番外編:ヴィラとルルンと置き去りの部屋・後編




187:名無しの戦闘員

 首領ちゃん、もう一時間経つけど大丈夫?


188:名無しの戦闘員

 あんまり早くスレ流し過ぎてもあれだから抑えてるけど心配だなぁ…… 


189:首領

 すまぬ、書き込み忘れてた


190:名無しの戦闘員

 おお、首領ちゃん! 心配したぞ!


191:名無しの戦闘員

 忘れてたって、なにかあった?


192:首領

 ちょっとルルンが泣いてしまったから、頭を撫でていい子いい子してあげてたのじゃ

 私も昔、父上にしてもらった

 辛い時は誰かの温度があると安心するのじゃ


193:名無しの戦闘員

 泣いたってどういうことだ?


194:名無しの戦闘員

 黒い箱開けたんだよな

 やっぱトラップ的なやつだったんじゃ?


195:名無しの戦闘員

 この流れなら聞ける

 ハカセに添い寝してもらってたっていうのも、やっぱりそんな感じで?


196:首領

 とりあえず落ち着いたみたいなので書き込み再開なのじゃ 

 で、ルルンが泣いた理由なんだけど、本人も分からないと言っておる


 ルルン「この箱を開けたら、なんかすごく悲しくなったんです。大事な何かを失ってしまうような気がして……」


 とのこと 

 こうなると白い箱が怖いのう……


197:首領

 質問の方は、私が義兄様を追放してしまった時のことじゃな

 父上がいない、義兄様もいない

 泣いて寂しくて眠れなかった時にハカセが一緒に寝てくれた

 でも2か月くらいだけの話なので問題ないのじゃ


 わたし「ありがと。ハカセ、私がんばる」

 ハカセ「そっか」


 頭ぽんぽんしてくれたの


198:名無しの戦闘員

 あいつさ、地雷原の上でタップダンス踊る趣味でもあんの?


199:名無しの戦闘員

 首領ちゃんとかLリアちゃんとか猫耳ちゃんとか

 デルンケム出身は激重勢多いなぁ……


200:首領

 むむ、それはおかしい

 にゃんj民さんは誤解しておる

 むしろハカセが一番のダダ甘の激重なのじゃ

 あやつは一度懐に入れた相手には全力全開で情を注ぐからのう

 しかも男女関係ないぞ、義兄様やゴリラ幹部のことも大好きだし

 そして身内が傷つけられようものなら激おこ

 敵どころか味方もドン引きするような、「えぇ…そこまでやるの……?」ってレベルで報復するのじゃ


201:名無しの戦闘員

 誤解どころか完全に解釈一致だよw


202:名無しの戦闘員

 知ってた(知ってた


203:名無しの戦闘員

 正確に言うとハカセが激重に育て上げてんだよね……

 Lリアちゃんは猫耳ちゃんの責任もあるけど


204:首領

 そろそろ話を戻すけど、ルルンの頑張りによって鍵をゲットなのじゃ! 

 残るは白い箱……さて、どうするべきか


205:名無しの戦闘員

 ここは他の場所を調べてからにするのはどうだろうか?


206:名無しの戦闘員

 お、やった

 どこの鍵か調べんとな


207:首領

 むむ、意見が二つに分かれた 

 なら白い箱は置いておいて、ルルンと一緒に調査続行なのじゃ

 本棚に入ってたもう一冊は何も書かれておらん

 

208:名無しの戦闘員

 これビビっただけだよね?


209:名無しの戦闘員

 違う! 首領ちゃんは思慮深く可愛いのだ!


210:名無しの戦闘員

 応援し隊はたぶん何やっても肯定するので当てにならんw


211:首領

 クローゼットの中には服がちょこちょこ入っておる

 女性もののお出かけ服とか、結構小柄な感じ?

 そう言えば女の人の部屋なのに姿見の鏡はないのう

 

212:名無しの戦闘員

 体が弱くて病没したんなら、鏡はあんまり見たくなかったんじゃね? 


213:首領

 恐いの発見!

 なんか今、窓に反射してに金髪の美少女が映ったのじゃ!?


214:名無しの戦闘員

 そりゃ首領ちゃん美少女だもんね

 ガラスの前に立てば金髪の美少女が映るよ


215:首領

 そうではなく!

 なんか私より大人っぽい女の人!

