ネットロアのこと




【ネットロア】

 ネットロアとは、インターネット掲示板やブログ、SNSなどに由来する真偽不詳の噂を指す。

 インターネット+フォークロア(古くからの伝承)から造られた混成語であり、新しい形の都市伝説と言える。


「○○をすると意中の異性と恋人同士になれる」「エレベーターで特定の行動をすると異世界に行ける」「猫の忍者」「くねくね」「八尺様」「3Dキャラ動画配信者に中の人はいない」など。


 定義は非常にあいまいだが、ネット掲示板発祥の都市伝説はおおむねネットロアとして扱える。

 そもそも都市伝説とは「真偽に関わらず人々の興味を集め定着した噂」の総称だ。

 だからその形態を下敷きにしたネットロアも、同じく根拠や確証はどうでもいい。

 たとえどんな内容でもどこかの誰かが信じてまことしやかに語られるのならば、それは嘘ではなく伝承なのだ。




 ◆




549:ハカセ

 つまりな ネットロアの話や

 

550:名無しの戦闘員

 どうしたいきなり?


551:名無しの戦闘員

 ネットロアってあれだろ?

 インターネット由来の都市伝説


552:名無しの戦闘員

 なになに? 

 そろそろ30歳で童貞を迎えて魔法使いにクラスチェンジしそうな悪のヘタレ科学者の話?


553:ハカセ

 ちゃうもん、ワイはただ一途でフィオナたんのことを大切にしてるだけやもん

 それはそれとして、おまえらええか?

 こっからする話は全部与太話や

 

554:名無しの戦闘員

 おまえらいいか?

 にゃんjでする話なんざ最初から最後まで与太話だ


555:名無しの戦闘員

 事件も終わったし会社の方も順調っぽいし雑談くらいしかすることがない


556:名無しの戦闘員

 (*´Д`)ハァ……魔法少女ちゃん達がいなくなって寂しいよぉ


557:名無しの戦闘員

 ロスフェアちゃんでは補給できないフリル成分だったのに……


558:名無しの戦闘員

 確認する必要もないくらい554が真実すぎる


559:名無しの戦闘員

 レオタもいいけどフリフリもいいよね

 ネッコちゃんの和風魔法少女もいいしジュリアちゃんのメカ系も好き

 

560:名無しの戦闘員

 個人的には女の子だけじゃなくて男戦闘員のメタル兵も見たい

 SやかちゃんのピンチにN太郎が「獣甲着装!!」ってメタル・アーマー装備して戦うの


561:名無しの戦闘員

 それはもう特撮の正義側だから悪の組織がやっちゃいけないヤツだと思う


562:名無しの戦闘員

 今の時代なら敵側にも主人公側と同じ理論で変身・強化するタイプがいるべき


563:名無しの戦闘員

 なるほど

 つまり聖霊天装・首領ちゃんの登場が待たれる、と


564:名無しの戦闘員

 ロスフェアちゃんとの戦いを経て妖精と心を通わせ妖精姫となった首領ちゃんか……

 わりとエモいな


565:ハカセ

 うん、聞いて?

 この前、ワイの部屋で首領たちとドーナツもぐもぐしながらお喋りしとった時や


566:名無しの戦闘員

 なんだよハカセってば首領ちゃんネタもってんじゃん早く話せよぉ!


567:名無しの戦闘員

 応援し隊食いつき過ぎ問題


568:ハカセ

 ちなドーナツは猫耳お手製

 それぞれほうれん草・人参・かぼちゃを練り込んだ緑黄色野菜ドーナツやね

 これが野菜なのにおいひぃのよ

 しかも油で揚げずにふんわり焼き上げたベイクドタイプ


569:名無しの戦闘員

 何気に猫耳ちゃんは皆の身体を気遣ってるよね


570:名無しの戦闘員

 他の幹部全員頭悪い酒の飲み方するからな

 そりゃ心配にもなろうて


571:名無しの戦闘員

 言い値で買うが?


