14、はああ、女神様。



 超美麗ネロ様が何者かに闇討ちされた。


 ゲームでは、リディアの奴隷を襲撃するのはローズ・ブラッドリィの手の者。

 そして今後、リディアや他の令嬢への嫌がらせは加速していく。


 結果、それが大会の最終戦の終了と共に露見し、エンディングで投獄されるシーンと、歓声を上げる沢山の民衆の前で処刑されるシーンのムービーが流れる。

 リディアを使用するプレイヤー側からすると、趣味は悪いがスッキリするポイントなのだそうだ。


 ───よくないな‥‥‥。


 どうしても今のローズがそんな事をするようには思えない俺は、真意を確かめようと何度か本人に話しかけたが完全に無視されている。

 今日はいつもと違い、うつむいて顔すら合わせてくれない。


 ‥‥‥俺としても、なんと切り出せばいいのか悩んでいる所があり、あまり強引には話しかけていないのだが‥‥‥。


 リディアの奴隷を闇討ちしましたか?なんて、ストレートに聞けるほど俺はメンタルタフネスではない。

 それに、あまり突っ込んで話すと、どうしても俺が転生してきた事実も話さなければいけなくなると思う‥‥‥。

 絶対に隠すべきなのかと言われると悩むところだが、おそらく誰も信じないだろうし、俺が変人扱いされるのは目に見えている。

 そもそも『貴方たちはゲームの中のキャラクターなんですよ』なんて、いったいどんな顔で言えというのか‥‥‥。


 ───さてさて。






「アルバート様、お似合いですね」


 馬車で屋敷に帰って来た俺を出迎えてくれたのはカフスさん。


「でしょ? お気に入りです」


 服の事。


「服を選ばれている時のローズお嬢様は、本当に楽しそうでしたよ」


 アイツが選んだんだ‥‥‥。

 奴隷から着せ替え人形に昇進したのかな?


「‥‥‥で、その本人はもう帰って来てるんですか?」


 今日はまた変な事が起こっている。

 授業が終わるとローズは俺を置いてさっさと帰ってしまい、俺は別に用意された馬車に乗り1人で帰宅していた。


「既に自室におられますよ。本日はアルバート様に馬車を用意するように、学園にいるローズお嬢様から突然連絡がありまして‥‥‥」


 わざわざ奴隷の為だけに馬車を一台用意してくれるとは、なんと優しいご主人様なのでしょう。


「‥‥‥アイツ、今日変ですよね?」


 ローズの狂人振りは今に始まった事ではないが、やはり今日は色々おかしい‥‥‥。


「乙女心がわかっておりませんな‥‥‥」


「ほぅ‥‥‥」


 アイツに乙女心とな?!


「アルバート様に見られたくないのだと思いますよ」


 そう言うと、カフスさんは自分の頬を触った。

 頬の怪我の事だろう。

 

「朝見ましたよ?」


「昨晩は色々ありましたので、朝は気がまわらなかったのでしょう‥‥‥」


「昨晩から色々?」


「‥‥‥おっと‥‥‥アルバート様、そろそろ自室にお戻りになりますかな?」


 ‥‥‥何か色々知ってそうな人間を発見。

 話を逸らそうとしたがもう遅い。


「カフスさん、親睦を深めるために世間話をしましょうよ」


 ご主人様に聞くより、カフスさんに問いただす方が楽そう。


「‥‥‥物凄く悪い顔をされていますが‥‥‥本当に親睦を深めるための世間話なのでしょうか‥‥‥」


 何を言いますカフスさん、今日から僕たちは親友です。







 カフスさんへの尋問でわかった事。

 昨晩、ローズの父親である、ガルシア・ブラッドリィ伯爵が帰宅していたのだそうだ。

 ちなみにコイツは全然屋敷に帰ってこないし、ゲームにも出てこないため俺は全く知らない。


 その、父親であるガルシア伯爵に呼び出されたローズは、強く叱責されていたらしい。

 カフスさんが言うには、昔からローズはガルシア伯爵の前では特に意見などせず、従順な態度なのだとか。


 頬の怪我はその時のモノらしい‥‥‥。



 