 あれ、でも私にちょっと似てたような……


 ルルン「わ、私も見ました!」

 わたし「な、なんかおるのじゃこの部屋」

 ルルン「は、離れちゃダメですよ、首領ちゃん」

 わたし「うむ……」


 今後探索は二人で一緒に行います


216:名無しの戦闘員

 しゃーない

 しかし首領ちゃんに似た女の人?


217:名無しの戦闘員

 まさか、死んだ女の人の幽霊……


218:首領

 やめてくださいおねがいします

 気を取り直して色々探したのじゃ、ルルンと手を繋いで

 白と黒の箱、追加で見つけた

 机の引き出しにはネックレスもあったぞ

 あと、重要なことが一つ

 この部屋の扉、カギ穴がない


219:名無しの戦闘員

 ん? 室内ドアの部屋側に鍵穴がないのは普通でわ?


220:名無しの戦闘員

 そうだな

 普通ドアの部屋側にあるのは鍵穴じゃなくサムターン、施錠用のつまみだ

 にも拘らず鍵が開けられないから普通じゃないって話だよ


221:名無しの戦闘員

 つまり脱出のための鍵じゃない?


222:名無しの戦闘員

 ネックレスは部屋の主の持ち物かな

 幽霊さん出てきたみたいだし


223:名無しの戦闘員

 思い出の品とか?

 首領ちゃん、迂闊に触んなよ

 故人のもんを触ったら取り憑かれるの定番だかんな

 

224:首領

 えっ?


225:名無しの戦闘員

 えっ、ってどういうこと!?


226:名無しの戦闘員

 このパターンはハカセん時もあったダルルォ!?


227:首領

 知らないことで怒られても困るの……

 別におかしなところはないのう

 でも、きれーな宝石

 お兄ちゃん、かなりいいモノを贈ったようじゃな


228:名無しの戦闘員

 なんでお兄ちゃん?


229:名無しの戦闘員

 勿論その可能性もあるけど、自分が買ったものかもしれんし


230:首領

 なにゆえ自分でネックレスを買うの?


231:名無しの戦闘員

 ??


232:名無しの戦闘員

 話がかみ合ってないぞ


233:首領

 今ルルンと話した、私が勘違いしてたみたい

 こっちの世界では指輪が大切な贈り物らしいが、私達の次元では好きな人にはネックレスを贈るのが慣例になっておる

 魂は、胸に宿る

 だから魂に一番近い場所に飾るネックレスは特別な意味のあるアクセなのじゃ


 結婚相手に「あなたの魂の近くに、私の想いを置いてください」

 守りたい人に「私の心が、あなたの魂を守ってくれますように」


 ネックレスつけてる人は大体恋人アリか既婚者だから、ナンパ避けにもなるしのう

 日本だとそこまでの意味はなかったのじゃな


234:名無しの戦闘員

 おー、別次元の風習的なやつか


235:名無しの戦闘員

 じゃあ指輪はそんなに重要視されない?


236:首領

 若い世代だとペアリングが流行りだって女幹部が言っておった

 ネックレスほど重くない、気軽な恋人同士のアピールみたいな


 ちなみに、私はハカセにネックレス型の魔道具をお願いしたことがある

 指輪型に変更されたのじゃ


237:名無しの戦闘員

 そこら辺の線引きはしっかりしてるよね、ハカセ


238:名無しの戦闘員

 だけど詰めが甘い

 こっちの世界だと、指輪を贈るのにデカい意味があるからな


239:名無しの戦闘員

 まあ流石のハカセもそんなポンポンと指輪贈らねーだろ(フラグ


240:首領

 ウチだと指輪型の魔霊変換器が普通にあるから、あんまり有難みがないのう


 ルルン「不思議な感じです。私は、指輪嬉しいですから」

 わたし「うちのゴリラ幹部も指輪つけておるぞ? ハカセからのプレゼントの」

 ルルン「むぅ、それは……」


 ディメンション・ギャップなのじゃ


241:名無しの戦闘員

 ジェネレーション・ギャップみたいに言わんといてw


242:名無しの戦闘員

 まあでもそのネックレスは触っても特に問題がなかったと


243:名無しの戦闘員

 となると、手掛かりになるのはまた箱になるんだよな


244:名無しの戦闘員

 黒の箱の中に鍵が入ってる

 なら白の箱は?