572:ハカセ

 >569 

 そうなんよ ちょっと冷静で表情変わらんから誤解されがちやけど猫耳はメッチャいい子なんや

 

 お茶会メンバーはワイ・首領・猫耳

 つまりいつもののんびりオヤツタイムや 

 せやけどその日の首領はおこやった


 首領「なんなのじゃ、あやつは!? うぬぬぬぬぬ」

 猫耳「あむあむ。ドーナツには牛乳、これが正義」


 どうやら首領は中学のクラスメイト数名と好きな物の話をしたらしい

 んで、実はロボアニメを見るよーって言ったら

 

 生徒A「でもさぁ、ああいうロボットって変じゃね? なんでロボットなの? 戦車とか戦闘機でいいじゃん。だいたいさ、中に乗り込む意味なによ。無線の遠隔操作で十分だろ」


 みたいなことを言うヤツがおったそうな


573:名無しの戦闘員

 ロボアニメ好きに絶対言ったら駄目なヤツじゃん

 

574:名無しの戦闘員

 舐めてんのか

 そら首領ちゃんも怒るわ


575:名無しの戦闘員

 なに首領ちゃん傷つけてんだよあぁん!?


576:ハカセ

 それを言っちゃあおしめえよ、ってヤツやな

 せやけどファン以外からしたらそう考えても仕方ないし、首領泣かせたら多分アニキが断罪する

 ただな ワイからすると「コックピットに乗り込む」ってスタイル自体はわりと納得がいくんや

 

577:名無しの戦闘員

 戦車の方が強いなんて言わなくても分かってるんだよなぁ


578:名無しの戦闘員

 猫耳ちゃんさらりと流しよるわw


579:ハカセ

 遠隔操作できるのなら名称はそれぞれ違っても「受信機」に当たる部分がある

 つまり解析が進めば乗っ取れるってことやね

 一機で完結して中から人が操作って形はわりと厄介なんや


580:名無しの戦闘員

 研究者目線で敵として想定した場合の話か


581:名無しの戦闘員

 解析済みなら技術でどうにか出来るって辺りがハカセだわ


582:ハカセ

 付け加えるなら受信機があってそこに何らかの干渉があったなら逆算して発信元を割り出すこともできなくはない

 あくまである種の波長、または憑依とかの魔力による干渉系に限るけどな

 

 首領「うがー! 人の好きな物を何でケチ付けに来る必要がるのじゃ!? 理由なんてカッコいいからで十分であろ!?」

 猫耳「はい、首領あーん」

 首領「むぐむぐおいひい」


 クラスメイトの物言いにいたくご立腹な首領

 そんな首領をあやす四大幹部が一人、猫耳くのいち

 恐るべき悪の組織の実態がここにある……


583:名無しの戦闘員

 このチョロさが実に首領ちゃん


584:名無しの戦闘員

 あ、だから与太話か

 おっけー、ハカセ

 お前らもそう思っとけ 頭に浮かんだことがあってもここに書き込むだけにしとけよ


585:名無しの戦闘員

 任せるンゴ ワイ将ら歴戦の勇士を信じろ


586:名無しの戦闘員

 まったく任せられないし絶対に信じちゃいけない奴が来おった


587:名無しの戦闘員

 おう、戦犯ぇ!


588:名無しの戦闘員

 ワイ将、ハカセ社長代理に叱られるもののクビにはならず

 しっかり働いてご恩を返そうと奮闘中ンゴ


589:ハカセ

 実際現在の猛虎弁が何かしたわけでもないし処分に困る……

 なんで今後は気を付けてくらいしか言えんわ


590:名無しの戦闘員

 減給とかでいいのでわ?


591:名無しの戦闘員

 やめろ…やめてクレメンス……

 もう戦闘員C男とちょっとお高い店で飯する約束しとるんや……


592:名無しの戦闘員

 なに順調にチャラ男と仲良くなってんだw


593:名無しの戦闘員

 受信機があれば発信元を割り出せる……?

 それってもしかしてアイドルの話? 


594:名無しの戦闘員

 猛虎弁わりと順応性高くて草


595:名無しの戦闘員

 この場合馴染んでるのはC男の方でない?


596:名無しの戦闘員

 実は俺も疑ってた

 あの声すげー似てるんだよ


597:名無しの戦闘員

 >593

 なんでアイドル?


