番外編:ヴィラとルルンと置き去りの部屋・前編





 彼は、私にとって優しいお兄ちゃんみたいな人でした。

 年齢は10歳以上も離れていたけれど、私のことをちゃんと見てくれる。

 まだ子供だった私は彼が大好きで、事あるごとに甘えていたように思います。

 傍に居たくて、相手の迷惑も考えず会いに行ったこともあります。

 でも彼は嫌な顔一つせず、私の頭を撫でてくれました。

 それが私には嬉しくて、彼にぎゅーっと抱き着くのです。

 すると困ったように微笑んで、でも振り払ったりはしません。

  

 幼い頃の大切な思い出。

 当たり前のように彼の傍に居られた子供だった私。


 繋いだ手の温かさを知っていた。

 いつか離れると知らずにいた。

 そんな、幼い頃のことでした。



* * *



 私、朝比奈萌には最近新しい友達が出来た。

 デルンケムの首領で、私より一つ年上のヴィラちゃん。

 最初は怖い人かと思ったけれど全然そんなことはない。

 ハルさんのことが大好きな優しい子。まだ性別がない、と言われてもちょっと良く分からなかったけど。

 とにかく私達はとても仲良くなって、今では二人で遊びに出かけたりもする。

 この休日も二人でお出かけ。

 ヴィラちゃんは今までほとんど外に出たことがないらしくて、私が色々案内する約束をしたのだ。

 

「この前、初めてお外に出かけたのじゃ。義兄様のお店に行ったぞ」

「喫茶店ニルですか。あのお店、私達も良く行きますよー」

「うむ。ケーキ美味しかった。呪霊剣王と謳われた義兄様がお菓子作りとか、この目で見るまでちょっと信じてなかったのじゃ……」


 何故か遠い目をするヴィラちゃん。

 なんと、この子はマスターの零助さんの“ごきょうだい”だったらしい。

 少し喧嘩していたみたいだけど、今は仲直りしたみたいで良かった。

 そんな風に私達はお喋りをしたり、お買い物に行ったり、休日を楽しんでいた。 

 でも途中で急に眠くなって、ちょっとうたた寝をしてしまった。


「……のう、萌や。私たちは一体どうなったのかのう」

「ご、ごめんなさい。私も分からないです……」


 そして気付いたら、知らない部屋にいた。

 しかも扉も窓も開かない。

 たぶん、私達は知らない部屋に閉じ込められていた。

 いきなりすぎて理解できないけど、とにかく外に出ようと色々試した。


「ふふん、ガラス窓など壊せばいいのじゃ!」


 ヴィラちゃんが頑張った。

残念ながらガラス>ヴィラちゃんだった。


「むぅ、ち、力尽くでは、むむ、無理のようじゃ……」(コヒューコヒュー

「なら、外に連絡してみます!」


 スマホで頼れる人にコール。

 ハルさん、沙雪さん、茜さん。

 あと喫茶店ニルにもかけてみるけど繋がらない。


「ヴィラちゃん、ど、どうしよう……」

「落ち着くのじゃ、萌。私にはまだ策がある」


 外に連絡が繋がらなかったのに、ヴィラちゃんはスマホを取り出した。

 そして何故か自信ありげに胸を張り、たどたどしく画面をタップして────




* * *



 

【緊急事態】いつの間にか変な部屋に閉じ込められたのじゃ



1:名無しの戦闘員  

 たすけてたもれ


2:名無しの戦闘員

 あれ、ハカセじゃない?


3:名無しの戦闘員

 いつもの謎技術スレが立ったから急いできたんだけど


4:名無しの戦闘員

 〇ックスしないと出られない部屋に閉じ込められたと聞いて


5:名無しの戦闘員

 おーい、ハカセ? それともせくしーちゃん?


6:名無しの戦闘員

 イッチ反応くれ


7:名無しの戦闘員

 わーいつながった!

 ちょっと待って

 ここではハカセだったのう

 ハカセからちゃんととりっぷと固定ハンドルのつけ方を教わったのじゃ


8:超絶最強首領様

 できた!

 これでよかろ?


9:名無しの戦闘員

 首領様って、首領ちゃん?


10:名無しの戦闘員

 超w絶w最w強w


11:名無しの戦闘員

 このポンコツ具合、首領ちゃんや


12:名無しの戦闘員

 拘りなければ短く首領の方がいいぞ

 コテハンの長さが名無しと同じだから、スレが続くと多分見にくくなる


13:名無しの戦闘員

 たすけてたもれは、助けてたもれ?