245:名無しの戦闘員

 そもそもその鍵は何に使うのか

 それを知らずに見え見えのトラップに突っ込むのは危険じゃない? 


246:名%しの◆闘@

 はこあけろ


247:名無しの戦闘員

 あーもう、どうすればいいのかぜんっぜん分からん


248:名無しの戦闘員

 >246

 ん? 


249:名無しの戦闘員

 >246

 どういうことだ?  


250:名無しの戦闘員

 またIDぐちゃぐちゃのやつ……


251:名無しの戦闘員

 これは……信じていいのか?


252:名無しの戦闘員

 バカ、危ないヤツだったらどうすんだ


253:首領

 なんか変な書き込みがあるのう

 箱を開けろということか?

 トリップがひどいことになっておるけど、にゃんj壊れた? 


254:名無しの戦闘員

 首領ちゃん、電子掲示板は時々バグって動作不良を起こすンゴ

 そういうものだと思うしかないやね

 せやろ、皆?


255:名無しの戦闘員

 そうだな、今は気にしないでおこう


256:名無しの戦闘員

 俺らじゃどうこう言えんしな

 実は俺ら掲示板利用してるだけだから技術的なこと知ってる訳じゃないんだ

 だからもし気になるならハカセにでも聞いてみてくれる?


257:首領

 そうなのか? 分かったのじゃ

 で、やっぱり箱を開けるべきなのかのう……


259:名無しの戦闘員

 もう信じるしかない

 箱のどっちかを開けよう








 心地良い眠りにゆらゆら揺れている。

 でも、あたたかな感触に意識がはっきりしてくる。

 そうして、私は目を覚ました。


「萌? 起きたのか」

「…………………ふぇ?」


 混乱している。

 私が寝ていたのはいつものベッドじゃない。

 どうやらソファーでお昼寝をしてしまったみたい。

 しかも、ハルさんに膝枕をしてもらって。

 びっくりして私は飛び起き……るのはもう少し後にしよう。まだ少し眠いし、うん。


「は、ハルさん……?」

「おや、その呼び方は久しぶりだな」


 くすりと微笑んで、私の頭を撫でてくれる。

 あったかいなぁ。なんだか懐かしい。


「えへへ。もっと」

「任せろ。ほーら、いい子いい子」

「わぁーい」


 ハルさんはちょっと嬉しそうに、私の髪を手櫛で梳く。

 気持ちいい。偶には子供の頃のように甘えてもいいだろう。


 そうだ、ようやく頭がはっきりしてきた。

 私の名前は葉加瀬萌(はかせ・もえ)。

 元々は夫であるハルさんの会社の研究所に勤めていたが、結婚を機に退職。

 今は専業主婦として愛する家族のために家事をする毎日だ。


「ごめんね、“あなた”。お仕事忙しいのに、私ばっかり甘えて」

「萌だっていつも家事大変だろ? 毎日、お疲れ様」

「そんなことないよ。こうしているだけで、疲れなんか吹き飛んじゃう」

「私も同じだ。萌を甘やかすことでしか得られない栄養素があるんだ」


 私たち夫婦は休みの日にはお家でのんびりすることの方が多い。

 でも、それが幸せ。

 愛する夫に膝枕をしてもらって、頭を撫でてもらえる。なんて贅沢な一日の使い方だろう。


「おとうさまも、おかあさまもずるい……」


 じゃれ合う私たち夫婦を、娘が羨ましそうに見ている。

 もう八歳になった娘は無邪気で快活で、なにより可愛い。

 どちらかと言えば、私に似ているかな?

 父親も母親も大好きでいてくれる、とってもいい子だ。


「私も、混ぜるのじゃ!」


 そう、娘の名はヴィラベリート。

 私が十七歳の時にお腹を痛めて産んだ愛しい子供。

 ハルさんと結ばれて、ヴィラベリートが産まれて。

 こんなに幸せな………………………ん?


 ヴィラベリート……ヴィラちゃんが………娘……………?




* * *




「って、なんでヴィラちゃんが娘!?!?!?」

「なにが!?」


 白い箱の幻覚に囚われていた私は、そこでもう一回目を覚ました。







273:首領

 白い箱の幻影を私とルルンの友情パゥワーが振り払ったのじゃ

 褒めて褒めて


274:名無しの戦闘員

 さすが首領ちゃん!