598:名無しの戦闘員

 最近デビューしたデジタル配信者集団の話

【Filles bien-aimées】っていって

 複数の美少女3Dキャラで構成されたデジタル配信者のアイドルグループがそこそこ人気出てるんだよ

 

599:名無しの戦闘員

 フィーユ ビヤンネメス でいいのかな?


600:ハカセ

 おお、知っとる人もおったか

 実はな……ワイ、最近デジタル配信者にハマっとるんや


601:名無しの戦闘員

 大仰な入り方しといて本題それ!?




 ◆




……あの夜の戦いからしばらく経ち、一連の騒動は改めてテレビで特集された。


 首領セルレを倒し、その支配から逃れた神霊結社デルンケムは、謎の金髪美少女を首領として日本侵略を中止した。

 デルンケムはもともと慈善団体だった。

 統括幹部代理ハルヴィエドの発言がどこまで信用できるかは分からない。

 しかしクピディタースと呼ばれる怪物を、ロスト・フェアリーズと共同して撃退していたことから現状日本と敵対するつもりはないと推測される。


 それからしばらく経ち、未来からやってきたハルヴィエドの娘なる存在、魔法少女達が確認された。

 こちらも詳しいことは殆ど分かっておらず真偽は不明。

 ただハルヴィエドに与する彼女達もクピディタースと戦い日本を守ろうとしていたことから、少なくとも首領と統括幹部代理は日本に対して友好的なのだろう。

 

 そして、あの夜に現れた、ハルヴィエドを模した黄金の天使。

 あれに関しては【謎の魔法少女猫ネッコ】と名乗る少女から情報がもたらされた。


 ……あれは、未来における魔法少女達の敵【プロフェッサーY】が生み出した魔導兵器。

 未来でハルヴィエドは日本のためになる発明をする。それを快く思わなかった悪のプロフェッサーYが、ハルヴィエドを貶めるために過去へと送り込んだものらしい。

 娘達が過去にやって来たのは、それを止めるため。

 父を助けることが日本を守ることに繋がるのだという。


 もちろんこれも一介の魔法少女の語る内容であり、その全てを鵜吞みには出来ない。

 とはいえ、確かにハルヴィエドはアレと戦っており、デルンケムと敵対関係にある組織の襲撃だというのが大多数の見解だ。

 同番組ではコメンテーターとして出演していた人気お笑いコンビも、真剣な表情で発言をしている。


 芸人A『つまりあれですよね? あの女の子達が娘ってのは事実ってことでしょ? あかんやろ、どんだけの女に手を出しとんねん』

 芸人B『いやぁ、やっぱり顔がいい男は駄目なんやね。タラシですよ。あの顔使って毎夜毎晩とっかえひっかえしとるんちゃうかな』


 一番消えてほしい風評被害は消えないどころか強化されました。

 そして番組は切り替わり、現在人気急上昇中のデジタル配信者の話題に移行する。

 

 デジタル配信者。

 2Dもしくは3Dのキャラクターを使い配信を行う動画投稿者を指す。

 現在では専門の事務所もあり、色々なタイプのデジタル配信者が活動している。企業が広告塔として起用するケースも多い。

 最近では複数のデジタル配信者によって結成されたバーチャル・アイドルユニットが巷では人気だそうな。


 結局はそういうもの。どれだけ大きな騒ぎになっても、日々が積み重なれば「そんなこともあったね」と誰かが語る昔の話になる。

 未来から訪れた魔法少女達の騒動、通称『魔法少女大乱』はよくある事件として新しい話題に流されていくのだろう。

 





「とりあえず、大きな騒ぎになっていないようでなによりです」

 

 せくしーことレティシア・ノルン・フローラムは安堵の息を漏らす。

 仕事がひと段落ついたため、彼女は秘書室で何気なくパソコンを眺めていた。

 件の魔法少女特番にしろSNSにしろ、クピディタース・ラディクスとハルヴィエドを繋げて考える意見は少ない。事前にネッコが暗躍してくれていたおかげだ。

 しかし色々と困る意見は少なからずある。


・ハルヴィエドはメタル・キティといい関係にある。

・清流のフィオナを口説いていた。

・女にだらしないが、体を張って特攻していったのだから男気はある。

・一連の事件はハルヴィエドの信用を失墜させるためにプロフェッサーYが仕組んだもの。

・ルルンちゃんの一部分が成長中。既にフィオナちゃんを抜かしている。

・ハルヴィエドはデザインセンスなくね? メタル兵もっとかわいくしろよ。

・エレスちゃんと結婚した方が幸せになれるんじゃないかな? 

