彼の隣の彼女を見る私のこと



 その夜、清流のフィオナはシャイニング・ハルヴィエドを目にした。

 六枚の翼で空を舞う巨大な想い人の写し身。ない、あれはない。顔立ちはフィオナが愛しく思う男性のものではあるが、恰好がかぼちゃパンツの王子様かつ光を放っているのが絶妙に精神を削ってくる。

 すらりとしたスタイルのハルヴィエドさんにはもっと落ち着いた服装の方が似合うと思う。やはりここは美衣那に協力してもらいコーデするべきではないだろうか。現実逃避終了。


「ハルくん、お願い止まって!」


 異常事態を察知して家を飛び出したフィオナよりも早く、黄金博士を止めようとする者の姿があった。

 魔導装甲【メタルラヴィ】、及び【メタルキティ】。ハルヴィエド謹製の全身装甲をまとった二人の少女だ。手作りちょっと羨ましい。

 キティ……猫型の小さい方は、確か「アイナ・ルノ・リハー」といったはずだ。

 普段は生意気な思春期の女の子でハルヴィエドを振り回すこともしばしば。しかし今は余裕がない様子で、必死にハルプリ(ハルヴィエド・プリンスの略)を制止しようと声をかけ続ける。


「っ、せ、清流のフィオナ」

「メタルラヴィ。状況は、どうなっているの?」

「それは……」


 もう一人は、リリア・ヴァシーリエヴァ。

 ハルヴィエドの第二秘書であり、彼を尊敬どころか信奉するレベルで感情を注いでいる危険な女の子だ。

 どうも戦闘員リリアといい幹部ミーニャといいヴィラ首領といい、デルンケム側は妖精姫と比べて多少想いが強めな娘が揃っている。彼女達の場合は命も心も救われているのだから当然だろう。


 現状でハルヴィエドの特別は、神無月沙雪であるのは間違いない。

 ただ、ヴィラ達のいきさつを知ると、彼と普通に出会い普通に心を通わせたことに少しの気後れがあるのは否定できない。

 もっとも譲る気はないのだが。

 フィオナは自分を恥じない。想いを勝ち負けで語るつもりはないし、胸にあるあたたかさを誰かと比べて劣っているかどうかなんて考える時点でどうかしている。

 なによりお互いが選んで、お互いが望んだのだ。その結果が現在なら、変な疑問で揺らぐのは彼にも自分にも失礼だ。


「あれは、クピディタース・ラディクス。そう呼ばれる存在、なのね?」


 フィオナの問いに、リリアが静かに頷く。


「はい。……申し訳、ありません。あれを、あの敵を産んでしまったのは、私達なのです」


 苦悩に苛まれ、精一杯絞り出した声なのだろう。

 秘書として働く際の堂々としたリリアからは想像できないくらい頼りない。

 だからフィオナはそこには触れず、空中でセプタプルアクセルを決めながら投げキッスをする熾天使ハル王子を見据える。

 あの所作を見るだけで、本質はハルヴィエドからかけ離れているのだと分かる。

たとえ想い人の姿を模していても、あれは明確な敵なのだ。


「エレスや花嵐のアリス達も動いている。まずは、全員で協力してどうにかしましょう。あまり、あの顔で好き勝手されるのは嬉しくない」


 フィオナの提案に、リリアは頷かなかった。そっと目を逸らし悔恨に顔を歪めた。

 それはアイナも同じだったらしく、巨大な編代を守るように立ちふさがった。


「違う、敵じゃない! あの子はハルくんなの!」


 アイナは泣きそうになりながら訴える。

 彼女からも普段の余裕がなくなって、13歳のただの女の子がそこにいた。

 

「いったい、なにがあったの?」


 明らかに様子のおかしい二人に、フィオナはなるべく穏やかな声色で問うた。

 アイナ達は一瞬躊躇いを見せたが、それでも空を舞う奇人ショーに何かを諦めたのか、ぽつりぽつりと語り始める。

 クピディタース・ラディクス。

 その誕生の経緯と、行き着く先を。少女達は早い段階で知っていたのだ。

 



