エレスちゃんのこと
「はぁ…はぁ……」
ボクは公園で思い切りトレーニングをしていた。
もともとボクはバスケ部だったけど、膝を壊して辞めてしまった。でも傷は灯火の妖精ファルハのおかげで治って、問題なく運動ができる。ブランク出来ちゃったし、再入部はしなかったけど。
でも今日はとにかく体を動かしたい。
柔軟をしたり走ったり、スクワットや懸垂とかも。汗だくになったボクはそのまま公園の隅で寝転がる。
あんなに運動したのに全然気分は晴れなかった。
ボクは浄炎のエレスとして神霊結社デルンケムと戦っている。
これでもたくさんの怪人を倒してきたから、それなりに強いと思っていた。
でも統括幹部であるハルヴィエドにも、あのメタルヒーローみたいな三人の敵にもまるで及ばなかった。
だから少しでも強くなりたくて、バスケ部だった頃のように基礎トレーニングをしていたのだ。
「ボクシングとか、空手とか習いたいけどなぁ……」
ボクは炎を付与したパンチで戦う。
なら格闘技を学べば少しは強くなれるような気もするけど、それが結構難しい。
なにせボクはバスケの練習のやり過ぎで膝を壊した。両親は絶対道場とかジムの月謝を払ってくれない。
「うぅ……正義の変身ヒロインなのに、お金の問題で特訓できないなんて」
中学生のボクじゃバイトだってできないし。
クラスのちょっと派手な女子が“お話しするだけですごく稼げるおしごと”をしてるって言ってたけど、今度話を聞いてみようかなぁ。
なんて考えていると、頬に冷たい何かが押し付けられた。
「そら」
「わひゃぁ?!」
冷たっ?!
驚いて叫んでしまう。
何事かと思えば、晴彦さんがペットボトルのスポドリをボクの頬にくっつけたみたい。
「やあ、茜ちゃん」
「は、晴彦さん?! な、なにを」
「妹の友人が、公園で寝転んでいるのが見えたから、ついな」
言いながら晴彦さんはスポドリをくれた。
「運動をした後だろう? ちゃんと水分補給はした方がいい」
「あ、ありがとうござます」
ござますってなに? 思ったより動揺してるみたいだ。
言われるがままに口を付ける。冷たくて甘くて、心地よくてホッとした。
「ふぁ…美味しい……」
「それはよかった。だけど、どうしたんだ? 随分と体をイジメているようだったが」
「み、見てたんですか?!」
うわぁ、な、なんか恥ずかしい。
汗もすごくかいてるし。ボク、汗臭くないかな?
汚い女の子と思われるのが嫌で、少しだけ後ろに下がってしまう。
「すまない、どうも心配でな。こんなところで無防備に寝てしまうとことも含めて。ダメだぞ、あまり隙が多いと私のような変な男に絡まれる」
「別に晴彦さんは変な男じゃないですよ?」
「いやいや、下心ありきかもしれない。男はオオカミらしいぞ」
「あはは、ボクをナンパする人なんていませんって」
「そういうところが心配だと言ってるんだけどなぁ……」
実は沙雪ちゃんにも「茜は無防備すぎよ」って怒られてる。
なんだろう、ボクってそんなに隙があるように見えるのかな?
結構しっかりしてるつもりなんだけど。
「で、質問には答えてもらえないのかな?」
「う、うー」
聞かれても、ボクの正体をばらすわけにはいかないし。
でも晴彦さんはボクの目を見つめている。
……よく考えてみたら、家族以外の男の人とこんなに距離が近いの初めて?
す、すごく照れる。でも心配してくれるんだし、うまく本当のことを隠しつつ伝えないと。
頑張れボク、誤魔化すんだ。
ハルヴィエドをぶん殴って倒したい、を柔らかく遠回しに……。
「えーと、殴り倒したい、男の人がいるんです」
あれ? ボク馬鹿なのかな?
ああ、引いてる?! 晴彦さんがすっごく引いてる?!