 よく分からないけど!


275:名無しの戦闘員

 最高だぜ!

 つまりどういうこと?


276:名無しの戦闘員

 脊髄反射で褒めんな応援し隊w


277:首領

 わたし「今度は私が開けるのじゃ」

 ルルン「なにかあった時のために、私がやります」


 そんな感じでルルンの方が白い箱を開けた


 ルルン「……えへへ……あったかぁい……」


 ものすっごく緩み切った顔だったのじゃ

 女の子が無防備すぎ

 それでしばらく経ったらいきなり


 ルルン「なんで首領ちゃん!?」

 わたし「なにが!?」


 みたいな感じで起き上がったのじゃ


278:名無しの戦闘員

 なるほど(分からん)


279:名無しの戦闘員

 こう見るとせくしーちゃんの実況技能たけーな

 

280:名無しの戦闘員

 首領ちゃんをかばって、ルルンちゃんが白い箱を開けた

 ↓

 黒い箱の時と同じく気を失ったが、幸せそうに笑っていた

 ↓

 その状態がしばらく続いた後、急に首領ちゃんの名前を呼びながら目を覚ました


 この流れでいい?


281:首領

 うむ、合っておるのじゃ


282:名無しの戦闘員

 翻訳サンガツ


283:名無しの戦闘員

 その感じだと、気を失ってる間に夢を見ていた?

 白い箱=いい夢 黒い箱=悪い夢って感じか


284:名無しの戦闘員

 その可能性は高いな

 首領ちゃん、もしそうならルルンちゃんにどんな夢を見たのか聞いてもらえる?


283:首領

 ちょっと待ってて

 聞いてまとめる


284:名無しの戦闘員

 夢、というか幻覚?

 部屋の主からの攻撃かもしれん


285:名無しの戦闘員

 そう考えるとマズい

 ハカセの連絡はまだか

 

286:名無しの戦闘員

 あの野郎、さてはせくしーちゃんと青森のアップルパイ楽しんでやがんな


287:名無しの戦闘員

 大間のまぐろも美味しいよ


288:名無しの戦闘員

 なんの話だw


289:首領

 お待たせ

 ルルンから聞いた話をまとめたぞ

 やっぱり箱を触った時、気を失ってる間に夢を見たそうじゃ


・黒い箱の時は、好きな人が別の誰かと結婚して、友人代表のスピーチをする夢

・白い箱の時は、好きな人と結婚して、子供を産んで幸せに暮らす夢


 でも白の箱の夢だと、なんでか私が娘だったらしいのじゃ


290:名無しの戦闘員

 ルルンちゃんが、首領ちゃんを産んだってこと?


291:名無しの戦闘員

 ルルンママ!


292:名無しの戦闘員

 好きな人の結婚式でスピーチとか、えげつなさ過ぎるやろ……


293:首領

 あと白い箱の中にも鍵が入ってたのじゃ

 やっぱり使う場所は分からん

 砂時計の砂もすごく減ってる……


294:名無しの戦闘員

 有力情報はナシか

 どうすりゃいいんだ


295:名無しの戦闘員

 クッソ、にゃんj民の知能じゃここまでか……!


296:名無しの戦闘員

 あ、もしかしたら

 ワイ将、答えに辿り着いたンゴ


297:名無しの戦闘員

 マジか、猛虎弁!?


298:名無しの戦闘員

 でもどうやったら脱出できるかは分からないンゴね…… 


299:名無しの戦闘員

 意味ねぇ!?


300:名無しの戦闘員

 じゃあどうすんだよ


301:名無しの戦闘員

 とりあえず片っ端から箱を開けていく、くらいしかないんちゃう?

 ワイ将の想像通りなら多分害はない…………ような気がするンゴねぇ


302:名無しの戦闘員

 し、信用ならねぇ……


303:名無しの戦闘員

 でも実際やれることはそんくらいじゃないか?




