな」
「にゃ。入って半年くらいで幹部になったから、12歳の最年少幹部」
ちょっと誇らしそうに胸を張るミーニャ。
彼女はデルンケム入りした時点で諜報に関しては専門的な技術を有していたので、特に問題視はされなかったそうだ。
「そこからは皆も知っている通り、日本侵略を開始。ロスト・フェアリーズの面々が立ちはだかり、俺達は組織を抜けた。結果として、ハルには物凄い負担をかけたな」
「でも、そのおかげで私達は、ハルヴィエドさんと出会えました」
沙雪は万感の意を籠めて言葉を形にする。
始まりは敵としてだったが、生涯を共にしたいと思える人と縁を結ぶことができたのだ。
零助にはむしろ感謝したいくらいだった。
「うん、ボクも同じ気持ちだよ」
「私も、ハルさんのこと大好きで、大切な……友達です!」
茜も萌も抜けるような青空を思わせる、晴れやかな笑みを讃えている。
沙雪たちの心が伝わったのだろう、零助も心底嬉しそうにゆったりと息を吐いた。
「あいつは、出会いに恵まれたな」
「それは、マスターたちも含まれていると思います」
「神無月さん、言うようになったなぁ。成長したというか、ハルに染められたというか」
その物言いに、思わず沙雪は頬を赤くする。
「そ、そんな、染められたなんて……」
「うん、顔赤くしているところ悪いけど別に深い意味ないからな?」
………やらかした
羞恥に身もだえつつも、咳ばらいを一つ。
何とも言えない空気を振り払うように、零助が話を勧めてくれた。
「じゃあ、ついでにデルンケムの体制についても触れておこうか」
そうして零助は、更にデルンケムについて詳しく教えてくれた。
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