 どうしたの、首領ちゃん?


14:首領

 なるほど、感謝なのじゃ

 あと、こういう時は本人の証明をせねばならんのじゃろ?


【画像】


 顔は隠すけど私の写真なのじゃ

 既に宣伝ポスターになってる私はともかく、ルルンは許して 


15:名無しの戦闘員

 おお、白ワンピースの美少女アイドル!?


16:名無しの戦闘員

 すっご、カワ(・∀・)イイ!!

 

17:名無しの戦闘員

 くっそ、なんで

 なんで保存できねえんだよハカセぇ!?

 

18:名無しの戦闘員

 いや、問題そこじゃねえだろ

 今どんな場所に居んだよ


19:名無しの戦闘員

 やっぱルルンちゃんの方はナシか、まあ仕方ないね 

 しかし廃墟? 洋室っぽい……


20:名無しの戦闘員

 薄暗くて良く見えないけど、なんかおどろおどろしくない?


21:首領

 ここは、ちっちゃな一軒家?

 ただ廃墟ではないし、薄暗くもないぞ

 むしろ真新しいし真っ白い感じで陽の光が差し込んでおるのじゃ

 画像も私の目にはそうなっておる


22:名無しの戦闘員

 え?


23:名無しの戦闘員

 首領ちゃん何を言ってるんだ?


24:首領

 こういうときはカッコと名前を


 ルルン「はい。すごくきれいなお部屋です」


 とルルンも言っておるし、私にもそう見えておる

 なんか、私たち気付いたらこの部屋におったのじゃ


25:名無しの戦闘員

 気付いたら?


26:名無しの戦闘員

 なんだかんだ悪の首領と正義の変身ヒロインだし

 もしや敵対勢力的なやつらの襲撃?


27:首領

 それならハカセや義兄様が何の対応もせぬとは考えられぬ

 なによりルルンの傍に妖精がおらん

 繋がりはあるのに何かに隔てられているようでのう

 あと、私の魔霊変換器も起動しない

 今はハカセのプレゼントしてくれたデバイスを使ってるが、電話もメッセージもできない

 どうにかにゃんjにだけは繋がった状態

 こんなの初めてなのじゃ


28:名無しの戦闘員

 つまり敵ではく、なんらかの特殊な環境に引きずり込まれた、ということ?

 しかし電話は繋がらないのココには繋がるのか


29:名無しの戦闘員

 昔、きさらぎ駅だっけか?

 ああいう都市伝説に巻き込まれた時も電子掲示板にだけは接続できたらしいぞ


30:名無しの戦闘員

 幽霊の書き込みとかもあったし、案外オカルトに強いんかね 

 しかし妖精がいないってヤバない?

 今のルルンちゃん一般人ってことじゃん


31:首領

 ルルンと二人で部屋を色々調べてみた 

 でも、このお家からは出られないのじゃ

 ハカセもおらんし、私達はどうすればいいのか

 誰か助けてたもれ


32:名無しの戦闘員

 首領ちゃんのおねだり……


33:名無しの戦闘員

 今はそんな状況じゃねえだろ

 実際助けるってどうすりゃいいんだ?


34:名無しの戦闘員

 にゃんj民には何人かハカセの会社に勤めてる奴がいるはず

 そいつからハカセに連絡をとってもらうのは?


35:名無しの戦闘員

 それだ!


36:名無しの戦闘員

 おーい、誰かいるかー


37:名無しの戦闘員

 元ニートー! 


38:名無しの戦闘員

 現社畜!


39:名無しの戦闘員

 ちょっと難しいンゴねぇ……

 タイミングが悪かったというか

 今、ハカセ社長は青森でやってる環境フォーラムに参加してて、たぶん連絡つくのは夜になってから

 せくしーちゃんも一緒に行ったから、社に残ってるのはLリアちゃんとN太郎くんくらいだったはずンゴよ


40:名無しの戦闘員

 マジかよ……


41:名無しの戦闘員

 ワイらでは社員の誰が元戦闘員か分からないんで誰を頼ればいいのか

 とりあえずN太郎代表補佐の耳に入れておくンゴ


42:名無しの戦闘員

 あと頼れそうなのはアニキとゴリマッチョくらい?