 ◆




 戦闘員I奈の本名は「アイナ・ルノ・リハー」だが、普段は別の名前を名乗っている。

 春野愛奈。

 統括幹部代理ハルヴィエドに与えられた、日本で生活するための名前だ。

 当時は統括幹部代理を冷たい男だと思っていたから気付かなかったが、父母から貰った守護名である「ルノ」をどうにか盛り込んでくれる辺り、あの容姿で相当子供に甘い。

 戦闘員とはいえアイナはまだ13歳。なのに、ハルヴィエドは一度だって「子供だから」という理由で彼女の意見を軽んじたことはなかった。

 アイナの恋人は戦闘員M男(29)であり、自分が結ばれるのは彼以外に有り得ないと考えている。ただ、ハルヴィエドは上司というだけでなく、人間としてもそれなりに好意を抱ける相手だった。


 アイナは現在日本の中学に通っている。それも統括幹部代理の気遣いのおかげだ。

 とはいえあの銀髪イケメン幹部は彼女にだけ優しいのではない。他の戦闘員達のことも考え、就職先として会社を立ち上げ住居を用意し、日本で生活に困らないように準備を整えていたらしい。しかも日本侵略の最中に。

『本当に、あの方一人いなくなったら組織は瓦解しますからね?』とはリリアの弁。

 冷たいと勘違いしていた頃はともかく、今は面白カッコよく面倒見もよいお笑い気質な上司サマには多大に感謝している。

 なのでそっと豆大福と番茶をプレゼントしておいた。


 豆大福は素晴らしい。

 もっちりとした外側にくどすぎないアンコ。そこに豆がほのかなアクセントとなり三位一体のパーフェクト甘味として成立している。

 元の次元に豆類はあったがそれを甘く煮る発想はなく、このタイプのお菓子も存在していなかった。

 果物の酸味が加わった苺大福も好きだが、やはりアイナとしては豆大福が最上位。

 合わせる飲み物は番茶がいい。

 高級な緑茶よりも香りの薄い気軽に飲めるお値段安めのヤツがマリアージュ。次点で牛乳もあり。M男お兄ちゃんと一緒に豆大福+番茶のモチモチおやつタイムは至福の瞬間だ。

 さて、アイナが初めて豆大福と出会ったのは駅前で幻魔王ヴァルジュアと……まだ途中だが「さすがに脱線し過ぎよ」ってフィオナに優しくおでこをコツンされたので話を戻します。


 そんな感じで、アイナは結構ハルヴィエドに感謝している。

 その事実を前提として、ある日の事。

 彼女の両親はどこかで銀髪の少年を拾ってきた。

 おそらく孤児なのだろう。二人は行く当てのないこの子供を憐れに思い、家族として受け入れようとした。

 勿論アイナも同意した。

 少年の名前は分からなかったため、一先ず「ハル」と呼ぶことになった。同じく銀の髪をした優しい統括幹部代理にあやかってのことだった。


「ハルくーん、シイタケあげる」

「お姉ちゃん……ちゃんと食べないと」

「あのね、これはお姉ちゃんの優しさなの。ちゃんと受け入れるのだー」


 そうして出来た新しい弟をアイナはよく可愛がった。

 まあ元がメスガキちゃんなので多少暴君的姉ではあったものの、ハルくんが家に馴染めるように心を砕いたのは事実である。

 ハルくんの方も懐いていたと思う。

 ちょこまかとアイナの後ろについていく姿は、普通に姉弟のように見えた。


 ……当然ながら、彼の正体はクピディタースだ。

 誰かが望んだ、「何も知らない幼いハルヴィエド」の具象化。

 少しタイミングが狂ったせいで、何の関係もないアイナの家に来てしまったのだ。


「今日はぁ、絵本を読んであげる!」

「わーい」


 アイナの家族となったことでこの固体は妖精姫や魔法少女達の警戒から辛くも逃れた。

 また本来なら接する機会を持たなかった相手との交友を得る。

 その代表格が未だに自分はロリコンではないと言い張る戦闘員M男だろう。

 なお彼はカードゲームが大好きだ。いまでも龍可ちゃんとアクセルシンクロして小鳥ちゃんとオーバーレイネットワークを構築した上でクリアマインドに辿り着きたいと思ってるタイプのデュエリストでもある。


「アイナちゃん、意外と面倒見がいいんだね」

「あ、お兄ちゃんひどーい。意外も何も、私はお世話好きでーす。なのでぇ、将来的にもー、子育ては問題ありませーん」

「いや、子育てにはボクも参加するから」


 ちなみにデルンケムでは筋肉幹部ゴリマッチョによって『育児をしない夫は剛腕大爆斧の刑』というお達しがある。

 あのマッチョ幹部は妻を大事にしない夫にとてつもなく厳しい。

 なので予行演習みたいなノリでM男はハルくんの面倒を見た。

 そしてリリアもまたハルくんと接点を持つことになる。

 