・あの黄金のハルヴィエドは未来からの魔導兵器らしい。

・ヴィラベリートちゃんが可愛すぎてしんどい。


 どうもネット上ではハルヴィエドは女たらしというのが定説になっている。

 本人が聞けば「童貞なのに解せぬ」みたいな顔をするだろう。沙雪一筋を公言して憚らない彼にとっては結構ダメージの大きい内容だろう。


 ……ただ、まあ。

 なにかのタイミングで、妙な形で噛み合えば、そういう未来だってあるのかもしれない。


 レティシア個人としては、友人であるハルヴィエドには望む相手と結ばれてほしいと思う。

 しかし、あのオモシロ楽しい殿方に矢印を向けている子とも仲が良いため、正直複雑な心境だ。

 加えて彼の周りには「慕っている」で済ませていいレベルじゃない子達がちらほらといる。気付いた時には色々手遅れ、なんてことにならないのを願うばかりである。

 それはそれとして、やはり自分とゼロスとエーコのトライアングル結婚式ではハルヴィエドさんに友人代表としてスピーチをしてもらいたいです。今回の騒動で未来に希望が見えたと同時にバッドエンドルートは回避せねばと心に誓いました。

 

「レティシア先輩、取引先との懇親会の日時・開催場所等決定したのでご確認お願いします」

「ありがとうございます、リリアちゃん。なかなか板についてきましたねぇ」

「これも先輩のご指導のおかげです」

 

 秘書といってもいつも社長代理の傍に控えているわけではない。

 外交文書の作成や取引先との会談の設定だの、意外とこまごまとした仕事も多い。

 とはいえ同僚であるリリア・ヴァシーリエヴァも育ってきており、レティシアの負担は軽くなった。

 問題と言えば、リリアも“慕っているで済ませていいレベルじゃない子”の一人だというくらいか。

 ただ彼に人生ごと救われているため感情の重さは仕方がないとは思う。つまり悪の科学者ポジのくせに意識せずに誰かを助けるハルヴィエドさんが悪い。

 ちなみに女性だけでなく要所要所で少年たちのヒーローもやっている。結局ハルヴィエドさんが悪いのだ。


「先輩、どうしました?」

「いえいえ。リリアちゃんのような秘書がいて、ハルヴィエドさんも喜んでいるでしょうねぇ」

「……それは。そんなこと、ないと思います」


 平気そうなふりをしても今回の件はかなり尾を引いているようだ。

 レティシアにとってリリアは同僚且つかわいい後輩である。ついでに言えば、元幹部として戦闘員に対する責任もある。

 だから、友人のハルヴィエドには申し訳ないが、少しおせっかいをしておこう。


「そう言えば、未来で萌ちゃんが開発した時間渡航技術。あれって、過去にアバターを送り込むことで安全なタイムトラベルを実現したものだそうです」


 聞くところによると、萌が基本を作ったが、クピディタースの利用を提言したのはリリアだという。

 未来では共同研究するほど仲が良くなっているらしい。今はほとんど接点を持っていないが、意外と相性がいいのだろうか。二人とも重力属性だし。

 いや、ほんとね? リリアちゃん、そもそも大学に行く選択肢だってあったのに少しでも統括幹部代理の力になりたいって合同会社ディオスに入ってるし。

 萌ちゃんは無邪気な風に見せかけて押せ押せだし。 

 レティシアとしては、二人に「ハルヴィエドさんは語尾が“チョモランマっ!”な女の子がタイプです」って伝えてみたい衝動にかられる時があります。

 ただし絶対やらない。

 ハルヴィエドさん自身に対する悪戯には寛容だが、周囲にちょっかいを出すのは危険だと友人であるレティシアはよく知っていた。


「ただ、あの技術には欠点もあるみたいですよ」

「欠点、ですか?」

「ええ。基本はクピディタースとハルヴィエドさんの開発した疑似憑依システムを使った技術で、魔力が一定値以上ないとアバターに意識を繋げられないようです。……だから、まあ。いくらハルヴィエドさんが父親でも、母親の魔力量が低かった場合、産まれた子供は過去に来られないかもしれません」

