清流のフィオナとハルヴィエド②



「”ハルヴィエド”は悪い人ですか?」

「悪の組織の科学者ポジだからな。相応に悪いやつのつもりではいるよ。君に嫌われるようなこともたくさんしている」

「それは誰かの為ですか? 美衣那さんを人質に取られたり」

「馬鹿にしないでくれ。あの子は、自分の意思で立っている。まだ未熟で、プライベートでは自由に振る舞っているみたいだが」

「ありがとうございました。……嬉しいです」

「どういたしまして、でいいのかな?」


 冷徹な美貌の青年が、かすかに柔らかい笑みを浮かべた。

 答える義理なんかないだろうに、彼は言える精いっぱいを教えてくれた

 美衣那もきっと悪の組織側。だけど強制はされておらず、私達との交流は計略ではない。

 彼は本当に悪いことをしている。でも、それで快楽を得るような性質ではない。

 

 そして誰かの為という質問だけは肯定も否定もしなかった。


 それが逆に、誰かを庇っているのだと証明する。

 きっと組織にとどまっているのはその人のため。

 ……相手が女の人じゃないといいなぁ、なんて思う辺り私は相当参っている。


「……ちなみに、付き合ってる人がいないの、嘘じゃないですよね?」

「ああ、と。そ、そういうお相手は、なかなか出来ないね」


 なら安心、”ハルヴィエド”への確認は十分だ。

 質問が途切れると、彼は小さく肩を竦めた。


「謝っておくよ。結果として騙すことにはなった。だが近付いたこと自体に企みがあった訳ではない(安価の結果です)」

「分かります。貴方がもっと狡猾なら、私達はとっくに終わっていましたから。でも……何かしらの打算は、あったんですよね?」

「ああ。組織よりも私個人の都合ではあるが」


 思った以上に彼は素直に話してくれる。

 だから私は踏み込む。ここを逃したら、きっと後悔する。


「では改めて教えてください、”あなた”のことを」

「私の目的、か?」

「いえ。萌に送ったたこ焼きパーティーの画像は、偽物ですか?」


 私の質問が虚を突いたようで、彼は一瞬きょとんとしていた。

 しかしすぐに微笑んでくれた。


「いや、実際にやった。上手く球形に出来なくて大変だったよ」

「カップラーメンが好きなのは?」

「それも本当だ。もともと濃い味が好きだし、カップ麺は私達の次元にはないんだ」

「猫を可愛いと思いますか?」

「肉球をぷにぷにすると心が安らぐ。どうにも忙しい身でね。たぶん、無意識に癒しを求めているんだろう」

「それなら……」


 首から下げた守り石を彼に見せる。

 

「これは、発信機ですか? それとも、なにか呪われたアイテムだったりしますか?」

「……いいや。何の力もない、ただのお守り代わりだ」


 そうと知れて、ほっと安堵の息を吐いた。


「これのおかげで、私はまっすぐに前を向けました。貴方の意図がどうあれ助けてもらえたと思っています」

「そこまで大仰なことをしたつもりはなかったんだが」

「だとしても、ありがとうございます。あの時悩んでいた私に声をかけてくれて」


 守り石だけじゃない。

 マスターから聞いた過去に、一人ぼっちだった子供の頃の自分を重ねた。

 美衣那をお世話してきたお兄ちゃんの姿に微笑ましくも温かな気持ちになった。

 クラスの女子が彼を誉める度に、複雑ながらも誇らしかった。

 あなたの素敵なところを私はたくさん知っている。


「私は、あなたを値踏みします。騙されていた、敵だった。それでも私が好きになった部分は、確かに本物でした。なら私にとっての価値は崩れない。好きの言葉は、撤回しません」