「リリアおねーちゃーん」

「かっ、かわいい……。はい、お姉ちゃんですよ」


 ハルヴィエドの面影をもつハルくんをリリアもよくお世話をした。

 素直なショタハル。ちょっとヨダレ出そうになってアイナに突っ込まれることもしばしば。

 一緒に遊んだり、お出かけしたり。勉強を見たこともあったか。

 

「ハルくん、一緒にお勉強しましょうね」

「うん、頑張る」

「はい、いい子です。そのまままっすぐに育ってくださいね。ありのままの君で、大人になってください」


 リリアはどこか一線を引いた接し方をするが、それでもハルくんを大切にしていた。

 アイナの弟として出自不明の少年は穏やかに暮らし、共にヒクを重ねる中で願いをその身に宿していく。


 結果、クピディタース・ラディクスは生まれる。


 クピディタースの本質は「他者の願望に応じた変化」。

 つまり巨大なハカセもまた望まれた姿ではあるのだ。

 だからリリアとアイナが悔やむように、彼女達の想いこそがあの飛行奇行種ハルヴィエドンを形作った。


 少女の無垢な願いこそが最悪の敵を産み出してしまったのだ。




 ◆




 話を聞いて、フィオナは小首を傾げた。


「結局、貴女達は何を願ったの?」


 リリアはハルヴィエドを信奉しているし、アイナも人をからかって楽しむことはあっても基本的にはいい子。決して大きな問題を起こすようなタイプではない。

 このような事態を巻き起こす願いをするとは思えなかった。


「あの…それが、ですね?」

「うん、その。あははぁ」


 どちらも言い淀んでしまうが、さらに強い輝きを放った天空の奇傑ハルに余裕をなくしたアイナが口を開く。


「それがぁ、私、ハルくんのお世話たくさんしたの。それにぃ、結構可愛がったりして。色々言っちゃったというか」

「色々?」

「だからぁ、ハルくんに大きくなるんだよー、とか。未来にはばたくのだ、みたいな? で、でもね!? リリアちゃんの方が色々言ってるんだよ!?」

「ず、ずるいですよアイナさん!?」


 フィオナは若干冷めた目でリリアを見た。

 気圧されて一瞬たじろいだようだが、彼女は降参の意思を示し、視線を逸らしつつ自分の罪を告白する。


「教えてもらえる?」

「あの……はい。私も、ですね? お世話をさせていただいていました。その際に……ハルくんの名前は、ハルヴィエド様からとったものですから」


 そこでまた口籠ってしまったが、リリアは申し訳なさそうに俯いた。


「その、ハルヴィエド様は、私が売春組織に売り飛ばされそうなところを助けてくれた王子様みたいな方で、とても頼もしい広い背中をしている。光り輝く眩いお方なのだと。ただ翼を授けるエナジードリンクに頼るのはよくない、など。あなたの名前の元となったお方がどれだけ素晴らしいかをお話をしました」


 でもそのお方、わりとポンコツですよ? とは言いません

 フィオナちゃんは空気の読める女の子です。

 

「その、結果が?」

「はい。ラディクスです」


 とりあえず、フィオナはあんまりにもあんまりな真相に肩を落とした。

 大きくなってほしい(物理)。広い背中をしている(物理)。光り輝くお方(物理)。未来にはばたく(物理)。王子様(物理)。極めつけにエナジードリンクのせいで翼を授けられた(物理)。

 クピディタース・ラディクスは確かに願いの成就だったらしい。

 