◆
480:ハカセ
【超絶悲報】エレスちゃん、ワイを殴り倒すために秘密の特訓をしていた模様
481:名無しの戦闘員
ちょwwwwwwww
482:名無しの戦闘員
インパクトデカすぎるwww
483:名無しの戦闘員
よく考えたら変身ヒロイン的には当然なんだけどクソワロタwww
484:ハカセ
ワイ悪の科学者、一応の敵であるロスフェアちゃん達の動向は確認しておきたい
前に喫茶店で会った時ちょっと落ち込んでるみたいやったしな
ってことでワイはエレスちゃんの様子を見に行った
場所は公園、なんかものっそいトレーニングしとった
485:名無しの戦闘員
素直に心配だったって言やいいのに
486:名無しの戦闘員
ハカセのツンデレキモイ
487:ハカセ
なんとでも言え あ、やっぱりちょっと手加減してな
というかやっぱりエレスちゃん可愛いよなぁ
あんな美少女が公園で運動してるんや、ぶっちゃけ男の目もちらほらある
やのにあの子、公園の隅っこでごろんと寝転がった
いやいや無防備にもほどがあるわ
ワイは「なあ、ちょっと声かけね?」みたいに話してるナンパ男を睨みつけて退散させ、スポドリ片手にエレスちゃんのところへ向かった
488:名無しの戦闘員
エレスちゃんに近付く悪い虫をスマートに払うハカセ
いいよいいよ、私ちゃん的にもポイント高い
489:名無しの戦闘員
エレスちゃん推しからすると美味しいシチュだわなw
490:名無しの戦闘員
エレスちゃんのトレーニング……
491:名無しの戦闘員
ちっちゃいけどおっきいから絶対揺れてる
492:名無しの戦闘員
間違いない
493:ハカセ
そういう視線が多いのに気にしてないんよなぁ……
ワイからお説教するのも妙な話やし困る
やんわり注意してみたけど「ボクがナンパされるなんてないですよー」な感じやった
自覚のない美少女ってほんまにおるんやな
494:名無しの戦闘員
「モテるのはもっと女の子らしい娘」みたいな認識なんじゃね?
ボクっ娘だしクラスの男子も男友達の延長みたいな接し方してたり
495:名無しの戦闘員
俺は知ってる
それ複数の男子が「あいつの可愛さを知ってるのは俺だけ」とか裏で考えてるやつだ
496:ハカセ
どっかでその認識改めてもらわんとな
猫耳経由でちょっとずつ注意してもらおう、ワイが直接言うと変態っぽいし
と、話はズレたがトレーニング・エレスちゃんにスポドリを渡したワイ
警戒されてるのか、一歩引かれてちょっと悲しかった
おかしーな、優しいイケメンお兄さんやってるつもりやのに
でも一応は和やかに会話し、さり気なくなんでそんなに頑張ってるの? と聞いてみた
エレス「ボク、殴り倒したい男の人がいるんです」
それどう考えてもワイですよね?
497:名無しの戦闘員
すごい努力家だねw
498:名無しの戦闘員
うわぁ、知らないって怖いw
499:名無しの戦闘員
まあ最近エレスちゃんの戦績イマイチだったしな
殴り合いでも普通にハカセに負けてたし特訓は自然と言えば自然
500:ハカセ
内心プルプルなワイ、冷静な顔をして詳しく聞いてみる
ワイ「それは、あれやね。物騒な話や」
エレス「ちち、違うんです! その、し、試合?! そう、試合の話で! 相手のすごい人が強くてどうやったら殴り飛ばせるかとか、そういうのなんです?!」
ワイ「……ああ、エレスちゃん格闘技やっとったんか。それで自主練を?」
エレス「それです! そうなんですよ、あはは……」
誤魔化すの下手過ぎない? わたわたエレスちゃん可愛いけどさ
501:名無しの戦闘員
一番ダメな殴るの部分が消えてないw
502:名無しの戦闘員
頭撫で占い2級のハカセは人のこと言えないのでわ?
503:名無しの戦闘員
ルルンちゃんがいなかったらただの不審者だからな
504:ハカセ
ルルンちゃんはもう妖精姫というか大天使やね……
ワイ「えーと、エレスちゃんはその人嫌いなの?」
エレス「嫌い、とかは考えたことはないですけど。でもボクはその人よりも弱くて。……だから強くならなきゃいけないんです」
ワイ「そ、そうなんや」
エレスちゃんが決意めいた表情しとる
どう見ても「みんなの為なら、私がこの手を穢しても……」的な覚悟完了しとる
エレス「ボクは、力が欲しい。目の前の困難をぶち抜くくらい、強い力が」
ヤバい、ぶち抜かれる
ワイの体がエレスちゃんの拳でぶち抜かれてまう
505:名無しの戦闘員
なんかエレスちゃんがサイコパスみたいになっとるw
506:名無しの戦闘員
ハカセがんがれw
507:名無しの戦闘員
正義の変身ヒロインとしては頼もしい
508:名無しの戦闘員
別に言ってることもやってることも間違ってないしな
509:名無しの戦闘員
頑張れエレスちゃん
鍛え上げた君の拳は、きっと君の願いに届くだろうw
510:ハカセ
届いたらあかんのですが?!