 ◆




 結局、にゃんj民では明確な答えを出せなかった。

 

「どうしますか?」

「やるしか、ないのじゃ」


 ならば、とヴィラベリート達は再度部屋を探し、見つけた箱を片っ端から開けていく。

 鍵を集めるくらいしか今はやれることがない。

 しかし黒い箱も、白い箱も。どちらも精神的には辛いモノだった。


「おう、ヴィラ」


 白い箱を開けた時、ヴィラベリートは幻覚を見た。

 父であるセルレイザが生きて、デルンケムの首領を務めていた。

 ハルヴィエド、レティシア、ミーニャ、レング。四大幹部がそろい踏み。

 それを統括幹部として義兄ゼロスが率いている。

  さらにはリリアやアイナが補佐役となり、次期首領を目指すヴィラベリートを支えてくれているのだ。


「みんなが、いるのじゃ……」

「それは当然だろう。どうしたんだ、ヴィラ?」

 

 不思議そうにハルヴィエドが首を傾げる。

 それを「この鈍感野郎」と笑うレング。レティシアもミーニャも笑っている。

 義兄様も「これは、ハルが義弟になるのも近いか?」と優しい顔をしていた。


「そりゃあいい! おらハル! 俺のことをパパと呼んでみるか!」

「うっす、オヤジィ!」

「だからパパだっつってんだろ!?」


 バカをやっている父とハルヴィエド。

 まるで本物の家族のようだ。


「まるでもなにも、私は最初からヴィラの家族のつもりだよ」


 そう言って、ハルヴィエドが頭を撫でてくれた。

 泣きそうになった。

 そうだ、今日は父様といっぱいお話をしよう。

 どれだけハルヴィエドが頑張ってくれたのか自慢するのだ。

 義兄様のケーキを食べながら、疲れるまでお喋りして。

 その後は家族みんなでお布団を敷いて眠るのだ。

 優しくて柔らかい、いつまでも浸っていたいと願ってしまうほどの悪夢だった。



 * * *

 


 そして黒い箱を開けた。


 謁見の間には誰もいない。

 当然だ、父は亡くなった。

 義兄は自ら追放した。

 幹部たちには愛想をつかされた。

 そして最後に残ったハルヴィエドは。


「では、これで失礼いたします。首領、どうかお元気で」


 愛する女性を見つけて、その人と生きる道を選んだ。


「まっ、待って……」


 呼び止めたが振り返ってもくれない。

 ハルヴィエドは、隣を歩く女性と共に前だけを見つめている。

 だっでそうだろう。

 あの人は大切な誰かの為なら命を懸けてしまえる。

 もしも唯一の存在を見つけたら、迷惑をかけるだけの子供のことなんて、もう二度と見てくれない。

 遠くなる背中にヴィラベリートは涙を流す。

 いつかはこんな日が来ると知っていた。

 ずっと抱えてきた恐怖を浮き彫りにする悪夢だった。



* * *




 白い箱と黒い箱。

 二種類の悪夢を見続ける

 そしてヴィラベリートはまた、箱を開けた。

 もう色を確認する余裕もなかった。




 そしてまた目を覚ます。

 次はどんな夢で貴方に出会い、そして別れるのだろう。

 何度もハルヴィエドと結ばれて何度も失ってきた。

 違う夢を見ているはずなのに胸の痛みが消えない。


「ここは……」


 しかし、鍵をひたすら集めた影響か、状況が明確に変化した。

 この夢は今までとは雰囲気が違った。

 ヴィラベリートは寝室にいる。

 箱を開けて悪夢の中にいるはずなのに、彼女達を閉じ込めた奇妙な部屋のままだった。

 