 彼がデルンケムの統括幹部代理であることには変わらない。

 だけど私が惹かれたちょっと変なお兄さんもちゃんと存在していた。

 好きという気持ちだって、きっと間違いではなかった。


「今度は、貴方が値踏みしてください。清流のフィオナでない“わたし”は、あなたにとって価値がありますか?」


 自分で問いかけておきながら物凄く緊張している。

 計略のために近付いただけ。そう言われたらきっともう立ち上がれない。

 でも一つ、信じられることがある。

 この不器用な人はまっすぐぶつかったならそれに応えてくれる。


「ああ……そうだな。君は、初期の頃たった一人で戦っていただろう?」

「はい。浄炎のエレスが参戦してくれるまでは」

「その姿が私には少し懐かしく思えた。なんだろう、寂しそうな眼をしているのに、一人で必死に頑張って。そう言えば昔、似たような真似をしていたな、とね」


 遠い思い出を語る彼の声はとても優しい。

 悪の組織の人だなんて信じられないくらいに。


「つまり、ファンだったんだよ、君の。私は父の為だったが、君は見も知らぬ誰かの為に一人で戦っていた。純粋に眩しかった」


 そう言われると照れてしまう。

 最初の一歩は、初めての友達である月夜の妖精リーザの為だった。

 戦い続けられたのも茜や萌がいたからだ。

 でも私の姿が彼の目に焼き付いていたというのなら嬉しい。


「で、推しのアイドルと偶然知り合えて、普通の女の子としての一面を見た。同時に、この子も寂しい幼少期を送ったのだろうと何となく察せた。それでも歪まない君を見て。まあ、恥ずかしながら。惹かれていたんだろうなぁ」


 冷酷な幹部ではない、“あなた”の声に頬が熱くなる。

 彼はまっすぐ私の瞳を見た。


「私も値踏みしよう。私にとって君は、無理にでも手に入れたいくらいの価値がある」

「ええ、と。それは、その、つまり。りょ、両想い的な……?」

「うん。実は、私にとって君は初恋、だったりする。最近友達に気付かされた。本当だぞ」


 ちょっと照れ臭そうに念を押される。

 飛び跳ねたくなるくらいの喜びが全身に満ちていた。


「なあ、デルンケムに来ないか? 私は、君が好きだよ。どうだろう、“濁流のフィオナ”なんて名前は。闇堕ちヒロインは流行りだと聞いた。今なら即幹部入りだ。……いや、うん。真面目に私を助けてくれないか?」


 彼は軽い調子でそんな誘いをかけてくる。

 さらりと好きと言われて胸が高鳴った。

 でも平気なふりをして冗談っぽく返す。


「そちらこそ、私達の側につきませんか? 少女マンガの変身ヒロインには、温かく見守ってくれるお兄さん枠が必須なんです」

「追加戦士じゃないのか?」

「それでもかまいませんよ。私がピンチの時には助けに来てくれますか?」

「いいね、ヒーロー役は柄じゃないが嫌いでもない」


 私の冗談に乗っかってくれる。

 二人で一頻り言い合って、お互い堪えきれず声を出して笑った。


「ふふ。いいですね、どちらも楽しそうです」

「はは、悪くないシチュだね」


 ああ、楽しい。

 好きな人が自分を好きになってくれるって、なんて幸せなことだろう。


「だが、ごめんだな。私には譲れないものがある」

「すみません。悪の組織に屈するなんて、できません」


 それでもきっと、捨てられないものはあるけれど。


「すまない。君が好きというのは本当だよ。だけど放り出すには“ハルヴィエド”は重すぎる。これで案外、大切にしたいモノが多いんだ」

「私も、貴方が好きです。その上で“清流のフィオナ”としてデルンケムと戦います。それが友達との約束だから」

「こちらも首領を裏切る気は一切ない」


 本当は最初からこうなると分かっていた。

 私とあなたを望んでも、“清流のフィオナとハルヴィエド”に帰結する。

 