ワイを〇すために健気な努力を重ねるエレスちゃん
一歩前に進んだワイは、がしっとエレスちゃんの両肩を掴み語り掛ける
ワイ「独りの強さに固執するのは間違っている。そんなに……無理をする必要はないんじゃないかな?」
全 力 遅 延 工 作
511:名無しの戦闘員
こいつwww
512:名無しの戦闘員
そりゃ必死だわなw
513:ハカセ
ワイ「いや、ちゃうねん。エレスちゃん……強くなりたいという君の気持ちは確かだろう。だけど無理をしても仕方ない。ゆっくり体を休めるのも訓練のうちだよ」
エレス「で、でも! ボクは頑張らないと。頑張らなきゃ、全部失くしてしまう気がして」
ウチの組織そこまで暴虐ちゃうよ?
むしろゆるゆるのユルの介や
ワイ「なんで? フィオナたんやルルンちゃんは、大変な時に助けてくれない子?」
エレス「それは、ちがいます、けど」
ワイ「なら一人で頑張らんで頼りゃいい。頑張らんでも失敗しても、そう、たとえ失敗してぶち抜けなかったとしても、大事なエレスちゃんや。だから今日のところはもう休まん? そっちの方が絶対いいって」
人生頑張らんといけない時はいつか絶対くる
でもそれはきっと今やない
深呼吸して、周りを見渡してみるんや
そうすれば一人じゃないって分かる
だから一人で頑張らんでいいし、困難をぶち抜こうとせんでもええんやで、いやマジで
ホントお願いしますよ
これ以上訓練して新必殺技とか開発されたらたまったもんやない
514:名無しの戦闘員
いいこと言ってるように見せかけて全力で保身w
515:名無しの戦闘員
なにもちゃうくねえw
516:ハカセ
エレス「うぅ、で、でもハカセさん」
ワイ「そうや、フィオナたん達呼ぼう。ウチの妹にも声かけて、今日は皆でステーキや。ワイが奢るからさ。だから今日のところは切り上げん?」
エレス「も、もう! 分かりましたよ! 今日はやめますから!」
やはり肉…分厚い肉の魅力には中学生は抗えん
後は明日以降のことも釘をさしておく
ワイ「いや、ワイもな? まったく訓練するなとは言わん。ただゆーっくり、のーんびりしよな? って提案しとるだけや。何かあったら、みんな沢山心配するからな。もちろんワイもやで。そやからく・れ・ぐ・れも! 無理はしないこと!」
エレス「……はい」
渋々やけどエレスちゃんは頷いてくれた
ふふん、ワイの頭脳の勝利やな
517:名無しの戦闘員
ハカセ……素晴らしい
絶対にエレスちゃんの心に届いたよ
518:ハカセ
そうしてその日は皆でステーキや
フィオナたんは奢りと聞いて恐縮しとったけど「でも、お誘い嬉しいです、ハカセさん」って喜んでくれた
色々豪華な料理はあるけど、いいお肉をジュージュー焼いたステーキは女の子にも人気やな
ルルンちゃんを迎えに行ったらご両親が「いつももすみません!」って感じやった
友達の猫耳くのいちのお兄さんやから、結構受け入れられとるみたい
そんなこんなで皆でにぎやか晩御飯や
本当はワイン空けたかったけどグッと堪えてぶどうジュース
ワイングラスで飲むからルルンちゃんが「なんだか大人になったみたい!」ってはしゃいどった
ワイ「エレスちゃん美味しい?」
エレス「はい! ありがとうございます、ハカセさんっ」
こっちもいい笑顔や
これで必殺技の訓練も少し控えてくれるやろ
519:名無しの戦闘員
ワインを「開けたかった」じゃなくて「空けたかった」ってところがハカセだよな
520:名無しの戦闘員
当たり前のように女子中高生を食事に誘えるハカセが妬ましや……
・
・
・
882:名無しの戦闘員
いやぁ、今日のエレスちゃんすごかったねw
883:名無しの戦闘員
そうだねw
ハカセのアドバイス通り、一人じゃなく周りを頼ってたw
884:名無しの戦闘員
その結果があの新必殺技かぁ
エレスちゃんの火、フィオナちゃんの水、ルルンちゃんの花というか風? を収束して聖霊天装エレス=ファルハになって一気に放つ!
885:名無しの戦闘員
いやぁ、まさか怪人が一撃で跡形もなく消し飛ぶとは……
886:ハカセ
あかん、消し飛ぶ…あんなもん受けたらワイでも消し飛んでまう……
魔力干渉の断絶ったって限界はあるんやぞ……
887:名無しの戦闘員
一人で頑張らない代わりに協力奥義を習得 エレスちゃんすげえな
888:名無しの戦闘員
仲良きことは美しきかな
889:ハカセ
エレスちゃんはワイの予想を軽く超えるの止めてもらえませんかね?