 それにハルヴィエドがいない。

 どの悪夢にも彼の姿があったのに。

 今回は彼の代わりに……


『ああ、ようやく会えた……』


 白いワンピースを着た、金髪の女性の姿があった。

 目の前の女性は自分とよく似ている。

 ヴィラがもう少し成長して、女性として生きる道を選んだなら、こんな姿になるのではないだろうか。


「お、おぬしは、何者じゃ……?」


 にゃんj民の推測は当たっていた。

 鍵を集め続けた結果、元凶に辿り着いたのだ。

 怯えつつもヴィラは女性に声をかける。


『お兄ちゃんは、私を置いて行ってしまった……』


 涙を流すでもなく、淡々と女は語る。

 その姿に胸が締め付けられた。

 だって、悪夢の中で何度も経験してきた。

 ハルヴィエドを失って涙を流した。

 たぶん彼女のせいで閉じ込められた。なのに、その気持ちが痛いほど理解できた。


『違う、ついていけなかったの。お兄ちゃんは、前に進む人だから。弱い私では傍に居られなかった』


 “お兄ちゃん”は悪の組織の一員だったと日記に記されていた。

 自分によく似た女性が、悪の組織の誰かに捨てられる。

 嫌な符合だ。まるで未来を見せつけられるような錯覚に陥ってしまう。


『だから私は死んだ後も、あの部屋からずっと動けなかった』


 ヴィラベリート達を閉じ込めた部屋は、この女性の亡くなった場所。

 彼女はそこでずっとお兄ちゃんを慕い続けた。


「では、お兄ちゃんとやらは、おぬしを捨てたわけではない?」

『そう。私は死んで、あの人は生きた。過去を振り切って歩く彼を、死んだ私はずっと眺め続けていた』


 お兄ちゃんに裏切られたのではない。

 でも、女性には遠く離れていく想い人を見ているしかできなかった。


『黒い箱は私の怯え。私を忘れて誰かを愛するあの人を、見たくなかった』


 自分が亡くなったことで、お兄ちゃんが他の誰かを愛してしまうのではないかという不安。

 それが黒い箱となって部屋に残った。


『白い箱は私の願い。結局は叶わなかった、いつか夢見た景色』


 それでも二人結ばれることを願っていた。

 だから白い箱の見せる悪夢はあんなにも幸せだった。

 つまり、あの幻覚は攻撃ではなく共感だ。

 ヴィラベリート達はずっと、亡くなった女性がかつて抱いた想いを追体験していたにすぎない。

 

「では、何故私達を……?」

『私は、ついていけなかったから。あなたはそうならないように』


 そう言って、部屋の主はヴィラベリートを抱きしめた。

 この女性が自分達を閉じ込めた。

 分かっているのに恐くない。

 むしろ、温かいと感じた。


「ああ、そっか……」


 お兄ちゃんに置いてかれた女性。

 まるで未来を暗示しているかのようだとヴィラベリートは感じた。

 結局、部屋の主の狙いは攻撃ではなく警告。

“私と同じような後悔をしないで”と伝えてくれていたのだ。


「ありがとう、なのじゃ。名も知らぬお人」


 ヴィラベリートのこぼした言葉に、部屋の主が笑ったような気がした。

 それが何故か懐かしく感じられ、胸に熱が灯る。

 そうして、もう一度部屋の主に声をかけようとした。










 けれど、一瞬の光のあとに不思議な部屋は搔き消えて。


「……あれ、ヴィラちゃん」

「ん、萌か?」

「どうして私達、抱き合っているんでしょう……」


 抱きしめていた女性がいつの間にか萌に入れ替わっている。

 こうして二人は、気付けば元の世界に戻っていた。








310:ハカセ

 おー、お前らお待たせ

 ワイ参上


311:名無しの戦闘員

 ハカセぇ!?


312:名無しの戦闘員

 やっと来たか!


313:名無しの戦闘員

 遅っせえよ、このタコ!(歓喜


314:名無しの戦闘員

 首領ちゃんとルルンちゃんが大変なんだ!

 助けてたもれ!


315:名無しの戦闘員

 首領ちゃん語が伝染ってるぞ


316:ハカセ

 スレでいきさつは粗方把握した

 だからワイが来たんや


317:名無しの戦闘員

 チクショウ、ポンコツのくせにこういう時は頼りになるぜ!


318:ハカセ

 ゆうても別にすることはないけどな 

 結論から言うと、脱出だけを考えるなら何もしなくてええよ

 砂時計の砂が落ち切った時点でその現象は終わる


319:名無しの戦闘員

 いやいやいやいや、それでなんで解決?


320:名無しの戦闘員

 ハカセ、もっとちゃんと考えてくれ


321:首領

 ただいまなのじゃ

 なんか戻れた


322:ハカセ

 お帰り、首領 


323:首領

 ハルヴィエドか! 来てくれたのじゃな!

 ルルンも無事なのじゃ


324:名無しの戦闘員

 え……


325:名無しの戦闘員

 首領ちゃん、よかった!


326:名無しの戦闘員

 マジで戻れたのか?

 

327:首領

 うむ、にゃんj民さんたち

 色々と心配をかけたのじゃ

 二人とも問題なく帰還し、今はハカセの会社に向かっておる

 ありがとうね!


 ルルンも「皆さんに、お世話になりましたっ」って言っておるぞ


328:名無しの戦闘員

 いや、無事ならそれに越したことはないんだけど

 結局なんだったんだ?


