転生したら乙女ゲームの奴隷だった。バッドエンドまっしぐらの『氷の女王』と呼ばれる悪役令嬢に購入されたので、彼女の生存ルート模索します。

心太

1、色々と見えそうですよ?



 目が覚めると硬い床の上だった。


 ───ここは‥‥‥どこだ?


 石造りの薄暗い部屋。

 光源は壁に備え付けられた一本の蝋燭のみ。

 カビと汚物の混ざったような匂いが鼻をつく。

 


「目が覚めたかい?」


 後ろから話しかけられ振り向くと、とんでもなく顔のいい、優しそうな男性が俺を見て微笑んでいた。


「あなた、誰ですか?」


「‥‥‥ひどいな。今日はかなり鞭で打たれてたから、心配してたんだよ」


 ‥‥‥鞭?

 何言ってんだコイツ?


「あなた、その格好恥ずかしくないんですか?」


 話しかけてきたこの男、そこらのアイドルグループ程度では太刀打ち出来ない程のイケメンなのだが、それとは裏腹に服装がおかしい。

 ほぼ全裸で、下腹部のみ小さな腰蓑こしみので隠しておられる。

 誰もが振り向くような甘いマスク。

 透き通るような声。

 引き締まった身体。

 そしてボロボロの腰蓑。

 顔と格好のギャップのせいで、凝視すると思わず笑ってしまいそうだ‥‥‥。

 非常に残念なイケメン。


 ───おそらくこの人は生粋の変態なんだろうな。


「‥‥‥アル、本当に大丈夫かい?」


 心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる変態。

 性格も穏やかで申し分なさそうなのだが‥‥‥。


「あ、大丈夫なんで、お構いなく」


 きっとこの変態さんは危ない人なんだろう。

 俺をこの怪しげな場所に連れて来たのも、コイツかもしれない。


 ───ここはコイツを刺激しないように、そっと逃げるのがベター。


 流石は俺。

 今日も脳細胞は冴えている。

 こういった危機に直面した時、人間は真価を問われるのだ。

 まずは落ち着く事。

 それが長生きのコツなのだ。


 俺は変態を刺激しないよう必要以上にニコニコしながら、距離を取る為に立ち上がる。

 ───が、その時左足に違和感。

 ‥‥‥重い?


 ジャラッ。


「‥‥‥何これ?!」


 俺の左の足首には、大きな鉄の塊が付いた足枷が装着されていた。

 歩こうとすると、どうしてもその重さが邪魔をして上手く動けない。


「アル‥‥‥もしかして君、記憶が‥‥‥」


「‥‥‥そんな事より、俺も変態だったんですね。ショックで、脳汁が口から漏れ出そうです」


 足に付けられた鉄アレイの片側みたいな塊を確認した時、俺はある事に気づいてしまっていた。

 自分も全裸で腰蓑しか付けていないことに───


「‥‥‥俺もって‥‥‥アル、もしかして僕をそんな目で見てたのかい?」


「‥‥‥あの、一ついいですか?」


「うん、なんだい?」


「ここは何処? 私は誰?」


「‥‥‥」

 








「じゃあ、アルの記憶は全くないのかい?!」


「だから、アルって誰ですか?」


 俺の名前は天満吉兆てんま きっちょう

 大学三回生の21歳。

 ‥‥‥の、筈なんだが。


「君の事なんだけどね‥‥‥」


「記憶にございません」


 彼が言うには、俺たちは国中から集められた選ばれた奴隷らしい。

 いやいや‥‥‥なんだよ選ばれた奴隷って‥‥‥。

 選ぶなら他を選べよ。


「‥‥‥それは困ったね」

 

 ニコニコと微笑む変態イケメンの横を通り、重い左足を引きずりながら部屋の入り口に移動する。


 ───鉄格子‥‥‥。


 そう、この部屋に自由に出入り出来るような扉なんて物は存在しない。

 あるのは冷たく閉ざされた鉄で出来た鉄格子のみ。


 ───これはもう完全に牢獄だよな。


 外を見ると、他にも同じような部屋がいくつかあるようで、中に人影が見える。

 おそらく彼らも選ばれた奴隷なのだろう。

 ‥‥‥いや、だから選ばれた奴隷ってなんだよ‥‥‥。


「で、これから俺たちは、腰蓑一丁でいったい何をさせられるんです?」


「僕も詳しくは聞かされてないんだけど、どうもこの国の王妃の座をかけて、ある大会が行われるらしいんだ。僕達はその大会に参加する王妃候補の令嬢達を守るナイトとして、集められたみたいだよ」


「‥‥‥ごめんなさい。もう、何言ってるか全然わかんないです。ちょっと動くだけで色々とポロリしちゃうような変態奴隷が、ナイトなわけないでしょ」


「それは僕に言われてもね」


 ニコリと微笑み俺を見る変態。

 この変態、一挙手一投足がいちいち美しく絵画のようだ。

 ただし、腰蓑で全部台無しなのだが‥‥‥。

 いや、それだけじゃないな。話してる内容も意味がわかんない。

 なんだよある大会って‥‥‥。

 変態腰蓑奴隷が令嬢のナイトになって、王妃を選ぶ大会で戦うだと?

 ゲームでもそんなぶっ飛んだ設定はなかなかお目にかかれないだろう‥‥‥クソゲーマニアの俺ですら一つしか知らないぞ?


 確かアレは王妃の座をかけて、イケメン奴隷を鞭でビシバシとしばき育成する狂気の乙女ゲーム。

 大分前に妹のはると、ゲラゲラ笑いながら攻略した記憶がある。

 四つん這いで鞭を打たれた後に「お前は俺が守る」だとか「ばーか、よそ見してんじゃねーよ」とかカッコつけて言い出すイケメン奴隷に、笑いしか起こらなかったカオスなクソゲー。

 キャラ設定やシナリオがあまりにも酷い反面、無駄に絵師だけが優秀なのも特徴。

 出演キャラが本当に美男美女だった事が逆にシュールさを際立たせ、クソゲーオブザイヤーの階段を一気に駆け上がったが故に知名度が上がり、倫理上の問題などで速攻廃盤処置をくらった伝説のゲーム。


『ドキドキ! 奴隷パニック!』


 俺の知る限り腰蓑変態奴隷なんて、それくらいしか───。


 ───‥‥‥はっ!!


「アル、どうしたんだい?」


「君の名は‥‥‥もしかして、レックス?」


「アル、記憶が戻ったんだね、良かった!」


 ニコニコと微笑むイケメンレックス。

 

 ───‥‥‥うわ、やっぱり。


 俺はどうやらカオスな乙女ゲームの中に転生してしまったようだ‥‥‥。

 ということはだ、俺もイケメン奴隷の誰かになってるって事だよな?

 出演キャラの奴隷は、どいつもコイツもイケメンばかり。

 やばい、楽しくなってきた!

 俺は誰だ?!

 一押しのネロとかだったら、鼻血が出ちゃうぞ!

 待てよ‥‥‥さっきから俺はイケメンレックスになんて呼ばれてたっけ‥‥‥。

 

 ───アル。


 ‥‥‥嘘だろ。


「‥‥‥もしかして‥‥‥俺は、ネタキャラのアルバートですか?」


 アルバート。

 彼は縛りプレイで自分を追い込みたい方にオススメの奴隷キャラだ。

 主人公の令嬢リディアが選択出来る10人の奴隷の中で、絵師が違うんじゃないかと思わせるような平凡な顔を持ち、ステータスのノビも著しく遅いポンコツ奴隷。


「自分の名前も思い出せたんだね」


「おう、ジーザスっ!!」



 一気にやる気はなくなった。

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