元気になったしいい笑顔してるのは嬉しいけどさぁ
はー、三人で抱き合って喜んどる姿かわヨ……
890:名無しの戦闘員
今度はハカセが特訓する番だなw
891:ハカセ
もしワイが死んだらこのスレを遺書だと思って大切にしてください
892:名無しの戦闘員
こんな場末のクソスレを遺書代わりにしようとするなw
◆
小学校の頃はバスケットボールクラブだった。
背は小さいけど運動が得意だったボクは男子にも負けないくらい速かった。
『茜ちゃん、すごーい』友達が褒めてくれる。
『結城、お前なら出来るぞ!』先生が期待してくれる。
『茜、試合頑張ってね』『さすが俺の娘だ』両親が応援してくれる。
みんなに支えられて、ボクは頑張った。
中学生になると迷わず女子バスケ部に入部。
絶対レギュラーになるぞ! そう思って必死に頑張って、練習を重ねて、走って跳んで、ひたすら動いて……結果、ボクの膝は耐えられなかった。
日常生活は問題ない。歩くのは出来るけど走ったりは無理。バスケ? とんでもない。
入部してからわずか二か月で、ボクのバスケは終わってしまった。
すると途端に友達は減った。
先生も無理をするなと言って、それ以降目を向けてもらえない。
お父さんやお母さんは優しいけれど、家事のお手伝いさえさせてくれなかった。
だからボクは理解した。
ああ、そっか。
頑張れないボクは、誰にも求められないんだ。
そんな鬱屈した感情を抱いたまま続く中学校生活。
それなりに友達はいたけれど、なにかに熱中することはなかった。
特撮の世界から飛び出てきたような悪の組織が現れても、清流のフィオナという女の子が怪人と戦っていても、ボクの毎日は変わらない。
そう思っていたのに。
ある日、ボクは灯火の妖精ファルハに出会った。
違う世界から日本に迷い込み、ひとりぼっちになった妖精だった。
<デルンケムの首領セルレイザはとても恐ろしい。放っておけば、この国は大変なことになる>
だから力を貸してほしいとファルハが言う。
そう願われて、一瞬だけ躊躇った。
頑張れなくなったボクに何ができるのか、分からなかったからだ。
『ボクが力になれるなら、みんなのために戦いたい!』
でもボクはもう一度頑張りたいと願った。
ボクみたいに、なにかを失って悲しむ誰かを見たくなかった。
こうしてボクは浄炎のエレスとなりデルンケムと戦うことになる。
それからファルハのおかげで膝も治った。
その途中で沙雪ちゃんや萌ちゃんと友達になり、毎日が楽しくなった。
また色鮮やかな世界が戻ってきた。
だからこそ余計に思うんだ。
きっと頑張れなくなったら、ボクはまた失ってしまう。
『ねえ、茜。私は、戦う仲間だからじゃない。努力するからじゃない。ただ、何でもない貴女と一緒にいたいだけなの』
『私は、いつだって茜さんのことが大好きです!』
その不安を払拭してくれたのが沙雪ちゃんと萌ちゃんだ。
頑張らなくてもボクはボクだと言ってくれた。
それがどれだけ嬉しかったか、二人はきっと知らないだろう。
でも最近は負けっぱなしで、知らないうちに落ち込んでたみたいだ。
『深呼吸して、周りを見渡してみるといい。そうすれば一人じゃないと分かる。沙雪ちゃんも萌ちゃんも、頑張らなくても失敗しても、茜ちゃんを大切に想っているよ。もちろん美衣那や、私だってそうだ』
『だから訓練するなとは言わないが、くれぐれも身体の負担がないようにね。無理したら泣く人がたくさんいるのだから。分かりましたか?』
めっ、と子供に叱るように晴彦さんが言う。
忘れかけていた気持ちを、彼が思い出させてくれた。
ああ、もう。
本当にボクの周りには優しくて、大切で大好きな友達がいっぱいだ。
それに気付けたからボクは決意を新たにする。
もっと強くなって神霊結社デルンケムを、統括幹部ハルヴィエドを絶対に倒すんだ。
『……ちなみに、晴彦さんも泣いちゃいますか?』
『な、なにを言ってるんだ茜ちゃんっ』
最後にちょっと動揺した顔を見れたから、ボクは満面の笑顔で返した。
────────────────
茜→ハカセはあくまで友情
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