43:名無しの戦闘員

 他はロスフェアちゃんと、義妹嫁にメタル兵の皆とか


44:名無しの戦闘員

 そっちはにゃんj民経由の救援要請は無理

 Lリアちゃんあたりが連絡先を知っていることに賭けるしかない


45:名無しの戦闘員

 俺も社員だ

 たぶんハカセ社長に繋がれば、すぐに対応してくれると思う

 首領ちゃんの為なら環境フォーラムなんて普通にぶっちぎってくるから

 ただ問題は今現在参加中だから、すぐには連絡がつかないこと

 一応連絡は入れてもらえるよう手配はする


46:名無しの戦闘員

 でも夜になればハカセが動けるんだろ?

 なら安心して待っていられるな


47:首領

 ルルンの意見は違うらしいのじゃ

 なんか、部屋の机の上にちょっとおっきい砂時計がある

 それがさらさらーって流れ落ちてるのじゃ

 

 ルルン「こーいうのって、あんまり嬉しくないような気がします……」


48:名無しの戦闘員

 え…まさか時間制限アリ?


49:名無しの戦闘員

 なくなったらどうなるんだ?


50:名無しの戦闘員

 想像したくねぇ……


51:首領

 で、ルルンの提案じゃ


 ルルン「脱出できるように頑張りましょうっ」

 わたし「うむ!」

 

 そんな感じで考えたんだけど

 どうすればいいのか分からんのじゃ……

 で、そうだ!

 あの時私を応援してくれた、にゃんj民の皆さんなら力を貸してくれるやもしれぬ!

 正直ハカセにも義兄様にも連絡つかんかったし

 なにか知恵を貸しておくれ、なのじゃ!


51:名無しの戦闘員

 つまり、我ら首領ちゃんの幸せを応援し隊の出番という訳か


52:名無しの戦闘員

 知恵かぁ……


53:名無しの戦闘員

 オカルト的なお約束なら情報を集めて「閉じ込められた原因を探る」ことかな


54:名無しの戦闘員

 首領ちゃんまず部屋の中について教えてもらえるか?

 画像でもかまわないぞ


55:首領

 む、部屋の中……ちょっと待ってて


56:名無しの戦闘員

 でもちょっと怖いな


55:首領

 【画像】


 えーと、私がいるのは寝室、かな?

 白いシーツのベッドがあって、

 クローゼットと、引き出しがある机

 小っちゃい本棚はあるけど本は2冊しか入っていないのじゃ

 窓の外はなんか止まったままの絵みたいになっておる

 扉はあるけど鍵は閉まったまま

 あと机の上には、小物入れ? っぽい白い箱と黒い箱があるのう

 怖いからどっちも開けてないのじゃ!


56:名無しの戦闘員

 マジでその部屋から出られないのか


57:名無しの戦闘員

 本棚にある本ってどんなの?

 なんか手掛かりになりそうなやつない?


58:首領

 日記なのじゃ

 ぱらぱらめくってみたけど名前とかは書いてないのう

 内容は、ちょっと見たことが申し訳なくなるような……

 読むので待ってて


59:名無しの戦闘員

 うーん、いったいなんなのか


60:名無しの戦闘員

 デスゲームが始まるとかじゃなさそうだけど、どう考えてもホラーだよな


61:名無しの戦闘員

 あまりワイらが暗くなってもイケないンゴ

 首領ちゃんが気を抜けるように明るくするべきちゃう?


62:名無しの戦闘員

 猛虎弁に言われるのはシャクだけど確かに

 

63:名無しの戦闘員

 しかしまだハカセには繋がらんのか


64:名無しの戦闘員

 ルルンちゃんがいなくなったらエレスちゃん達が騒ぎそうなもんだけど


65:名無しの戦闘員

 そういや今日はエレハカ女見ねえな


66:名無しの戦闘員

 スレ違うし気付いてないんでない?


67:首領

 すまぬ、一通り目は通した

 どうも日記の主はこの家に住んでいた女の人で、すでに亡くなっているようじゃ 

 日記と言うより恋文?


68:名無しの戦闘員

 おお、お疲れ


69:名無しの戦闘員

 分かってたけどやべぇな


70:名無しの戦闘員

 死者が住んでいた部屋……嫌な想像しか浮かばん


71:首領

 日記を読んでもこの女性の名前は分からんのう

 内容は、ほとんどがお兄ちゃんについて書かれておる


72:名無しの戦闘員

 お兄ちゃん?


73:首領

 日記の主は子供の頃、まだ十歳と少しくらいの時に“お兄ちゃん”に出会ったそうじゃ

 血の繋がった、ということではないぞ

 偶然知り合った十歳は上の男性で、とても優しい人だから日記の主は本物のお兄ちゃんのように慕っていたらしいのじゃ

 しかもなんと、お兄ちゃんは悪の組織の人だったと書かれておる


74:名無しの戦闘員

 ということは、日記の主はデルンケムの関係者?