「あ……」


 そう、たとえば。

 産まれながら魂の出力が低く、魔導装甲がないとまともに戦えないような女の子が妻でありその特性が遺伝してしまった場合は、そもそも起動できない可能性が高い。

 だからなに、という訳ではない。

 レティシアはただ可能性を提示しただけだ。


「そう、ですね」


 ぎこちなく、しかしどこか安堵したようにリリアは微笑んだ。

 どうやら少しは胸の痛みも和らいだようだ。

 でもこれ後々火種にならない? 大丈夫? 修羅場っちゃわない? とか、しばらく自問自答していたが、考えるのを止めた。

 ただ今度、ハルヴィエドに酒でも奢ってあげよう。特に理由なくそんな気になった。

 そうしてレティシアは、今頃沙雪と呑気にデートしている友人殿に思わずごめんなさいをしておいた。







 一連の事件が片付いた後、ハルヴィエドは葉加瀬晴彦として沙雪と時間を過ごしていた。

 葉加瀬社長代理はその有能さを無駄に発揮して仕事をさばき、度々沙雪と逢瀬を繰り返しているのである。

 なおその際はにゃんjに書き込むこともあれば、内緒にしている場合もある。

 童貞かつ乙女思考な彼は二人だけの秘密という言葉に強い憧れを抱いていた。


「すまないな。今日は私の趣味に付き合わせて」

「いえ、面白かったです」

「ああいった歴史や技術の積み重ねは、やはり胸に来るものがある」

「ふふ、晴彦さんは根本的に科学者気質なんですね」


 デートの途中、喫茶店で一息。

 カップルジュースは毎回するようなものではないと近頃になって気付いた沙雪が、それぞれ別に頼んだ紅茶を一口飲む。

 ちなみに今回のデートは電気博物館。日本の電気事業の歴史と、変革をもたらした様々な発明が展示された場所である。

 17歳の沙雪には退屈かもしれないと思ったが、お世辞でなく楽しんでくれたようだ。

 久々のデートに話は弾む。

 お互いの近況、美味しかったお店、読んだ本や最近のお気に入り。沙雪の進路についても。

 そして不意に魔法少女達のことにも触れると、沙雪がちょっと寂しそうな顔をした。

 

「別れの挨拶もできませんでした。もう、会えないんですよね」

「そうだな。彼女達のいる場所には、私では行けない。いつか会える美空も、別の彼女だろうし」

「……私、愛されてるなぁ」


 他の可能性の未来には辿り着かないという宣言だ。

 それを受けた沙雪は照れながら、それでも嬉しそうに笑ってくれた。

 

「でも、そう思うと少しだけ寂しいです。ユエもみそらも本当にいい子だったから」


 いい子というのなら沙雪もだとハルヴィエドは考える。

 茜との娘であるまじかる☆ユエ、萌との娘である花嵐のアリス。どちらも沙雪の立場からすれば複雑な相手だろう。

 そんな彼女達との別れを惜しめる彼女の優しさが嬉しい。

 だから寂しさを紛らわすためにも、ちょっと奇妙で面白い話を教えることにした。


「ちなみに、沙雪はデジタル配信者なんかを見たりするか?」

「え? 私は、あまり……。そういうのは茜の方が詳しいかと」

「いや、私もあまり見ないのだが、最近デビューしたヴァーチャル・アイドル・ユニットがお勧めでな。特にこの曲なんてなかなかで」


 そう言ってデバイスを取り出して、ハルヴィエドはデジタルアイドルのPVを沙雪に見せる。

 ちょっと怪訝そうな顔つきになったのは、ほのかな嫉妬だろうか。

 しかし噂のアイドルの歌を聞いているうちに、沙雪の表情は驚きと困惑に変化していく。


「晴彦さん。あの、この声……もしかして、あの子達、なんですか?」


 戸惑いを多分に含んだ問いだった。

 それを受けたハルヴィエドは悪戯っぽく口の端を吊り上げる。


「つまりね、ネットロアの話だよ」


 