「ああ、そうか。願いは反映するけれど、反映の仕方は受け取り手次第、ということなのね」


 たとえば「人の嫌がることを進んでしてほしい」と言ったとする。

 するとクピディタースは発言者の意図に関係なく、自分の受け取り方で変容する。

 結果として真逆の存在になる可能性があるのだから厄介な特性だ。


「でも、でもね⁉ 願いを受けてああなったなら、私が願えば、元に戻るかも……!」

「アイナさん。それを待つ時間はないと、貴女も分かっているでしょう?」


 まだ希望を持つアイナを、リリアは悔しそうな表情で諫める。本当は彼女自身も納得してはいないのだろう。

 それでも、ラディクスを止める必要がある。二人ともそこは一致しているようで、焦りのようなものが見て取れた。


「時間……?」

「はい。私達は、ハルくんと時間を過ごしました。そして、言ってしまったんです」


 そうしてたっぷり十秒は溜めたリリアの返答に、フィオナもまた戦慄した。


「私たちは、ハルくんの勉強を見ている時、こう教えたんです。“強がるばかりでは駄目。ありのままのあなたでいいんですよ”と」


 優しい言葉だった。しかし今はそれが恐ろしい。

 解釈の問題だ。ありのまま……それを、大きくなーれ♡と望まれて本当に巨大化したラディクスはどう受け取るのか。


「ま、まさか……」


 フィオナの唇が震える。

 か細い声に、リリアが小さく頷いて答えた。


「おそらく、貴女の想像の通りです。このままでは、ラディクスの行き着く先に……あれはラ・ハルヴィエドへと変容する」


 ラ・ハルヴィエドっていうか裸・ハルヴィエドです本当にありがとうございます。

 フィオナの大好きな男性が、10メートル級の巨人となり全裸で空を往く。

 だめだ。これは絶対に許してはいけない。


「ごめんなさい、アイナさん。私は……清流のフィオナは、貴女の願いを叶えてあげられない」


 悲壮なまでの決意を胸に清流のフィオナはクピディタース・ラディクスを見上げた。


「私は、戦う。大切なモノを守るために」


 大切なモノ=主にハルヴィエドの尊厳とか。

 時間をかければ緊急速報で彼の全裸が流れてしまう。

 それだけは絶対に防がなければ。


「分かってる、の。私だって、ハルくんをこのままにしちゃいけないって」

「……アイナさん。私達も戦いましょう。彼を変えてしまったのが私達なら、その責任を果たさなければ」

「リリアちゃん……。うん、そうだね」


 アイナもまた、あくまでも上司としてではあるが、ハルヴィエドに迷惑をかけたくないと思っている。

 リリアは言わずもがな。あの時、手を差し伸べてくれた人のために在りたいと願う。



 こうして、かつて敵対した妖精姫と戦闘員は再び力を合わせて戦う道を選んだ。

 全てはゴールデンなハカセのゴールデンな部分がゴールデンのテレビに流れないように。






 ◆











 






【争いは同レベルじゃないと発生しないというけど似た者同士過ぎて争えないケースもあるのこと】



 ……清流のフィオナは、リリアの発言に穴があると気付いていた。

 ハルヴィエドの第二秘書である彼女はクピディタースの情報を持っている。ならハルくんの正体が“そう”であると、早い段階で看破していたはずだ。

 なのに、幼いハルくんと接していたのは、いかにもおかしい。

 その理由をフィオナは何となく察していたが、あえて聞かなかった。他の誰かならともかく、自分が聞けばリリアを傷つけると思ったからだ。

 それに同じ立場なら同じように振る舞ってしまったかもしれない。

 フィオナには、リリアを責めることはできなかった。



 その気遣いに、リリアは気付いていた。

 フィオナは多少綻びのある説明に納得してくれた。それに感謝すると同時に、「だから敬愛する方は彼女を選んだのか」と少し寂しくなった。

 

 魔法少女まじかる☆ユエ。

 魔法天使らぶりー♡みそら。

 花嵐のアリス。

 ジュリアレーテ・エフィル・セイン。

 謎の魔法少女猫ネッコ。


 多くの魔法少女が未来から訪れたが、リリアの娘を名乗る娘は終ぞ現れなかった。

 別にフィオナから彼を奪おうと考えたり、一夫多妻を推し進めるつもりはない。

 ただ、もしもの可能性くらいは見てみたかった

 なのにパラレルの未来すら覗けなかったせいで少なからずダメージを受けたのだろう。


 幼いハルくんと接したのは結局のところ代償行為だ。

 面影のある少年を、まるでハルヴィエドの子供のように感じてしまった。

 結果として報告も対処も遅れ、このような事態にまでなった。

 

 第二秘書あるまじき失態。

 しかしフィオナは指摘せず責めもしなかった。

 謝っても礼を言っても、彼女の心を無碍にしてしまう。だからリリアは何も言わずに共闘を選んだ。


 どうやら、フィオナとは修羅場を演じることさえできないようだ。

 安堵と共に苦々しいものを覚え、リリアは曖昧に笑みを落とした。

 

 ただし、裸エプロンとかやっちゃう情艶のエレスは別です。

 めっちゃ冷たい視線を送ります。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る