75:名無しの戦闘員

 あれれ~?

 僕、子供に優しくてお兄ちゃんって呼ばれそうな悪の組織の人を知ってるぞ~?


76:首領

 別に悪の組織はデルンケムだけではないからのう

 それに内容的には微妙にハカセに当てはまらないっぽいのじゃ

 男らしいとか、すごく強いとか

 かっこよくて素敵とか、少し抜けてるところも可愛い……この辺りは、うん

 意外と合ってるところもある、かな?


77:名無しの戦闘員

 聞きました奥さん?(ヒソヒソ

 

78:名無しの戦闘員

 ええ、聞きましたわ

 すぐにハカセを出すあたり、ねぇ?(ヒソヒソ


79:名無しの戦闘員

「優しいお兄ちゃん」としか書いてないのになw


80:名無しの戦闘員

 アニキ「……俺の立場は?」


81:首領

 謀られた!?


82:名無しの戦闘員

 謀ってない謀ってない


83:名無しの戦闘員

 にゃんjは隙を見せたら弄られる修羅の国やからね


84:名無しの戦闘員

 まあ、それはいいとして日記の内容に何か手掛かり的なものはない?


85:首領

 うむ

 日記の主は、どうも悪の組織のお兄ちゃんに恋心を抱いてたようじゃのう

 お兄ちゃんともいい感じの関係だったみたいなのじゃ 

 ただ、特別な関係とも言い難かったというか


「お兄ちゃんが私に優しくしてくれるのは子供だから。きっといつか、愛する人と結ばれて私の傍からいなくなる」

「繋いだ手が、いつか離れるのが怖い」

「二番目でもいいから、私を女性として見てください」


 後半になるとお兄ちゃんが離れていくのを怖がっている文章が多くなる

 おっも、なのじゃ


86:名無しの戦闘員

 ……うん、そやな!


87:名無しの戦闘員

 ちなみに首領ちゃん、ハカセが傍からいなくなるとしたらどう思う


88:首領

 むむ? そんなことあるはずないじゃろ?

 私が間違えない限りハカセは仕えてくれる

 私が間違えたなら、昔はそれでも支えてくれた

 でも今はきっと、ちょっとお説教はするけど、一緒に頑張ろうって言ってくれるのじゃ


89:名無しの戦闘員

 おお…もう……


90:名無しの戦闘員

 ヤバない?


91:名無しの戦闘員

 ハカセは社長辞めて政治家を目指して早急に現行の婚姻制度を変えるべき

 じゃないとわりと危険が危ない


92:首領

 よく分からんが、続けていいの?

 日記の主は結局お兄ちゃんとは結ばれなかった

 そして最後には病気にかかり、お兄ちゃんとの思い出だけを慰めに、この部屋で亡くなったようじゃな

 後半の方はかすれていて読めないところも多いのう


 でも私が子供じゃなかった、もっと大きかったら

 こんなに弱くなかったらあの人の傍にもっといられた


 というのは何度も書かれておる


「私の命はもう尽きる、でも……」


 その文章で日記は途中で終わりのようじゃ


93:名無しの戦闘員

 小さな頃に出会ったお兄ちゃんに恋をしたけど結ばれず、失意のままその部屋で氏んでいった、ということなのか……


94:名無しの戦闘員

 お辛いけど、たぶん首領ちゃんとルルンちゃんが閉じ込められた理由ってその女の人だよな


95:名無しの戦闘員

 順当に考えたらそうなるわな


96:首領

 ルルン「と、ということは、日記の女の人さんは、そのベッドで……?」


 ルルンが気付いてはいけないことに気付いたのじゃ

 怖いのでお互いぎゅーってした


97:名無しの戦闘員

 抱き合う首領ちゃんとルルンちゃん!?!?!?!?!?


98:名無しの戦闘員

 画像ハラディ


99:名無しの戦闘員

 画像ハラディ


100:名無しの戦闘員

 画 /像パラディン


101:名無しの戦闘員

 アタマだけ離れてる奴はパラディンじゃなくてデュラハンだな


102:名無しの戦闘員

 首ルル……そういうのもあるのか


103:名無しの戦闘員

 なんだかすごいことになっちゃう?


104:名無しの戦闘員

 すごいこと(意味深


105:首領

 なんでこの人たちそんなにテンションが上がってるの……?