 ◆



637:名無しの戦闘員

【Filles bien-aimées】

 言いにくいから愛称はフィーユ

 デジタル配信者6人による美少女系アイドルユニット

 ちっちゃいおにゃのこ二人+メガネっ子クール・お姉さん・和装猫耳、最後にマジメ系な副委員長タイプの女の子で構成されている

 “歌ってみた”系の配信が主だけど雑談配信なんかもやってる

 特に和装猫耳の歌が上手くて注目されてる

 デビュー間もないが結構な登録者数を稼いでるっぽいな


638:ハカセ

 実は今日の昼間フィオナたんと博物館デートしたんやけどぉ?

 ついでにこのアイドルちゃんの動画見せた

 めっちゃ動揺しとったわ


639:名無しの戦闘員

 いや待て待て待て待て


640:名無しの戦闘員

 俺さ、黄金ハカセの夜に現地にいたんだわ

 だから分かる 


 この歌ってみた配信のソロパート……

 まんまネッコちゃんの讃美歌と同じ声じゃん


641:名無しの戦闘員

 ごめん、このフィーユってアイドルユニットのアカウント確認してみた

 六人組デジタル配信者アイドルでそれぞれ挨拶動画がある

 そのうちの一人がオレっ娘で、もう一人がちょっとおどおど系の女の子で

 どっちもどう聞いてもすげー子供っぽい声なんだけど


642:名無しの戦闘員

 まじでどういうこと?


643:名無しの戦闘員

 ハカセ、さっきのロボアニメの話こういうことか?

 受信機があれば発信元を辿れるって

 もしかしてお前、クピモンの核っていう受信機があれば、逆探知みたいな形で並行世界の未来まで辿れるの?


644:名無しの戦闘員

 嘘やろ? それは流石に天才すぎん?


645:ハカセ

 さあ? なんのことかワイ分からーん


646:名無しの戦闘員

 お前舐めてんの!?


647:名無しの戦闘員

 こんな時に茶化してんじゃねえよ!?


648:名無しの戦闘員

 ちくわ大自在天神


649:ハカセ

 最初に言ったやろ、つまりネットロアの話や

 ネット発の、掲示板とかで語られる不思議な噂


【実はあのバーチャルアイドルの中の人は……】


 みたいな?

 もしかしたら、皆が普通に見とるデジタル配信者の中の人はただ演技してるだけかもしらん

 どこかの謎の科学者がクピモンの核を解析して作ったAIだったり?

 はたまた、そのキャラを演じている誰かは……クピモンによる通信に似た技術で、未来から動画配信してたり、な

 全部が全部真偽不詳 本当のことは誰にも分からん


650:名無しの戦闘員

 いや俺らには教えてくれてもええやん


651:名無しの戦闘員

 でも未来に繋がってるなんて公になったらまずいし、曖昧な言い方も仕方ない……のか?


652:名無しの戦闘員

 くそう ハカセの技術力なら嘘とも言い切れねぇ

 どっちだよこれ


653:ハカセ

 ワイはフィオナたん一筋やけどあの子達が嫌いなわけやないしな

 もう二度と会えなくても時々謎のアイドルたちが動画投稿してくれて、それを聞いて感動したならコメント付けて

 ネットの中だけの些細なやりとりを重ねる

 繋がりって直接会って傍にいるだけやないって教えてくれたんはお前らやぞ


 だからネットロアでええんや

 つまり今回の事件は、また一つネットで語られる不思議な噂が増えたってだけ

 

 真実は分からないけれど、繋がっていくものがある

 そういう終わりもええと思わん?


654:名無しの戦闘員

 あの六人組バーチャルアイドルの正体は未来の娘……

 そういう都市伝説なのね


655:名無しの戦闘員

 未来にいたまま別の並行世界に配信

 こりゃ確かに荒唐無稽なネットロアだわ

 ってあれ? 六人……?


656:ハカセ

 信じるか信じないかはあなた次第……なぁんて、な


657:名無しの戦闘員

 かっこつけてるとこ悪いけどお前のアンチスレついに50突破したぞw


658:ハカセ

 なんで!?