「……それでも、私達は両想いだったと、胸を張ってもいいですよね?」

「君がそう思ってくれるなら、私も嬉しいな」

「はい。それでは、晴彦さん」

「うん、沙雪ちゃん」


 最後には“沙雪ちゃんと晴彦さん”に戻って、どちらからともなく公園を後にした。

 別れの挨拶はなかった。

 さよならもまた会いましょうも、口にすると違う意味を持ちそうで怖かった。

 夕暮れは過ぎ去って空は藍色に移り変わる。

 ぽつりぽつりと瞬く星の下で、私は小さく溜息を吐く。


「あーあ」


 私にとっても初恋だ。 

 デートも楽しかったし、両想いと知ってすごく嬉しかった。

 なのに上手くいかなかった。大成功で大失敗の一日。恋愛なんて初めての経験だけど、やっぱりとても難しいようだ。


「ううん。まだ、私は……」


 でも涙は零れないし、落ち込みもしない。

 私は一度自分の頬を両手で叩き、気合を入れ直してから帰路についた。



 独り戦っていた私を眩しいと言ってくれた彼。

 同じように独りで頑張っていたあの人を、今度は私が褒めてあげたい。

 頑張ったねって、すごかったよって。

 そうあなたに伝えられる私でありたいと、改めて思った夜だった。




 ◆




835:ハカセ

 おー、みんなすまん

 せっかく色々考えてくれたのに、やっぱ上手くいかんかった

 

836:名無しの戦闘員

 そっか……


837:名無しの戦闘員

 あんま気にすんなよ


838:ハカセ

 サンガツ

 でもちょっとさすがに疲れたから今日は休むわ


839:名無しの戦闘員

 おう、お休み


840:名無しの戦闘員

 いい夢は見れんかもしれんけど、明日はまたグダグダ愚痴りに来てくれよ


841:せくしー

 おやすみなさい

 私はあんまり心配してないですよ、ハカセさん

 女の子って結構強いんです







27:名無しの戦闘員

 とまあ、昨夜はしんみりムードでしたがw

 まさか一日も続かんとはwww


28:名無しの戦闘員

 いやー笑ったw


29:名無しの戦闘員

 ロスフェアちゃんってすごい

 僕はそう思った


30:名無しの戦闘員

 実際あれはすげーわ

 まあ分かるのはハカセとせくしーとにゃんj民だけっていう素敵仕様だけど


31:名無しの戦闘員

 こうなると俄然フィオナちゃんを応援したくなってきたw







 その日、いつも通り怪人が街を襲い、大した被害もなく倒された。

 浄炎のエレスや清流のフィオナだけでない。今まで一段劣ると評価されていた萌花のルルンが、ここに来て飛躍的に実力を上げていた。


「行きます!」

「やったぁ! ルルンちゃん、すごい!」

 

 花吹雪が魔霊兵たちを切り刻む。

 以前とは違い闘争心が強くなった。そのおかげかルルンは怯まずに戦い続ける。

 清流のフィオナもまた普段以上に気力に満ちている。

 中距離での支援をこなしつつ、一人で怪人を圧倒してしまった。

 難無く怪人たちを倒したロスト・フェアリーズ。市民の歓声を浴びながら、フィオナが一歩前に踏み出した。


「見ているのでしょう、ハルヴィエド・カーム・セイン」


 今日の戦いには統括幹部代理は参加していなかった。

 しかしこの状況をどこかから観察していると判断し、フィオナは力強く空を見つめる。


「きっと、貴方には貴方の理念が、守るべきものがある。だとしても、悪を為す組織に属するハルヴィエドのことを、清流のフィオナは否定します。どれだけ崇高な理念でも、過程を間違えれば願った場所には辿り着けないと思うから」


 フィオナは静かな、しかし透き通る声で彼に伝える。


「でも、ここに宣言する。“清流のフィオナ”は必ずデルンケムを止める。そして“わたし”は必ず……あなたをこの手で確保し、罪を償わせます。それを見届けるのもまた私の役目。逃がすつもりはありませんから、覚悟してくださいね」


 強い言葉なのにあまりにも晴れやか笑みだった。

 打倒デルンケムの宣言を聞いて再び市民が騒ぎ出す。

 可愛らしくも頼れる変身ヒロインに、多くの賞賛が向けられる。


「そ、そうです! 私達正義の味方ですから! 悪の科学者さんが改心するまで、じーっくり教えてあげないといけないですよね!」


 ルルンもそれに賛同して、こくこくと頷いている。


「ええ、ルルン。その通りよ、そんなに簡単に許してはいけないわ。そして彼の改心も私達の役目だと思うの」

「ですです! さすがフィオナさん!」

「え、なにが? ちょ、ボクなんか仲間外れにされてない?」

 