 まあでもちょっと怖くなくなったからありがとなのじゃ


 ルルン「……えーと、どういうことでしょう?」

 わたし「変な人達じゃろ?」

 ルルン「あ、でも首領ちゃんとぎゅーするのは私も好きですよ?」


 もう一回ぎゅーしといたのじゃ

 ただにゃんj民さん達の反応にルルンはすっごく不思議そうな顔をしておったぞ


106:名無しの戦闘員

 いつの間にか仲良しやなぁ


107:名無しの戦闘員

 そろそろマジメにやらんと

 気になるのって言ったら、やっぱり黒と白の箱じゃね? 


108:名無しの戦闘員

 中に何か入ってるとして、調べるのもちょっと怖くない?


109:名無しの戦闘員

 でも手掛かりになりそうなのはそれくらいか


110:名無しの戦闘員

 首領ちゃん、砂時計って後どれくらいか分かる?


111:首領

 砂時計の砂は半分くらい残っておる

 でもデバイスの時計は動いてないし、窓の外の景色に変化はないしで正確にどのくらい時間があるのかは分からんのじゃ


112:名無しの戦闘員

 その状態だと、ハカセの救助を待つのが正しいのか微妙だな


113:名無しの戦闘員

 猛虎弁、会社の方はどうだ?


114:名無しの戦闘員

 反応ねえな


115:名無しの戦闘員

 出社したんなら小まめにスレを確認は出来んだろ


116:名無しの戦闘員

 そうか……どうすんべ、これ


117:首領

 ルルン「私が、箱を開けてみます」


 私が何かをするより早く、ルルンがそういったのじゃ


 ルルン「ちょ、ちょっと怖いですけど。でも、頑張ります。私が一人で開けたら、なにかあっても首領ちゃんは無事です。もしもの時は、ハカセさんにお願いしますね。えへへ」


118:名無しの戦闘員

 この子覚悟決まり過ぎなんですけど


119:名無しの戦闘員

 大丈夫かこれ……




「も、萌。やはりここは、私が」

「ううん、私がやります。あのね、ハルさんが言ってました。私は、魔力に関してはすごい才能があるんだって。なら、気付けることがあるかもしれないです」


 黒い箱に手を伸ばす。

 だけど触れた瞬間に、たぶん私は意識を失った。

 



 目の前が真っ暗になって、体も動かない。

 ……寒い。

 ここは、すごく寒かった。


「萌ちゃん、どうしたんだ?」


 だけど温かくて優しい声に、私は目を覚ました。

 

「あれ、ここは……」


 確か私は、ヴィラちゃんと変なお部屋に閉じ込められていたような?

 でも…ざざ……頭が痛い。

 起きると豪華な宿泊ホテルの、控室のような場所に私はいた。


「大丈夫か? 調子が悪いなら、少し休んでいた方が」

 

 目の前にいるのは、銀髪の男の人。

 ハルさんが心配そうに私を見つめている。


「あ、いえ、平気ですっ」

「そうか? 無理はしないでいいんだぞ」

「えへへ、全然元気ですよ」


 私がぐっと力こぶを作ってみせると、ちょっと安心したのか微笑んでくれた。

 ハルさんは私にとって優しいお兄さんみたいな人。

 最初は敵として出会ったけど、今ではとっても仲良しだ。


「なら信じる。だが、こんなことで負担はかけたくない。辛くなったらすぐに言ってくれるか?」

「むぅ、ハルさんは心配し過ぎです。私だって、自己管理くらいできますよ」


 あれ? 私は…ざざ……中学生、まだ13歳……じゃ、なかった。

 そうだ、起きたばかりで頭が働いていなかった。

 私はもう高校を卒業して、お酒も飲める年齢。大学に通いながらハルさんの会社でアルバイトをしている。

 社長さんなハルさんは、アルバイトでも社の一員だって言ってくれてるからすごく働きやすい。

 それに私は神霊工学の手ほどきも受けていて、今ではハルさんの弟子。そのくらい認めてもらえていることがすごく誇らしい。

 なのに、なんで忘れていたのだろう。


「じゃあ、今日は任せるよ」

「え? えーと……?」 


 ハルさんの言葉が一瞬理解できなかった。

 でも彼は、冷たいくらいの美貌を溶かし、とっても柔らかく笑った。



「今日は、私と沙雪の結婚式だろ? 萌ちゃんが友人代表として挨拶してくれると聞いて、すごく嬉しかった」



 ……………………え?