659:名無しの戦闘員

 いやそのアイドルユニット・フィーユちゃん達がさぁw 


660:名無しの戦闘員

 配信した動画でこんなこと言ってたので抜粋


 Q:憧れの人はいますか?

A:

『オレ? オレは……あっ! デルンケムの統括幹部代理ハルヴィエド! めっちゃかっこいいよな!』

『わ、私も……ハルヴィエドさん、かっこいいです』

『妾もハルヴィエド様~』

『間違いないにゃん』

『そうだね。私も、ハルヴィエドには憧れがあるかな』

『私は、母もそうですがハルヴィエド様の大ファンですから』

 

 って全員が答えたおかげでハルヴィエドアンチスレがもうすごい勢いです

 てかこの六人目誰だ?


661:ハカセ

 なにやってんのあの子ら!?


662:名無しの戦闘員

 その反応の時点でAI説もなりすまし説も嘘じゃんw


663:名無しの戦闘員

 ユニコーン勢多いわー


664:名無しの戦闘員

 まあ合同会社の社長代理の名前上げなかっただけ優しいよ


665:名無しの戦闘員

 企業の炎上はシャレにならんからな


666:ハカセ

 ……いや、というかね?

 実はワイも前々から疑問やった

 六人目って誰や?


667:名無しの戦闘員

 お前も分かんねえのかよw


668:ハカセ

 ワイがコンタクトをとったのは確かに4つの可能性上の未来やぞ

 でも、たぶん最後の子もワイの娘……

 えっ誰? 母が大ファン?

 例えば誰かが重婚してるのを隠してた?

 いやいやアリスちゃんが意趣返しに他の並行世界に働きかけた?

 ヤバい、どうなっとんのや


669:名無しの戦闘員

 マジで都市伝説じみてきたな


670:名無しの戦闘員

 てか俺さ、気付いちまった

 今回の事件ってさ……ハカセ以外被害受けてないよねwww


671:名無しの戦闘員

 クピモンは問題なく処理されたしハカセ天使による被害もなし

 ほんまにハルヴィエドがアンチ増やしたのとハカセ社長代理に隠し子疑惑+せくしーちゃん寝取り疑惑が出た程度で他は特に問題ないンゴね


672:名無しの戦闘員

 ホントにハカセ一人大変で草


673:名無しの戦闘員

 大惨事じゃねえかw


674:名無しの戦闘員

 ハカセによるせくしーちゃん寝取られ同人……ごくり


675:名無しの戦闘員

 あとさ、呟き検索してたら凄いの見つけた


 ヴィラベリート・クレイシア(合同会社ディオス専属モデル)@viraberit_dc

【最近、知人がバーチャルアイドルにハマってます

私もアイドル目指そうかな……】


 ハカセがフィーユちゃんの動画見てるせいで首領ちゃんなんか対抗意識出してんぞw


676:名無しの戦闘員

 あれ? これ俺知ってるぞ?

 確か首領ちゃんって未来で専属モデルからアイドルになって政界入りするんだよな?


677:名無しの戦闘員

 世界には正しい形があって多少の差異はあれどそこに収束する

 これが…多元世界収束説……!


678:名無しの戦闘員

 あーもーめちゃくちゃだよ


679:名無しの戦闘員

 つまりまとめると

 魔法少女ちゃん達とはもう会えないかもしないけど、通信手段だけは残せた、と


680:名無しの戦闘員

 そして俺らは魔法少女ちゃん達に投げ銭すればいいってことだな(使命感


681:名無しの戦闘員

 使命感ニキw


682:名無しの戦闘員

 ならまあ、締めくくりはハカセの言葉通りでいいんじゃないか?



 こうしてまた一つ、ネットには不思議なことが増えましたとさ




683:名無しの戦闘員

 めでたしめでたし……ハカセ以外だけどなぁっ!www


684:ハカセ

 ワイの扱いをもう少しよくするべき定期


685:名無しの戦闘員

 いいんだよ

 これが俺らの愛だからw




──────

第二部・未来変(完)


※【Filles bien-aimées】=フランス語で“愛娘たち”









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る