329:名無しの戦闘員

 砂時計の意味は?

 まるで意味が分からんぞ!


330:名無しの戦闘員

 ネックレスとか、意味のない鍵とか

 なんかすげー不完全燃焼


331:名無しの戦闘員

 ふぅ、どうやらこの状況を把握しているのはワイ将だけのようやね……

 

332:名無しの戦闘員

 遅れて颯爽と私ちゃん登場

 バニーガール・エレスちゃん+猫バニー義妹ちゃんメインの新作小説

 ほのあく~ウサギと猫とあなたとの夜~を書いてたらスレ見逃がした……

 でも、ざっと見た私ちゃんでも真相に気付いたよ?


333:名無しの戦闘員

 マジで?

 やっぱ鍵を集めまくったから出れたの?

 それとも箱の影響?


334:名無しの戦闘員

 あー、そこからかぁ……

 男の人だと気付かないのかも


 あの鍵自体には意味がないよ、箱にも

 だってアレ知育玩具じゃない?


335:名無しの戦闘員

 知育玩具?


336:名無しの戦闘員

 あ、知ってる

 幼児向けの勉強になるおもちゃのことだろ?


337:名無しの戦闘員

 そう、私ちゃん実は本業の関係で結構そういうのに詳しいの

 鍵と錠のおもちゃもポピュラーな知育玩具かな

 小さな頃から「大切なモノはちゃんとしまって鍵をかける」っていう習慣を身に着けさせるために使うものだね

 鍵は本来、箱をロックするためにある

 だから鍵は「入ってた」というより「使ってなかった」が正しいんじゃないかな


 あとね、教育における俗説の一つとして

“鏡を赤ん坊に見せちゃいけない”ってものがあるの

 医学的に根拠はないけど、信じる人も多いよ


 それに砂時計もね、子供の時間感覚を養うための立派な教材なんだ


 つまりあの部屋は、子供のことを考えて整えられてる

 だから私ちゃんも首領ちゃんに危険はないなーって何となく分かった


336:名無しの戦闘員

 エレハカ女がまともに考察してるだと……?


336:名無しの戦闘員

 教育に悪いヤツが教育に詳しいとか……


337:名無しの戦闘員

 あー、ワイ将はもっとホラー読みしてたンゴ

 箱は攻撃という割には首領ちゃん達のダメージがなかったからなぁ

 定番としては「残留思念を読み取ってもた」やろ?

 ということは、ルルンママの娘が首領ちゃんってのは、実はそのまんまの意味なんちゃうかなて思ったわけや


338:ハカセ

 おー、二人ともやるやん

 それでだいたい正解


339:名無しの戦闘員

 それってつまり、そういうこと?


340:ハカセ

 部屋の主は何者なのか?

 意図的に首領に接触を図り、危害は加えない

そんで女性で、悪の組織の人を慕っていた、首領を産んだ人やぞ?

 そんなん、首領のマッマくらいしかおらんやろ





 ◆



 こうして事件は自然に解決した。

 被害という被害はない。

 何か変化があったとすればヴィラの部屋にネックレスが飾られるようになったくらいか。


 そしてヴィラと萌が現実の世界に戻ってしばらくのこと。

 ハルヴィエドは日本での住居であるマンションで、ミーニャと三時のお茶を楽しんでいた。

 お茶請けは特製ぜんざい。舌休めに添えてある漬物もミーニャの手作り。

 そして話題は、ヴィラたちが巻き込まれた奇妙な現象についてだった。


「古い話だ。ヴィラの母は、セルレイザ様を“お兄ちゃん”と慕う年下の女性だったらしい。おぜんざい、うまぁ……」


 アムソラル族は先天的に優れた魂を有する。

 古い時代には、神に近しい愛の種族として尊ばれる存在だった。

 しかし神霊工学が発展し、個人の魔力に依存しない社会が形成されるにつれて、アムソラル族への畏敬は薄れていった。

 結果、今では下層の市井で暮らす者も多い。

 

 セルレイザもまた下層で燻っていた一人だ。

 上層への反骨を抱えデルンケムを立ち上げた彼は、その人柄から下層の一区域ではまとめ役のような立ち位置にいたらしい。

 書類仕事はほとんどできないが気のいい男で、子供にも優しく住人には慕われていた。

 その中には、ヴィラベリートの母もいたそうだ。

 