 結婚式? まだ沙雪さんは高校生、なのに。

 いや、違う。…ざざ……ああ、そうだ。この前大学を卒業したんだ。

 だんだんと記憶が蘇ってくる。

 デルンケムとの戦いが終わった後、ハルさんと沙雪さんは付き合い始めた。

 お互い初の恋人だったみたいで、少し慣れないところはあったみたい。

 でもゆっくりと心を通わせて周りが羨むくらいになった。

 それを茜さんはちょっとからかいつつも、二人を応援していた。

 

『おめでとうざいます、沙雪さん!』

『萌、ありがとう。まだ少し恥ずかしいけど』

『もう、何言ってるんですかー』


 覚えてる。

 当時まだ13歳だった私も、沙雪さんの幸せそうな姿を心から祝福していた。

 大好きな二人が恋人になるなんて、こんな素敵なことはないと思った。


 そうして私は今日、結婚式に出る。

 ハルさんと沙雪さんの出会いを語りその行く末を祝う、友人代表として。


 ここは宿泊ホテルでなく、結婚式場の控室。

 なのに式が始まる前に私は体調を崩してしまったんだ。


「えっ、と。は、ハルさん」

「萌ちゃん?」

「……なんでも、ないです」


 震える声で呼びかけても、心が伝わっているようには感じられない。

 彼はきっと、これから妻になる沙雪さんのことを今も考えている。

 だからこれ以上は何も言えなかった。


 しばらくして結婚式が始まった。

 沙雪さんの学校の友達や、ハルさんの会社の人。

 喫茶店ニルのマスターに英子先輩も招待されたみたいだ。

 私は友人席で茜さんや美衣那さんと一緒に…ざざ…眺めている。

 ハルさんも沙雪さんもすごく幸せそうだ。

 そしてついに出番がやってきた。

 前に呼ばれて、私は招待客の注目を浴びながら友人代表としてスピーチを始める。


「沙雪さん、晴彦さん、ご結婚おめでとうございます。

 私は13歳の頃から二人を知っています。

 だから、今日の日が来るのを心待ちにしていました」


 嘘じゃない。


「幼かった私にとって、沙雪さんは美人で頼れる憧れのお姉さんで、晴彦さんはかっこよくて優しいお兄ちゃんでした。そんな二人が恋人同士になったと知って、とても嬉しかったのをよく覚えています」


 嘘じゃない。

 沙雪さんもハルさんも大好き。嬉しかったのだって間違いない。


「沙雪さんはいつも茜さんや私を見守ってくれる優しい女性でした。きっと結婚生活では、晴彦さんのことも見守り支えてくれるでしょう。晴彦さんは面倒身が良くて、いつも誰かの為に頑張っている人でした。特に子供に優しい人だから、お子さんが生まれたら子煩悩になりそうです」


 嘘じゃない。

 ハルさんは、子供だった私に、とっても優しかった。

 甘えるばかりだったのに、嫌がったことは一度もなくて。

 萌ちゃんって温かな声でいつも呼んでくれた。


「沙雪さん、大好きな晴彦さんと結婚できて、おめでとうございます。

 晴彦さん、私の大切なお姉さんを、どうぞよろしくお願いします」


 嘘じゃない。

 全部全部本当なのに。

 心からおめでとうって思っているのに、なんで涙が零れるの?


「おふたり…の末永い……お幸せを願って、私のスピーチと、させていただきます」


 周りの人はもらい泣きしている。

 私が喜びから泣いているのだと勘違いしているからだ。

 ああ、涙が止まらない。


「ありがとう、萌ちゃん」


 やめてください。

 お願いします、ハルさん。ありがとうなんて言わないでください。


「萌……本当に、ありがとう」


 沙雪さん、そんなに嬉しそうに泣かないで。

 やめて、お願いだから。もう私の心を追い詰めないで。



 ああ、“彼”が遠くに行ってしまう。

 ずっと好きだったのに気付けなかった。

 手遅れになるまで自分の心に向き合えなかった。

 彼の傍に居たかったのに。

 本当は行かないでって縋り付きたかったのに。


 愛しい子供をこの手に抱いて。

 家族で仲良く暮らしていけたら、どれだけ幸せだったことか。


 なのに離れていく彼を私は見送ってしまった。

 私が弱かったから、あの人が、離れて─────

 



※あくまで閉鎖空間的精神攻撃です。

 さすがのハカセもここまで鬼畜ではありません。

 正ヒロインに悪役をやらせていくスタイル。



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