 ここまで聞けば、なんとなくだが予想はつく。


 ───おそらく、ガルシア伯爵が黒幕。


 アイツは大会の優勝も、王妃にも興味はなさそうだったんだ‥‥‥。

 ガルシア伯爵が、娘のローズを王妃にしようと暗躍してると考えると筋が通る気がする。



 ‥‥‥でもそうなるとだ‥‥‥アイツって、父親のせいで処刑されんのか?


 ───そんな酷い話があってたまるか。







 ご主人様の部屋の前。


 トンットンッ。


「ちょっと話したい事があるので入っていいですか?」


「‥‥‥駄目」


 かすかに聞こえた美しい声。

 無視されると思っていたが、意外にも返事がちゃんと返ってきた。


「大事な話なんです」


「今は無理」


 拒否られた。

 こうなる事はある程度想定済み。

 そして、こんな事くらいでもう立ち止まる気はない。


 ───俺は、もう全て話すつもりでここに来ているんだ!


「ノックしてから暫くしたら、勝手に扉を開けていいって前にカフスさんが言ってました。開けますよ?」


「それは私が呼びつけた時だけよ! 出直して来いボウフラ!」


 やはり話が進まない。


 ───ここは、押し通るっ!



「ご主人様、失礼します!」


 俺は扉に手をかけた。


「ちょ、聞こえてないのウジ虫?! 今は本当に駄目───」



 ガチャッ!



「‥‥‥あっ」


「‥‥‥‥‥‥」


 扉を開けると、驚くほど近くにご本人が居た。

 おそらく変質者が入ってこないように、扉の鍵を閉めようとしていたのだろう。


 ───なるほど。だから今は無理だったんですね。


 俺の目の前には、この世のモノとは思えない、それはそれは美しい調度品のような、下着姿のご主人様が立っていた。


「ご主人様‥‥‥着替えてるならそう言ってくださいよ‥‥‥」


 脱ぎたてホカホカなのであろう制服を手に持っているので、恐らく間違いない。


 それにしても‥‥‥コレが、容姿100の実力なのか‥‥‥美しすぎる。


「‥‥‥あ‥‥‥あんたは‥‥‥」


 ───あっ。

 

 下ろしていた視線を上に向けると、ゆでダコのように顔を赤くして、口をパクパクさせているご主人様の顔が目の前にあった。


 ───やばい、思わず見とれてしまっていた‥‥‥。


 ‥‥‥これは殺されるのでは?

 まずいぞ。

 俺がここで死んでしまうと、ローズを救えなくなるんだ‥‥‥。

 考えろ、こういう時は何て言えばいいんだ。

 脳細胞をフル回転させろアルバート───


「きゃ〜〜〜〜〜っ」


 とりあえず、可愛らしく悲鳴を上げてみた‥‥‥。


「‥‥‥そ‥‥‥そ‥‥‥それは、コッチのセリフよっ! 出てけ変態っ! 責任取れ! 責任取れっ! 責任を取れっ!」


「す、すいませんでした!」


 手に持っていた制服で何度も叩かれた後、最終的に思い切り投げつけられたので、急ぎ部屋から出て扉を閉めた。



「バカッ!」


 扉の前で立ち尽くす俺に、部屋の中から暴言が降り注ぐ。


 ───さて、コレからどうしよう。


 もう、話してくれないかも‥‥‥。

 なんなら、俺は変質者として捕まってしまうのでは?!



 ガチャッ。



 突然開いた扉。


「入りなさい」


「いいんですか?!」


「‥‥‥一生許さないから」


 ‥‥‥どうやら捕まらずに済んだようです。


 真っ赤な顔を扉から覗かせたご主人様が、色んな意味で女神に見えた。

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