 心優しき少女たちは笑顔で語り合う。

 こうしてロスト・フェアリーズの活躍により今日も平和は守られたのだった。







32:名無しの戦闘員

 現地班が聞いてきた宣言には驚かされた

 フィオナちゃんすごいっていうか愛が重いぜw


32:名無しの戦闘員

 意訳「デルンケムはどうにかするけど、それはそれとしてハカセさんは手に入れます。逃がしませんから覚悟してくださいね♡」


 全部の事情知ってるハカセとにゃんj民にしか分からない告白ですねこれw

 

33:名無しの戦闘員

 フィオナちゃん水の妖精姫って嘘だろ

 炎じゃん めちゃくちゃ情熱的な求愛じゃん


34:名無しの戦闘員

 デートの翌日即プロポーズとはたまげたなぁ……


35:名無しの戦闘員

 でもよかった

 フィオナちゃんは悲恋にするつもりないみたい

 ……一歩間違えればヤンデレ展開な気がしないでもないが


36:名無しの戦闘員

 正義の味方しつつハカセも欲しいっていう超わがままムーブ見せつけてきたぞ

 俺は全然応援するけどねw


37:名無しの戦闘員

 昨日のシリアスなんだったんだよw

 まあそれはそれとして今回の一番の笑いどころはエレスちゃんだよな


38:名無しの戦闘員

 ワイドショーでもおもくそ映ってたからな

 フィオナちゃんの宣言し始めた時の「えっ⁉ なにそれ聞いてない⁉」的な驚き顔が


39:名無しの戦闘員

 ルルンちゃんも賛成したもんだから


 エレス「うそ、ルルンちゃんも⁉」

 

 みたいな感じでびっくりしてたよなw


40:名無しの戦闘員

 その後もフィオナちゃんとルルンちゃんを交互に見て「なにこれ? え? どゆこと?」状態

 もはやコントとしか言いようがない


41:名無しの戦闘員

 レッドなのに完全に蚊帳の外だった

 いや、実際ハカセの正体知らないし蚊帳の外ではあるんだが

 

42:名無しの戦闘員

 あれ? でもルルンちゃん記憶消されたはずじゃ?


43:名無しの戦闘員

 あくまで暗示での対処だし完全に忘れ切った訳じゃないんだろ、多分

 心のどこかではなんちゃら的な


44:名無しの戦闘員

 早く夜にならないかなぁ

 ハカセの書き込み待ってるぞ~


45:名無しの戦闘員

 あの宣言ってつまりハルヴィエドの譲れないものに清流のフィオナとして決着をつけて、その上で何者でもないハカセが欲しいっていう求愛だろ?

 それもうヒロインじゃないよね

 勇者フィオナとハカセ姫だよね


46:名無しの戦闘員

 フィオナちゃんからの熱烈アピール、どうするつもりなんかね?


47:名無しの戦闘員

 ロスフェアの方針としてはデルンケムとの戦いは続行

 ただし潰すでなく「止める」という言葉を使った辺りハカセの心情に配慮して情状酌量の余地は残すっぽい

 ハカセの覚悟は理解するが、それでも侵略は悪いことだから止めたい

 その上で罪を償うべき

 ただしフィオナちゃんはそれを見届けるつもり、おそらくはハカセの傍で

 

 首領ちゃんを助けたいハカセとは相反するが

 それでも好きだって気持ちは揺らがないっていう声明なわけだ

 これが16歳か……

 

48:名無しの戦闘員

 いや、女の子は強いわ

 なんにせよフィオナちゃんはちゃんと答えを出したんだから今度はハカセの番

 もうしばらくは弄れそうだなw




 ◆





Sayuki【どこかの誰かの戦いに決着が付いたら、その時は公園の会話の続きがしたいです】

Sayuki【勝っても負けても恨みっこなしですよ】


「……普通にメッセージきてるし」

 

 でもちょっと嬉しかったです。





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