「歳は離れていたが互いに惹かれ、いつしか結ばれ。彼女はヴィラを身ごもった。が、もともと体が弱く、出産してほどなく亡くなったと聞いている」

「なるほど。私と同じ立ち位置、にゃ」

「話聞いてた?」


 妙なことを言うミーニャに突っ込みつつ、ハルヴィエドは話を続ける。


「二人が想い合っていたのは間違いない。彼女の死後、セルレイザ様が誰かを娶ることはないしな」

「マッチョは一途?」

「いや、そういう訳では。まあセルレイザ様はあの性格だから、振り返りはしなかった。それを、亡くなった彼女は置いてかれたと感じていたのかもしれないな」


 その心が異空間に部屋を造り、心残りを箱に変えた。

 黒い箱は、セルレイザが他の女性と結ばれるのではという不安。

 白い箱は、ヴィラベリートと母子として幸せに過ごしたかったという願い。

 ヴィラと萌は、箱を開けるたびに彼女の未練を味わってしまったのだろう。


「ただ、危害を加えるつもりは最初からなかった。知育玩具を模した仕掛けといい、ヴィラと時間を過ごしたかったんじゃないかな。そのために、依り代として萌ちゃんが選ばれた。色々と噛み合いすぎて、ホラーじみた演出になってしまったが」


 その結果があの部屋での監禁。

 ただ、ハルヴィエドにも最後まで分からなかったことがある。


「分からないのは、次元を隔てた日本に、どうして母上殿がおられたのかだなぁ。いったいどんな魔法をつかってここまで来たのか」

「ハルは、馬鹿にゃ」


 けれどミーニャは漬物を食べつつ気軽に答える。


「魔法なんていらない。大切な人を想う心は、いつだって時間や次元を越えるもの、にゃ」


 だからこれは奇跡ではない。

 母親がヴィラに会いに来ても何の不思議もないと彼女は言う。


「論理を乗り越えた、あなたを想う心が起こす奇跡。それを、愛と呼ぶんだぜ? ……にゃ」


 ちょっと勝ち誇るようにミーニャが微笑む。

 つまりこの一件は、徹頭徹尾“母親は確かにヴィラを愛していた”という言葉で説明がついてしまう。


「そう、かもな」

「問題は、諸々の説明をハルがする点では? にゃ」

「それがあったか……」


 母の死とか、父のレスとか。

 よく考えてみれば説明しづらいことが多い。

 さて、ヴィラや萌ちゃんにはどこまで言うべきか。

 結局増える自分の仕事に、ハルヴィエドは小さく溜息を吐いた。

 





 ※おまけ



 あの事件は「ヴィラの母親が遊びに来た」とハルヴィエドに説明された。

 しかし箱の夢を見たヴィラも萌も、違う解釈をしていた。

 きっと、部屋の主は伝えに来てくれたのだ。

 繋いだ手の温かさを知りながら、いつか離れると知らずにいる子供たちに。

 自分の心と向き合えないうちに、大切な人が離れていく辛さを、ヴィラの母親が教えてくれた。

 あの幻覚も「私のようになったら駄目だよ」という母なりの叱咤激励だったのだろう。


「なあ、ヴィラも萌ちゃんも。一応私は社長代理という肩書でだな。こういうのはまずいんだが」

「えー、駄目ですか?」

「少しの間だけなのじゃ」


 だからあの部屋から帰ってきたヴィラと萌には変化があった。

 彼女達は、今まで以上に積極的にハルヴィエドと手を繋ぎたがるようになった。

 当然ながら子供に甘い激重お兄ちゃんはそれを振り払えず、ハルヴィエドを挟んで三人手を繋ぎ並んで歩く姿が時折見られるようになったらしい。

 とはいえ、大きな変化はない。

 相変わらず彼は、子供たちに振り回されている。


「ハルさん、ケーキを食べに行きましょう!」

「うむ! ささ、義兄様の店へ!」

「……まあ、いいか」


 だけど子供はいつまでも子供じゃないよ。

 繋いだ手を離したくないと、静かに心に決めることもある。

 ただそれだけの、ささやかなお話。



─────

時系列・本編から五か月くらい?

萌ちゃんとヴィラちゃんが、何故かハカセと手を繋ぎたがるようになる

ちょっとぐぬぬな沙雪ちゃん



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